第六章

278話 動きだす者たち

  《天雷の悪魔》ユリウスの魔王城にて——。



  魔王城の一室ではユリウスを中心に7人の上位悪魔たちが席に着く。


  彼らは急遽ユリウスに召集されたのだ。

  そんな彼らは静かに席に着くとユリウスをジッと見つめているであった。

  これから何が起こるのかをそれぞれが想像しながら……。


  黒い瞳に美しい金色の髪をもつ男——。

  魔王ユリウスは全員が席に着いたことを確認する。


  彼らはユリウスの配下のなかでも最強クラスに位置する十傑の悪魔たちであった。

  ユリウスは十傑の悪魔たちが揃ったことを確認すると会議をはじめることにする。


  さっそく彼は語りはじめるのであった——。


  「残念な知らせがある。ユリアン、エストローデに次いでハワードも殺された……」


  彼のこの発言に7人の顔色が途端に変わる。

  十傑の悪魔たちにとって、これは重大な件であるのだ。


  明らかに敵対している者たちがいる。

  それも魔王クラスの力をもつ彼らを殺せるほどの実力者が——。


  「誰に殺されたんですか?」


  十傑のなかの一人、眼鏡をかけた茶髪の男がユリウスに問いかける。

  それに対して、ユリウスは包み隠すことはせず、はっきりと答えるのであった。


  「カシアスと例の少年アベルだ」


  「下界で衝突することがあり、そこでこのような結果になっているのだ……」


  ユリウスは下界で起きたことを十傑の悪魔たちに報告する。


  「ほう……。なるほど」


  それを聞いた茶髪の男は頷きながらどこか納得するように答えるのであった。

  そして、この男に続いて他の悪魔もユリウスに問いかける。


  「それでアンタは俺たちにも死ねっていうのか? あの3人みたいによ」


  鋭い目つきをした赤髪の男が威圧的にそう告げる。

  この男はユリウスが自分たちを使い捨ての道具だと思っているのではないかと考えたのだ。


  そして、このような考えをもっているのは彼だけではなかった。

  言葉にしないものの、何人もの悪魔たちが同じことを考えていた。

  カシアスに消されるとしたら、次は自分なのではないかと……。


  そんな彼の言葉を受けてユリウスはひと言だけ答える。


  「いいや……」


  たったひと言だけの回答。

  その答えに周囲の悪魔たちはユリウスに対して不信感を表す。


  だが、ユリウスは彼らからのその視線を全て受け流す。


  「少し、聞いてくれないか……」


  そして、そんな空気のなかで彼は配下たちの名を呼ぶのであった。


  「クロム」


  「はい」


  先ほど質問をした、眼鏡をかけた茶髪の男が応える。


  「ルシェン」


  「ういっす……」


  鋭い目つきをした赤髪の男もまた不満そうにしながらもユリウスの呼びかけに応える。


  「バロン」


  「ハイ!」


  水色の髪をなびかせた男が元気よく応える。

 

  「フェリクス」


  「はい……」


  黄色の長髪をした男は含みを持った笑顔で応える。


  「ルノワール」


  「はーい」


  紫色の髪をした男が手を挙げて能天気に応える。


  「カスティーオ」


  「うむ…….」


  漆黒の髪をした細身の男が静かに応える。


  「シャノアール」


  「はいっ……」


  片目を白い髪で覆い隠した男はユリウスをジッと見つめて応える。


  そして、彼らの名を呼んだユリウスは自らの意思を語るのであった。


  「時は来た……。これから戦争がはじまる」


  この言葉に十傑の悪魔たちは覚悟を決めたような真剣な顔つきになる。

  いよいよこの時が来たのだと……。


  誰ひとりとして、ユリウスに文句や意見を述べる者はいなかった。

  彼らはずっと昔からその覚悟はできていたのだ。


  「お前たちにも動いてもらうことになるだろう……。そして、俺からの命令はたった一つだ」


  「一人たりとも死ぬな! 俺からはそれだけだ……」


  そんなユリウスからの激励の言葉をもらい、悪魔たちの魂にその言葉は響く。


  そして、クロムが隣に座るカスティーオに話しかける。


  「……なんていうのが本当あの人らしいよね」


  「そうだな……。だが、覚悟はできている。俺たちは俺たちの使命に従うまでだ」


  「そうだね……。それじゃさっそく、この世界を地獄に変えていこっか」


  寡黙な男カスティーオに対して、クロムは満遍の笑みでそう語りかける。


  「それでは行くぞ!」



  こうして、魔王ユリウスたちは動きはじめるのであった——。




  ◇◇◇




  《賢聖の天使》ゼノンの魔王城にて——。



  魔王の玉座に座る《賢聖の天使》ゼノン。

  彼の魔王城のなかでもこの空間は格別に広い。


  彼に従うすべての国民——つまり、天使たち数千人を一同に集めることも可能とするほどだ。

  だからこそ、彼らは定期的にこの空間で下界に関する報告会を行なっていた。


  しかし、そんな魔王の玉座があるこの空間も今はガラリとしており、天使たちの姿はほとんど見えない。

  そんなゼノンの側に仕える四大天使が一人だけいた。

  彼女の名はエクステリア——茶色の長い髪が特徴的な少女の姿をした天使だ。


  四大天使とは、いわば魔王ユリウスが従える十傑の悪魔に対応する者たち。

  魔王ゼノンが従える魔王クラスの四人の天使たちのことであった。


  そんな四大天使のエクステリアに向かってゼノンは呼びかける。


  「どうやら、ユリウスが動き出したようだ。もそろそろだろう……」


  「エクステリア、下界にいるすべての天使たちを集めておけ! これから戦争が始まるぞ」


  ゼノンはユリウスの動きを察知して配下にそう告げる。

  すると、エクステリアと呼ばれた少女は答えるのであった。


  「承知しました、ゼノン様。一応、私の方からにも声をかけておいた方がよろしいでしょうか……?」


  エクステリアの言葉を聞き、ふっと笑うゼノン。

  彼の脳裏には様々な者たちの姿が思い浮かんでいる。


  《賢聖の天使》と呼ばれるほど知性があり、頭の回るゼノンには既に未来と呼ぶべき光景が見えているのであった。


  「もちろんだ。そうでなければ始まらないだろう」


  「ハッ! かしこまりました」


  エクステリアはそう告げるとゼノンの前から姿を消す。

  そして、誰もいなくなった玉座でゼノンは微笑むのであった。



  「楽しませてくれよ……。お前らがどんな顔をするのか俺に見せてくれ」




 ◇◇◇




  魔王ヴェルデバランの魔王城にて——。



  魔王ヴェルデバランが暮らす魔王城の最深部には選ばれし配下たち——『四皇』しか立ち入ることの許されないエリアが存在した。


  そして、そんな魔王城の最深部にてカシアスとリノが大きな扉の前にひざまづく。

  カシアスたちは扉の向こうにいる人物とこの最深部で会話をしているのであった。


  『そうか……。遂にユリウス本人が動き出したか』


  魔王ヴェルデバランの声が扉の奥から聴こえてくる。

  それは耳に優しく響いてくる低い男性の声であった。


  「はい……。どうやらアベル様に直接接触したようです」


  そんな彼の声にカシアスは応える。


  カシアスたちの報告を受け、扉の奥にいる人物は悩むように考え出す。


  『もしかすると、私も動かなければならないかもしれない……。しかし、それはやつらの思う壺というもの……』


  『まだその時ではないのだ……。どうか、できる限りのお前たちの力だけで耐えてくれないだろうか。申し訳ないのだが、それが私からの願いだ』


  ヴェルデバランの声はそう語る。

  まだ自分が動き出すタイミングではないのだと……。


  そんな彼の言葉にリノも頷く。


  「もちろんです……。我々はヴェルデバラン様のためならば、命をかけて戦いますとも」


  こうして、彼女もまたその声に応えるのであった。



  「また……戦争がはじまるのだな」



  扉の奥からは魔王ヴェルデバランの嘆きの声が漏れてくるのであった。

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