280話 魔界の魔物(1)
「それじゃ、ヴァルターさんたちに挨拶してこないと!」
ハルの機転もあって魔界に行けることになったおれたち。
なんだかんだカシアスが折れてくれたのだ。
そのため、お留守番しているはずだったサラとアイシスも一緒に付いてくることになった。
危険な魔界でおれの身を護るにはアイシスもいてくれた方が安全だし、サラを人間界に一人置き去りにするのはそれはそれで問題だとリノが進言してくれたのだった。
魔界への旅はどれくらい長引くかわからないんだ。
しばらく留守にすることになるとヴァルターさんたちに報告しておかないとな。
おれたちはヴァルターさんたちのご好意でギルド街の宿屋に滞在させてもらっている。
急におれたちが連絡もなく消えてしまったとしたら問題になってしまうだろう。
だが、そんなおれに対してカシアスが指摘をしてくる。
「安心してください。転移魔法を使いますし、数時間で済みます。ですので陽が落ちる頃には帰ってこれるでしょう」
なんだ、つまりすぐに終わるんだからヴァルターさんに報告する必要はないとカシアスは言いたいのか?
おれとしては魔界に行ったらいったで何かと言い訳を見つけてカシアスたちと滞在することを狙っている。
しかし、どうやらカシアスはそれを見越して釘をさしてきたということなのだろう。
過保護な親にあらかじめ制限を受けているようでおれは複雑な気持ちになる。
だけど、ここはグッと我慢しないとな。
「それでも、伝言くらいは残しておいた方がいいはずだ!」
そんなおれの意見も通ったおかげで、おれたちは宿屋の女将さんに伝言を頼むことにした。
少し出掛けてくるからギルド関係者が訪れたら伝えておいてください、夕方までには戻りますと。
そして、少しカシアスとギクシャクしそうになりながらも無事に魔界に出発できることになったのだ。
おれたちはカシアスに、サラはリノに掴まる。
ハルもアイシスも転移魔法を使って魔界に行けるようだが、おれとサラは別だからな。
そこでカシアスとリノにお願いすることになったのだ。
「もしかして、怒ってたりするか……?」
おれはカシアスにこっそり尋ねてみる。
すると、カシアスは——。
「いいえ。ただ、無茶はしないでくださいね。今のアベル様にとって、魔界は本当に危険な場所ですので」
どうやら、カシアスは本気でおれのことを心配してくれているらしい。
「わかったよ……。危険なことは絶対しない! 約束する!」
おれはアイコンタクトをしてそう告げる。
すると、カシアスは少し微笑んでくれるのであった。
そして、おれたちは魔界に転移するのであった——。
◇◇◇
転移魔法を発動したときの特徴としては大きく分けて二つある。
一つは短距離の転移。
この場合は発動とともにすぐに目の前の景色が映り変わる。
本当に一瞬の出来事であり、戦闘において使用するときは注意しないと位置感覚がズレたり、思わぬ力の働きにテンパってしまうことも多い。
例えば、無策のまま地上から上空への転移をすると自由落下してしまうとかな。
そして、もう一つは長距離の転移。
この場合は発動してからすぐには転移することはなく、体中が光に包まれるという現象が起きる。
転移した後もしばらく光に包まれており、時間が経つと光のモヤが晴れて、先ほどまでとは違う光景が広がっているということになるのだ。
おれは人間界から魔界へ転移するとどうなるのかと少しだけ疑問に思っていた。
そして、その答えとしては後者であった。
カシアスが転移魔法を発動するとおれたちは光に包まれたのだ。
つまり、長距離の転移のときと同じ現象だ。
だが、今回は今までの長距離の転移とは別の現象が起きたのだ!
いや、これは現象というわけではないか。
もしかしたら、本来はいつもと何も変わっていないのかもしれない。
だが、おれは不思議な感覚に包まれたのだ。
いつもの長距離の転移魔法ならば、光のモヤが晴れるまで本当に転移したのかということはわからない。
しかし、今回はこの光のモヤが晴れる前に理解できたのだった。
あぁ、魔界に到着したんだって——。
これがとても不思議な感覚であった。
そして、そんな確信をもったおれの視界が開けていく。
どうやら、光のモヤが晴れたようであった——。
◇◇◇
荒野……?
おれの視界には
土とも岩ともいえぬ、アスファルトのように硬い地面が永遠とそこには広がっていたのだ。
草も木も、人工物も何ひとつ見えない。
ただひたすらにこの大地が広がっていた。
そして、その色が暗い橙色というわけだ。
一方、空もまた濁った暗い色をしていた。
太陽のようなものも一応は昇っており、光を照らしてくれているのだが、どことなく暗い。
それがこの不思議な世界を形づくっているのだろう。
しかし、おれが一番驚いたのはそこではない!
驚くべきは、なんといっても大気中に満ちている魔力の量なのだ!
以前、アイシスが話してくれたのだが魔界には人間界と比べ物にならないほど魔力が満ちているといっていた。
だから、魔力の薄い人間界に天使や悪魔は長居したがらないのだと。
その意味がおれにもようやくわかった!
転移魔法の光のモヤが晴れるよりも先に、おれが魔界に来たんだと実感した理由——。
それがこの大気中に満ちあふれる魔力の影響であった。
「ここが魔界……すごい魔力だな。これなら何だってできそうだよ……」
おれは思わずそうつぶやく。
これだけの魔力があれば、今までおれ一人で出来なかった規模の魔法も使えるかもしれない。
そう思ったのだ。
しかし、そんなおれの発言に対してカシアスが注意を促す。
「アベル様、一応忠告しておきますが無理はなさらないでくださいね。アベル様のお体もまた強くなっているというわけではないので——」
どうやらカシアスの言い方では、魔界に来たからといって魔法の担い手であるおれの体は変化していないようだ。
つまり、大量の魔力を扱って特大な魔法を撃ち続けることはできるかもしれないが、おれの体はその負荷に耐えられないということらしい。
まぁ、当たり前といえばあたりまえか。
器であるおれが変化しないのだから、適切に扱える魔力量の範囲もまた変化はしないのだ。
つまり、魔界で生まれ育ったカシアスやリノたちはこの魔力を使ってようやく本気が出せるが、おれやサラは今までどおりってことだろ?
なんだか、人間界にいるときより足を引っ張りそうで不安だよ……。
そんなことを思っていると、何やらおれの肌をピリピリと刺激する魔力が迸る。
なんだこれは……?
そう思ったのもつかの間、おれの周囲が急に暗くなる。
あれ、もう夜になったのか……?
ここでおれは思い出す。
この肌を突き刺すような感覚をおれは知っている……。
十傑の悪魔やその配下である上位悪魔たちが魔力を解放したときにも同じような感覚に襲われた。
つまり、今おれたちの近くには……。
そう思い空を見上げると、そこには空の色と同化したネイビー色の飛龍がいるのであった。
プテラノドン……!?
前世の記憶である恐竜の知識と目の前のバケモノの見た目が完全に一致する。
ギュェェェェエエエエ!!!!
そして、鳥とも龍とも思えるそのバケモノは大きなクチバシをあけておれに向かってくるのであった——。
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