246話 静かな夜に(3)
隣の部屋にいるはずのハルがおれの方を見つめて扉の前に立っている。
突然の出来事におれは心臓が飛び出るのではないかというほど驚く。
「ハル!? いったい何をしてるんだ!!」
おれは静かな夜だというのに、不覚にも大声をあげてしまう。
これは彼女が忍び込んできたということに死を覚悟したからだ。
だが、そんな物騒な考えもハルの背中から顔を覗かせるサラを見つけたことにより、
彼女の姿を見て、おれはホッと息をついて安心するのであった。
いくらカシアスたちが大丈夫と太鼓判を押したところで、おれからすれば今日初めて出会ったばかりだし、一度は殺し合った仲だからな。
そんな女が一人きりになったおれの部屋に来てたとしたら生命の危機も感じるというものだ。
もしかしたら、ずっとおれを殺す機会を狙っていたのかもしれないしな。
そして、ここでおれは重大なことに気づいてしまう。
ん……?
待て待て、一人きりの男の部屋に女だと……。
おれはハルとサラの二人に視線を向ける。
そして、彼女たちの姿を下から上へとじっくりと見つめるのであった。
冷静になって考えてみれば、夜遅くに女の子たちが部屋にやって来るなんて普通じゃないよな。
しかも、男が一人だけしかいない部屋にだ!
おれも年ごろの男子だ。
可愛い女の子たちが夜に部屋に忍び込んできたとなれば多少は甘い期待をしてしまう。
これはもしかして……。
おれの脳内が花畑状態になりつつあるときだった。
「おい! お前、今アタシたちでイヤラシイこと考えてるんじゃないだろうな?」
突然、発せられた不機嫌そうなハルのひと声に現実へと戻される。
「ちょっと、アベル! そんなこと考えてるの!?」
ハルの後ろに隠れていたサラも彼女の言葉を聞き、信じられないといったような反応を見せる。
「バカ! おれがそんなことするわけないだろ?」
とっさにおれは否定する。
図星だが心を読まれるわけではない。
サラの前でそんな醜態を晒すわけにはいかないのだ!
だが、ハルは汚らわしいモノを見るような目で思わぬことを告げてくる。
「アタシの視力と魔力感知をあまり舐めるんじゃないぞ。この暗闇でも、お前の身体は隅々までしっかりと見えているし、魔力の乱れも感知しているんだからな!」
なんと、ハルはおれの気持ちの高揚による下半身と魔力の乱れを見抜いているというではないか。
しかも、それをサラの前で言い放ちやがった。
このダークエルフめ……。
余計なことをしやがって……。
だが、ハルは一つため息をつくと話を変えるのであった。
「まぁ、いい。そのことは後でにしよう」
ハルの気分のさじ加減で、おれは何とか命拾いする。
これ以上、もろもろと暴露されたらおれの尊厳に関わるからな。
もう既に手遅れな部分もあるかもしれないが……。
「あぁ……。それで何の用なんだ? カシアスならいないぞ」
ハルはカシアスたちを『様』と敬称付けて呼んでいる。
もしかしたら、彼らに何か話があるのかもしれないと思ったのだ。
だが、どうやらそうではなかったようだ。
「ふんっ、そんなことはわかっている。アタシはお前に用があって来たのだ!」
「おれ……??」
なんと、ハルはこのおれに用があるというではないか。
とりあえず、おれは黙って話を聞くことにする。
すると、彼女は入り口から部屋の中へと入って来る。
そして、おれのいるベッドの近くまで来ると話を切り出すのであった。
「実はな、こんな夜遅く"劣等種にしては"そこそこ魔力を持つ者たちが一斉に動き出した。どうやら、あのヴァルターとかいう男の一行だ」
「これは怪しいと思ってな。セアラに尋ねてみたら彼らからは何も聞いていないと言うではないか。そこで、アタシらは後をつけることにしたのだ。お前も一緒に来るか?」
ヴァルターさんたちがこんな夜遅くに動き出しただと?
いったい、どういうことなんだ……?
だが、行くしかないだろう。
理由はともあれ、何かがあるはずだ!
「もちろんだ! おれも行くよ」
おれは威勢よく返事をする。
すると、ハルもご機嫌そうな笑みを浮かべるのであった。
「そうと決まればさっさと支度をしろ! 距離が離れると魔力感知で場所が追えなくなるからな」
しかし、あくまで『劣等種にしては』なんてフレーズを入れるあたりがまた何ともハルらしい。
是が非でも、劣等種である者たちを認めたくはないようだ。
それでも、こんな提案をしてくるあたり彼女も彼女なりに気になる部分があるのかもしれない。
ここは素直に提案を受け入れるとしようじゃないか!
こうして、おれたちはヴァルターさんを含めた四人とレーナの跡を追いかけることにしたのであった。
◇◇◇
おれは寝巻から急いで着替え、準備を整える。
そして、ハルを先頭にしてヴァルターさんたちの後を追うのであった。
綺麗な月が浮かぶ夜の時間帯だということもあり、外へ出るとひんやりとした冷たい風が吹いてくる。
吐息が白くなるのではないかと思うほど、冷え込んでいる夜であった。
だが、幸いにもヴァルターさんたちを追うために走らなくてはいけなかったために、少しずつ身体も暖まってきて寒さを感じなくなってきた。
そして、数十分は走っているのに全然ヴァルターさんたちの姿が見えないことに疑問を感じたおれはハルに尋ねてみるのであった。
「それにしても、全然見えないな。本当にこれで追えているのか?」
だが、ハルは何の迷いもなくきっぱりと答える。
「問題ない。アタシの魔力感知で捉えられる距離でありながら、あの精霊の魔力感知で捉えられない距離を保って跡をつける」
「それに、お前たちは魔力を隠せないようだし不可視の魔法も使えないみたいだからな。こちらの姿が見られてしまっては意味がない。何か文句あるか?」
あの精霊とはレーナのことだろう。
これはレーナよりも魔力感知に優れているハルだからこその作戦である。
そこに、どうやらおれとサラが力不足なことも影響しているらしい。
なんだか少し申し訳ない。
「いや、ないよ。ここはハルに任せるよ」
おれは安心してそう彼女に告げる。
どうやら尾行の心配は大丈夫だったみたいだな。
そこでおれは隣を走るサラに一つ尋ねることにした。
「それにしてもサラも付いてくるなんて珍しいな。ハルのこと、信用していなかったみたいなのに」
サラは昼過ぎに中央司令部の会議室で話し合いをしていたとき、ギルド街の襲撃にハルが関与しているのではないかと疑っていた。
そんなハルに素直に付いてくるなんておれは少し意外だったのだ。
「別に、今でも完全に信用しているわけではないわ。ただ、カシアスもアイシスもハルを信用しているようだし、思考誘導にもかかっていないと断言してたからね」
表現を変えずに淡々と語るサラ。
どうやらまだ完全にハルを信用しているわけではないようだ。
というか、サラはしっかりとハルが思考誘導にかかっているのかまで疑っていたのか。
確かに、悪魔たちによってこれまで何人も思考誘導にかけられてきたからな。
いくらカシアスたちの知り合いだからといって、簡単に信用していいわけがないよな。
そこの辺り、おれはまだまだ甘かったようだ……。
未熟な部分をしっかりと反省する。
しかし、これだけのスピードで追いかけても全然追いつかないのか。
ヴァルターさんたちは思ったよりも移動が速いな。
ハルは魔族として素の身体能力で走っている。
おれとサラは身体強化の魔法をかけて、ハルのスピードに振り落とされまいとしている状況だ。
おそらく、これでもヴァルターさんたちの姿が全然見えないということは、彼らもまた身体強化の魔法を使っているのだろう……。
そんなことを考えていたときだった。
おれの隣に漆黒のマントを纏った男が空から舞い降りる。
そして、人間離れした速度で走るおれたちに男も並行するのであった。
「勝手に外出ですか? ひと言、私に報告してくださると嬉しかったのですが……」
「あぁ、悪い。そういえば、すっかり忘れていたよ、カシアス」
おれは契約をしている悪魔に対して、平謝りの言葉をかける。
どうやら、宿から抜け出したおれたちを追って来たようだ。
そして、カシアスと同様に白銀の悪魔アイシスも空から舞い降りてきた。
彼女もまた、おれたちに並行する。
「もしかして、前方にいるヴァルターたちを追いかけているのですか?」
アイシスがおれたちにそう問いかける。
つまり、視界には入っていないがしっかりとヴァルターさんたちの跡を追えているらしい。
「そうだ! そして、きっとこれから何かしらの事件が起こるだろう!」
おれは全員に聞こえるような声で告げる。
「セルフィーが出てくるかもしれない。悪魔が出てくるかもしれない。もしかしたら、おれたちの想像を上回る敵が出てくるかもしれない!」
そうだ。
いつだって、そうだったんだ……。
いつだって、おれたちは突然事件に巻き込まれ、想像を遥かに越える敵と戦ってきた。
だから、もう覚悟はできている!
「どんな事態になっても、全員無事で帰るぞ! わかったな!!」
こうして、おれはまだ見ぬ敵たちのもとへと一歩一歩、前へと進むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます