230話 ダークエルフ来襲

  草木が一切生えていない荒地へとおれたちは転移する。

  視界を遮る建造物などもなく、広大なさら地が目の前には広がっていた。


  周囲を風が吹き抜け、荒野には砂嵐が巻き起こる。

  砂嵐は少しずつその渦を大きくしていきながら、遠く彼方へと向かっていくのであった。


  そんな自然を全身で感じることができるような場所で、おれの視界には異様な光景が飛び込んでくる。



  荒れた岩場に立ち尽くす一人の女。

  彼女の足元には冒険者ギルドの制服を着た職員たちが息絶えたように何十人も転がっていたのであった……。



  褐色の肌にエルフのようなピンッと立った長い耳。

  そして金色に輝く綺麗な髪に、エメラルドグリーンの瞳。

  異質なオーラを放つその女は冷酷な瞳でおれたちを見つめる。



  おそらく、彼女が報告されていた魔族の襲撃者。

  こいつが転がっている職員さんたちを葬ったのだろう。


  異様な光景を前に、おれが一歩後退りをすると女がおれたちに語りかけてくる。



  「それで、お前らもこうなりたいか?」



  女はそういうと、不気味な笑みを浮かべてニヤリと微笑むのであった……。




  ◇◇◇




  あれ……。

  どうしておれはこんなところにいるだっけ……?



  たくさんの人たちが死んでいる状況を目の前に、おれは冷静さを失っていた。



  目の前で人が死んでいる。

  いや、殺されている……。



  いやだ……。

  見たくない……。



  思考だけでなく、おれの身体も硬直する。



  そういえば、人が殺されているのを見るなんて何年ぶりだ……?



  傷つけられてきた人は何人も見てきた。

  でも、その度に何とか助けることができていた。



  ティルやハリスさんは救えずに死なせてしまったが、精霊である彼女たちは転生することが確定しているし、まだ救いはあるのかもしれない。



  そう考えると、人が殺されているのを見たのは4年前のあの日以来なのか。

  カイル父さんやハンナ母さん、そして村のみんなが殺されていたあの時以来……。



  おれの脳裏にはあの日の出来事がフラッシュバックし、恐怖と憎悪、そして悲観さが思い出される。



  一歩も動けずにいるおれとは別に、隣にいたヴァルターさんは女に向かって歩き出し、声を上げる。



  「そんな……。パトリオット……リンクス……うそだろ……」



  ヴァルターさんは女の足元に転がる職員たちを見て、胸の奥から絞り出すように声を上げる。

  おそらく、彼にとって関係の深い人物たちが殺されていたのだろう。



  「そんな……。どうしてこんな……」



  ヴァルターさんの身体と声が震える。

  すると、その様子を見ていた女はヴァルターさんに向かって説明する。



  「あぁ、そいつらのことか。そいつらなら、いまさっきまでは元気だったよ。でも、うるさいし話も通じないから黙らせといたぞ。ハハッ……」



  そんな乾いた笑いをする女は、ゴミを見るような瞳で転がる死体たちを一望する。


  そして、女のこの言葉によってヴァルターさんの怒りは最高潮に達するのであった。



  「きさまぁぁあ、よくもぉぉぉぉおおお!!!!」



  一瞬で収納袋から何かを取り出し、かけ出したヴァルターさん。

  彼の右手には紫色に輝く宝石のようなものが握られていた。


  そして、ヴァルターさんは勢いよくその石ころを握りつぶすと、急激にヴァルターさんの魔力が飛び跳ねて上昇するのを感じた。

  おそらく、あれは自身の魔力を上げる魔道具か何かなのだろう。


  ヴァルターさんが女のもとへと移動するまで1秒もかからなかったと思う。

  まるで、転移魔法を使っていないのに瞬間移動したかのように距離を詰めるヴァルターさん。

  彼ならあの魔族を相手に何かやってくれる!



  そんな淡い期待がおれの中に生まれる。

  魔族の恐ろしさを一番よく知っているのはおれのはずなのに……。



  だが、おれはそのとき見えてしまった。



  女の瞳が……。

  迫り来るヴァルターさんを見る彼女の目が、血の通っていないようなとても冷徹な瞳をしていたことを。



 ドォォン!!!!



  次の瞬間、大きな破裂音と共に巨大な魔力が発生した。

 


  ドスンッ



  カランッ……



  人間が崩れ落ちる音、そして彼の胸に付けていた勲章が地面に落ちる乾いた音が耳に届く。


  女は一歩も動くことなく、手をかざすように突き出している姿でその場に立ち尽くしていた。



  「はい、おーわり。それで、次はいったいだれなのかな?」



  女は退屈そうな瞳でおれたちをじっくりと見てくる。


  ヴァルターさんはあの魔族の女を相手に、為す術なく崩れ散った。

  間違いなく、あの魔族は魔王クラスの実力者だ……。



  「ヴァルタァァァァ!!!!」



  精霊のレーナが女に向かって突っ込む。

  レーナはその手に魔力を集め、すぐにも女に攻撃魔法を叩き込めるようにして距離を詰める。


  だが、レーナが迫ってくることに対しても魔族の女は余裕を見せていた。



  「次はお前か……。下界にいる精霊の分際でアタシに歯向かうなんてね」



  次の瞬間、女は姿を消す。

  そして、迫り来るレーナの後ろへと姿を現した。


  対象を見失ったレーナは一瞬戸惑った様子を見せていたが、その直後にゆっくりと地面に向かって崩れ落ちる。



  「それで……次は?」



  魔族の女はおれたちの方を見ると、次はだれだと問いかけてくる。


  おれはただ、黙って目の前で起きていることを傍観することしかできなかった。


  ヴァルターさんとレーナがやられたのに……。



  すると、おれの後ろから人間の姿をしたアイシスが出てきて魔族の女に問いかける。



  「貴女がこの下界に来たのは悪魔のせいですか?」



  アイシスの声からは恐怖などは一切感じず、いつもの凛々しさがしっかりとあった。


  魔族の女はそんなアイシスの質問を受け、少し考えた様子を見せた後、笑って答える。



  「あぁ、悪魔のせいだな」



  何か含みのあるような笑顔で女は笑っていた。

  すると、サラも魔族の女に対して質問をする。



  「それで、子どもたちをどうするつもりなの?」



  「子ども? あぁ、あれのことか。なんだ、あいつらお前らの知り合いだったのか?」



  真剣な眼差しで尋ねるサラと、対象的にうす笑いを浮かべて答える魔族の女。



  「可哀想なやつらだったよ。同じミジンコ同士でも、搾取される側は永遠と奴隷のような扱いを受けるんだからな」



  興味のない劣等種同士の醜い戯れ。

  自分にとって利用する側も利用される側も等しく劣っている。

  彼女の目にはそんな感じに映っているのだろうか。



  そして、サラも怒りの限界を迎えたようだ。

  抑えきれない感情を持って、笑みを浮かべる女に向けて魔剣を振りかざす。



  「次はだれだって言ってたわね……。私が相手になるわ!!」



  そう言ってサラは魔族の女に対して一歩踏み出した。



  「待て!!」



  その様子を見ていたおれは思わず叫んでサラを止める。

  絶対に……絶対にここでサラを行かせてはいけない。


  おれの直感がそう叫んでいた。



  「おれが戦うよ。だから、サラはカシアスかアイシスと一緒に逃げてくれ!!」



  間違いなくここは危険だ。

  この女とサラを戦わせてはいけない。



  「ちょっと! アベル……」



  何か言いたそうなサラの肩を抑えて、おれは彼女と位置を代わる。



  「転移魔法なしじゃ、相手にすらならないだろ。ここはおれが戦うよ」



  あの魔族は間違いなく転移魔法を使っていた。

  つまり、転移魔法を使えないサラではそもそも相手にならない。



  おれはサラの瞳をしっかりと見つめてそう告げる。



  自分でも何でこんなこと言っているのかよくわからないな。

  本来なら逃げた方がいいだろう。

  それが最善の策である。



  だが、倒れている精霊のレーナはまだ魔力の拡散が起こっていない。

  つまり、死んでいるわけではない。


  もしかしたら、ヴァルターさんも生きているのかもしれない。

  だからおれは逃げたくないのかもしれない。


  僅かな希望を信じてしまって……。



  サラの瞳からは不安な気持ちが伝わってくる。

  どうにかして安心してもらいたいが、何も思いつかない。

  すると、思いがけない人物からの言葉があるのであった。



  「大丈夫ですよ。今のアベル様なら私なしであのダークエルフと戦えます。アベル様を信じてあげてください、セアラ様」



  不安を感じているサラにカシアスが声をかける。

  だが、その言葉はサラだけでなくおれまでも安心させてくれるものであった。



  カシアスがそう言ってくれるならおれにもできるかもしれない。

  魔族と戦うのは過去のトラウマがあって、恐れの感情が強い。


  もしかしたら、また大切な人を失ってしまうのではないかと思ってしまう。

  だけど、カシアスがそう言ってくれるなら、おれは……。



  「いいだろう……。そこの黒髪、かかってこい!」



  魔族の女が楽しそうにしておれを呼ぶ。



  「あぁ、ここにいる人たちの仇、取らせてもらうぜ!!」



  こうしておれは人間界に突如としてやってきた魔族の女に戦いを挑むのであった。

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