149話 マルチェロ vs アベル&レイ(1)

  「うわぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」



  思考支配が解けたレイが叫ぶ。

  こんな姿の彼を見たのは初めてだ。

  まさか、レイのお姉さんがエマさんだったなんて……。



  「くっ……間に合いませんでしたか。でもっ!」



  ハリスさんがおれたちの目の前に現れてエマさんにかけ寄る。

  そして、エマさんの身体が光に包まれた。

  おそらく、ハリスさんが回復魔法を使ってくれているのだろう。


  「ハリス様! 姉さんは、姉さんは助かるんでしょうか!!」


  エマさんを抱きかかえたレイがハリスさんに問いつめる。

  必死に頼み込むレイの姿にハリスさんも応える。


  「絶対に助けます! 心の優しいこの子には私も恩があるのです! 何がなんでも守ってみせる! だけど、今の私ひとりじゃ……」


  ハリスさんは苦しそうな表情でそう語る。


  エマさんはまだ助かる可能性があるようだ。

  おれも何としてでも助けたい。

  だが、ハリスさん一人じゃ難しいようだ。

  どうにかしたいけど、おれの回復魔法では……。


  そんな時、後方から声が上がる。


  「私たちに任せて!」


  振り向くと、そこにはネルやケビン、アリエルがいた。


  大森林に置いてきたのに追ってきたというのか。

  だが、『治癒術師』のスキルを持つネルならば……。



  「……」



  ハリスさんは少し考える。

  そして——。


  「わかりした……。二人とも、手伝ってください!」


  こうして、ハリスさんに加え、ネルとアリエルがエマさんの治療にあたる。

  レイはエマさんを地面に優しく下ろした。

  そして、ニタニタとほくそ笑むマルチェロをにらみつける。



  「いやぁ……良いものを見せてもらったよ……。どうだい、初めて人を殺す感覚は? どうだい、大切な者を救えない気持ちは? くっふふふふ」



  レイはマルチェロに向かってひと言だけ放つ。


  「殺す!」


  レイが特大の氷属性魔法をマルチェロに向かって放つ。

  鋭利な氷塊はマルチェロをめがけて直進する。

  だが、マルチェロはいとも簡単にレイの攻撃を躱す。



  ドォォォォーーッッンン!!



  マルチェロに当たらなかったレイの攻撃魔法は地下都市の建物を破壊する。

  その爆音からレイの本気の力が伝わってくる。


  攻撃を躱されたレイだったが、絶えず魔法を放ち続ける。

  その身体はとうに限界を超えているはずだ。

  だが、レイは魔法をやめない。



 ドォォォォーーッッンン!!



 ドォォォォーーッッンン!!



  次々に破壊されていく建造物。

  レイが放つ魔法は何一つマルチェロに命中しなかった。


  これが転移魔法が使える者と使えない者の差なのか……。

  悔しいが、マルチェロはおれたち人間が無策で勝てる相手ではない。


  「はぁ……はぁ……」

 

  レイの息が上がる。

  もうヘトヘトじゃないか。


  「レイ! お前はもう限界じゃないか! あとはおれに任せてお前は下がってろ! エマさんの側にいてやれ!」


  おれは今にも倒れそうなレイに忠告する。


  見たところ、既にレイは戦える様子じゃない。

  それにエマさんが危険な状態なんだ。

  エマさんの側にいてやった方がいいのではないかとおれは思う。


  だが、レイは忠告するおれに向かって問いかける。


  「アベル……なぜお前はおれを止めようとする。お前がおれの立場だとしたら、お前はマルチェロあいつと戦わないのか?」


  レイはそのうつろな瞳でおれに訴えかける。


  もし、おれがレイの立場だったら……?



  おれがマルチェロに操られ、おれ自身の手でサラを傷つけるのだ。

  そんなことをされたら、おれが黙っているわけがないだろう。

  たとえ身体が引きちぎれようがおれは戦うだろう。

  そう……誰が引き止めようとしても、おれは戦う道を選ぶ!



  「悪かった……。だけど、おれにも戦わせてくれ! おれもマルチェロには恨みがあるんでね」


  おれはレイに剣を投げる。

  そして、レイがそれを受け取る。


  「ふっ……お前と戦ってみたかったというのは、こういうことではないのだがな……」


  レイが何かつぶやいた気がした。



  「へぇー、二人でボクと戦うっていうの? おもしろいね、いいよ!」



  おれとレイに向かってマルチェロが微笑む。

 

  「その代わり……追加ルールとして君たちが負けたら、二人の大切な人を君たちの目の前で先に殺してあげるね! ふふふふっ」


  不敵に笑うマルチェロ。

  こうして、おれとレイによるマルチェロとの戦いがはじまったのだった。




  ◇◇◇




  アベルたちが戦う後方ではハリスを中心にエマの治療が行われていた。


  「んっ……」


  エマが苦しそうにしながら瞳をあける。

  これを見たネルたちは歓喜の声を上げる。


  「やった! エマさんが目を覚ました!!」


  エマはこの状況を目にして少しずつ思い出す。

  自分が何をするためにここにおもむき、そして何を目にして行動に移したかということを……。


  「ハリス様……?」


  エマの目の前には伝説の精霊ハリスが回復魔法をかけ続けてくれていた。


  ふと横を見ると、自分を突き刺した禍々しい剣が置かれていた。

  もしかしたら、レイはこれのせいでおかしくなってしまったのかもしれない。


  「安静にしていなさい。まだ貴女は危険な状態なのですから」


  どうしてハリスが自分に回復魔法をかけているのか理解できていないエマ。

  だが、自分にとって命より大切なレイのことを思い出す。


  「レイは……? レイはどうなったのですか!?」


  エマは地下都市にやってきて様子がおかしいレイを見つけた。

  さっきまでケビンやアリエルが悪魔に操られている様を見ていた。


  そして、レイも悪魔に操られていると理解したエマは自らを犠牲にしてレイを助けようとした。

  レイの瞳が綺麗になって自分のことを思い出してくれたことまでは覚えている。


  だが、自分が気を失ってからどれほどの時間が経ったのかわからない。

  もしかしたら、あれ以降にレイの身に何かあったのではないかと心配になった。


  そんなエマに対してハリスが答える。


  「レイとアベル様はあちらで悪魔と戦っています」


  エマは自分の耳を疑った。


  悪魔と戦う?

  人間が悪魔に勝てるわけがない。

  それは歴史が証明している。

  人族で悪魔に勝てる者など七英雄様たちくらいしか……。


  そんなことを思いながらエマはレイたちが戦っている方を向く。

  そこでは確かにアベルとレイが悪魔マルチェロと戦っていた。


  「悔しいけど、おれたちが加わっても二人の足手まといになるだけだ……。クソッ……」


  ケビンが壮絶な戦いを繰り広げるアベルたちの戦闘を見てそうつぶやく。


  エマも二人が強いことは知っていた。

  だが、悪魔と戦えるほど強いということは知らなかった。


  見たこともない魔法を次々と使うアベル。

  エマはそれが闇属性魔法だと気づく。


  七英雄たちですら使えなかった闇属性魔法を使いこなすアベル。

  そして、そんなアベルの魔法にひけを取らないレイを見た。


  もしかしたら、二人なら悪魔に勝てるかもしれないと思った。

  だが——。


  「あの悪魔は本気を出していません。手を抜いてくれている今がチャンスなのですが……」


  ハリスが神妙な顔つきでそう語る。

  エマを含め、彼女らはただ二人の無事を祈るしかできなかった。

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