285話 魔王の黒歴史

  「どうやらオマエは見込みがありそうだ! だから、ハルの旦那候補として認めてやると言っているんだ」



  ウェインがニヤリと笑いながらおれにそう告げる。


  そして、彼の頭の上で何かがピクピクと揺れ動く。

  すると、艶のある綺麗な白髪の合間から真っ白なケモ耳が姿を現すのであった。


  そこでおれは気づく。

  あの立派なもふもふのシッポといい、ケモ耳もいい、もしかしてウェインは獣人なのではないかということに——。



  そんなことを思っていると、奥の方でおれたちの戦いを見ていた魔王ジュリーは不服を申し立てる。


  「おい、ウェイン! お前、正気なのか?」


  「全然本気を出していなかったじゃないか! そんなんで勝手に決めるんじゃない!」


  どうやら、彼女はウェインが勝手におれがハルと恋仲になるのを許可したことに怒っているようだ。


  これにはおれも思うところはある。

  このウェインという男は先ほどの戦いにおいて全然本気を出していなかったからな。


  ハルとおれをくっつけたくない魔王ジュリーからすれば、ウェインが本気を出しておれをボコボコにしなかったのは誤算だったのだろう。

  すると、そんなウェインが彼女に反論するのであった。


  「いや、オマエがオレに任せるって言ったんだろ。オレの見立てじゃ不満だってか? こいつには尊敬に値するだけの十分な魅力を感じたんだけどな」


  ウェインはおれの方を高く評価してくれているようだった。


  「ハルだってそうなんだろ? だからこの黒い豆っ子を魔界まで連れてきたんだよな?」


  「はい! その通りです、ウェインおじさん」


  どうやら、それはハルについても同様のようだ。

  そういえば、ハルと初めて出会ったときも彼女と剣を交えて認めてもらったんだっけ。


  おれって、魔族に好かれる素質みたいなのがあるのかな……。



  すると、魔王ジュリーは渋々とウェインたちの言葉を受け入れたようでおれの目の前にやってくる。


  直接対峙すると威圧感が半端ない……。

  流石、この魔界で力を誇示して魔王を張っているだけのことはある。


  そして、彼女はおれをマジマジと見つめながらアレコレつぶやくのであった。


  「そうか……そこまでいうのなら……。だが、若すぎる……。まだ身体も成熟していないじゃないか」


  そういえば、ダークエルフはその瞳で様々なことを見通すことができるんだっけ。

  何でも彼らは、ずば抜けた視力だけでじゃなく、優れた魔力感知なんかも持っているらしい。

  もしかしたら、おれのステータスなんかを徹底的に洗っている最中なのだろうか……。



  それにしても、なんだかんだで魔王ジュリーは娘のハルのことを心配しているんだな。

  ハルの話では彼女の結婚相手を見繕ってあげようとしていたというし、今だっておれが彼女の相手に相応しいか調べているのだろう。

  なんだかんだ素敵な親御さんじゃないか。


  「認めたくはない……。だが、これはアタシの我が儘わがままというものだ。お前にあの魔人の姿を重ねて勝手にイラだってしまっていた……」


  あの魔人……?


  もしかして、おれがジュリーの嫌いな人に似ていたとかで、あんな怪訝な態度を取られていたのか?

  もし、そうだとしたらとんだ災難だな。



  すると、悩殺ボディをもつ美人お姉さんのルイーズが魔王ジュリーのその言葉に反応する。


  「そういうことだったのね。そういえばアナタ、勇気を出してヴェルデバランに告白したのに振られちゃって、呪ってやるって宣言しちゃうくらい病んでいたもんね」


  突然放り込まれたルイーズからのまさかの衝撃告白。

  それを聞いて、ケモ耳男のウェインも納得するのであった。


  「そういえば昔、そんなこともあったな! なんだ、ジュリー。オマエ、いまだにアイツのことが頭をぎってるのか? オマエにもそんな可愛いところがあるんだな! ハッハッハッ 」


  まるで二人はジュリーを茶化すように昔話をはじめる。


  「そっ、そんなわけあるか! あの男のことなんて、3日で忘れたわよ!!」


  赤面して否定をする魔王ジュリー。

  どうやら二人と彼女は昔からの旧友であるらしく、過去の恋バナを掘り起こして盛り上がる。


  そんなジュリーの反論について、ルイーズはさらに暴露を続けるのであった。


  「いやいや、ジュリー。アナタ、年齢が4桁超えてからもあれほど良い男はいないって、泣きながらアタシに愚痴ってたじゃない!」


  「ちょっと、ルイーズ! 娘たちの前で何を言ってるの!? あれはアンタが無理矢理お酒を呑ませるから……」



  あれっ、今ヴェルデバランって言ってた……?


  もしかして、魔王ジュリーがおれに重ね合わせていた人物って、カシアスたちの主であった魔王ヴェルデバランだったりするのか!?



  「お姉さま……」



  魔王であり、威厳ある母親の醜態を見て心配するルカちゃん。

  彼女はハルと目を合わせて何かを訴える。


  「ルカ……何も言うな。流石のアタシもあのババアに同情してしまう……」


  どうやら彼女としても、娘たちの前で恥をかかされる母親に同情しているようであった。


  「アタシたちの前で黒歴史をさらされるなんて、あと数百年はその羞恥心で悶え苦しむことになるだろう」


  「ルカ、よく見ておけ。友人選びは慎重にしないと将来こうなるぞ」


  「はい! お姉さま」


  二人姉妹は母親たちの内輪ノリをみて、心にそう誓うのであった——。




  ◇◇◇




  彼ら三人のじゃれ合いもようやく終わり、魔王ジュリーはカシアスやリノたちのもとへと向かう。

  そして、彼女はカシアスたちに向けて感謝の言葉を述べるのであった。


  「挨拶が遅れてしまいましたが、カシアス様、リノ、ハルを保護してくださりありがとうございました。魔界まで送り届けてくださったことにも感謝します」


  「構わないわ、ジュリー。相変わらず、楽しそうにやっているのね」


  来客たちの前で恥を晒されてしまったジュリー。

  そんな彼女の姿を見てリノがフォローしている。


  「お見苦しいところを見せてしまいました。ルイーズがアタシの国で暮らすようになってから、またこうして昔の仲間たちと集まることが増えました」


  「リノ様もお忙しいとは思われますが、よろしければ遊びに来てください。かつての仲間たちで盛り上がるのも悪くないものですよ」


  「それに、もうアタシはあの男のこともふって切れています! ですので、彼を呼んでくださってもよろしいのですよ」



  「ふふっ……そうね。また機会があれば寄らせてもらうわ。今日は懐かしい顔をたくさん見れました、ありがとう。それと、ヴェルデバラン様にもそう伝えておきます」


  リノは魔王ジュリーにそう告げて頭を下げる。


  どうやらリノ自身は魔王ではないが、魔王ジュリーとは昔からの知り合いのようだ。

  リノは顔が広いんだな。



  「コホンッ……」



  ひとつ空咳をすると、再び魔王ジュリーの視線がおれに向けられる。

  そして、彼女はおれに告げるのであった。


  「数十年の猶予をやろう! それでも、まだあの子への気持ちが変わらないのなら考えてやらんでもない。だが、それまでは断じて認めん!」


  おれはまだ若すぎる。

  だから、娘はやれん!


  そんなところだろうか。

  どうやら色々とあったみたいだが、ハルとおれの結婚の話は無くなったようだ。

  今のところは……だけどな。


  「そっか……。そればかりは仕方ないな」


  ハルも母親の言葉にどこか納得したような表情でそうつぶやく。

  そして、おれのもとへとやってくると、しっかりと瞳を見つめて告白するのであった。


  「アベル、いつかアタシを迎えにこいよな! 長生きして待っててやるからさ」


  にっこりとした笑顔でハルはそう告げる。

  それは彼女がおれに見せる初めての素顔であった。


  思わずその笑顔をかわいいと思ってしまうおれ。

  あれって、建前だよね……?

  ハルはおれなんか眼中にないんだよね?


  そんなことをふと思ってしまうのだった。



  そして、別れのときはやってくる。

  おれだって、いつまでも魔界にいられるわけではないのだ。


  ここまでかな。

  結局、魔界に居残る理由は見つからなかった……。


  もうすぐおれは人間界に帰らなければならない。

  カシアスやリノともここでお別れだ……。



  そんな風におれが半分諦めていたとき、声をかけてくれたのは意外な人物であった。



  「なぁ、小僧。今からヒマだったりするのか? よかったら、オレともう少し遊ぼうぜ」



  先ほど、おれと拳を交えたケモ耳のウェインが偶然にも助け舟を出してくれたのだった。

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