252話 アベルの試練(1)

  「お前たち、やってしまいなさい」


  セルフィーの合図によって、今まで隠れていた衆敵が姿を現す。

  彼らはセルフィーと共にゼノシア大陸から姿をくらませた冒険者ギルドの職員たちのようであった。


  50人ほどであろうか。

  統一されて制服をその身に纏い、剣や斧で武装している者も多数いる。

  彼らはセルフィーのもとへおれを行かせないようにと、彼女のもとへと向かう階段前に固まる。


  気は進まないがやるしかないだろう……。

  おれは大地を強く蹴って、敵の集団に向かって一直線で突き進む。

  そして、魔剣を振りかざして彼らをなぎ倒していくのであった。



  「ハァァァァアア!!!!」



  おれの魔力をふんだんに吸い込んだ漆黒の魔剣は、彼らの武器をいとも簡単に粉砕し、彼らが放つ魔法をも切り裂いた。


  紅蓮の炎だろうが、鋭利な岩石だろうが純粋な魔力量が桁違いだ。

  彼らの攻撃は一切おれを傷つけることはなく、ただ一方的におれが彼らを蹂躙していく。


  彼らの剣撃や魔法を軽い身のこなしで避け、複数の攻撃で躱しきれない時は魔剣を使って防ぐ。

  そして、こちらは相手の武器を粉砕して、回し蹴りや魔剣の柄を敵の腹部に入れる打撃技で彼らの意識を奪う。


  もちろん、彼らだって人間界では敵なしだというほどの実力を持っている。

  なんたって、元々は人間界を魔物たちから護るための存在なのだからな。

  しかし、今のおれを相手にするにはその実力も人数も圧倒的にたりていなかった。



  彼ら全員が崩れ落ちるまでには、一分もかからなかったと思う……。



  ◇◇◇



  ふぅ……ふぅ……。



  おれの足もとには何十人もの人間たちが崩れ落ちている状況だ。

  全員、殺してはいないが気絶している。

  まるで、ダークエルフの少女ハルと初めて会ったときに見た光景のようだな……。



  軽く息は上がってしまったが、それでも体力も魔力も存分に残っている。

  この程度でおれをどうにかできるなど、セルフィーも甘いやつだな。


  「おい、これで全員か? もう他にお仲間がいないなら、次はお前の番だ!!」


  おれは階段の上を見上げ、セルフィーにそう宣言する。

  彼女はそんなおれの姿をみて楽しそうに微笑んでいるのであった。


  「思ったよりは成長してるみたいね……。でも、それで勝った気になるなんてまだまだよ」


  セルフィーは不気味な笑みを浮かべておれにそう告げる。


  勝った気でいるだと……?

  何を言っている。

  おれは既にセルフィーの仲間たちを全員討ち取ったぞ。



  そんなことを思ったときであった——。

  おれの顔面を目がけて、紅蓮の炎が背後から飛んでくるのであった。


  「なっ!?」


  おれはそれに気づくと咄嗟とっさに闇属性の防御魔法を展開して身を護る。


  「ほら言ったでしょ? あなたはまだまだだって……」


  セルフィーがおれを見下ろしながらそうつぶやく。


  そしてなんと、気絶していたはずのギルド職員たちが次々と身体を起こしはじめたのであった。



  バカな……。

  あのだけの衝撃を受けて立ち上がれるだと?

  いったい、どういうことなんだ……。



  おれは目の前で起きている状況を読み込めていなかったが、ひとまず彼らから距離をとって戦況を整理する。


  先ほどまで気絶していたはずなのに、次々を起き上がり再びおれを目がけて攻撃をしてくるギルド職員たち。

  そんな攻撃を受け流していると、おれは彼らに共通する一つの特徴に気づくのであった。


  「おい、セルフィー! まさかこの人たち……」


  そこでおれは言葉に詰まる。


  おれが気づいたこと。

  それは、彼らの瞳がおれを向いていないということだ。


  白目状態の者もいれば、明後日の方向を向いている者もいる。

  まるで、前世でみたゾンビ映画のゾンビのような姿で彼らはおれに立ち向かってくるのであった。


  そんなおれの状況をみたセルフィーは笑いながらおれに向けて事実を告げる。


  「そうよ! あなたもやっと気づいたみたいね。彼らは既に死んでいるのよ。そして、可哀想に悪魔に操られている」


  「ぼうや、あなたまだ人を殺したことがないみたいね。それも人殺しが怖いからって理由で……」


  「どう? じゃあ、死人は殺せるのかしらね〜? ふっふっふっふっ」


  セルフィーは顔を歪めて苦悩するおれを愉快そうな表情で見つめる。


  クソッ……。

  想像していた以上にやっかいだ。


  彼らは既に死んでいて、ハワードの死霊術で操られているだけだった。

  つまり、気絶するはずなどなく、彼らを倒すにはその肉体を滅ぼすことしかない。


  だが、おれにそんなことができるのか……。


  やることは決まっている。

  動物や魔物を殺すのと同じようにすればいいだけだ。


  魔法を使ってもいいし、魔剣を使ってもいい。

  だけど、おれの心にかかる重圧はまったく別のものだ……。


  まるで生きている。

  人間の姿をして動いてる。

  そんな彼らに、おれは剣を突き立てなければならない……。


  やらなければいけないことだとはわかっている。

  だけど彼らの姿を見ていると、どうも死者だとは思えなくて、人間であると思えてしまって、おれの腕が重くなってしまう。



  これが覚悟というものなのか……?



  結局、おれは決断ができないまま彼らの攻撃を一方的に受けることになってしまった……。


  もしかしたら、あの中に一人でも生きている人がいるかもしれない。

  だとしたら、殺傷能力のある魔法は無闇に使えない。



  わかっている……。



  心の底ではわかっているんだ……。



  本当はあの中に生きている人なんて一人もいないことは。

  だけど、こうして煮え切らないおれの行動を正当化するために、言い訳を見つけて躊躇っているのだと。


  『何を諦め、何を護るのか、誰しも選択を迫られるときがやってくる。だが、お前にはその選択ができないのだ』


  あの時、男に言われた言葉が脳裏にぎる。


  おれは何を護らなきゃいけないんだ……。


  そのために何を諦めなきゃいけなんだ……。


  わかっている。

  そんなの頭の中ではわかっている。

  だったら、やるしかないじゃないか。


  『言っておくが、カシアスやアイシスはそういった覚悟をはっきりと持っているぞ』


  男は言っていた。

  カシアスたちには覚悟があると、そしておれにはそれがないのだと……。


  おれはカシアスたちと共に戦う仲間なんだ。

  おれがあいつらの足を引っ張るわけにはいかない。


  やるしか……ないんだ!!



  『ならば見せてみろ! その手でその覚悟とやらを証明してみせろ!!』



  おれが彼らをやらなかったとして、そこに救いはない……。


  だって、死者は決して蘇らない。

  それはカシアスたちから教わった絶対真理。


  おれは彼らを救えない。

  ならば、救える者だけでもおれは救わなくちゃいけない……。



  一筋の雫が瞳からこぼれる。

  そして、それはおれの頬を濡らしてゆく。



  ごめんなさい……。



  そして、安らかに眠ってくれ……。



  「うわぁぁぁぁああああ!!!!!!!」



  おれは魔剣を片手に駆け出して、再び敵のもとへと向かう。

  そして次の瞬間、おれの手元には柔らかい肉を突き刺す感覚が伝わる。


  頑丈な肉体を持つ魔物たちを切り裂くのとは、明らかに違う感触だ……。

  そして、魔剣に魔力を流してを肉片へと変える。


  鼻には焼け切った肉の臭いが、耳にはが発した最後の叫びがこびりつく。


  早くこの感触が消えて欲しい。

  その思いからおれは叫び続けた。



  「うおぉぉおお!!」



  「ゔおぉぉぉぉおおおお!!!!」



  一人を殺めたらもう一人、そしてさらにもう一人……。

  次々におれは魔剣を振るい続けた。



  「あぁぁぁぁああああ!!!!」



  「ぐぁぁぁぁああああ!!!!」



  地獄のような時間だった……。


  途中からおれは感情を失い、ただ叫びながら作業を行う機械のようになっていた。


  そしてすべてが終わった時、この手も魔剣も真っ赤な返り血で染まっていた。


  この光景も、この臭いも、この音も、この感触も……。

  おれは生涯忘れることはないだろう——。



  命を懸けて死ぬ気で戦う……。

  それが『覚悟』だと思っていた。


  だが、それだけじゃない。

  生きて戦い続けることもきっと『覚悟』なんだ……。


  そう、おれは感じるのであった。



  「すばらしいじゃないの!」



  放心状態であるおれに対し、セルフィーが拍手をしながらそう告げる。


  そうだ……。

  まだ、あいつがいるんだった……。


  おれは視線を上に向けて、愉快に見物をしているあの女を見つめる。

  そして、彼女はおれと目が合うと語りだすのであった。



  「いいじゃない! 良いものを見せてもらったわ! さて、それじゃ次の試練といこうじゃない!!」



  パチンッ!!



  再びセルフィーは指を鳴らして何かの合図をする。



  なんだと……。

  次の試練だって……。

  まだ、終わりじゃないのか……?


  おれの脳裏には彼女のその言葉が何度もぐるぐると巡っているのであった。

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