170話 領主テスラ(2)

  おれたちは領主さんのいる屋敷までやってきた。

  橙色を基調としたレンガで建てられた立派な建築物だと思う。


  だけど、本当に屋敷にまでやってきてよかったのだろうか。

  おれは心配になってサラに尋ねる。


  「なぁ……本当にここに呼ばれたのか?」


  絶対にもっと違う待ち合わせ場所とかがあったのではなかろうか。

  ここは子ども二人で来るような場所じゃない気がするんだけど……。


  「うん、都合が良ければここに来てって言われたわよ。っていうか、何をビビってるのよ? おじ様たちの御屋敷の方が豪勢じゃない!」


  サラは何を尻込んでいるのかとおれに言ってくる。


  まぁ、こんなことは言いたくないがサラの言うとおり、テスラさんの屋敷より我が家の方がすごいと思う。

  広さといい趣といいだ。


  しかし、だからといってそれが気持ちが楽になる理由にはならない。

  これからエウレス共和国という大国に携わる一人の領主と面談するのだ。

  おれの心臓はドキドキバクバクだよ。



  そして、おれたちは屋敷のメイドさんに案内されるがままに応接間へ通された。

  床に敷かれたレッドカーペットや額に飾られた色彩豊かな絵画が屋敷の気品さを表している。


  おれはまだ子どもということで父さんたちに連れられて貴族たちの集まりなんかに参加したことがない。

  頼めば連れて行ってくれるらしいが、コミュ障のおれが自ら進んで行きたいと言うわけもなく舞踏会ヴァージンなのだ。


  そんなこともあり、父さんたちと仲の良いという領主のテスラさんに対し、何か粗相そそうをしてしまうのではないかと緊張しているのだった。

  その点、サラはいつもどおりに振る舞っている。

  なんなら、父さんたちといる方が緊張しているくらいだ。



  そして、メイドさんが入り口の扉を開けて一人のおじさんが入ってくる。


  スラリとした体型にフィットする黒い貴族衣装。

  おそらく、この人がテスラさんなのだろう。


  男性はおれたちを見つけると軽く会釈して挨拶をする。


  「やぁ、来てくれて嬉しいよセアラ。それと、君がマルクス殿の息子のアベルくんだよね?」


  優しい声で男性は話しかける。


  父さんよりは若そうだな。

  だいたい40代前半といったところだろうか?


  「はい。おれがアベルです!」


  おれは立ち上がって男性に挨拶をする。


  「お招きいただきありがとうございます」

 

  隣にいたサラも挨拶をする。

  なぜだろうか、サラの方が貴族であるおれより礼儀作法がしっかりとしている。


  「そうかそうか。申し遅れてしまったね。私がこのテスラ領の領主であるルクス=テスラ。マルクス殿には色々とお世話になっているんだよ」

 

  ルクスさんは笑顔でそう語る。

  初めて会ったがとても優しそうな人だ。


  「実はね、カイルが王国からうちの領地に引っ越して来た時にセアラとアベルくんには会いに行ったんだよ。二人ともまだ小さかったから覚えてないだろうけどね」


  ハッハッハッと笑いながらそう語るルクスさん。


  どうやら以前、おれたちはルクスさんに会ったことがあるようだ。

  まぁ、全く記憶にないんだけどね。


  「すみません。私も小さかったと思うので覚えてはいません」


  サラがルクスさんに答える。


  「うんうん、そうだろうね。だけど、あの時の子たちがこう立派に大きくなったのは感慨深いなぁ……」


  ルクスさんがおれたちをじっくりと見つめて語る。


  おれはなんだか懐かしさのようなものを感じていた。


  そして、ルクスさんはカイル父さんたちの話をする。


  「カイルたちの事は本当に残念だった……。はじめ聞いたときは嘘だと信じたかったよ」


  悲しそうな表情のルクスさん。

  彼は言葉を続けた。


  「私はあまりカイルたちと深く関わることができなかった。カイルはローレン領の実家と喧嘩別れをして出てきたと言っていたからね……」


  「私にはローレン領の領主であるカイルの母親との関わりもある。今考えれば、そんなことを気にせずにあの夫婦ともっと親しくしたかったと後悔ばかりしてるよ……」


  深くため息を吐いて気持ちを語るルクスさん。

  そんな彼にサラが答える。


  「ルクスさんには領主としての責任やしがらみがあったのは仕方のないことです。それを父や母がわかっていたと思います。あまり、気に病まないでください」


  「それに、王国からやって来た私たちをルクスさんが受け入れてくれたことは知っています。母もルクスさんには深く感謝していました」


  どうやら、ルクスさんには彼なりのしがらみがあったようだ。


  しかし、それでもハンナ母さんたちはルクスさんの状況を理解しており、深く感謝していたとサラは語る。


  「そう言ってもらえると私としても嬉しいよ。だけど、本当に人の死というものは突然だな……」


  少しばかし、暗い雰囲気となる。


  突然やってきた魔族たち。

  だが、ルクスさんは魔族たちの襲撃があったということは知らなそうだな。


  そこはアイシスとカシアス、そしてリノが何とかしてくれたのだろう。

  おれは優秀な三人のことを思い浮かべて一人で納得する。


  「ごめんごめん。少し暗くなってしまったね。そうだ! 君たちの成長はすごいものだよ。二人ともカルア高等魔術学校に通っているんだよね! 私も武闘会を観に行かせてもらったよ」


  暗くなった雰囲気をルクスさん自らが話題を変えて明るくしようとする。


  どうやら、ルクスさんも武闘会を観に来てくれていたようだ。

  ということはおれとサラの試合も観ていたのだろうか?


  「個人的には二人の試合が一番熱かったね! アベルくんは2年の早期入学だろ? それなのにあれだけの魔法を使えるなんてすごいよ!」


  「それにセアラもそんなアベルくんを上回る魔法の数々! 流石、カイルたちに育ててもらっただけのことはあるよ」


  ルクスさんはおれたちの事を褒めちぎる。

  本当に武闘会を観に来てくれていたらしい。


  「今の私があるのは両親とアベルのおかげです。そして、学校に通えているのはマルクスおじ様とメリッサおば様のおかげです。本当に五人には感謝しきれません」


  サラが感謝の言葉を述べている。

  確かに、おれたちは多くの人のおかげでこうしていられるんだよな。


  「おれもです。カイル父さんやハンナ母さんはもちろん、多くの人たちのおかげで今の自分があります! 本当に感謝しきれません」


  これはサラたちだけでなく、アイシスやカシアスもそうだ。

  今のおれがこうしていられるのはみんなのおかげだと思う。


  そんなおれたちの言葉を聞いてルクスさんも笑顔になる。


  「本当にカイルたちは良い子たちに育ててくれたんだな」


  ルクスさんはとても嬉しそうにそう語る。


  「そうだ! 忘れていたが、君たちに伝えないといけないことがあるんだ」


  突然、何かを思い出したかのように語るルクスさん。


  「実はね、エトワールという男がローレン領にいるんだけど、彼がセアラに会いたがっていたんだ!」


  「彼もカイル同様に領主の家系に生まれたのだが、実家を出てローレン領にやってきたらしい。カイルとも仲が良く、カイルの兄とも師匠とも呼べる存在なんだ」


  「せっかくエウレス共和国に来ているのなら彼に会いに行ってみてはどうだろう? きっと、君たちも気にいると思うよ。彼もカイル同様に良くできた人間だからね」


  どうやら、昨日サラが言っていた召喚術師の話みたいだ。


  カイル父さんの兄とも師匠とも呼べる存在か……。

  一度会ってみたいな。


  「はい! 是非、私もお会いしてみたいです」


  サラが元気よく答える。


  「ふふふっ、そうかそうか。私から紹介状を書いておこう。ちなみに、カイルの実家の方に顔を出す予定はあるのかい? もし、あるのならそちらにも私から一筆書いておくが……」


  ルクスさんはおれたちに尋ねる。


  カイル父さんの実家か。

  サラ宛てに手紙はあったけどな。


  「実家の方は……」


  そんなおれの発言にサラの言葉が重なる。


  「いや、そちらは大丈夫です! 父と合わない人なら私たちとも合わないと思うので」


  サラがはっきりと告げる。


  うん、その清々しいまでの決意表明。

  おれは好きだよ。


  「まぁ、あの領主も頑固で古風的な考えを持った人だからな……。それがいいだろう」


  「だけど、もしも出会う事があったら私が紹介状を書かなかったことは黙っていて欲しい。後でグチグチ言われるのはどうも……」


  ルクスさんは少し困った表情でそう語る。

  彼もローレン領の領主のことはあまり得意ではないのかもしれないな。


  「もちろんです! 私たちが勝手にエトワールさんを訪ねたことにします。ルクスさんのことは話したりしませんよ!」


  サラが安心するようにそう伝える。


  「うん、そうしてくれるとありがたいよ」


 

  こうして、おれたちはローレン領にいるカイル父さんの知り合いのエトワールさんという人に会いに行くことになった。


  またルクスさんとはその後、武闘会での裏話やカイル父さんやハンナ母さんの昔話をなどをして親睦を深めたのであった。

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