120話 歴史的な勝利

  ファーレットの背後に回ったケビンが彼の首筋に剣を突きつけた。

  これに対し、もちろん審判であるハリスさんは戦闘中止の合図を出す。

  ケビンが戦闘を続行すればファーレットは死ぬことになるからな。


  「勝者ケビン!!」


  そしてハリスさんがケビンの勝利を宣言した。


  「なっ、なんと!! ケビン選手が消えたと思ったら、ファーレット選手の背後におりました!! そして、剣を首に突きつけて勝利だぁぁぁあああ!!!」


  「歴史が、600年のときを超えて歴史が動きました!! 最弱と言われ続けた1年Fクラスが! 不遇と言われ続けた剣士が! 長きに渡るときを経て勝者となり、ようやく日の目を見るときがやってきましたぁぁぁあああ!!!!」


  盛り上がる実況に会場も驚きの歓声が上がる。


  「おい、見たか今の!? 何が起きたのかおれにはまったくわからなかったぞ!」


  「やべぇ、ファーレットって去年けっこう目立ってたよな? そのファーレットにあの獣人の剣士が勝ちやがったぞ!」


  「なんだよ、Fクラス負けてくんないのかよ……しけるぜ」


  「お前ら落ちこぼれがたまたま一勝したくらいで調子乗ってんじゃねーぞ!!」


  どうやらどうしてもおれたちに負けて欲しかった連中もいるらしい。

  それでもネルとケビンの試合を見て熱くなってくれた観客たちもいたようだ。


  彼らだって試合前、Fクラスが嫌いで嫌いで仕方なくてヤジを飛ばしていた訳ではないのだろう。

  彼らがこの場にわざわざ足を運んでなまで見たかったのは王国の未来をになうたくましい子どもたちなのだ。

  世界最高峰の学校で切磋琢磨しながら学んでいる子どもたちの勇姿を見たいのだ。


  だからこそ、Fクラスだからとか、獣人だからとか、剣士だからといって、その勇姿を見せてくれた子どもたちを称賛しないということはありえないのだ。

  まぁ、一部の否定したがるやつらは除くけどな。


  「信じれませんよ! まさかと思いましたがケビン選手が勝ってしまいました……」


  解説の女はいまだこの事実が信じられないようで驚きに戸惑ってしまっている。


  おい、お前は解説なんだから感想ばっかじゃなくて試合の解説をしろよな!


  おれは心の中でツッコミを入れる。


  「パーシャルさん、ケビン選手の見事な身体さばきでしたね。そして、突然消えたと思ったらファーレット選手の背後から現れて試合終了ですよ。これは何が起きていたのでしょうか?」


  実況の男が解説の女に説明を求める。


  「はい、おそらくですよ? 可能性の話ですが、獣人であるケビン選手は『能力強化アビリティエンハンス』を使って持ち前の身体能力を底上げしたのでしょう。いや、それでもあの動きは普通考えられませんよ!?」


  「えっ? 能力強化アビリティエンハンスですか? それだけであの動きが可能になるんですか!?」


  「はい、私も驚いてしまいました……。『転移魔法』を使える場合も先ほどの動きは再現できますが、流石に転移魔法はないでしょうからね」


  「そうですね。転移魔法が使えたら歴史に名が残るレベルですもんね」


  二人は笑いながらケビンの戦いを振り返った。


  そして、見事に天才魔法使いに勝利したケビンがベンチまで戻ってくる。


  「ほらな、お前の出番なんてなかったろ?」


  ケビンは笑いながらおれに話しかける。


  「あぁ、なんならおれが出ないまま優勝してくれてもいいぞ」


  「お前が将来ニートになってもいいってのならそれもありかもな」


  おれたちはそう話しながらハイタッチをする。

  夢に向かって突き進むケビンがおれにはとても輝いて見えた。

  そして、ケビンはネルやライトともハイタッチをする。


  「さぁ、2番手までの戦いで2年Cクラスの敗退は決定してしまいましたが、2年Cクラスの3番手が勝負を望み、1年Fクラスの3番手がそれに応えるというのならば引き続き試合があります! しかし、この場合はどちらが勝利しても1年Fクラスの勝ちには変わりません」


  そうだった、一応おれたちの勝利は決まったのだがエキシビションとでもいうのか、3番手の試合をするかもしれないのだ。


  武闘会は優勝を狙うクラスより個人をアピールしたい選手が多く出る。

  だからこそ、試合に出られないまま敗退になってしまわないような処置なのかもしれないな。


  「ほら、行ってきなさい!」


  ネルに背中を押され、おれはハリスさんのいる試合場へと向かった。

  よく見たら対戦相手の上級生は見覚えのある生徒だった。


  「こらー、1年Fクラスに3連敗なんて許さんぞぉ!」


  ニワトリおじが相手選手に声をかける。

  観客たちもニワトリおじと同じ意見の者が多いようだ。


  「お前ら、一回くらい勝てよ!」


  「ここで負けたら歴史に残る汚点だぞー!」


  そして、おれと対戦相手が向かい合う。

  向かい合った瞬間、彼の顔が青ざめていくのがわかった。


  「さぁ、3番手はアベル=ヴェルダン選手 vs エンリケ=ボラス選手です! さあ、エンリケの選手の対戦申し込みにアベル選手が応えるのか注目です!!」


  「まぁ、100パーセントの確率でアベル選手は戦う選択をすると思いますよ」


  「えーっと、それはどうしてですか?」


  「いや、だってアベル選手は剣を持って試合場に向かいましたからね。断るのなら剣は持っていかないでしょ。っていうか今年の1年Fクラスは全員剣士なの!? マジで意味不明なんですけど!」


  「確かに! これは戦うという意思表示でしょうね。それに三人とも全員が剣士なんて聞いたことありません! もしかして武闘会史上初なんじゃないですか?」


  実況と解説が何か言ってるがおれが剣を持ってきたのは特に意味がないぞ?

  なんとなく持ってきてしまっただけだ。

  相手からの挑戦を受け入れるのも受け入れないのも別に考えてはいなかった。

  まぁ、そもそも相手が挑戦してこないとおれは思うんだけどね。


  「それではエンリケ。貴方はこのアベルに挑戦することができます。クラスの勝利には繋がりませんがこの武闘会において貴方の勇姿を披露することはできます。どうしますか?」


  ハリスさんが対戦相手のエンリケに問いかける。


  このエンリケがおれに挑戦を申し込み、おれがそれを受け入れて初めて試合が行われる。

  だが、おそらく……。


  「おい、お前……。お前ってあの時にさっきの獣人をかばっていた……」


  エンリケがおれに話しかけてくる。


  そうだ。

  彼はおれが謹慎処分を受けたケビンと王子アルゲーノの騒動の時にいた野次馬の一人。

  暴走しておれに魔法をぶっ放してきた男子生徒だ。


  「はい! 今日は武闘会なので遠慮なく攻撃魔法も使う予定ですよ、センパイ」


  おれは満遍まんべんの笑顔で答える。

  するとエンリケは震えはじめ足をガタガタとさせる。


  「やっ、やめます! 挑戦しません!! もうクラスの勝利は望めませんし、1年間精進してまた来年きます!」


  エンリケはハリスさんにそう告げると駆け出してベンチへと戻って行った。


  まぁ、あんなことを言ったらこうなるわな。


  当時、あまり騒動を大きくしたくなかったおれは防御魔法と体術しか使わないで上級生たちを相手に無双した。

  あの時、基本属性ではない氷属性の防御魔法を無詠唱で使っていたおれがただの魔法使いであるわけがない。


  そんなおれが今日は攻撃魔法も使うと宣言したのだ。

  相手としては手も足も出ずに負ける未来しか想像できなかったのだろう。

  アピールするために武闘会に出場するのに、逆に1年Fクラスの選手に負ける無能であると思われてしまっては意味がないからな。


  「なっ、なんと!? まさかのエンリケ選手が挑戦を辞退しました!! これによりアベル選手の不戦勝! 3勝で1年Fクラスが1回戦を突破だぁぁああ!!」

 

  こうして改めておれたちの勝利が決まった。

  これはこれまでの武闘会の歴史を考えれば歴史に残る一勝なのかもしれない。

  だが、おれたちはこれだけでは終わらない。


  優勝だ!


  最弱と決めつけられているおれたちがその前評判をひっくり返して優勝するのだ。


  「試合なくなっちゃいましたね。また次お願いします」


  おれはハリスさんはそう告げてこの場を去った。

  ハリスさんは特におれに声はかけなかったがおれの言葉に頷いてくれた。


  ベンチに戻ると先生たちも喜んでいた。

  まさかうちのクラスの担任になったのに武闘会で勝てるなんて1ミリも思ってなかったろうからな。


  「アベルくん、君がいてくれて本当によかった」


  ベンチに戻ったときにドーベル先生がおれにそう話しかける。


  「いや、おれ何もしてませんよ? ただ不戦勝で帰ってきただけですから」


  「いいえ、そのことじゃありません。ネルさんもケビンくんも、君のおかげで変われたんです。それに、きっと他の子たちもね。それがこの結果に繋がったんです。だから、私にお礼を言わせてください」


  急にどうしたのだろう?

  ドーベル先生らしくないな。

  それになんだかもう武闘会が終わった雰囲気みたいじゃないか。


  「おれには何のことかよくわかりませんけど、言えることはただ一つ。まだお礼を言うのは早いですよ先生! おれたち優勝するつもりなので!」


  おれの言葉を聞いてドーベル先生が微笑む。


  「ふっ、本当に君たちは立派な生徒だ」


  なんだかドーベル先生もとても嬉しそうだな。


  「あそこにいるコッコ先生。君の面接のときにもいた方です。私たちの方を見ていますね」


  コッコ先生?


  あー、ニワトリおじのことか!

  彼なら本当に悔しそうにこちら側を睨んでいる。


  「もしかしたら、ケビンくんとアベルくんを私のクラスに入れたことを後でグチグチ言われてしまうかもしれませんね」


  ドーベル先生は少し苦笑いしながらそう語った。

  だけど、先生は内心とても嬉しそうだった。


  「さぁ、次の試合がはじまります。私たちもここを退きましょうか」


  「そうですね」


  ネルやケビンたちはおれたちを置いてもうアリーナから出て行ってしまっている。

  いまだに観客席から聞こえてくるネルとケビンを称賛する声を名残り惜しく思いながらもおれはアリーナを後にした。


  さぁ、次はサラたちのいる1年Aクラスだ!


  18クラスでトーナメントをやる以上、おれたち1年Fクラスは1回余分に戦う必要があった。

  つまり、これからやる1年Aクラスは実質シード扱い。

  おれたちの試合は研究され、おれたちは相手の情報を全く知らない。


  だが、それでもやるしかない!

  優勝を目指しておれたちは突き進んでいくのだ!!

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