201話 エトワールの過去(4)
圧倒的なまでの変人であり天才——。
偶然にも王国貴族であるアスラとの出会いにより、エトワールの中で少しずつ王国に対する評価は変わってきた。
王国は一人の優秀な国王が全権を握っているわけではない。
正確には国王が絶大な権力を振るうこともできるのだが、少なくとも現国王は決してそんなことはしない。
まだ就任してから十年と少ししか月日が経っていないということもあり、現状では反発する貴族たちを抑え込みながら優秀な大臣を集めるということを国王はしていた。
優秀な貴族には大臣の地位を与え、自分の手元におく。
そして、時が来たら大々的に改革をしてゆく。
そんな考えを持っているのだろう。
特に、獣人たちの人権回復には多くの貴族や人間国民が反対しており、今すぐにどうにかできる問題ではない。
これには王国と獣人の歴史的な背景もあり、国王といえども手を出しにくいのであろう。
だが、彼のその息子。
そして、孫の代までいけばこの現状を変えられるかもしれない。
今はそのための下準備を着々としているのであろう。
エトワールは王国の政治に注目しながら学校生活を送っていた。
そして、どんどんと国王陛下の魅力の虜になっていった。
いつか自分も、彼のようなリーダーになりたい。
エトワールはそんな考えを持つようになっていった。
そんな彼が高等部の卒業までの3年間で心がけたのはクラスメイトたちの育成である。
今まではエトワールは自分一人が成長できれば良いと思ってきた。
自分が完璧なリーダーとなり、周りを引っ張っていくのだと。
しかし、そんな考えを捨てた彼はクラスメイトたちに自分の知識や経験を教えることで共に成長することを選んだ。
エトワールが共和国に帰れば、きっと周りが立派なリーダーに成長したなとチヤホヤとしてくれるだろう。
だが、それではダメなのだ!
周りがエトワールに頼りきる。
周りがエトワールに全てを任せる。
これでは共和国は今以上に発展しないのだ!
自分一人でできることなんて限られている。
それでは今までの領主を超えることなんてできない。
だからこそ、多くの優秀な仲間たちが必要なのだ!
エトワールは共和国に戻ったら人材育成に励もうと考えていた。
自分の求める人材を自分で育成しようと。
そこで、その訓練の一貫としてエトワールはクラスメイトたちを育てることを考える。
座学にしても、実技にしてもエトワールは苦手意識を持つクラスメイトたちを助け、周囲とも距離を縮めていくことになる。
王国貴族たちとのわだかまりもなくなり、エトワールはクラスメイトたちからも信頼されるようになっていった。
そして、エトワールの魔術学校生活での集大成、最後の武闘会がやってきたのだった。
◇◇◇
高等部3年となったエトワール。
もちろん、首席候補の彼は武闘会のクラス代表に選ばれていた。
そして迎えた武闘会当日。
エトワール率いる3年Aクラスは無事、決勝戦まで駒を進めた。
最後の相手は3年Bクラスでも2年Aクラスでもなく、つい数ヶ月前まで中等部にいた1年Aクラスの面子であった。
観客たちの誰もが3年Aクラスが圧勝すると思っていたが、想像以上に1年Aクラスは手強く、シシリアが王族のメリッサ嬢をなんとか打ち破ってくれた事により試合は決着した。
既に3年Aクラスの2勝で優勝は決まった。
しかし、3番手のエトワールはエキシビションマッチとして1年Aクラスの3番手であるダリオスと勝負する事に決める。
ダリオスはエトワール同様に中等部を飛び級して早期入学してきたエリート中のエリート。
しかも、王族の中でも王位継承権第1位である次期国王候補だ。
将来、国王と領主という立場で手を取り合う時に、今日という日の思い出話に花を咲かせられるだろう。
これはとても良い機会だ。
エトワールはそう考えて勝負に挑んだ。
だが、エトワールのそんな甘い考えはすぐに払拭される。
ダリオスは15歳とは思えない魔力量を持ち、エトワールを圧倒した。
エトワールだって、並々ならぬ魔法使いだ。
その圧倒的な魔力量と多種多様な魔法を使って今まで試合に勝ってきた。
しかし、本職が召喚術師であるエトワールと魔法剣士としてスキルが整っているダリオスでは話が異なる。
同じだけの魔力量を持つ者同士の戦いにおいて、スキルというのは大きな結果の差を生んでしまうのだ。
結果として、エトワールはダリオスに完敗した——。
しかし、不思議とエトワールに悔しさはなかった。
そして試合で負けた後、ダリオスに話しかける。
「おれの負けだよ。ダリオス、お前すげぇな。流石国王陛下の息子だよ」
エトワールは素直にダリオスを褒める。
だが、ダリオスはそんなエトワールを悔しそうな瞳でにらみつける。
「お前、共和国の人間だったな……。この屈辱、おれは絶対に忘れないからな」
それだけを言い残し、ダリオスはベンチへと戻っていくのであった。
そして、ベンチに向かう途中で眼鏡をかけた若い男と話すダリオス。
彼は1年Aクラスの主担任であった。
「どうして君が彼のクラスに負けたのかわかりますか?」
ダリオスに話しかける教師。
そんな彼にダリオスは歩みを止めて語る。
「あいつらが役立たずだったからだ……。おれは一番強いあの領主候補も軽くひねれた。それなのに、あいつらがゴミに負けたからクラスで勝てなかったんだ……」
シシリアたちに負けたクラスメイトを指差して怒りを露わにするダリオス。
優秀な彼は人生で初めて敗北というものを味わい、頭に血が上っていた。
しかも、それが自分のせいではないと思うと余計に腹が立った。
「そうですか……。それでは君は、きっとこれからも負けを味わうことになるでしょう。人生において、何事も君一人だけで戦えるという場面は少ないですよ」
勝負に負けはしたがクラスメイトたちに囲まれるエトワールを見て、教師はダリオスに忠告をする。
だが、若くして尖っているダリオスはそんな忠告を受け入れるだけの余裕は持ち合わせていない。
「ふんっ、言ってろ三流教師。お前みたいな考えのやつは落ちこぼれの面倒でもみてる方がお似合いだ。さっさとくたばっちまえ」
そう言って一人去っていくダリオス。
そんな彼をエトワールは遠くから見つめていた。
きっとダリオスは将来立派な国王になる。
今は少し荒々しさがあるが、優秀な彼が父親である国王陛下の背中を見て育てば、きっと素晴らしい王国が誕生する。
その時、自分は共和国のリーダーとなりダリオスと共に両国を発展させてゆくのだ。
エトワールはそんな未来を見ながら、魔術学校を後にしたのだった——。
フォルステリア大陸最高峰といわれるカルア魔術学校を中等部だけでなく、高等部も首席で卒業。
しかも、通常は卒業まで6年かかるところをエトワールは5年で修了させた。
これ以上ない形で共和国のベルデン領へと凱旋したエトワール。
だが、彼の横には少し不安そうにしながらエトワールの隣を歩くシシリアがいたのであった……。
◇◇◇
「素晴らしいぞ、エトワール! まさか、王国で一番になって帰ってくるとは!!」
想像通り、帰国した彼を待っていたのは周りからの称賛の声の数々。
エトワールはやれやれと思いながらそれらを聞いていたのであった。
そして、それは現領主である彼の父親も例外ではなかった。
「王国で一番ということは大陸で一番ということだ! さらに、フォルステリア大陸は三大陸で一番面積が広いのだし、これは世界一といっても過言ではないな!」
余程エトワールの功績が嬉しかったのか、彼の父親は親バカとも言える発言を連発していた。
酒に酔っていたということもあるのかもしれないが、それでもご機嫌なのは間違い無いだろう。
思い返せば、この父親がエトワールの才能を見抜き、幼い頃から稽古をたくさん付けてくれたのだ。
父親としてこれほど嬉しいことはないのであろう。
「そうですね領主様。エトワール様は人間界一ですわ。これでベルデン領はもとより、共和国の未来は安泰ですね〜」
周りの者たちもエトワールの父親をはやし立てる。
今日は5年ぶりのエトワールの帰還ということもあり、共和国の中でも同じ派閥の仲間であるテスラ領などからもゲストとして祝賀会に招待していたのだ。
そんなめでたい場に置いて一人、不思議な雰囲気の纏った少女がいた。
特に誰かと話すこともなく、エトワールの側でジッと立ち尽くしている。
みんな疑問に思っているようだが、誰一人口にできない雰囲気がそこにはあった。
そして、酒に酔っているということもあり、領主である彼の父親は疑問をぶつけるのだった。
「そういえばエトワール。そちらのお嬢さんは誰なのだ……? 武闘会の時に見た気もするが……」
その言葉にピクッと体を震わせるシシリア。
だが、そんな彼女の肩を抱きかかえてエトワールは答えるのだった。
「紹介が遅れてしまいました皆さま。彼女は王国で運命的に出会った私の
周囲を見渡し、シシリアを紹介するエトワール。
そして、祝福の声をもらおうと彼はゲストたちを眺める。
しかし、エトワールの期待に応える者は誰一人いなく、この場の空気は凍りつき、父親の酔いも醒めるのであった……。
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