121話 ミーちゃんの想い

  これはアベルたちが1回戦で勝利を収めた後、1年Fクラスの教室であったお話——。



  時間はお昼を過ぎ、食堂に行った生徒たちが教室へちらほらと戻りはじめていた。

  中にはお弁当を持ってきていたり、まだ食堂に行っていない生徒たちもいた。


  「なぁ、お前ら! 1年Fクラスが勝ったらしいぞ!?」


  食堂から戻ってきた生徒が教室にいた生徒に話しかける。


  「はぁ? 何冗談いってんのよ。全然おもしろくないんだけど」


  「いや、本当らしいんだ! さっき食堂でもすげぇ話題になってたんだよ! なんか、獣人の二人があっさりと先輩たちを倒したって!」


  この生徒は自分でも信じられないニュースだけに熱く、そして大きな声で語る。


  「なんだなんだ、いったいどうしたんだ?」


  それに釣られて教室内で興味を持った生徒たちが集まっていく。


  「いや、おれも実際見たわけじゃないんだけどな。どうやらネルやケビンたちが二年生を倒したらしいんだよ! それがすげぇ話題になってんだよ!」


  彼は集まってきた生徒たちに自身が聴いたことを説明する。


  「マジかよ!? 武闘会でFクラスが勝つなんてあんのか? しかも1年Fクラスが!」


  「相手は魔法使いだったんだろ? どうやってネルとケビンは勝ったんだよ」


  クラスの中でアベルたちの勝利は大きな話題になりはじめる。

  それはクラスの端っこに固まる女子グループも同様だ。


  「へぇー、うちのクラス勝ったんだ」


  「すごいよね〜。でも、そうなんだで終わっちゃう。だって、わたし誰とも仲良くないんだもの」


  「確かにそれはあるよね」


  獣人のミラを中心とするこのグループはこの勝利に対して少し距離を置いて見ていた。

  一人の少女を除いて……。


  『ネルちゃんたち勝ったんだ。よかった』


  ミラは口には出さなかったが、かつての友だちが勝利したことを素直に喜んでいた。



  だが、そんな彼らとは別に、クラスの中には心ない発言をする者もいた。


  「本当に勝ったのかよ? 何かズルをしたんじゃねぇの」


  「確かにそうだよな! アベルの父親ってマルクス大臣なんだろ? 相手クラスに金とか渡したりしてな」


  もちろん彼らは本気でそんなことを思っていないのだろう。

  ただ、おもしろおかしく冗談を言っているだけに過ぎない。


  そして、それは彼らが代表選手である三人の誰とも仲良くないということもあってか加速していく。


  「ケビンやネルなんて大の人間嫌いみたいだしな。相手クラスの人間を試合前に脅してたんじゃないのか?」


  「ケビンは知らねぇけどネルならやるかもな。あいつ昔は随分問題起こしてたからな。遂に隠してた本性が出ちまったってことか! はっはっはっ」


  彼らには決して悪意があったわけではない。

  ただ気づけなかったのだ。

  このような発言が周りの誰かを傷つけているということを……。



  ドォッッッン!!!!



  思いきり机を叩きつける音が教室に響いた。

  教室中のみなが喋るのをやめ、一斉に音がした方へと振り向く。

  このような行動を取った人物の方を——。


  「ちょっ……ミーちゃん?」


  周りにいた女子たちもミラの突然の行動に驚きを隠せない。

  先ほどまで頬が緩んでいたミラの表情が険しくなったと思ったら、急に立ち上がり机に拳を思いきり叩きつけたのだ。


  そして彼女は口を開く。


  「アベルくんもケビンくんも……それにネルちゃんも、そんなことしない!!」


  ミラの気迫にさっきまで三人をからかっていた男子は怯んでしまう。


  「えっと……」


  今までクラスで大人しく過ごしてきた彼女がこんな姿を見せるなんて初めてだ。

  一瞬、人違いかと教室にいる生徒たちは感じていた。


  「こいつらが言ってんのは冗談だろ? 何マジになってんだよ」


  これに対してさっきまで黙っていたゲイルが口を出す。

  彼は唯一と言っていいほど、突然人が変わったような話し方をするミラに怖気づいていなかった。


  「冗談だとしてもそんなこと言うのはひどいよ! みんなはあの三人の何を知っているの?」


  ミラの突然の発言に周りの女子たちが慌てている。


  「あいつらだってそんなことなんて知らねぇから憶測で話してるんじゃないか? それなのに何ムキになってんだよ」


  ゲイルは先ほどまでアベルたちをからかっていた者たちを指差してそう語る。

  それに対して指を差された者たちはバツが悪そうにうつむいてしまう。


  そして、黙り込む彼らにミラは語りはじめる。

  今まで話してこなかった三人のことを。


  「ケビンくんはね、誰よりも武闘会に真剣に取り組んでいたの。出場選手を決めるときだって一番最初に手を挙げてたし、誰より頑張って授業を受けてた!」


  「それに、休日だって冒険者ギルドで依頼をこなしていたの。きっと、少しでも成長しようと休日でも努力してたの!」


  ミラは休日に街に遊びに行った時、ケビンが冒険者として活動していることを知った。

  きっと、休みの日でも自分の鍛錬を怠らない人なのだと思った。

  同じ獣人として尊敬していた。


  それに、ケビンが武闘会に対して真剣だったのはクラスメイトたちにだって伝わっていた。

  ただ影でも努力をしていたことについては、もちろんみな知らなかった。


  「アベルくんはね、ケビンくんを助けるために暴力事件を起こしたの。アルゲーノくんが獣人であるケビンくんに酷いことをしてるのを見て、真っ先に止めに入ってトラブルになったの!」


  「アベルくんは人間も獣人も、AクラスもFクラスも関係なく優しくしてくれる人なの!」


  アベルが起こした暴力沙汰の事件の裏側にあったことを聞き、クラスメイトたちは驚きを隠せない。

  特に、獣人の生徒たちは尚更なおさらだ。


  「それにみんながもらった魔法についてのアドバイスだって、アベルくんが実技の時間にわたしたちをよく見て作ってくれたやつなんだよ!」


  初めて聞かされた事実にクラスメイトたちは戸惑う。


  「えっ……あの紙ってアベルくんが?」


  「確かに、入学してすぐは補習みたいなことさせられてたよね。あれってそういうことだったの?」


  どうやらミラの発言に対し、みな思うところがあるようだ。


  「そうやって優しくて頑張ってるクラスメイトたちにそんなことを言うのはやめてよ!」


  ミラは今まで言えなかった想いを吐き出す。

  彼女の心からの叫びに何かを感じたクラスメイトたちもいた。

  しかし——。


  「そっ、それだってお前の妄想だろ? 何の証拠もねぇじゃないか! おれらが同じように好き勝手言って何が悪いんだよ!」


  アベルたちをバカにしていた男子生徒はミラの言葉を聞いてもなお、自分の言動について悪びれるような素振りはしなかった。

  しかし、ミラはそんな彼らに一歩も怖気づくことなく反論する。


  「そうよ。わたしは彼らのことをよくは知らない……。いや、違う。知ろうとすらしなかったの! 昔、ネルちゃんが困っていると知りながら何もしなかったように……」


  ミラはかつて困っていた、悩んでいたと思われる友だちがいたのにも関わらず何もしてこなかった自分を思い返す。


  「でもね、知らないからって何を言ってもいいわけじゃないでしょ! 知らないからってあなたたちがネルちゃんたちを侮辱する権利はないでしょ!!」


  ミラは強く男子生徒を見つめて言い放つ。


  「うっ……」


  ミラの言葉に男子生徒は何も言えなくなってしまう。


  「別にみんなにアリーナに行って応援して欲しいなんて言わない。みんなが少なからず持ってる気持ち、わたしにもわかるから……」


  ミラだって自分自身が嫌な思いをしたくないから、友達たちとの輪を乱すことはしたくないからとアリーナに足を運ばなかった。


  「でもね、わたしたちの代表として頑張って戦ってくれたクラスメイトを、武闘会から逃げだしたたちが侮辱するなんて間違ってる! その勝利や、これまでの努力を素直に認めてあげないなんて間違ってる!」


  しかし、それでもアベルたちを応援していないわけではない。

  その勝利を称賛していないわけではない。


  そして、彼女の言葉に一人の男子生徒が反応する。


  「そうだな……。お前の言うとおりだよ。さっきはおれが間違えてた。取り消すよ」


  普段は横暴なゲイルがミラに謝罪をした。


  「ゲイルくん……?」


  ゲイルの取り巻きたちも彼のこの言葉には驚きを隠せないようだ。


  そして、ミラは自身のグループの女子たちへと告げる。


  「わたし、やっぱりアリーナに行くね! たとえ一人でも、ネルちゃんたちを近くで応援してあげたいから」


  ミラはそれだけ伝えると駆け出した。


  残された女子たちは互いに顔を見合わせる。

  そして、言葉にせずとも互いの意見が一致したのがわかった。


  勢いよくアリーナへ向かおうとして駆け出したミラだったが、教室にある椅子に引っかかってけてしまった。


  「いたたたたっ……」


  すると、置いていったはずの女子たちがミラのもとへ集まる。


  「ほんと、ミーちゃんってばドジっ子なんだから!」


  「私たちが付いてないとダメね。さっ、一緒にいきましょ!」


  グループの女子たちがミラに手を差し伸べて優しく声をかける。


  「みんな……。ありがと」


  ミラは流れ出てくる涙を拭きながら、武闘会が行われているアリーナへと向かうのであった。


  そして、残されたクラスメイトたちは……。


  一人の男子生徒が席を立ち、教室を出て行こうとする。


  「ゲイルくん? もしかして応援に行くの!?」


  彼の取り巻きが、突然立ち上がったゲイルに対して聞いてみる。

  もしかしたらミラたちに影響されてアリーナへ応援に行くのではないかと。


  「んなわけあるかよ! ただ、あいつらがみじめに負けるのを見たくなっただけだ」


  ゲイルはそう告げると教室を出て行ってしまった。

  残された彼の取り巻きたちは——。


  「おれらも見たいっす! 待ってくださいゲイルくん!」


  ミラのグループに続き、ゲイルのグループも武闘会の会場、第1アリーナへと向かう。


  「おっ、おれも行こうかな」


  「あっ、わたしも!」


  次々と1年Fクラスの生徒たちが第1アリーナへと向かっていく。


  「お前らはどうするんだよ?」


  一人の生徒が先ほどまでアベルたちをからかっていた生徒たちに声をかける。

  それに対し、彼らは顔をしかめながら答えた。


  「あー、おれらも行くよ! あいつらが本当に正々堂々と勝ったのか見たくなったからな」


  こうして、彼らは食堂から帰ってきた生徒たちも引き連れて、1年Fクラス全員で第1アリーナの特別応援席へと向かったのだった。

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