202話 エトワールの過去(5)

  婚約者としてシシリアを共和国へと連れて帰ってきたエトワール。

  しかし、彼らを祝福してくれる者は誰一人としていなかった——。



  それもそのはずだ。

  エトワールが女性と交際していることなど、彼らは手紙で一度も聞かされたことなどなかったのだ。


  さらに、これだけならまだしもエトワールには婚約者がいた。

  親族だけでなく、祝賀会に来てくれたゲストたちもこれを知っているからこそ会場の空気が凍り付いているのであった。



  エトワールが婚約したのは3年前。

  彼が魔術学校の中等部を主席で卒業した際、父親である現領主がテスラ領から妻を貰う約束をした。


  つまり、エトワールは遥か昔に数度会っただけの女性と勝手に婚約関係にさせられていたのだ。

  しかも、エトワールの有無も言わさず婚約が決まったと一方的に手紙で告げられたのだった。



  こんな口約束のような婚約なら解消できるだろうと気軽に考えていたエトワール。

  しかし、現実はそんなに甘くはなかった。


  もちろん、今日の祝賀会というめでたい場もこれにより荒れに荒れることとなる。



  せっかく貸し切ったベルデン領一のパーティ会場。

  どんどんとゲストたちが静かに席を立ち、会場を後にしてゆく。


  そして、一部の身内だけが残された広い会場の中で罵声が飛び交っていた。



  「お前、正気なのか!? 目を覚ませ! テスラ領との関係をぶち壊したいのか!!」


  「そうよ! こんなことになるのなら、あなたを私たちのもとにずっと置いておくべきだったわ!」



  両親から散々と文句を言われるエトワール。

  そんな彼の横で、シシリアは縮こまって震えていた。


  もう、祝賀会は事実上終演。

  最悪な形で同派閥のゲストたちを帰すことになってしまった。


  だが、エトワールも決して折れたくはない。

  どうにかしてシシリアとの結婚を認めて欲しかった。


  「いいえ、私は自分の信念に従ったまでです。ライアン様もフレイミー様も私たちを祝福してくれると思いますよ?」


  エトワールは王国に留学できたことを何一つ後悔していない。


  立派な領主になるために必要な経験を積み、考え方を手に入れられたのだ。

  それに、愛する者にも出会えた。


  だからこそ、エトワールは両親に祝福して欲しかった。


  そんな、自分で選んでいない好きでもない相手と結ばれるのなんて絶対に認められなかった。


  だが、そんな彼の願いが届くことはなかった。



  「黙れ! この、バカ息子が!!」



  エトワールの両親たちはこれに納得ができない。

  彼らにも彼らの考え方があるのだ。



  テスラ領から娘をもらえば二つの領地の絆はより深いものとなる。

  そうすれば、共和国の中でも大きな権力を手に入れ、強い発言権を得ることにも繋がる。



  王国の庶民の娘なんかと結婚されては困るのだ。


  そして、やがて怒りの矛先はエトワールからシシリアへと向けられる。


  「お前がエトワールをそそのかしたのか……?」


  権力者である共和国南部二大領地の現領主からにらみつけられるシシリア。


  エトワールの父親は彼女を問いただす。



  そんな現状を見て、エトワールはシシリア必死にをかばう。


  「違います、父上! 私が彼女に惚れたんです!」


  「それに、貴族位なんてどうでもいいことではないですか! 我々の祖先であられる七英雄の御二人だって高貴な血を引いているわけでは……」



  「だまれ!!!!」



  互いに譲れない意見。


  平行線のまま事態は進んでゆく。


  「こんなことなら女への耐性も学ばせるべきだったな。どうせ、そいつが身体で迫ってきたんだろう。娼婦が似合いそうな女だな」


  父親が哀れな目でシシリアを見つめ、そう蔑む。


  次の瞬間、悲鳴が会場にこだました。



  「きゃーーーー!!!!」



  声を上げたのはエトワールの母親。


  なんと、エトワールが現領主である自分の父親を蹴り飛ばしたのであった。


  彼は料理や酒が並べられているテーブルに突っ込み、ガラスで顔を切り血を流す。


  そして、エトワールの顔からは完全に笑みが消えたのであった。



  「父上殿……。今の言葉、取り消してもらえますか?」



  血だらけになって倒れている父親。

  エトワールはそんな彼を見下ろして謝罪を求めた。


  「おれは間違っていない……。お前は何もわかってないんだ。そこの女はお前や領地を破滅させる……」


  エトワールは顔が歪み、歯を食い縛る。


  それでも我慢できなくなった彼は父親に乗りかかって殴りつけるのであった。



  人間の頭を殴る鈍い音と女性の悲鳴だけが会場に響き渡る。

  これ以上殴ればエトワールは父親を殺してしまう。


  そんなとき、エトワールを止めたのは涙を瞳に浮かべたシシリアだった。



  「エト……。もう、やめて……」



  自分のせいでこんな事になってしまった。


  シシリアは罪悪感で胸が苦しくなり、泣きながらエトワールを止めるのであった。



  そして、エトワールはそんなシシリアを見つめ自分を取り戻す。


  彼女をまた悲しませてしまったのかと……。



  「行こう……。ここにはおれの帰る場所なんてなかったんだ……」



  エトワールはボロボロになった会場と自分を見つめて恐怖する母親たちを見てそうつぶやく。


  もう、全てがどうなってもいいやとすら思えてきた。



  「違う! わたしがエトから奪っちゃったの! 貴方が帰るべき、大切な場所を……」



  エトワールは改めてシシリアを見つめる。


  もう領主だとか、共和国のリーダーだとか、どうでも良いと思った。


  しかし、それでもシシリアだけは失いたくないと思えた。

  彼女だけはどうでもよくはないと——。



  「じゃあ、探しに行こう。二人で幸せに暮らせる場所を……」


  「付いてきてくれるか……? おれはもう、領主にはなれないただの男に成り下がっちまったけど……」



  エトワールは俯きながらシシリアに尋ねる。


  領主として確約された優雅な暮らしなんてできない。

  明日のことだって見えないその日暮らしの生活がはじまるかもしれない。

  それでも、自分と一緒に付いてきてくれるかとエトワールは尋ねた。


  すると、シシリアは涙を拭いながら答える。



  「うん! 二人で見つけましょ! わたしたちが幸せになれる場所を……絶対に」



  こうして、エトワールとシシリアは二人きりで旅に出るのであった。




  ◇◇◇




  エトワールのかつての剣の指南役、屋敷に仕える元近衛騎士団長である一人の老人は二人の事を陰から応援してくれた。


  彼が二人に馬と僅かながらの現金を送り、エトワールたちは旅に出たのであった。



  目指すのは共和国の北部にある未知の国々。

  神話の時代から栄えては消えてを繰り返す共和国の北部にある大地を彼らは目指していた。


  自分たちの事を知らない大地で静かに暮らしたい。

  エトワールたちはそう思って馬を走らせた。

 

  二人旅がはじまり最初は元気のなかったシシリアだったが、エトワールがつねに彼女を支えることで彼女の持ち味でもあるポジティブさを発揮してシシリアは笑顔を見せるようになる。



  そして、共和国南部のベルデン領から北部に向かう途中にあるローレン領。

  ここで彼らは運命的な出会いをする。



  少年カイルと少女ハンナ。

  彼らとの出会いが二人の運命を大きく変えてゆくものとなる。



  かつての自分と同じ領主候補であり、素直で可愛いがどこか闇を抱えているカイル。

  そんなカイルを支える、無邪気でおてんば娘ながらどこか少しませているハンナ。



  そんな二人を気に入ったエトワールとシシリアはもう少しだけ一緒に過ごそうと思い、ローレン領で暮らしはじめることに決める。


  そして、いつかまた北を目指して旅をしようと思ったまま5年が経ち、8年が経ちと時が過ぎてゆくのであった……。

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