255話 アベルの試練(2)

  パチンッ!!



  再びセルフィーは指を鳴らして合図をする。



  なんだと……。

  次の試練だって……。

  まだ、終わりじゃないのか……?



  おれの脳裏に先ほどの光景が甦る。

  彼女の合図とともに現れたゾンビ状態の人間たち。

  おれは彼らをこの手で……。



  救えなかった者たちへの無念と自分の無力さから自然と涙が溢れてくる。

  ぼろぼろと落ちるその涙をおれは血で染まった手で必死に拭う。



  ダメだ……。

  こんなんじゃ、ダメなんだ……!



  戦え、アベル!

  お前には護りたいものがあるんだろ!!



  おれは自分自身を鼓舞して、感情を奮い立たせる。

  そして、覚悟を決めるのであった。



  すると、彼女の合図とともに再び物陰からゾロゾロと人が出てくる。



  ん……?

  若いな……。



  それがおれが最初に思った感想であった。


  二十歳ハタチ前後と見られる男女の若者が階段の裏や柱の陰から次々と姿を現す。


  先ほどのやつらとは雰囲気がまったく違う。

  ギルド職員たちとは異なり、統一された制服を着ているわけでもなければ、その瞳の焦点が定まっていないというわけでもなさそうであった。


  そして、セルフィーがおれに向けて告げる。


  「この子たちが誰だかわかるかしら……?」


  ニヤニヤとほくそ笑むセルフィー。


  彼女はこれを試練と呼んでいた。

  それに、彼女が笑っているところを見ると……。


  直観的に、次の試練とやらをおれは察した。

  嫌な予感がする……。


  「おい、もしかして……」


  「そう! その子たちはエトワールが私に差し出した孤児どもよ!」


  嫌な予感は的中する。


  「次はこの子たちにあなたの相手をしてもらおうかしら。なかなか手強いと思うわよ。なんたって、この私が一流の冒険者として育て上げたのだから……。ふふふっ」


  エトワールさんは言っていた。

  魔力が高く、才能のある子どもたちはセルフィーに冒険者として売っていたと。

  それがこの子たちなのか……?


  「おい、セルフィー!! お前、この子たちに何かしてないだろうな!?」


  おれは高みの見物をしているセルフィーに向かって声を荒げる。


  「さぁね? 覚えてないけれど、使えない子どもたちにはちょっと手を加えちゃったかもしれないわね〜」


  「おい、それってどういうことだよ……」


  「ふふふっ、この中でだれが生きていてだれが死んでいるのか、あなたにはわかるかしら……?」


  彼女のその言葉がおれに重くのしかかる。


  嘘だろ……。

  また、おれはこの手で剣を振るわないといけないのか……。


  いや、それだけじゃない。

  もしかしたら、おれは護るべき者をあやめてしまうかもしれないのか……?


  「早くここを通過しないと、この先で待っている子どもたちはみんな死んじゃうわよ?」


  「それが嫌だったら、今ここで全員殺しちゃうことね〜。ふふふっ」


  この子たちだけじゃない……。

  まだ、他にもいるというのか……?


  「セルフィー!!!!」


  おれは怒りを露わにして彼女のもとへと向かおうとする。


  子どもたちと戦うわけにはいかない。

  おれが倒さなければならないのはあの女一人だけだ!!


  転移魔法を発動しようとする。

  だが、どうしてかはわからないが上手くいかなかった。


  そうか、ここはハワードが支配する亜空間だとあの男は言っていた。

  何か転移魔法を阻止する要因がここにはあるのかもしれない。



  ならば!!



  おれは全速力で駆け出して、セルフィーのもとへと向かう。

  転移魔法がダメでも、この足を使えばいいだけだ!!



  「あらあら、怖いぼうやね〜。でも、言ったはずよ。あなたの相手はそこにいる子どもたちだってね……」



  駆け出したおれの前に二十歳前後の男女が何人も立ちはだかる。

  そして、彼らはおれに向かって魔法を発動してきた。


  「土弾丸アースバレット!!」


  「火炎流ファイヤーフレイム!!」


  想像を超える火力の魔法が至近距離からおれに向かって放たれる。



  「闇の壁ダークウォール!!」



  それに対して、おれは漆黒の防御魔法を瞬時に展開してそれらを防ぐのであった。

  そして、おれは彼らに向かって戦いをやめるように呼びかける。


  「おれはアンタたちを助けに来たんだ! だから、邪魔しないでくれ!!」


  おれは懸命に彼らに呼びかけた。


  「覚えてないかもしれないけど、アンタたちには帰る家があるんだ! アンタらは孤独じゃないんだ!!」


  「あそこで踏ん反り返っている女を倒せばすべてが終わるんだ!! 頼む、おれを信じてくれ!!」


  だが、おれの声が彼らに届くことはなかった……。


  彼らは顔色一つ変えずに、おれに向かって攻撃を仕掛けてくる。

  まるで、おれの声が聞こえてすらいないかのように……。


  そこでおれは気づく。

  そうか、悪魔たちから思考誘導を受けていたのか!


  確か、エトワールさんは言っていた。

  セルフィーに引き渡す子どもたちは、記憶を消すために悪魔から思考誘導をかけられていると。

  ならば、彼らもそのせいでおれの声が届いていないのではないか?


  だとしたら非常にやっかいだ……。


  正直なところ、彼らは本当に強い。

  一人ひとりが相手なら負けることはないが、殺さないようにと気をつけながら何十人もまとめて相手にするのは困難だ。


  流石、エトワールさんが育て上げただけのことはあるぜ……。

  おれは追い込まれている状況にも関わらず、そんなことを思ってしまった。


  一度、冷静になっておれは物事を考える。


  今回の相手はおれが護らなければならない子どもたちだ。

  殺すわけにはいかない。


  だが、中には既にもう手遅れの者もいるそうだ……。

  その場合はおれがけりをつけるしかないだろう。

  だが、彼らの生死をどうやって見分けるんだ?


  クソっ……。

  どうしたらいいんだ。


  おれは少しずつ、彼らに追い込まれていく。

  彼らが実力者であるということ、連戦であるということもありどんどんと魔力が削られていく。


  このままでは、先におれがギブアップしてしまうだろう。


  「あんたたち! 目を覚ましてくれ!!」


  「頼むよ! ほんとうはこんなことしたくないはずだろ!?」


  おれは藁にもすがる思いで思考誘導を受けている子どもたちに訴えかける。

  もしかしたら、おれの言葉で意識を取り戻せるのではないかと期待しながら……。


  だが、現実はそう甘くない。

  初めて会ったばかりの子どもの言葉で上位悪魔がかけた洗脳が解けるはずがない。


  おれは徐々に追い込まれていく。

  思考誘導が解ければ生きているとわかる。

  つまり、最後まで思考誘導が解けなかった者たちは死んでいて操られているんだ。


  そう考えてみてはしたが、この作戦は無理が過ぎたらしい……。

  無駄な体力だけを消費してしまった。


  考えろ……。

  考えるんだ!!


  どうしたら、彼らを助けることができるんだ。

  どうしたら、おれは……。


  そこで、おれは発想を転換することにする。

  生者を探して助けるのではなく、死者を見つけて殺める方がいいのではないかと。


  このままでは先におれの魔力と体力が尽きてしまう。

  ならば、まず初めにすることは敵の戦力を削いで時間を稼ぐことだ。

  そして、それから生者を助ける方法を考えるというのが良いのではないかと。


  だが、おれはこの作戦には一つだけ欠点があることに気づく。

  それは、だれが生者でだれが死者であるかというのを判断できないことには始まらないことだ。


  思考誘導を解除できたら生者、最後まで解除できなかったら死者とはわかる。

  だが、こんな方法じゃダメだ!


  何かないか……。

  他に彼らの生死を確認する方法はなにか……。


  思考の合間にも、絶えずおれは彼らから攻撃を受けている。

  剣や斧に魔力を込めて襲ってくる者もいれば、遠距離から魔法を連射してくる者もいる。


  おれは必死にそれらから身を守りながら、耐えて耐えて思考を巡らせていた。

  そして、先ほどのゾンビ状態のギルド職員たちとの戦闘を思い出す。


  そうだ!!

  さっき、おれが気絶させて無力化させようとしていた時、ゾンビ状態だった死者は気絶することなく起き上がってきた!


  ならば、こいつら全員を気絶させてみればいいんじゃないか?

  それで起き上がってきたやつらが死霊術で操られている者たちということになる!!


  だが、ここで再び大きな問題にぶつかることになる。


  いったい、どうやって彼らを気絶させるんだ?

  普通に攻撃して倒しただけでは、判断が難しい……。


  起き上がってきたとして、ゾンビ状態だから気絶しないのか、単純におれの攻撃に耐えて起き上がったのかが判断つかない!

  もしも間違えてしまえば、おれは生きている者を殺めてしまうことになる……。


  クソッ……この方法でもダメなのか……。


  そう諦めようとしていたときだった。

  ふと、おれはハルのことを思い出す。


  彼女に初めて会ったときに見た光景を——。

  ハルの足もとには凄腕のギルド職員たちが死んだように気絶して転がっていたあの光景を……。


  後に、彼女はおれに語ってくれた。

  あれは「衝撃波ショックパルス」という魔法で気絶させただけだと。

  だから、命を奪ったわけではないのだと。



  できる……!!


  命を奪わずに、気絶させることは可能だ!!



  衝撃波ショックパルスは魔力の塊を相手にぶつけて意識を奪う魔法だ。

  だが、攻撃対象の実力に見合わない魔力量を与えてしまうと気絶だけでは済まず、殺傷能力を持つ危険な魔法でもある。

  だからこそ、ハルは軽く撃ったと言っていたし、彼女はそれを判断できる眼と調整できるだけの技術を持っていた。

  流石は次期魔王様だ。


  しかし、おれにできるか……そんな微調整が?


  失敗すれば彼らの命を奪ってしまうかもしれない。

  おれだって、アイシスから魔法として習ったことはあるが人間に対して使うのは初めてだ。

  恐怖心はある……。

 

  だが、やるしかないだろ!

  他に方法は見つからないんだ!


  エトワールさんと約束したんだ。

  エトワールさんの代わりに、おれが助けてくるって。


  それに、おれ自身が思ってるんだ。

  彼らを救いたいって……。



  だったら、やるしかないだろ!!



  おれは覚悟を決めるのであった。


  防御魔法を解除して、数歩後ろへと下がる。

  突然の出来事に、彼らは一瞬ためらいを見せる。


  思考誘導を受けているとはいえ、考える力を奪われているわけではない。

  おれが今までと違う行動を見せたために、警戒しているのだろう。


  おれは両手重ねて彼らの方へと伸ばす。

  そして、合わせた手に魔力の流れを作っていく。

 

  散々、魔力を込めた一撃を受けたり、魔法の連射を受けてきたんだ。

  彼らがどの程度の魔力を持っているのかは把握できた。

 あとは、彼らを気絶させるだけの威力へと魔力を調整するだけだ。



  不安はある。

  失敗はできない。


  だが、これからやろうとしていることは実現可能だという自信と、それを行うための覚悟はある!!



  長かったろう……。


  ずっと、記憶もないないまま何年間も戦わされて……。


  いつ死ぬかとわからない中で、そして死んでからもその体は解放されなくて……。


  今、助けてあげるから……。



  体内にある魔力が意思を持って流れていく。

  そして、おれは魔力の衝撃波を解き放つのであった。



  「衝撃波ショックパルス!!!!」

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