250話 試練への道のり(2)

  「どうした……何か言いたいことはないのか? 全部、俺が言ってた通りだと認めるか……?」


  お前はその程度なのかと、男はおれに言わんばかりに発破はっぱをかけてくる。


  おれがこれまでやってきたことが男の言葉によって否定された。

  男の言っていることはおそらく正しい。

  おれは未熟で、愚かで、醜悪な偽善者なんだ。


  だけど、そのすべてを認めたくはなかった。

  きっと、おれがやってきたことには何かしら意味があるんだって思いたいから……。


  「お前に言われなくなってわかってるさ……。心の奥底ではおれだって気づいてるよ」


  「おれの行いは偽善だって……。カシアスたちに甘えているのも認める……」


  おれは男に向かって反論する。


  「だけど、おれだって努力してるんだ! 強くなろうと努力してる! 一人でだって戦えるようにと努力してる!」


  「それに、たとえおれが偽善者であったとしても、それで誰かを救えるのなら、それはきっといい事のはずだ! 間違ってないはずだ!!」


  息を切らし、おれは男に訴えかける。


  確かに、おれは他人に頼ってばかりだ。

  ここに来るのだって、決して一人じゃできなかった。


  だけど……。

  他人の力を借りていてたとしても、おれの人を救いたいと思う気持ちは間違いではないはずだ!


  すると男はあきれたようにため息を吐き、おれを諭すように語りかける。


  「少年よ……お前はまるでわかっていない。お前の一番の罪は力がないことではない。お前の罪は、覚悟がないのに他人を救おうとしていることだ」


  「覚悟のない者に、本当の意味で誰かを救うことはできない。覚悟がない者は残酷な現実をなげくことしかできないのだ」


  おれには覚悟がないだと……。


  そんな馬鹿な話があるかよ。

  おれはこの世界に来てから変わったんだ。

  もう昔のおれとは違うんだ……。


  「覚悟ならある! おれは護ると決めたんだ!!」


  男のその言葉におれは強く反発する。


  サラが命を落とそうとしたとき………。

  アイシスがカインズに殺されそうになったとき……。

  マルチェロやエストローデ、 ハルと直接戦ったとき……。


  おれは命すら捨てる覚悟で戦った!

  大切な者たちを護るため、すべてを懸けて戦ったんだ!


  それを覚悟と呼ばずに、何だというのだ!!

  こんな見ず知らずの男におれの覚悟まで否定されてたまるか!!


  「覚悟があるだと……? もしかして、お前は命を懸けて戦うことが覚悟だとでも思っているのか?」


  「そうだ! おれは命を懸けている! これが覚悟でなくて、何だというんだ!!」


  大切な者たちのためなら死ぬことすら厭わない。

  それは間違いなく覚悟であるはずだ!


  だが男はおれの答えを聞いて、がっかりしたように再びため息を吐く。


  「はぁ、やはりそうか……。これだから精霊体でないやつは楽観的でいいよな。死ねばそこで終わりなんだ。死んでしまえば、それ以上悲しむことも苦しむこともない。自分だけは逃げることができるものな」


  逃げるだと……?


  そんなわけあるものか!!


  「違う! おれは逃げるそんなつもりで命を懸けているわけじゃない!!」


  「どこが違うんだ? お前のような人間一匹が死んで、一体それで何になるというのだ? それで戦いに勝利できるのか? それで誰かが救われるのか?」


  おれが死んだら……?

  どうなるんだ……おれが死んだあとの世界は……。


  「答えられるものなら答えてみろ! 劣等種である人間風情のお前が、闘いに身を投じる日々をこのまま送れば、近い未来に消し炭となるだろう。だがそれで、いったいどうなるというのだ! お前の理想は実現するとでもいうのか?」


  おれの理想——。

  っていったい何だ……?


  最初はただ、サラに生きて欲しかっただけなんだ。

  それだけがおれの願いだったんだ。


  だけど、きっとサラのことはおれが死んでもカシアスたちが護ってくれるはずだ。

  だとしたら、もうおれは心配することはないのか……?


  「お前は心の底ではわかっているのだ。人間である自分が、命を懸けて戦うことは尊いことだと。そんな自分の姿を見た周りの者たちから賛同を受けることができるのだと」


  「俺が命をかけて戦えば、周囲の者たちも一緒に戦ってくれる。たとえ命を落としても、カシアスたちが俺の意志を継いでくれるだろう」


  「彼らなら俺よりも強いから、大切な人を救ってくれる。俺よりも多くの人を救ってくれる。それに、そうなれば俺はこの手を汚す必要もない。だから、もう何も苦しむ必要はない。俺が死ねば、あとは周りが何とかしてくれる……」


  「そんな淡い思惑おもわくが、ほんの少しもないとお前は断言できるのか!? 自分だけが不条理に満ちたこの世界から逃亡し、あとは周囲の者たちに任せようと考えたことがないとお前は断言できるのか!?」


  男の言葉が不思議とおれの胸に入ってくる。

  まるで、おれの心の奥底にある誰にも見せていない……いや、見せられない部分を晒されているようだ。


  そうだ……。

  おれは、そういった打算的な考えをする最低なやつだったんだ……。


  「否定できまい。今のお前の反応が答えそのものだ。お前は自身を正当化したいために、そう思い込んでいる正義の皮を被った偽善者だ」


  「そんな穢らわしい思想を『覚悟』と呼ぶなど、欺瞞ぎまんであるにもはなはだしい!」


  「結局、今のお前は骨の髄まで偽善に満ち溢れている愚かな罪人なのだ。まずはそれを自覚しろ!」


  己の弱さはずっと認めてきた。

  人間という種族だから、おれは魔族や悪魔よりも劣った力しかないんだって……。


  だけど、気持ちだけは負けていないと思っていた。

  おれは強くなろうと努力している。

  弱い者たちを、困っている人たちを助けたいと行動している。

  それは、心が強い者にしかできないことなんだって……。


  それに、救われた人たちの笑顔を見れたら、それはもう最高にカッコいいことなんだって、人に誇れる生き方なんだって思ってた。

  だからおれは、サラだけじゃなくて他の人たちも救いたいと思っていた。


  それなのに、間違っていたのか……おれの人生は……?


  「ちがう……ちがうんだ……」


  そんなはずはない……。


  「おれは違う!!!!」


  間違っているはずがない……。


  たとえ、これまでの人助けが嘘偽りの偽善だとしても……。

  打算的なあざとい思惑があったとしても……。

  それでもおれは、人の笑顔をみたときに心が温かくなったから、それだけは決して嘘ではないはずだから……。


  それにサラも、カシアスも、アイシスも、リノもみんなそんなおれを……。

  こんなおれを信じて、一緒に夢を叶えてくれる仲間たちがこんなにいるのだから!!!!



  「おれは覚悟があるんだ!!!!」


 

  おれは男に向かって強く宣言する。


  男がいう『覚悟』というのがおれの心にどこかにあるのかなんてわからない。

  だけど、絶対にそれを見つけてみせる!

  なければ、掴み取ってみせる!!


  おれは自分のなかにある気持ちと向き合って、答えを見つけてみせる!!


  「まだ言うか……。偽善と虚構に満ちた哀れな少年よ」


  男はおれの言葉にあきれた表情を見せる。

  しかし、今回は失望によるあきれの感情とはどこか違うようにも見えた。


  「ならば見せてみろ! その手でその覚悟とやらを証明してみせろ!!」


  「この先でお前を待つのはセルフィー=ライト=グリーン。彼女を倒すことができなければ、その先に待つハワードのもとへはたどり着けない。無論、お前が救いたいと言っている子どもたちのところへもだ」


  男はこの道の先に、裏切り者のセルフィーが待ち構えていると告げる。


  「それとこれは忠告だ。召喚魔法で助けを呼ぼうだなんて考えはやめておいた方がいい」


  「それはどういうことだ?」


  「お前たちはこの亜空間の中で散らばって転移させられた。もちろん、そこにはハワードが用意した者たちが待ち構えている」


  男がいうには、ここは亜空間と呼ばれるところらしい。

  そして、おれ一人だけでなく他のみんなもバラバラに転移させられてしまったようだ。


  「カシアスを呼べばそこに残された多くの子どもたちが死ぬことになるだろう。アイシスを呼べばそこに残されたお前の姉が死ぬことになるだろう」


  「何だと……」


  どうやら、サラも子どもたちも戦場にいるらしい。

  できるだけ早く救出に向かわなければいけないだろう。


  おれは皆の無事を案じる。


  「ふっ……。まぁ、お前が何を大事に思い、何を失っても良いと考えるかは自由だ。好きにするがよい。だが、忠告はしておいたぞ」


  「これはお前にとって一つの試練だ。悔しいのなら乗り越えてみせるんだな」


  男はそうおれに告げると、光に包まれて姿を消すのであった。

  そして、暗闇のなかに再びおれは一人ぽつんと取り残される。


  決心はついた。

  この道を進むしかない。

  この手で証明するしかないのだ。


  あの男が何と言おうとおれは間違えてなどいないと!

  そして、サラたちも子どもたちも護り抜くのだと!

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