186話 ヴァレンシアの夢
「さぁ、セアラ! もう一度、私たちと一緒に暮らしましょう!」
ヴァレンシアは両手を広げてサラに語りかける。
まるで、自分のこの胸に飛び込んでこいとでもいうかのように……。
おれはヴァレンシアの行動を見てふと思う。
もしかして、最初からこいつはサラを取り戻すのが目的だったのではないかと。
だが、サラはそんな祖母であるヴァレンシアを見ても何の反応も示さない。
彼女の提案にうんともすんとも言わなかった。
ただ、冷めた目でヴァレンシアを見つめていた。
それを見たヴァレンシアはさらにサラに言い寄る。
「それに、セアラ。貴女は王国の魔術学校に留学をして華々しい成績を修めているらしいじゃない!」
「これほどの名誉のある実績を持つ者など、ローレン領はおろか、エウレス共和国を見渡してもいないわよ!!」
ヴァレンシアはサラの経歴について語る。
そういえばこの人、手紙でも武闘会の成績についてやたらサラを褒めていたな。
まぁ、身内のおれから見てもサラほど優秀な人材はエウレス共和国にはいないと思う。
——というより、サラはフォスルテリア大陸最高峰の魔術学校で主席になりそうなんだ。
王国はもちろん、大陸全土を見渡したってサラ以上に優秀な者などいないだろう。
そして、ヴァレンシアはついに本音である自身の欲望を口に出す。
「貴女がローレン家に戻ってくるなら、次期領主だって任せられるわ。いや、任せたいわ! 貴女はカイル以上の逸材よ!」
ヴァレンシアの瞳は自身の欲望で染まっている。
もう、その視野にはサラしか見えていない。
「そして、ローレン領はもちろん! 貴女ならエウレス共和国を大国に導くリーダーになれるわ!」
「どう!? 私と一緒にこんな未来を見たくない? 貴女は王国貴族であるヴェルダン家の養子令嬢なんかで終わっていい子じゃないのよ!!」
好き勝手にほざくヴァレンシアに段々おれはイラついてくる。
こいつ、ただ単にサラを利用して自分の地位を高めたいだけじゃないか。
孫娘であるサラを可愛がってると思って見ていれば……。
カイル父さんの過去を聞いていた時から感じていたが、こいつは子どもや孫を道具だとしか思っていない。
自分や領地の為になるかどうかでその価値を見出している。
そういう考え方も領主としては必要なのかもしれないが、おれもサラもこういうのは大っ嫌いだ!
そして、そんな提案をしてくるヴァレンシアに対してサラは返事を出す。
「お断りします、おばあさま。私は今の暮らしに満足していますし、この国を先導していきたいとも思いません。その未来の景色は御一人で頑張って是非見てください」
サラはあきれた表情でヴァレンシアを見つめて答える。
その瞳からは軽蔑すら感じられた。
サラにそんな反応をされてヴァレンシアも黙っているわけがない。
「何よ、その目つきは……。あの時のことを思い出せないでほしいわ。やっぱり貴女もあの二人の子どもってことね……」
ヴァレンシアはサラをにらみつけ、ブツブツとつぶやく。
そんなヴァレンシアにサラは続けて話す。
「どうして貴女が父と話が合わなかったのかよくわかりました。そして、私とも合うことはありませんでしたね。これ以上、話す用件がないのなら私たちは帰らせてもらいます」
強気に話すサラ。
もう用がないのなら帰るとヴァレンシアに告げる。
おれとしても不愉快だしサラの意見に賛成だ。
こんなくだらない事にサラが利用されるなんてたまったもんじゃない!
だが、ヴァレンシアはそう簡単には終わらせてくれないようだった。
「来なさい! 出番よ!!」
ヴァレンシアの声とともにおれたちの後ろの扉が開く。
そして、剣を持ち
また彼女の背後のにいた魔導師たちがおれの目の前へとやってきた。
んん?
何をするつもりなんだ??
騎士と魔導師は他でもないおれを囲み、いつでも殺せるような態勢を取る。
騎士に至っては剣をおれに突きつけているしな。
そして、ヴァレンシアがニタニタと笑いながらサラに問いかける。
「所詮はまだ子ども。カイルとは違って最悪の場合を想定していなかったみたいね」
「貴女がそこの貴族の息子を大事に想っていることは調べがついているのよ!! さぁ、もう一度チャンスをあげるわ。私たちのもとに帰ってきなさい、セアラ」
ヴァレンシアは勝ちを確信して微笑む。
まぁ、武闘会で義理の姉弟だってことはバレているんだし、ちょっと調べればおれとサラの関係なんてわかることだろう。
だが、それを利用してくるなんてゲスいやつだな。
ちなみに、おれは現在命の危険がある身だが特に心配はしていない。
いざとなったらカシアスが絶対に助けてくれるという信頼があるし、彼が慌てていない時点で危険はないのだ。
そうだよね、カシアス?
おれは念話で聞こうと思ったがやめておく。
ここで尋ねるってことはカシアスを信用していないってことだもんな。
それはカシアスにも失礼だ。
これは自分で何とかしろって言われるのが怖いじゃないからな。
信じているぞ、カシアス!!
そして、サラがニタニタ笑うヴァレンシアに告げる。
「汚い人ですね。そうやって、父が死んだ事を領民たちに隠したまま、私を利用するつもりだったんですね」
サラは本気で嫌悪感をあらわにし、彼女をにらみつける。
そうだ。
昨日のティアの送別会で領民のおばさんが言ってたな。
カイル父さんに早く領主になって欲しいと。
だが、彼女たちはカイル父さんの死を知らなかった。
ヴァレンシアが事実を隠蔽し、サラを利用してショックを誤魔化そうとでもしていたということか!
カイルは死んだが、彼以上の逸材が我々のリーダーになってくれると。
しかも、彼女はカイルの血と意志を継ぐ者であると。
だが、ヴァレンシアの反応はおれたちの想定していたものとは違うものだった。
「カイルが死んだ……? あの子はもう死んでいるの?」
ヴァレンシアはあっけにとられたようにサラにそう投げかける。
おれは驚く彼女の姿が演技には見えず、彼女が嘘をついているとは思えなかった。
そして、おれの周りを囲む騎士や魔導師たちも……。
「そんな……カイル様は既にいないということのか……」
「ということは、将来はヨハン様が領主に?」
「嘘だ……。カイル様に仕えることができないのなら、私はもう……」
この者たちの反応からしてもカイル父さん死を知らなかったというのは本当のようだな。
そして、サラが付け加える。
「父のカイルと母のハンナは4年前に亡くなりましたよ。それすら知らなかったのですか……?」
サラのこの言葉に周りの者たちがざわざわとしはじめる。
それをヴァレンシアが大声をあげて収める。
「黙りなさい!!」
これには騎士や魔導師もビクリとして一時的に冷静さを取り戻す。
そして、ヴァレンシアは言葉を続けた。
「あの子がいなくても大丈夫よ! なんたって、私たちにはセアラがいるんですもの。セアラがあの子の代わりになってくれるわ!」
息を切らしたようにハァハァとしながらヴァレンシアは話す。
「それに! 言うことの聞けない恩知らずのあの男よりセアラの方が優秀で扱いやすいのよ! わかったら、そこの小僧を脅してやりなさい!!」
カイル父さんを恩知らずだ?
サラが扱いやすいだ?
こいつは何を言っているんだ?
おれはサラをチラッと見る。
それはそれは鬼のような形相で彼女はヴァレンシアをにらみついていた。
カイル父さんを侮辱する発言。
サラはそれを絶対に許さない。
そして、サラはおれに向かって言った。
「アベル、本気でやっちゃっていいわよ! あなたもムカついたでしょ」
サラの瞳は本気だった。
おれはそれに頷く。
鋭利な剣に囲まれ、目の前には魔導師の方々。
普通の人間ならば手を挙げて降伏することしかできない。
完全に詰んだ状態だ。
「はぁ? もしかして、そこの貴族の坊ちゃんが彼らの相手にでもなると? ここにいるのは剣術や魔法ではカイルより優れた連中ばかりなのよ!」
ヴァレンシアは勝ち誇った顔でおれたちに勝利宣言をし、わざわざフラグ立てをしてくれる。
なんともマヌケなやつなのだろう。
そこでおれは目の前に突き出されている騎士の剣を右手で触れる。
周りにいる騎士や魔導師はおれがやっている事が理解できていない。
ぼけーっとおれの行動を見つめていた。
そして、おれは右手に闇属性魔法を発動させて剣を粉々に砕く。
「はぁぁぁぁああああ!?!?」
剣を折られて右手が急に軽くなったであろう騎士の一人が思わず声をあげた。
「何!? 何が起きたのよ!!」
状況が理解できずに慌ててうろたえるヴァレンシア。
そんな彼女に対し、サラはひとことだけ言い放つ。
「最悪の想定をできていない間抜けが誰なのか、教えてあげるわ」
そして、おれは転移魔法で瞬間移動して魔導師の一人にドロップキックを撃ち込み、沈めた。
よーく覚えておけ。
カイル父さんを侮辱した罪は重いからな!
こうして、ヴァレンシアの護衛たちとの争いがはじまったのだった。
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