229話 ヴァルターの過去(2)

  父であるドルトン=カルステンに付いていくことにした少年ヴァルター。

  彼は魔術学校にも商人学校にも通わず、父と共に世界中を回り旅する日々を送っていた。


  だが、学校に通っていないからといって彼は決して何も学んでいないわけではいなかった。

  旅というのは父とヴァルターの二人だけでなく、護衛のギルド職員や契約している精霊、もしもの際のことも考えて治癒術師たちも同行している。

  ヴァルターは父から仕事について学ぶだけでなく、彼らから攻撃魔法に回復魔法、それから対人戦闘についても学んでいたのであった。



  そんなヴァルターがグランドマスターである父から学ぶことの多くは業務に関することではなく、世界の調停者としての心持ちについてがメインであった。


  まず、何より第一に人間界のことを考えて行動すること。

  そして、自らは七英雄ハロルド様の末裔として、平和の象徴として人々の前で振る舞うこと。


  これらについて、ヴァルターは毎日のように頭に叩き込まれた。

  それはまるで、一種の宗教なのではないかと疑ってしまうほど、ドルトンは口をすっぱくして言ってくるのであった。



  目の前にいる一人や二人の死に心を揺さぶられるな。

  例えそれが恩人であろうが部下であろうがときには切り捨てろ。

  常に、世界の平和のためとなる選択をし続けろ。


  ハロルド様の血を絶やしてはならない。

  交際も結婚も不要だが、子どもだけはたくさん残しておけ。

  後継者はハロルド様の血を引く者でなければならない。



  こういった教えをドルトンから毎日のように聞かされていた。

  だが、ヴァルターはドルトンの教えを素直に聞くフリをしていたが、心の中では到底従うことはできないと考えていた。


  それは彼がドルトンを人として尊敬はしていたものの、父としては尊敬できなかったことにある。

  ヴァルターは『お父さん』とは彼を呼ばないものの、心のどこかでは父であることを意識しており、反抗精神を持っていたのであった。



  旅をする中で、各地の冒険者ギルドの職員たちの声を聞き、その地の民の声を聞き、彼らの生活をよりよくするために行動をしているドルトン。

  そんなドルトンであったが、彼は自身の子どもたちやその母親に関して一切興味を示さなかった。

  それでヴァルターは以前、ドルトンに直接聞いたことがあった。


  「ドルトン様、一つ質問をしてもよろしいでしょうか」


  「構わん。だが手短に済ませろ」


  自分から話しかける時以外はヴァルターに対してもムスッとしているドルトン。

  そんな彼はヴァルターに対し、手短かに質問は済ませるように告げる。


  「はい、ありがとうございます。その……質問に関してなのですが……」


  「ドルトン様は人を愛したことはありますか? それと、私の母のことをどのように思っていたのですか?」


  後継者としての立場ではなく、息子としての立場で質問をしたヴァルター。

  このような質問をすることをドルトンは怒るだろうと内心ではわかっていた。

  そして現実に、ドルトンは険しい顔でヴァルターをにらんでいる。


  だが、ヴァルターはずっと気になっており尋ねずにはいられなかったのだ。

  自分の母について、彼はどのように思っているのかということを……。


  すると、ドルトンは険しい顔からして急に一転してニヤニヤと笑い出す。


  「そうか、お前からみたら私は人を愛していないように見えるのか」


  それは珍しく、普段はヴァルターには見せない表情であった。

  まるで彼を慕う民たちに向けるような表情と声色を見せるドルトンにヴァルターは一瞬戸惑う。


  「いや、けっして……」


  笑ってはいるが、やはり失礼な質問に捉えられてしまったようだ。

  思わずヴァルターがそれを否定しようとした瞬間、ドルトンはそれを遮り、真面目な口調で言葉を続けた。


  「逆だ! 私はすべての人を愛している。人間もエルフも獣人も、彼らのハーフやクォーターも含めてすべてだ!!」


  「だからこそ、特定の人物を特別視することはない。お前の母も、そこら辺にいる見知らぬ老婆に向ける愛も同等だ。それが俺の答えだ」


  真剣な顔つきで実の息子にそう答えるドルトン。

  この時、ヴァルターは改めて自分と母はこの男に愛されていないのだと知った。


  自分とこの男との間にあるのは家族としての絆などではなく、利害の一致とでも呼ぶべき関係なのだ。

  優秀な後継者を欲している者と、愛する母の期待に応えたい者。


  そこに何か家族としての関わりを期待する無駄なのだ。

  幼いながらもヴァルターはそう確信するのであった。


  そして、それからヴァルターは心の中でどこかドルトンに反抗心を持つようになる。

  この人の言うことに従ってばかりではいたくない。

  自分は自分が憧れるグランドマスターを目指してやると心に誓うのであった……。




  ◇◇◇




  それから月日は経ち、ヴァルターも20歳過ぎた頃、ドルトンの容体が悪化しはじめた。


  そろそろ次後継者を決めなくてはならないという段階になり、ドルトンはヴァルターと二人だけで過ごす時間をつくるようになる。

  それは先祖代々受け継がれてきた七英雄ハロルドの言葉を後継者に伝えるため。

  つまり、ヴァルターは正式にドルトンに後継者となることを認められたのであった。



  『精霊体のうち召喚して良いのは精霊だけである。つまり、悪魔は召喚してはいけない』



  『神話の時代に、「神」は存在しなかった』



  『我々がスキルと呼んでいるものは本来、「固有スキル」と呼ばれるものであり、七英雄様たちの時代には「補助スキル」と呼ばれるものも存在していた』



  『英雄騎士カタリーナ様は悪魔をほふった聖剣をこの人間界に遺してくれた。そして、その聖剣が眠る場所とは……』



  歴史を学ぶ上で聞いたことあれば、初めて聞くようなものまでドルトンは話してくれた。

  これらの事実を教えてよいのはグランドマスターの後継者となる者だけである。

  ヴァルターは強く釘を刺されることとなる。


  だが、ヴァルターの心はふわふわとしており、正直ドルトンの言葉はそこまで頭には入っていなかった。


  これでようやく愛する母とまた暮らせるのだ。

  それに母の期待に応えられたのだ。


  それだけで彼は十分であった。


  それから、ヴァルターはドルトンの正式な後継者候補となったことによって、世界中の主要な冒険者ギルドに挨拶に向かう日々がはじまった。


  だが、ドルトンは体調が悪く今回彼は参加することができなかった。


  この時、護衛として選抜された若い腕利き冒険者たちは、ヴァルター専属の護衛となることを見越されて選ばれた。


  特に剣士パトリオット、魔法使いリンクス、そして、魔法剣士ラースは戦闘面だけでなく、冒険者ギルドの職員としての転向も視野に入れて旅の護衛を任された。

  この機会に、世界中の主要な冒険者ギルドとのパイプを作っておこうというねらいがあったのだ。


  そして後に、彼らはヴァルターの側近として活躍していくことになる。


  それからあと一人、ヴァルターを見護る者が旅に同行するのであった。


  「おい、ドルトン・ジュニア! どうしてわたしがお前と一緒の部屋にならなきゃいけないのだ! わたしは一人部屋が欲しいぞ!!」


  アルガキア大陸からフォルステリア大陸に向かう船の中で駄々をこねる一人の精霊がいた。


  「別にいいじゃないか、レーナ。もうぼくたちは契約した仲なんだ。それに、ドルトン・ジュニアじゃなくてヴァルターと呼んで欲しい」


  彼は契約者である精霊のレーナを説得しようとする。

  レーナは元々ドルトンと契約していた精霊であり、ヴァルターが正式な彼の後継者となったことによりドルトンから契約者としての権限などを譲り受けたのだった。


  「ふんっ! お主など名前を呼ぶに値しない。まぁ、わたしがお主を一人前だと認めたら名前で呼んでやってもいいぞ、ヴァルター」


  少女の姿をした精霊レーナはドヤ顔でそう語る。


  「あっ! 今、ヴァルターって呼んでくれたね」


  「えっ……? あっ、今のはなし! 調子に乗るなよ、ヴァルターめ!!」


  レーナはすぐ頭に血が上りヴァルターに怒ったアピールをする。


  「あっ、まただね!」


  「ぬわぁぁああ!! わたしとしたことが〜!!」


  ドルトンが契約していた精霊だということもあり、不安もあったヴァルターであったが何とか楽しくやっていけそうであった。


  「失礼ですがヴァルター様、女である私は小さめではありますが一つ部屋をいただいております。私はパトリオットとリンクスの部屋で寝泊まりするので、よろしければレーナ様に私の部屋を……」


  銀髪の魔剣士ラースがヴァルターとレーナの会話を聞き、進言する。

  だが、パトリオットとリンクスは男であるし、異性と過ごすというのはお互い気を使うだろう。

  それに2人用の部屋に3人で長旅をするのは窮屈であるはずだ。


  「いや、それならラースはぼくの部屋で過ごすといい。ぼくの部屋は広くてベッドも二人分ある」


  「それに、ぼくは寝るとき以外は執務室で仕事をしていて、せっかくの広い部屋を空けて無駄にしてしまっているからね」


  男である自分と同じ部屋というのは嫌かもしれないが、2人部屋を3人で使うよりはマシだろうと思いヴァルターは提案する。

  それに、自分は寝るとき以外戻って来ないし広い部屋でくつろいでくれて構わないという意味も込めている。


  だが、この言葉を受け取ったラースは理解ができていないようで困った表情を見せる。


  「えっと……。はいっ?」


  そして、精霊のレーナは思わず声を荒げる。


  「なっ!? お前は何を言っているのだ!! グランドマスターになろうという者が自分の部屋をいち平民とシェアしようというのか!?」


  レーナはヴァルターに強く苦言を呈す。


  ヴァルターはこういった細かいことにうんざりとしていた。

  グランドマスターの後継者であろうが結局は一人の人間には違いないのだ。


  別に、船の部屋を平民の女の子に貸してあげるくらいよいではないか。

  ましてや、自分を護衛してくれる者なのだから今くらい広い部屋でゆっくりと身体を休めて欲しいと願うのであった。


  そんな風に考えながらどのようにレーナに言い訳をしようと考えていると、目が合ったレーナはハッとして息を呑むのであった。



  「まさか、もうつくる気だというのか? ヴァルター・ジュニアを……」



  レーナの言葉により、ヴァルターの思考が一時的にストップする。

  そんなこと、1ミリたりとも考えていなかった。


  慌ててラースに対して、誤解だと説明しようとするが時は既に遅かった。

  このレーナの言葉により、ラースはヴァルターに部屋に来るように言われた意味をはっきりと理解し、顔を赤らめてうつむいていた。


  「かっ、かしこまりました……。そのっ、まだ経験はないのですが……よろしくお願いします……」


  グランドマスターの後継者に対して、平民であるラースは基本的に逆らえない。

  しかも、今回彼女は護衛として雇われているのだから尚更だ。


  それを見越してゆっくり寛いでもらおうと貰おうとしたのに、違う方へと話が進んでしまった……。


  「後継者として任命された初旅だというのに、もうそこまで考えておったとは……。これは認めるしかないな。流石だ、ヴァルターよ」


  どこか納得したようにうんうんと頷くレーナ。

  そして、彼女はヴァルターのことを認め、名前で呼んでくれた。


  「あぁ……。ありがとうね」


  勘違いではあるが、自分を認めてくれたことを素直に喜ぶヴァルター。



  こうして、ヴァルターは頼もしく愉快な仲間たちと共に世界の平和のために活動してゆくのであった。

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