192話 十傑の恐ろしさ

  「よろしくな、アベル」



  十傑の悪魔エストローデ。


  おれとこいつとの距離は1メートルといったところ。

  もしも、こいつが本当に十傑の悪魔だとしたらおれもメルも助からない。


  いったい、どうしたらこの場から生還することができるというんだ……。


  おれは目の前の状況に絶望し、困惑する。


  おれが絶望感に打ちひしがれているとエストローデはさらにおれに近づく。

  その冷酷無表情な顔をした少年の悪魔はおれの肩に手を置き、耳元に口を寄せる。


  「なんだ? もしかして、わかってないなら説明してやる」


  おれは恐怖で動けない。

  そして、彼がおれの耳元でささやいた。



  「お前たちは、これからおれに殺されるんだよ」



  はっきりと告げられた死の宣告。


  こいつは同じ十傑でもユリアンとはまた違った恐ろしさがある。


  ユリアンの時はその次元の違う魔力量に恐怖した。

  こんなの相手にならないと。


  しかし、エストローデに対してはまた別の恐怖がある。

  こいつには何をされるかわからないという恐怖が……。


  しかし、とにかくまずは動かないとだ。



  動け!

  おれの身体!!



  おれは地面を蹴ってエストローデから距離を取り、一度戦況を整える。


  そして、サラの方を確認した。


  サラは魔剣を持つエトワールさんに押されていた。

  なんとか防御魔法と彼女の身体能力で攻撃を受け流しているといった感じだ。


  それにあちらの場合、本当にエトワールさんが敵なのかわからない。

  それもあってサラは手が出せないでいるのだろう。


  そして、おれは再びエストローデに視線の戻す。

  すると、やつはおれのすぐ目の前にいた。



  はっ……?



  理解ができないおれ。


  最初の時もそうだ。

  いつからこいつはそこにいたんだ?


  魔力も気配も完全に消し、突如として現れるエストローデ。


  今まで戦ってきた魔王クラスの魔力オバケたちは、その強大な魔力量からある程度の位置は捕捉できていた。

  しかし、エストローデはそれをさせてくれない。


  十傑であり魔王クラスの魔力を持ちながら、その魔力は解放せずに最小限のチカラだけを使って行動している。


  別に本気を出していないことが問題なのではない。

  問題なのはその最小限の魔力しか使っていないのにおれの行動が完全に封じられたり、転移魔法を使えたりしていることだ。


 

  こいつは何者なんだ……?



  おれは驚き戸惑ってしまい、彼の顔をぼーっと見つめてしまっていた。


  そして、目の前にやって来たエストローデはおれに向けて手をかざす。



  ヤバい……。

  これは攻撃魔法か!?



  おれは現在、メルを抱えている状態。

  こんなの喰らったら二人とも肉片残らず消し飛んでしまう。


  おれは出来る限りの魔力を瞬時に体内から集め、防御魔法を発動する。



  「闇の壁ダークウォール!!!!」



  おれとエストローデの間に漆黒の闇の結界が張られる。

  おれが使える最大の防御魔法。


  しかし、そんな防御魔法もエストローデが放った攻撃魔法の前に簡単に打ち破られた。


  おれが防御魔法を張った次の瞬間、おれは強い衝撃を受けて後方へと吹き飛ばされた。

  そして、部屋の壁を突き破って宙に舞う。



  すると、おれの目には綺麗な青空と眩しく輝く太陽が映った。

  どうやら、おれは外へと放り出されてしまったようだ。


  確か、おれたちがいた応接間は屋敷の三階。

  このままでは地面に激突してしまう……!


  そこでおれは闇属性の防御魔法で雲のようなものを作り、それをクッションとして地面に着地した。


  そして、すかさずメルを確認する。


  先ほどおれたちは強い衝撃波を受けて外まで吹き飛ばされた。

  メルがそれによって傷ついていないのか心配だったのだ。


  だが、メルは相変わらず可愛い寝顔でスヤスヤと眠っていた。

  まるで前世の御伽噺おとぎばなしに出てくる眠り姫のように起きる様子はまったくない。


  そこでおれはひと安心する。

  どうやらメルは無事だったようだ。


  ひと安心するのは良いが、まだ全てが終わったわけではない。

  まずはメルをどこか安全な場所に送り届けないとだよな……。


  そんなことを考えていると、不穏な生暖かい風が流れてくる。

  おれは思わず周囲を見渡した。


  これは自然の風ではない。

  誰かが魔法を使って操っているものだ。


  もしかして、この周辺には他にも敵がいるのか……?


  そして、さっきまでは青空だった空には暗雲が立ち込め、パラパラと雨も落ちはじめてくる。


  天候を操る魔法か……?

  そんなのおれたち人間には到底できない。

  おそらく、これはエストローデの仕業か……。


  おれが屋敷の方を見ていると、おれが突き破った壁から一人の少女が飛び出した。


  その少女はおれの方に向かって宙へ飛んだかと思ったら、足場に水の踏み場のようなものをいくつも作り出す。

  先ほどおれが闇属性魔法で足場を作ったのと同じ要領でだ。


  そして、藍色の髪をしたその少女は数回ジャンプするとおれの真横へとたどり着いた。



  「そっちは大丈夫みたいね!」



  屋敷から飛んできた少女サラはおれとメルの様子を見てそうつぶやく。


  彼女の方は顔や腕に傷をつけて血が流れ出していた。

  おそらく、エトワールさんとの戦闘で傷を負ったのだろう。


  そして、サラはおれに忠告する。


  「《風雷の悪魔》エストローデ……。あいつの風属性魔法は危険よ! 注意しなさい!」


  サラが緊迫した表情でおれに告げる。

  おれは彼女の迫力に押されながら頷いていた。


  なるほどな、あいつは風属性の魔法を使うのか。

  だとしたら、この怪しい風もエストローデのやっているもだろう。

  警戒しておかないとな。


  おれがサラの話に納得していると、急にローレン家の屋敷がぐらぐらと揺れ出した。



  バリーッン! バリンッ!!



  そして、屋根や窓ガラスが次々と吹き飛ぶ。


  おそらく、内部でも魔法を使っているに違いない。


  不穏な風と天候。

  揺れる屋敷。


  おれたちは屋敷の中にいるエトワールさんとエストローデに警戒する。


  そして、ローレン家の屋敷は崩壊した……。



  ゴゴゴゴォォォォォォオオ!!!!



  もの凄い音を立てて崩れ落ちていくレンガのブロックや石柱。

  そして、木造部分の床やインテリア。


  巨大な砂けむりを立てながら、ローレン家の屋敷は崩壊したのであった。


  嘘だろ……。

  あの中にはまだ人がたくさんいるんだぞ?


  ヴァレンシアや魔導師、ノイッシュさんといった騎士たちや使用人。

  それに、やっと出会えたサラのおじいちゃんとおばあちゃん……。

  彼らは逃げられたのか……?


  完全にペチャンコとなって崩れ去った屋敷。

  そして、巻き立つ砂けむりの中から二人の人物が現れる。


  その手に魔剣を握りしめた男性と青髪の少年だ。



  「そんな……おじいちゃんとおばあちゃんは……」



  サラの表情が曇る。


  おそらく、サラは動けない二人の近くで戦うのは巻き込んでしまうかもしれないと思い、外にエトワールさんを誘導したのかもしれない。

  エトワールさんたちを外に連れ出せば、屋敷の中は安全だからと。



  しかし、屋敷は完全に崩れ去った。

  このままではあの二人は……。



  ハンナ母さんの両親であるサラの祖父母を心配するおれとサラ。


  そんなおれたちに対し、エトワールさんはニヤリと笑って言葉を告げる。



  「あの二人ならおれが楽にしてやったよ……」



  エトワールさんは血のべったりと付いた魔剣を見つめてそうつぶやく。



  楽にした……?

  おい、それってどういう意味だよ……。



  すると、おれの横にいたサラが消えた。

  彼女はエトワールさんのもとへと駆け出していたのだった。



  「どうして、二人を殺したぁぁぁあ!!!!」



  サラは特大の火属性魔法をエトワールさんに向けて至近距離から放つ。


  蒼く輝く彼女の炎はエトワールさんを直撃するかに思えた。

  しかし、エトワールさんが無詠唱で発動した防御魔法で簡単に防がれてしまう。



  嘘だろ……。

  サラのあの威力の魔法はおれにだって止めるのは難しいんだぞ。


  それをあんな簡単そうに……。



  そして、エトワールさんは特大の魔法を放ったばかりで動けないサラを蹴り飛ばした。



  「ぐはぁ……!」



  おれのもとに蹴り飛ばされてきたサラ。

  彼女は内臓にダメージを負ったようで血を吐き出す。



  「大丈夫か、サラ!?」



  おれは倒れ込んでむせているサラにもとに寄り添う。


  流石にこれにはおれも許せない……。


  いくら操られているとはいえ、サラの祖父母を殺し、サラを傷つけた。


  荒治療かもしれないけど、エトワールさんを倒して止めないといけないな。



  「そうだ、その目だ! 楽しくなってきたな」



  憤慨するおれを見て、テンションを上げるエストローデ。

  出会ってから初めてそのクールな表情以外のものを見せる。



  「お前には借りがあるみたいだからな。徹底的に潰させてもらうぜ」



  エトワールの側でおれを見つめてそう語るエストローデ。



  正直、お前は何をやってくるかわからない恐ろしいやつだ。

  だけどな、おれは絶対に負けるわけにはいかないんだ……。



  もう、大切な人を失わないためにおれは戦うぞ!!



  そして、おれは召喚魔法を発動したのであった。

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