184話 ヴァレンシア=ローレン(2)

  「おかえりなさい、我が愛しき孫娘セアラ。やっと帰ってきてくれたのね」



  一人の老婆がそう告げる。


  彼女の見た目は年齢は50代の後半から60代後半くらい。

  髪の毛は紫色であり、後ろでお団子を作っている。


  サラの事を孫娘と呼んでいるあたり、この人が間違いなくヴァレンシアなのだろう。


  「はじめまして、おばあさま。セアラです」


  会釈をして礼儀正しく挨拶するサラ。


  一応、失礼ない態度で会うことにすると馬車の中で話していたからな。


  どうやら、自分を育ててくれたカイル父さんたちや、今一緒に暮らしているおれの父さんたちに礼儀作法すら教えてもらっていないと思われるのはシャクだそうだ。

  だからこそ、ヴァレンシアの事は嫌いだが相手方が失礼な態度を取ってこない限り、こちらも貴族の娘として振る舞うと話していた。


  そして、サラの態度を見て老婆はふふふっと笑う。


  「はじめましてなんて仰々しいわね。まぁ、実際にセアラと話すのは初めてなんだし仕方はないかしら」


  「はじめまして。貴女の祖母であり、現在ローレン領の領主を任されているヴァレンシア=ローレンです。お連れのお二人もよろしくお願いします」


  ヴァレンシアと名乗る彼女はおれやカシアスに対しても会釈をして挨拶をする。

  気品あふれる淑女といった感じだ。


  だが、ルクスさんやエトワールさんに聞いた裏の顔として、権力に溺れる頑固なおばさんがいるというのを思い出しておれは背筋が震える。

  こんなに猫をかぶった演技が上手いなんて、やっぱ特権階級の人間は恐ろしいぜ。


  そして、そんな彼女におれたちも挨拶を返すのだった。


  「はじめまして、ヴァレンシア様。アベル=ヴェルダンです。カルア王国のヴェルダン家の一人息子です。そして、こちらは執事であるカシアスです」


  おれの紹介もあってカシアスはヴァレンシアに頭を下げて挨拶した。


  そして、おれはすかさずカシアスに念話で尋ねる。


  『おい、カシアス! それでどうなんだ?』


  『ヴァレンシアは十傑の悪魔に操られていたり、融合シンクロしたりしているのか!?』


  おれの目に映るのは一人の老婆のその背後にいる護衛と思われる魔導師たち。


  残念だが、おれには思考誘導をかけられていることや融合シンクロしていることなどはわからない。

  まぁ、融合シンクロに関しては精霊体が隠れる気がなく、主張が強いと多少はわかったりするのだがな。


  だが、ヴァレンシアが精霊体と融合シンクロしているのかは全くわからなかった。

  だからこそ、カシアスから一刻も早く答えが欲しかった。


  『ふむ……。どうやらハズレだったようです。ヴァレンシアは十傑はおろか、上位悪魔や精霊にすら操られている気配はありせん』


  カシアスのこの言葉を聞いたおれは安心する。


  まぁ、仮に上位悪魔なんかがヴァレンシアと融合シンクロなんてしていれば、カシアス自身がもっと騒いでいただろう。


  やっぱり、ローレン領を支配するなんてこと十傑たちがやるはずがないのだ。

  人間界を牛耳る上で、このローレン領にはほとんどメリットなどないのだから。


  何はともあれ、この場で悪魔たちに注意する必要はないようだ。

  だが、だとすると誰がサラの情報をリークしたんだ?


  エトワールさんは悪魔と繋がっていないと言っていた。


  じゃあ、ルクスさんが裏切った?

  いや、ルクスさんこそ悪魔に操られていたってことは……。


  そんな事を考えていると、ヴァレンシアが話しはじめる。


  「久しぶりの再会ね。さぁさぁ皆さん、立って話すのもなんですし座ってください。お茶も用意させますので」


  おれたちは言われたとおりに席についた。


  サラがヴァレンシアの対面。

  サラの左におれ、右にカシアスが座る。


  「それで、セアラ。久しぶりのローレン領はどうですか? ここは良いところでしょう」


  席に着くなり、ヴァレンシアはサラに話しかける。


  こうして見ると、孫娘を溺愛するおばあちゃんみたいだな。

  エトワールさんたちから聞いていた印象とは違って見える。


  まぁ、実際に溺愛しているのかもしれないけどな。


  カイル父さんには厳しくしていたって聞いたけど、自分の子どもに対する思いと孫に対する思いというのは違うのかもしれない。


  サラはここの領主になるわけではないし、純粋に孫として可愛いんだろうな。


  「そうですね。あまり観光したわけではありませんが、素敵な場所だと思いますよ。特にエトワール・ハウスは行き場のない孤児たちに新たな人生を与える素敵な施設だと思いました」


  サラがハキハキと答える。

  といっても、おれたちはエトワールさんの孤児院しか行ってないからこれしか答えられないんだけどね。


  そして、この時ヴァレンシアの眉が一瞬つり上がったのをおれは見逃さなかった。


  あれ、サラの答えが気に入らなかったのかな?


  もしかして、他にもっと褒めるべき観光地があったとか?

  ヴァレンシアが領主として経営している施設なんかがあったりしたら、そこも言って欲しかったとかか?


  おれはヴァレンシアの挙動を見て考える。


  「まぁ、そう気に入ってもらえたならよかったわ」


  ヴァレンシアは笑顔でサラに微笑みかける。


  そして、その直後にヴァレンシアはとんでもない発言をする。



  「それで、貴女はこれから私たちと一緒に暮らすということでいいのかしら?」



  一瞬、おれは耳を疑った。


  どうやら、それはサラも同様だったようだ。

  コイツは何を言っているだといった表情でヴァレンシアを見つめる。


  「今、王国は危険な状況だそうですね。半年前の異常気象にはじまり、つい先日も原因不明の魔力爆発で大問題になっているとか」


  ヴァレンシアはカルア王国の状況について語る。

  どうやら、エウレス共和国のここローレン領にもその情報は既に回ってきていたらしい。


  まぁ、一ヶ月も経っているのだから当たり前ではあるか。


  「ハリス様や王国陛下が亡くなり、王国は大混乱だそうね。噂じゃ、貴族同士の対立によって王国は内部分裂するってらしいじゃないの」


  内部分裂?


  どういうことだ!?

  そんなのひと言も聞いてないぞ!


  いや、もしかしたらデマの可能性もあるな。

  おれはヴァレンシアの言葉に疑いを持つ。


  「ヴェルダン家の人間の前でこのような発言をするのは失礼だと承知の上だけど、今の王国はたいへん危険ですからね」


  ヴァレンシアはおれの方を見てそう語る。


  いやいや、おれから言わせてもらえば今の王国は安全なんだぞ?

  もう悪魔と繋がってる人間はいないみたいだし、次期国王だって決まっているんだから内部分裂もしない!


  まぁ、アルゲーノが国王っていうのはちょっとだけ心配なんだけどな……。

  いや、それは今気にすることじゃない!


  おれはヴァレンシアを見る。

  そして、彼女の話すペースはどんどん上がってゆく。


  「だけど大丈夫よ。貴女は何も心配する必要はない。カイルが勝手に貴女を連れ去ってしまっただけ……」


  この時おれは気づく。


  ヴァレンシアのこの目はヤバい。

  欲望に染まった瞳でサラを見つめている。


  「貴女には何の罪はないの。だから、貴女には帰ってくる権利があるの。あんな恩知らずの息子としゃしゃり出た下人の女とは違うのよ」


  「さぁ、セアラ! もう一度、私たちと一緒に暮らしましょう!」


  ヴァレンシアは両手を広げてサラに語りかける。

  まるで、自分のこの胸に飛び込んでこいとでもいうかのように……。

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