169話 領主テスラ(1)

  レーナと別れた後、おれとカシアスは宿屋へと戻る。


  カシアスはレーナに軽くお仕置きをしてはいたが、彼女のことを嫌っている様子はなかった。

  まぁ、カシアスはカルアの大森林をさら地にすることだってできるのだ。

  キレさせたらテスラ領が滅びるだろうし、おれとしても穏やかそうにしてくれていてよかったよ。


  そう思いながら歩みを進める。


  「そういえば、二人きりで過ごすのは初めてだな」


  おれはカシアスに話しかける。

  少しぎこちない雰囲気なのは仕方ないだろう。


  だが、無言で歩くのは気まず過ぎるからな。

  何か話そうと思っておれは声をかける。


  「はい、私としては嬉しい限りです」


  カシアスはひと言だけそう話す。


  本気で言っているのだろうか?

  おれは何を考えているのかわからないカシアスを見てそう思う。


  だが、アイシスもカシアスも表情を隠すのが上手い。

  結局、何もわからなかった。


  そこで、話題を変えることにする。


  「おれは魔王ヴェルデバランの転生者なんだろ? 何か今のおれにして欲しいこととかあるのか?」


  おれは魔王ヴェルデバランの転生者などではない。

  しかし、カシアスたちはそう思っている以上、そういうテイで話を進める。


  「そうですね……。一番は自力で記憶を取り戻して欲しいというのがあるのですが、そのような方法は私たちにもわかりませんからね……。ですので、今まで通りアイシスから魔法の指導を受けてもらうということでしょうか」


  なんと、カシアスはおれに魔王ヴェルデバランとしての記憶を取り戻して欲しいと言う。

  だが、その方法はカシアスたちにもわからないらしく半分諦めているようだった。

  そして、アイシスから今まで通りに魔法の勉強をしていて欲しいと言われる。



  魔王ヴェルデバランの記憶ね〜。

  そこら辺に記憶が詰まった脳みそでも落ちてればいいんだけどな。


  ん……?

  待てよ!


  カシアスたちですら転生時に失った記憶を取り戻す方法はわからないと言っているのだ。

  つまり、おれが一生黙ってさえいれば、おれが魔王ヴェルデバランの転生者ではないことを隠し通せるのではないか?


  まぁ、本物の魔王ヴェルデバランの転生者が記憶を持って現れたらその時は諦めよう。

  大人しくアイシスとカシアス、そしてリノに土下座をすることにしよう。

  もしかしたら隠していたことを許してもらえるかもしれない。

  いや、そんなことはならないよな……。


  そして、いつも通りアイシスからどんなことを教わったのかや、アイシスとどんな日常を過ごしてきたかという話をカシアスにした。

  カシアスは特に口を挟むことなく、うんうんと頷きながら静かに話を聞いてくれていた。




  ◇◇◇



 

  宿屋に戻ると既にサラとアイシスが待っていた。


  おれとしてはサラは母校巡りを一日中すると思っていたので驚く。

  もしかして、何か問題があったのだろうか?


  すると、サラが話を切り出すのであった。


  「アベル、やっぱりローレン領に行かない?」


  サラがおれに話しかけてきた。



  ローレン領だと……?



  先日、カイル父さんの実家から手紙が送られてきた時、サラはまるで興味を示していないかった。

  それが急にどうしたのだろうか?


  「おれはいいけど……急にどうしたんだ?」


  おれはサラにどうしてそうなったのか尋ねてみる。

  すると、意外な人物に出会ったことを語った。


  「実はね、テスラさんっていう領主の方に会ったの。どうやら、卒業式の時に主席で表彰されていた私のことを覚えてくれてくれたみたいなの」


  テスラ?

  なるほど、ここの領主の人か!


  魔術学校の卒業式ということで領主様が自ら御出席なさったということなのだろうか。

  そして、そこでサラを見つけたと。


  「そのテスラさんがね、パパとも少しだけ親交があったみたいなのよ! それで、パパとかママの昔の話をちょっと聞けたの!」


  サラはとても嬉しそうだ。


  もうこの世にはいない自分の大好きな人たち。

  その人たちのことを忘れないでいてくれる人物がいるというのはサラにとっても嬉しいことだろう。


  「それでね! テスラさんが言うには、ローレン領にはパパが昔お世話になった召喚術師の方がいるんだって! それでね、それでね! その人が私に会いたがっていたんだって!」


  ほう……。

  カイル父さんが昔お世話になった召喚術師か。


  それはおれとしても興味があるな。

  実際に会って話してみたい気もする。


  「だから、パパの実家に行く必要はないけど、その召喚術師さんの所には行こうよ! どうせまだ学校も休みなんだし、今がチャンスだよ!」


  まぁ、サラがそこまで行きたいと行っているのなら止める必要もないだろう。

  だが、どうしてローレン領にいるその召喚術師とこのテスラ領の領主さんが知り合いなのだろう……。



  まぁ、実際に会ってみればわかるか!



  おれも少しずつ心が躍りはじめる。


  「あとね、テスラさんがアベルにも会いたいって言ってたよ。今から行くと遅くなっちゃうし、明日二人で会いにいかない?」


  領主のテスラさんがおれに会いたい?

  どうしてそんなことになってるんだよ。


  「何かね、テスラさんはおじ様やおば様と仲が良いらしいのよ」


  領主さんが父さんや母さんと?


  なるほどな。

  父さんたちはカルア王国の外交を任されている。


  エウレス共和国の領主たちと親交があってもおかしくはないのか。


  「特に用事もないし別にいいか」


  こうして、おれはオッケーの返事を出して明日はサラと二人でテスラさんというここの領主さんに会いに行くことになったのだった。




  ◇◇◇


 


  ——数時間前——



  これはサラがアイシスと二人で母校巡りをしている中での会話である。

  サラは初めてアイシスと二人きりで過ごすということで彼女との仲を深めようと思っていた。


  しかし、アイシスは寡黙な女性である。

  元々、アベルたちと屋敷で暮らしてた時からあまり絡みがなかったのに、サラの誘拐の件でアイシスは自分の監督不足であると責任を感じてより一層サラによそよそしくなってしまった。


  サラとしてはあの事件はアイシスのせいだとは1ミリも思っていないし、もっとフランクに接して欲しいと思っていた。

  そこで二人きりになれたということで普段はしないような話してみることにしたのだった。


  「ねぇ、アイシスは恋とかしないの?」


  サラはもう16歳。

  アイシスは年齢こそ分からないものの、見た目だけならばサラと同じくらいの女子高生にも見える。


  若い女の子同士の軽いガールズトーク。

  サラはアイシスに話を振った。


  しかし……。


  「私はしません」


  このひと言だけ。

  アイシスはこれだけで黙ってしまう。


  サラとしては自分の警護を真剣にやってくれるのは嬉しい。

  しかし、今はもっと別のことを要求しているのだった。


  「カシアスの事は好きじゃないの? わたしから見てると、アイシスはカシアスの事が大好きそうだから聞いてみたかったんだ!」


  サラは諦めずにアイシスに質問する。


  すると、先ほど同様に彼女は簡潔に答える。


  「カシアス様のことは尊敬していますし、たいへん慕っております。しかし、恋愛感情というのは持ち合わせておりません」


  淡々と答えるアイシス。


  恋愛感情を持たないというアイシス。

  それは彼女独特のものなのか、それとも悪魔という種族的なものなのか……。


  そんなことを考えていると、思いのほかアイシスがサラに話しかけてくれた。


  「セアラ様はアベル様のことが好きなのでしょうか?」


  サラはなんだか嬉しくなった。

  初めてアイシスから話しかけてきてくれたことに。


  そして、元気よく答えた。


  「うん。そうよ! わたしはずっと前から好きなんだ」


  サラはアイシスに答える。

  それを聞いてアイシスは何か考える。


  「他人を長く愛することはとても素敵なことだと思います。どうか、その気持ちをいつまでも大切にしてください」


  アイシスはサラを見つけてそう伝える。


  すると、サラがアイシスに抱きついた。

  そして、耳元で静かにささやく。


  「それは貴女も同じだと思うわよ。きっと、心のどこかではカシアスのことを愛してるのよ。だから、貴女も自分の気持ちは大切にしなさい」


  突然抱きしめられたアイシスは驚きに戸惑う。


  「セアラ様……?」


  サラの名前を呼ぶアイシス。

  それに対してサラは優しく答える。


  「ありがとう。貴女が必死にわたしを助けようとしてくれた事、とてもうれしかった……。これからもよろしくね」


  アイシスの耳元で感謝の言葉をかけるサラ。


  それに対し、アイシスの頬が少しばかり緩む。


  「はい! 私の方こそ、これからもよろしくお願いします」



  こうして、サラとアイシスの間で少しだけ心の距離が縮むのであった。

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