257話 覚悟とプライド

  セアラを庇うようにして、たった一人でラズとリズに立ち向かうことに決めたアイシス。

  しかし、彼女は上位悪魔であるラズとリズが召喚した雷獣とゴーレムに押されてしまうのであった……。



  強靭な肉体を持ち、迅速に大地を駆けて突撃してくる雷獣。

  その鋭い牙と爪には雷属性の魔力が込められており、アイシスといえどその攻撃を受けてしまえばタダではすまないだろう……。


  彼女は何匹も集団で襲いかかってくる雷獣たちを相手に近距離での戦闘は避け、遠距離からの攻撃魔法と防御魔法で対抗する。

  これは魔法耐性が低い雷獣相手には、武具を使った近接戦ではなく魔法を使った遠距離戦で戦うセオリーに乗っ取ってのことだ。


  魔物の多くは高い魔力量を誇っているが、その魔力を使って自由自在に魔法を使えるというわけではない。

  そのため、多くの魔物は防御魔法のような魔力を消費して自分の身を守る手段を持っていないことが多いのだ。


  現に雷獣もその部類であり、強靭な肉体と帯電している体毛が彼らの防具なのだ。

  つまり、雷獣相手には物理攻撃よりも魔法攻撃が有効である。


  アイシスもそれはわかっていた。

  しかし、『守護者使い』のラズが召喚したゴーレムたちがそう攻めさせてくれないのであった。


  雷獣を狙うアイシスの攻撃魔法を、ゴーレムたちは自らの肉体で受けとめてゆく。

  まるで、彼女の魔法に吸い寄せられていくかのように雷獣の身代わりとなって被弾するのであった。


  だが、彼女を攻撃魔法を受けたゴーレムたちには傷ひとつも付かなかった。

  これはあのゴーレムたちが魔界にあるマテライト鉱石という対攻撃魔法に優れた特殊合金で創造されたものだからである。


  マテライト鉱石はその性質から、魔剣や魔槽、魔防具にも使われることが多いレア鉱石である。

  このゴーレムたちの存在により、アイシスの雷獣たちへの攻撃はほとんど意味を為していないのであった。


  そして、上位悪魔であるラズとリズが召喚した使い魔たちにジワジワとアイシスは追い込まれていくことになる。

  そんな姿を見た彼女たちは高らかに声をあげてアイシスをあざ笑うのであった。


  「ふふふっ……。無様な姿ね、アイシス!! かつての凛々しく、気品に満ちた貴女からは考えられない姿よ!!」


  「《常闇の悪魔》なんて呼ばれて、十傑様たちと同格とまでもてはやされた貴女も、今となっては見る影もないわね! 裏切り者には相応しい姿よ!!」


  そんな彼女たちの言葉をかけられても、アイシスは反応する余裕すらない。

  ただ、静かに魔力をゴリゴリと削られていくだけ。


  「くっ……。このままでは、私だけでなくセアラ様までも……」


  アイシスはこの状況を把握して、覚悟を決めるのであった。


  このままでは、彼女自身はもちろんセアラまでも死なせることになってしまう。

  それならば、自分一人の命で済ませるしかないのだと……。


  悪魔を含めた精霊体は大気中の魔力に魂が宿った存在である。

  そのため、彼らの肉体は絶えず外部から魔力を供給して保たれている。


  つまり、その供給以上の速度で魔力を消費していく場合……。

  さらには魂を構成している魔力までを消費していく場合には精霊体には死が待ち受けている。



  そして、彼女は主人であるカシアスから禁忌とされている魂の魔力を消費する魔法【常闇位相ダークネスフェイズ】を発動するのであった——。



  アイシスが特大の魔力を解放したことにより、周囲には魔力爆発が巻き起こる。

  それにより、彼女を取り囲んでいたラズとリズの使い魔たちは蹴散らされることとなった。



  「あら……? まだそんな力があったの。でも、所詮死にぞこ……」



  舞い上がった砂けむりが落ち着き、再びアイシスの姿を目にした上位悪魔ラズは言葉を呑み込む。

  彼女の目に飛び込んできたのは、美しい銀翼を広げた白銀の悪魔ではなく、漆黒の闇に包まれ紅い眼光をギラつかせる純黒の悪魔であった。


  初めてみるアイシスのその真の姿に、二人の上位悪魔は畏怖してしまうのであった……。



  「先ほど、私の姿を侮辱していたようですね……。ですが、私から言わせれば貴女たちの方こそ醜い姿を晒すようになりましたよ……」


  「かつて貴女たちは屈託のない素敵な笑顔を見せていたはずですが、いつからそんなゲスな笑みを浮かべるようになったのですか……?」


  「哀れなこと、この上ないです……。いい機会ですし、この際私がその哀れで醜い貴女たちを存在ごと消して差し上げますよ。準備はいいですか……?」



  使い魔たちを一蹴し、ラズとリズとの間に阻むものがなくなったアイシスは彼女らにそう宣言する。

  だが、彼女のその言葉に身体が固まってしまっていた二人の悪魔は我にかえる。

  自分たちを裏切った、自分たちよりも弱い悪魔にコケにされているのだと……。



  「なんだと……? この裏切り者が!! いつまでも自分の方が上だと思いあがってるんじゃねぇぞ!?」



  「アイシス、生意気な口を叩くのも大概にしろよ……。昔はともかく、今は私たちの方が実力が上だってことをその身に教えてやろうじゃねぇか……!!」



  上位悪魔のラズとリズも魔力を解放する。

  ここからは召喚した使い魔たちではなく、自らが戦うことを選択する。



  「今の私では貴女たち二人を一方的に倒すのは難しいでしょう……。ですので、道づれです!!」



  アイシスは命を懸けて戦うことを決意する。

  こうして、上位悪魔同士の熾烈な戦いがはじまるのであった……。

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