253話 ヴァルターたちの戦い

  囲まれた……。


  悪魔たちの魔法によって、僕たちは太陽が強く照りつける大海原へと転移した。

  そして、そこに現れたギルド職員の制服を着た裏切り者たち。


  ぞろぞろと船のデッキに姿を現した彼らはその圧倒的な数で僕たちを囲んでいく。

  これは非常にまずい事態だ……。


  密集したこの状況かつ場所が船の上となると、派手な魔法は使えない。

  仲間を巻き込んでしまったり、船ごと沈んでしまったりすることになるだろう。


  こうなってくると自然に僕たちの戦い方も限られてきてしまう。

  そうなると、敵がそこまで読んで先の一手を準備していた場合、圧倒的に僕たちは不利だ……。


  これは仕組まれた戦い。

  この戦場では何が起こるかわからない。


  だが、こんな事態にも関わらず一人だけ涼しい顔をしている者がいる——。

  それはあのハルという魔族の女だ。


  アベル君たちは彼女のことを信用していいと言っていたが本当にそうなのだろうか……。

  彼らの前だけでいい顔をしていて、本当は彼女こそが今回の件の黒幕なのではないかと思ってしまう。


  それとも、魔族である自分はこんな雑魚たち相手にやられる心配などないということなのだろうか?

  一応、彼女のことも警戒しておいた方がいいのかもしれない。



  じわりじわりと少しずつ彼らは距離を詰めてくる。



  そして、戦況は動いた——。




  ◇◇◇




  僕の目の前にいた茶髪の男剣士がこちらを目掛けて飛び出してくる。

  それを合図に僕らを囲んでいる者たちが一斉に襲いかかってきたのであった。


  僕は背中にかけてあった剣を取り出すと、茶髪の男剣士の攻撃をその剣で受け止める。

  その見た目とはかけ離れた凄まじいパワーに一瞬押し切られると思ったが、うまく力を逃してその攻撃を受け流す。

  そして、ゼロ距離で風属性魔法を発動して男を吹き飛ばすのであった。


  男は迫り来る敵たちの集団のなかへと飛ばされて、ドミノ倒しの原理でそこから敵の一角が崩れていく。

  僕はこの瞬間、目の前がガラ空きになったことで一時ひとときの安全を確認すると、周囲を見渡して仲間たちを確認する。



  僕の隣にいたレーナは攻撃魔法を連射することで敵の足留めに成功していた。

  今のところ、彼女は特に問題ないだろう。


  ただ、彼女が得意なのは攻撃魔法ではなく支援魔法だ。

  それに彼女が持つ魔力量は精霊のなかで特段高いわけではない。

  魔力量が僕らとさほど変わらないことを考えれば、戦闘が長引くほど彼女も次第に押されてくるだろう。

  それだけは防がないといけない。



  そして、そんなレーナの側で剣を振るうパトリオットは敵の多さに圧倒されてはいるが、その豪快な大剣で複数の敵を一蹴していた。


  パトリオットは簡単な防御魔法は使えることから、遠距離から放たれる攻撃魔法に関してもある程度は大丈夫だろう。

  ただ、防御魔法を複数展開することができないことで、あまりにも多くの攻撃魔法への対処や、強大な魔法への対処はできないはずだ。

  少し、彼のことは気にかけておいた方がいいかもしれない。



  そんな彼の反対側で魔法を行使して戦っているのはリンクスだ。

  お得意の火属性魔法は船上だということで使えていないようだが、それでも他属性の攻撃魔法でギルド職員たちの攻撃を十分に防いでいた。

  ただ、相手にも一流の魔法使いはいる。

  自分の得意な属性を封じられているという意味では相手次第では厳しい戦いになるかもしれないな。



  そして、僕の反対側で背中を預けているのはラースは魔法剣士ということもあり、相手に合わせて敵を巧く捌いていた。

  彼女の姿は戦場に咲く一輪の華の如く美しく、華麗に舞う彼女の前に敵は次々と倒れてゆく。

  ラースに関しては何も心配しなくていいだろう。

  問題は——。



  仲間たちの無事を確認していた僕であったが、敵の気配を感じて再び自分の持ち場に視線を戻す。

  すると、大勢を立て直した者たちが僕に向かって再び襲いかかってくるところであった。



  少し、本気を出すとするか……。



  僕は魔力を解放すると、全力で敵を向かい討つことに決める。

  まずは身体強化の魔法を使い、剣士としての能力を底上げをする。

  そちらに魔力を消費してしまうため、魔法使いとしての能力は下がってしまうが、それでも僕が本気を出せばこの者たち如きなどに負けるわけがない。


  そして、まるで僕だけが倍速で動くような感覚にとらわれる。

  身体強化の魔法により、目の前の者たちがスローモーションで動いているように感じてしまうのであった。


  迫り来る剣撃を真っ向から打ち崩し、一撃で剣士の命を絶つ。

  そして、飛んでくる魔法を一発目の風属性魔法で相殺し、連射した二発目以降の攻撃で魔法使いの命を絶つ。


  その俊敏な僕の動きに、彼らは誰ひとりとしてついてくることができないのであった……。



  そして、僕は一人だけ止まったような空間で戦いながら考える。

  先ほど確認した異様な光景を……。



  この状況を作り出したのは僕たちを転移させたあの悪魔たちだ。

  そして、僕たちはあの悪魔たちと敵対しているからこそ、こんな場所に転移させられて敵襲にあっているのだ。


  だとしたら、なぜハルあの女は襲われていないのだ……?


  僕やレーナ、パトリオット、リンクス、ラースには例外なく裏切り者のギルド職員たちが襲いかかってきている。

  だが、先ほど僕が仲間たちの安全を確認した時、ハル彼女のもとには誰ひとり近づこうとすらしていなかった。


  魔法で結界などを張っているのなら僕にも感じるはずだ。

  だが、あの魔族の女が何か動いた様子はまったくない。


  じゃあ、どうしてギルド職員たちはあの女を敵だと判断しなかったんだ……。

  おかしい、おかしいじゃないか!



  僕はそんな疑惑を持ったまま戦いに臨む。

  淡々と、一人また一人と始末をしていく。


  そして、最後の一人を倒し終わったところで僕はひと息を吐く。


  自分に群がる敵は一人残らず片付けた。

  これで仲間たちのサポートに移れる。

  そんなことを思った矢先だった……。



  突き刺すような強い痛みが胸に走ったかと思うと、僕は真っ赤な血を吐き出す。

  自分の胸を見下ろすと鮮血に染まった剣が背中から刺されて突き抜けているのであった。


  そして、振り返った僕の視界には信じられない光景が広がっているのであった。



  「そんな……。どうして……?」

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