148話 防戦の末に待つ悲劇
「さぁ、君はどちらの子を殺すのかな?」
ニタニタと笑うマルチェロ。
やつはレイと対峙するおれを見て愉悦に浸る。
レイ=クロネリアスを殺せばサラが助かる。
だが、レイはマルチェロに操られているだけ。
何の罪もない人間をおれは殺すなんてできない。
それに卑怯なマルチェロのことだ。
仮にレイを殺したところでサラを必ず助けてくれるとは限らない。
マルチェロの言葉から察するに、おれがレイと戦っている間はサラは生かされているということ。
つまり、おれがレイとの戦闘を長引かせている間にアイシスにサラを救出してもらうというのが一番いい方法だ。
おれはアイシスの方をチラリと見る。
アイシスはハリスさんの代わりに十傑の悪魔と戦っていた。
今見たところでは完全に押されている。
とてもサラの救出を期待できる状況ではない。
それにハリスさんはボロボロになりながらも後方からアイシスを支援して魔法の援護射撃をしている。
ハリスさんに頼みたいがそうするとアイシスが一気に十傑の悪魔にやられてしまいそうだ。
ここはおれがやるしかないみたいだな。
まずはレイを完全無力化して突破する。
すると、上位悪魔マルチェロが立ちはだかるはずだ。
そして、マルチェロを撃破したついでにダリオスとアルゲーノをぶっ飛ばしてサラを助け出す。
ははっ……笑っちまえるくらいの無理ゲーだな。
そんなことを考えているとレイが襲いかかってくる。
武闘会でサラとの試合を見せてもらってお前のことは把握している。
水属性魔法に土属性魔法、そして氷属性魔法を主に使う魔法剣士だ。
特に注意することはネルと同等の魔力量を持ち、ケビンに匹敵する身体能力を持つこと。
だが、油断しなければおれが負けることはない。
サラを助けるいい方法を考えながら対応を……。
おれが少し考え事をした瞬間にレイが消えた。
嘘だろ!?
おれはレイの動きにはしっかりと注目していたんだぞ?
ということは……まさか転移魔法か!?
おれはすぐさま後ろを振り返り、魔剣で疾風の如き一刀を受けとめる。
レイのとてつもない魔力とパワーにおれは押されてしまう。
マルチェロのやつ……レイに魔剣を与えやがったな。
しかも、ケビンの時と同様におそらく力も与えていやがる。
転移魔法が使えるなんてズルすぎるぞ……。
武闘会で見た時とは別人になってるぜ。
おれは先程マルチェロに魔道具の槍でやられてから身体の痺れが取れていない。
このまま粘って時間を稼ぐのはつらそうだな……。
レイには悪いが少し傷つけさせてもらうぞ!
こっちは動きが鈍いというハンデがある上、レイは圧倒的に強化されているのだ。
時間を稼ぐために
そうすれば足留めができるはずだ!
おれはレイと剣で打ち合う中で隙を見て攻撃を仕掛ける。
だが、レイはここぞというところで転移魔法を使ってそれを
クソッ!
また躱された!!
ある意味時間は稼げているのかもしれないが、おれの方が消耗していってしまっている。
この後、マルチェロやダリオスたちと戦うことも考慮するとあまりここで消耗したくないのに……。
そんなおれを戦いを見ていたマルチェロが愉快に笑う。
「はっはっはっ! もしかしてレイ君の脚を狙って無力化しようとしてるのかな? でも無駄だよ! だって、彼が傷ついたらすぐに回復魔法を使わせるしね」
おれの考えを読み切っているマルチェロが高めの見物をしながらそう告げる。
「それに、回復魔法に加えて本来転移魔法なんて使えないレイ君が転移魔法を連続で使っている。君ならこれが何を意味しているかわかるよね? くふふふっ」
こいつ……そういうことか……。
「早くしないと君のせいでレイ君が死んじゃうよ〜」
シルクハットの陰からマルチェロの鋭い瞳がおれを見通す。
回復魔法は時間を戻して傷を受ける前の状態にする魔法ではない。
体の組織を魔力で補助しながら無理やり働かせ、強制的に傷を修復しているのだ。
つまり、無制限に使えるわけではない。
その人の魔力量や身体の丈夫さによるが限界が存在し、それを越えれば死んでしまう魔法。
おれはレイの脚の筋を断ち切ることで無力化しようとしていたが、マルチェロはそんなことはさせてくれないらしい。
それに、レイが普段使えない転移魔法も彼の身体に多大な負担をかけてしまっているに違いない。
早くレイも助け出さないと!
「あれれ〜、それともレイ君を殺してあの女の子の命を守るつもりなのかい? あはっ! そうかそうか! レイ君が死ねばあの子は助かるんだもんね 」
こいつ……。
おれの怒りのボルテージが最大限に引き上がる。
おれは絶対にマルチェロを許さない。
何が何でもあいつをぶっ潰す!!
だが、今は目の前の相手に集中しなければならない。
もうレイに転移魔法も回復魔法も使わせてはダメだ!
しかし、だとするとおれは何もできない……。
攻撃が当たれば回復魔法を使われてしまう。
距離を取れば転移魔法を使われてしまう。
至近距離でただひたすらにレイの攻撃を耐えるしかないのだ……。
レイが魔剣に氷結を宿しておれに斬りかかる。
それに対し、おれは防御魔法で耐えるだけ。
レイがその手から魔法を解き放つ。
それに対し、おれは防御魔法で耐えるだけ。
おれはひたすら無心で耐え続けたのであった……。
◇◇◇
永遠にも感じられる長い時間、おれはレイの攻撃を耐え続けた。
既におれの魔力も気力も消えかかっていた。
おれが二人の代わりに死ねばいいのかな……。
そんなことを思ってしまう。
すると、マルチェロがおれに声をかける。
「そろそろどっちかが死にそうだね! ここで死ぬのはレイ君かな? それともアベル君かな? あははははっ」
楽しそうにしやがって。
クソ野郎が……。
「そうだ! 追加ルールね! アベル君が死んだらあの子が死ぬってことだったけど、ついでにレイ君にも死んでもらおうかな。もうレイ君に用はないし、魔界に連れ帰ってもすぐ死ぬちゃうだろうしね!」
突然のマルチェロの提案。
これが意味することをおれは理解する。
「ほらほら! レイ君も弱ってるしチャンスだよ、アベル君!」
目の前のレイもひたすらに自分の限界を超えた力で戦っているのだ。
苦しそうにしながらも、マルチェロに操られているため休むことも許されず、その体にムチを打って戦う。
本当に苦しそうだ……。
マルチェロの追加した新たなルール。
おれが死んだらレイを殺すということ。
一見、気まぐれな悪魔がただ殺したいやつを一人増やしたようにも思える。
だが、あのゲスい悪魔がそんな単純なことをするはずがない。
これはおれを試しているのだ。
元々はサラかレイのどちらかが死ぬというルールの中でおれたちは戦っている。
おれがレイを殺してサラを助けるか、レイを殺せずにサラが死ぬかだ。
だが、おれが負けてもレイが殺されるということは、おれが勝とうが負けようがレイは死ぬということを意味している。
おれがレイに殺されれば、サラもレイも死ぬ。
つまり、全員死ぬ。
おれがレイを殺せば、おれとサラは生き残れる。
つまり、おれが本来助けたかった人と自分が生き残れる。
マルチェロはおれがレイを殺すのを見たいのだ。
本当は全員救いたいと考え、これまで戦ってきたおれに悪魔の誘惑をしているのだ。
本当に汚いゲス野郎だ……。
だが、目の前で弱っているレイを殺せば楽になれるという人間の弱さが出てきてしまっているのも事実。
どの道レイは死ぬことになるのだ。
それがおれに殺されるかマルチェロに殺されるかの違い。
ちっぽけで弱っちいおれに全員を救える力なんてないんだ。
助けられる人だけでも助けるべきなんじゃないのか?
自分の中で悪魔のささやきが聞こえる。
間違っているとわかっているのに次第に大きくなる悪魔のささやき。
全員を救う方法を考えられずにこんなことが頭に
そんなおれの心の動きを察したのかマルチェロはおれに更なる追い討ちをかける。
「あははっ! 悩んでる悩んでる! レイ君を殺すかどうか悩んでる顔をしてるね〜」
そんなマルチェロにおれは思いきりにらみつける。
「アベル君ったら、そんな顔しちゃって〜。そうだ! これからキミが殺すレイ君のこと教えてあげるよ! 誰だって自分が殺す相手のこと、知りたいでしょ?」
マルチェロはニタニタと笑いながらそう告げる。
アイシスやカシアスと長く一緒にいることで勘違いしていた。
やはり、悪魔の中にもどうしようもないクズはいるのだ。
おれは一度レイのことは無視してマルチェロに向かって
おれの怒りと魔力を盛大に込めた一撃だ。
だが、そんなおれの攻撃もマルチェロが片手で発動した防御魔法の前には歯が立たずにかき消される。
「ふふっ。聞きたくないなら聞かなかったことにすればいいよ。レイ君はね、家族を全て失った自分を拾って、たった一人でここまで育ててくれたお姉さんに恩返しをするためにこれまで頑張って生きてきたんだって!」
突然マルチェロがレイのことを語る。
レイは孤児だったのか?
家族を失って拾ってもらった……。
一人の姉という存在。
まるでおれのような境遇じゃないか!
「たった一人の家族へ感謝を込めての恩返し。いや〜、人間の家族愛って
マルチェロがおれたちを見て愉快に笑う。
「マルチェロ! てめぇ!!」
おれはレイを放り出してマルチェロに突撃する。
そして、おれは自身の最大級の魔法を解き放つ。
闇属性と火属性の複合魔法。
「
漆黒の炎がマルチェロを包み込む。
そして、中にいるマルチェロを焼き焦がす。
だが、こんなので上位悪魔が倒せるわけがない。
おれは魔剣に魔力を込め、火ダルマ状態のマルチェロに向かって剣を突き刺す!
だが、マルチェロも魔剣を出しておれの剣を受けとめる。
そして、闇の炎を鎮火させた。
「イッタイじゃねぇーかヨォォオ!!」
マルチェロが荒く声を上げておれを蹴り飛ばす。
おれは地面に思いっきり叩きつけられた。
致命傷は負っていないがダメージは与えられたようだ。
それに、自慢げだったシルクハットや服も焦げてボロボロになっている。
「もういい! やれ!!」
マルチェロが声をかける。
一瞬何のことが理解できなかったがおれの前にレイが転移してくる。
しまった!!
「手こずらせやがって……ユリウス様の命令がなかったらさっさと殺しているところをしつこく……」
今のおれは全力で複合魔法を放った後で魔力が回復していない。
しかも、思いきり地面に叩きつけられたことでしばらく動けそうもない。
防御魔法を使うことも
このままじゃおれを含めて、サラもレイも死ぬ……。
レイの魔剣が冷気を
あれをもろに喰らったら即死だろうな……。
そして、レイがその剣をおれに向けて突き刺した。
もうダメだ……。
そう思った時、突然人影がおれの前に現れる。
そして、レイの魔剣がその人物の身体を貫く。
おれの目の前に現れた人物——。
それは、おれが大森林に置いてきた女性。
レイと同じ青髪の冒険者ギルド副ギルドマスターのエマさんだった。
レイの様子が変わる。
マルチェロに思考支配をかけられ、先ほどまで濁っていた目に光が灯る。
そして、ひとしずくの涙がこぼれる。
「そんな……姉さん……?」
そんなレイの言葉に応えるようにエマさんは語る。
「よか……った……。わたしのかわいいレイ……もどって……くれて」
そして、エマさんの瞳はゆっくりと閉じてレイに倒れかかる。
魔剣の刺さった彼女の腹部からは絶えず血液が流れている。
「ねぇぇぇさぁぁぁぁんんんんっっ!!!!」
地下都市にレイの声が響き渡る。
動かなくなったエマさんを抱きかかえたレイの悲痛の叫びが響き渡ったのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます