245話 静かな夜に(2)

  「ラースさんにはそんな過去があったんですね……」


  おれたちと同じく、魔物の群れに村を潰されて人生を振り回された一人の女性。

  そして、今度は自分が他の誰かを救いたいと願い、強くなろうとした一人の戦士。

  彼女の生い立ちを聞き、おれは色々と考える。


  「ラースは本当にすごいやつだ。だが、あいつのあれは一種の呪いだ。彼女はきっと、死ぬまで正義の奴隷として囚われるのだろう。だからこそ、彼女には人並みの幸せを掴んで欲しい……」


  リンクスさんの話を受けて、パトリオットさんは兄のような目線でそう語る。


  おそらく、彼女と共に歩んできた彼だからこそ思うところがあるのだろう。

  信念を曲げない強い生き方とは別に、一人の人間として幸せな生き方をして欲しいという兄心のようなものが——。

  そして、それはリンクスさんも同じであったようだ。


  「うん、そうだね……。一人の女性としての幸せを手に入れて欲しいと僕も思うよ」


  「あ〜ぁ、早くヴァルター様と結ばれてくれないかな〜」


  さらに、リンクスさんは微笑みながらそう続けるのであった。

  これには思わず、おれもノータイムで食いついてしまう。


  「えっ!? やっぱあの二人って出来てるんですか?」


  サラも最初に言っていたが、何となくそっぽい雰囲気を出していると思っていた二人。


  あのヴァルターさんが恋愛なんて……っと思っていたおれだったが、どうもラースさんに対しては他への態度とは違うところがあるんだよな。


  二人の様子を見ているとヴァルターさんはどこか照れていたり、カッコつけていたりする気がする。

  今だって、ラースさんの看病でずっと寄り添っているんだもんな。

  これはできている……。


  おれは心の中で負けた気がしていた。

  いつもは冒険者ギルドの最高責任者とはとても思えない、浮浪者のようなだらしない格好であり、おおざっぱで適当な一面を見せているダメな大人の見本のようなヴァルターさんに彼女だと……。

  恋愛面において、あの人より下だと思うと無性に胸が締め付けられるのであった。


  そんなおれを他所に、リンクスさんはサラと話していた。


  「あれはバレバレですよ。ここに到着したとき、明らかにイチャついてましたからね。アベルはそれを見ても信じられないようでしたけど」


  サラは軽く笑いながらあきれた様子でおれを見てくる。


  「あぁ……そうだったのか。まぁ、そんなのを見せつけられちゃったら誰でもそう思うよね」


  「でも、アベル君はそんな二人のラブラブ具合を見ても気づかないなんて、やっぱりまだ子どもなんだね。かわいい召喚術師くん」


  リンクスさんはそういって、おれを子ども扱いするのであった。

  どうやら、おれは恋愛について疎いお子ちゃまだと思われているらしい。

  それがどこか悔しくて、おれは否定をする。


  「いやいや! おれにも思うところはありましたよ! ただ、あのヴァルターさんに彼女がいるなんて、ちょっと信じられないだけです!」


  リンクスさんたちの主人であるヴァルターさんへの発言としては大変な失礼なことを言っていると言葉を発してから思ったが、彼らはおれの言葉に機嫌を損ねるようなことはしなかった。


  「まぁ、ヴァルター様は親しい君たちの前でも、そういった素振りは一切見せなかっただろうからね」


  「それはどうしてなんですか?」


  おれはどうしてヴァルターさんは恋に関する類いの話をしなかったのかと、単純に思ったので聞いてみる。

  だが、それは聞いてはいけない質問だったのか、リンクスさんは一瞬ためらってから言葉にするのであった。


  「うん……。本来ならばね、ヴァルター様は人を愛してはいけないんだ……」


  「おい、リンクス! 少し口が過ぎるのではないか……?」


  やはりまずかったのかパトリオットさんがリンクスさんに指摘をする。


  「あっ、ごめんよ……。つい……」


  素直にパトリオットさんに対して謝るリンクスさん。

  そんな彼にサラが尋ねる。


  「それって、ヴァルターさんにはグランドマスターとしての立場があるからですか?」


  「うん……。そんな感じさ」


  首を縦に振り、そう語るリンクスさん。

  そして、今度はゆっくりと言葉を選ぶように考えながら話す。


  「ヴァルター様は特別な立場にあるからね。両親との関係を見ていてとても可哀想だった……」


  「二人には幸せになって欲しいけど、ちょっとまだ先が見えないのが現実なのさ……」


  どうやら、ヴァルターさんも彼なりに大変なことがあるそうだ。

  それもそのはずだ。

  上の立場である者ならば、少なからず制約はあるし、しがらみもあるだろう。

 

  これ以上、この話をしていると空気が重くなってしまいそうだ。

  そこで、その後は暗い話にならないようにと、おれやサラが魔術学校であったおもしろかったエピソードや旅でのエピソードなんかを話すのであった。




  ◇◇◇




  夕食を終えたおれたちはリンクスさんたちの計らいでギルド街にある宿を手配してもらった。

  正直、よそ者のおれたちが寝場所を探すのは面倒なことだ。

  夕食の件といい何から何まで助かっているな。

  明日以降、何か協力できることがあれば手伝いたいと思った。


  ちなみに宿の部屋について、おれはカシアスと同じ部屋であった。

  これは男同士というのもあるのだろう。


  そして、サラとアイシスとハルが同じ部屋となった。

  こちらは女性チームといった感じだ。


  ちなみに、リンクスさんたちには魔族であるハルを厳重に見張っていてくれとお願いされた。

  どうやら、漆黒の召喚術師であるおれが従属させたと主人であるヴァルターさんから聞いても、心のどこかではまだ魔族を信用できていないらしい。

  そこで、おれとカシアスの隣の部屋にハルを含めた女性チームの部屋という配置になっている。


  そして、おれはカシアスと同じ部屋といっても正直一人部屋と何ら変わらない。

  カシアスもアイシスも睡眠を必要としない悪魔であるため、夜はどこかへ出かけてしまうからだ。


  ハルは信用できる魔族みたいだし、監視することもないだろうと言ってどこかへ消えてしまった。

  本当、スッパリとしているところがあいつららしいぜ。

  一応、おれはお前らの護衛対象の契約者なんだぞ……。


  そして、綺麗な月明かりが窓から差し込む部屋で、おれは眠れずに今後のことを考える。

  明日以降、どう動くのかといったことだ。


  今日見つけた手がかりをもとに、どうやって子どもたちを救出するか。

  そんなことを考えていた。


  すると、開けられるはずのない鍵のかかった部屋の扉がギィーと音を立てて開き、誰かが入ってくるのを感じた。

  おれはあまりにも突然の出来事に心臓が飛び上がるのではないかと思い、すかさず扉へと視線を向ける。


  そこには、隣の部屋にいるはずのハルがおれの方を見つめて立っているのであった……。

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