284話 ウェイン vs アベル

  「攻撃魔法は禁止といこうか。ダークエルフに婿入りするってんなら、拳で語らなきゃいけないときがあるからな」


  ウェインと呼ばれた男はおれにそう告げると、シャドーボクシングのように拳を突き出すポーズを見せる。



  おいおい、拳で語るって……。


  もしかして、ダークエルフの家庭ってDVはあたりまえみたいな文化があるんですか……?

  結婚生活ににおいて腕っぷしが求められるなんてどこの世界の常識だよ。


  そんな世界に婿入りしようものなら、彼女たちのサンドバッグとして生きていく未来しか見えない。

  ここは何としても断らないと……!


  「えっと……。おれは平和主義なので、やっぱこの話はなかったことに……」


  「防御魔法は自由に使っていいぞ!」


  ウェインはシャドーボクシングをしながら条件を付け加える。



  うん、聞いてないな……。



  どうやら彼はウォーミングアップに専念しており、おれの言葉は耳に入っていないようだ。

  先ほどまでは魔王ジュリーの命令に嫌々みたいな態度だったくせに、今となってはノリノリでいやがる。


  まったく、この魔族もこの魔族で何を考えているのかがわからない……。



  そういえば、ハルは本気でおれと結婚したいわけではないんだよな?

  だとしたら、ここは魔王ジュリーに良いところを見せる必要というのは本来ならば必要ないだろう。


  しかし、ハルのことだ…….。

  おれが余りにも不甲斐ない姿を見せようとものなら、『よくもババアの前で恥をかかせたな!』とブチギレそうでもある。


  親子そろってプライドが高そうだし、一応おれはハルに選ばれて紹介された男というテイなんだ。

  最低限の実力は示しておいた方がいいだろう……。



  おれの中で決心がつく。

  そして、まっすぐとウェインを見つめるのであった。


  「どうやら覚悟も決まったようだな。それじゃ、いくぜ!」


  そういうとウェインはおれに殴りかかってきた。

  彼は風のように軽やかなステップで距離を詰めてくる。


  様子見の意味も込めて防御魔法を発動する。

  すると、闇の盾がおれの胸元に出現してウェインの正拳突きからおれを守ってくれる。


  「ほぉ、闇属性魔法か……」


  ウェインは感心したようにそうつぶやくと、体を一捻りして回し蹴りを繰り出す。

  防御魔法でかばえていない腰を狙ってきたのだ。


  おれはウェインの攻撃を見越し、一歩踏み込んで殴りかかる。

  正拳突きから回し蹴りに移行する無防備な今がチャンスなのだ。


  そして、闇を拳にまとっておれは殴りかかる。

  これでどうだ!



  しかし、おれのヘナチョコパンチなど魔族であるウェインには簡単に止められてしまう。

  彼はおれのパンチに対して、瞬時に防御魔法を展開してそれを無力化した。

  おれの拳ではウェインの防御魔法を割るだけの力がなかったのだ……。


  そして、一回転したウェインの回し蹴りをおれは喰らってしまう。

  一応、瞬時に闇の盾ダークシールドは展開したがそれでも威力を殺しきれず、おれは吹き飛ばされてしまうのであった。



  地面に転がるおれ。

  だが、寝っ転がって休んでいる暇などない。


  ウェインは次の攻撃態勢に入っていた。

  そこでおれはとある魔法を発動する。


  ウェインは攻撃魔法が禁止だとしか言っていない。

  能力強化アビリティエンハンスをかけるのは問題ないだろう。


  これは攻撃魔法の効力が下がってしまう代わりに、身体能力を底上げできる支援系の魔法だ。

  攻撃魔法が禁止のこの戦いなら能力強化アビリティエンハンスを使わない手はない。



  そして、改めて強化された肉体をもってしておれはウェインに挑む。

  先ほどよりも俊敏に、先ほどよりも破壊力をもった拳をで殴りかかる。

  もちろん、拳には得意の闇をまとってだ。



  だが、そんなおれの攻撃もウェインには受け流されてしまう。

  しかし、やつに攻撃を与える暇もなくおれは攻撃を繰り広げる。


  「なるほどな……」


  ウェインはそんなおれをじっくりと観察しながら何やら頷いている。



  ダメだ……。

  能力強化アビリティエンハンスを使っても歯が立たない……。


  流石、魔界の魔族はレベルが違うな。

  だけど、まだもう一つだけおれには切り札があるんだ。



  それは複合魔法——。



  今は拳に闇を纏っている状態だ。

  これは防御魔法の一種だが、素手で殴るよりも攻撃力が上がるのはわかっている。


  だとしたら、いつも使っている攻撃魔法のように属性をかけ合わせれば、これだって威力が上がるんじゃないかという仮説が立つ。



  やってやろう。

  闇属性と火属性をかけ合わせるんだ!



  おれは集中して魔法操作を行い属性をかけ合わせる。

  そして、この右手に闇の炎を纏うのであった。


  「何っ!?」


  いままでとは違うことをはじめたおれを見て、ウェインの表情も少しばかり動く。

  しかし、それは困ったような反応ではなく口が緩み楽しそうにしている反応であった。



  そして、魔力を拳に魔力を込めておれはウェインに殴りかかる——。



  彼はとっさに、風属性の防御魔法を展開する。

  先ほどと同じだ。


  突如として彼の目の前には渦巻く風の鉄壁が出現しておれの攻撃を阻む。

  さっきは押し負けてしまった……。

  だけど、今度は——。



  「いっっけぇぇぇぇええ!!!!」



  おれの渾身の一撃はウェインの防御魔法を破壊した。

  そして、彼の驚きつつも嬉しそうな表情が目に入る。


  もう一回だ……。

  防御魔法は突破した。

  次はウェインに直接——。


  そうしておれは拳に魔力を貯める。

  しかし、ここでウェインは大声をあげて戦いを止めるのであった。



  「よしっ、合格だ!!」



  その声におれは思わず動きを止める。

  拳に集めていた魔力を拡散させて、ゆっくりと拳をおろすのであった。



  へぇ……合格?



  突然の宣言に戸惑うおれにウェインが説明をする。



  「どうやらオマエは見込みがありそうだ! だから、ハルの旦那候補として認めてやると言っているんだ」



  えっ……冗談だよね?


  おれとしては、ハルの名誉とプライドを傷つけない程度に認めてもらえれば満足なんだけど……。



  こうして、おれと魔族のウェインの戦いは終わりを告げた。

  そして、それと同時に新たな問題もまた発生するのであった——。

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