111話 クラス代表の選出

  「サラ! 一生のお願いだ。おれに勉強を教えてくれ!」


  入学してから2週間ちょっと経った頃、おれの中で様々な変化が生まれていた。

  その一つがこの勉強だ。


  元々おれの目標はサラと同じ学校に通うということであり、その目標が達成させてしまった今は完全に気持ちが燃え尽きてしまい、堕落した学校生活を送っていた。

  だが、ケビンの話を聞いたおれは勉強をしっかりとしたいと改めて思うようになったのだ。


  「いいわよ。毎日ミッチリ、ビッシリと教えてあげるわ!」


  サラは二つ返事でオッケーしてくれる。

  言い方からしてスパルタっぽいけど、おれとしては願ったり叶ったりだ。


  おれはアイシスからの地獄のような訓練を全て耐え抜いた男なのだ!

  勉強ごときに負けてしまうはずがない。


  「何それ勉強会!? 私も参加したーい!!」


  近くにいたネルが自分も入れて欲しいと言ってくる。


  このネルは先日おれを一人で呼び出した。

  放課後の空き教室に一人で呼ばれたら誰だって愛の告白だと思うはずだ。


  だが、実際はおれとケビンの仲を取り持つ役を買って出てくれたようだった。

  ありがたいことにはありがたいのだが、あの期待とドキドキは返して欲しい。


  「じゃあ、毎日放課後に三人で集まりましょうか。場所はどうする?」


  サラはネルの参加も許してくれるそうだ。


  ネルもFクラスだからな。

  おれと同じく勉強ができなくて困っているのだろう。

  ネルは授業中、先生の話をしっかりと話を聞いて本を読み込んでいるようだが、まだテストがあったわけではない以上、彼女の成績は不明だ。


  「自習室を借りよう! この学校は生徒の魔法研究ができる部屋がいくつもあるのよ! Aクラスのセアラちゃんが申請してくれれば絶対に通るって!」


  ネルは興奮しながらそう話す。

  そんな自習室なんてものまであるのか。

  それならば周りの目も気にせずに勉強できるな。


  「自習室なんてあるのね。じゃあ、そうしましょうか」


  こうしておれたちの日課にランチに集まること以外にも自習室で勉強が追加されたのだった。

  そして、サラのわかりやすくもスパルタな指導でおれが毎日苦しむことになるのはまた別の話だ。




  ——1ヶ月後——




  カルア高等魔術学校に入学してからもう1ヶ月ちょっとが経過した。

  おれは色々と苦労はしながらも楽しく学校生活を送っていた。


  友人関係に関しては相変わらずネルと一緒に行動をするばかりだった。

  ケビンとは顔見知りくらいにはなれたのかもしれない。

  少なくとも敵意を向けられることは完全になくなった。


  そして、他の生徒はいまだにおれに怯えてしまっている子たちが多かった。

  やはり暴力沙汰の事件を起こして謹慎処分を受けたことに加えて、実技の授業でそれなりに魔法も剣も扱えるということが原因なのかもしれない。


  また、勉強に関しては授業をしっかりと受けるようになったし、サラとネルと一緒に毎日放課後に居残りしてやっている。

  最初はまったく理解できなかったが今では授業で何を言っているのか理解できる程度にはなった。

  ネルは中等部での3年分の知識を1ヶ月で習得したおれにたいそう驚いていた。


  まぁ、おれは人間界以上に魔法が発展している魔界の理論についてアイシスから2年以上教わっていたからな。

  専門用語や発展の歴史の前後関係だけ理解すればあとは余裕だ。


  そんなこんなで充実した毎日を送っていたのであった。



  「それではみなさんに連絡があります」



  今日の午後の授業終わり。

  教室でドーベル先生からおれたちへの連絡がみたいだ。

  ちなみにこれは、毎週あるホームルームのような時間だ。


  「もうみなさんが高等部にやってから1ヶ月が経ちましたね。忘れてはいけませんがあと2ヶ月したらテストがあります」


  ドーベル先生は100人以上いる生徒に聞こえるように大きな声で連絡を伝える。


  ふっ……テストか。

  今のおれにとってはそれほど怖くはないぜ!

  このペースでいけば8割、いや9割は得点できるだろう。

  入学1ヶ月目にして、はやくも学校がヌルゲー化したな。


  「各自で勉強と訓練はしておいてもらいたいのですが、テストの前にあの行事がありますね。そう、『武闘会』です」


  武闘会……?


  そういえば入学式のときに生徒会長がこれで将来が開かれるかもしれないと言っていたな。

  最初はバカなおれでも卒業後の進路が決まるならと気にはなっていたが、テストで悪い点を取りそうもなくなったおれからしたらもう魅力はない行事だ。

  興味半分程度に聞いておくか。


  「うわー、最悪だよ……」


  「もうそんな時期なのね」


  周りの生徒たちがガヤガヤと騒ぎ出す。

  そうか、ここはFクラスだもんな。

  2ヶ月後にやってくるテストが心配なのだろう。


  だが、そんなおれの予想はどうやら違うようであった。


  「武闘会についてですが、みなさんご存知だとは思いますが出場するのは初めてですので私の方から説明させてもらいますね」


  特にドーベル先生は生徒たちを静かにされるわけでもなく武闘会の説明をはじめた。


  「まず、武闘会というのはカルア高等魔術学校では600年続く伝統ある行事です。それ故に中等部の生徒はもちろん、世界中から研究者や著名人が見学される行事でもあるのです」


  へぇー、そんなに歴史があって大規模な催しなのか。

  おれは想像以上の大行事に驚く。


  「武闘会における生徒の参加についてですが、各クラス三人ずつがクラス代表となります。そして三学年六クラスの計十八チームのトーナメント戦において優勝を争うというものです」


  なるほどな、学年を越えたクラス対抗なのか。

  おれは勝手に個人で戦って優勝を目指すものだと思っていた。


  「次に試合の流れですが、代表の三人がそれぞれ他クラスとの個人戦を順番に三戦行います。二勝した時点でクラスの勝ちは決まりますが、互いのクラスの三人目が希望すれば三戦目を行うことができます。もちろんこの場合、三戦目の勝敗はクラスの勝敗には無関係です」


  三人で戦うわけだが団体戦ではなく個人戦なのか。

  つまりサポート重視の魔法使いや回復魔法を使う治癒術師なんかは出場しにくいんだな。


  出場できるのはガッツリ攻撃魔法の使える魔法使いや剣士に絞られるだろう。

  しかし、魔法使いの遠距離からの攻撃に対して、防御魔法が使えない剣士は圧倒的に不利だ。

  魔法剣士があれば別だが、必然的に武闘会は魔法使いだらけの大会になるんだろうな。


  「試合の勝利条件ですが三つあります。一つは相手が戦闘不能になった場合。もう一つは相手が『降参』を宣言したとき」


  ふむふむ。

  ここまでは理解できるな。


  「そして最後に、審判が止めに入ったときです。これはこちら側の攻撃が相手の死に直結すると判断された場合や、重傷で今後学校生活が送れなくなると判断された場合に審判が止めに入ります」


  んん……?

  最初の二つはなんとなくわかる。


  だが、最後のやつは怖すぎないか?

  審判のさじ加減で死ぬかもしれないなんて絶対に無理だ!

  やはりこの世界は命の扱いが前世より軽い気がする。


  「さて、大まかな説明はこれで終わりますが何か質問はありますか?」


  ドーベル先生はおれたちに問いかける。

  みんなは相変わらずガヤガヤと話し合っている。

  やっぱみんなも死ぬかもしれないなんて武闘会に恐れいっているのかもしれないな。


  「ないようなのでうちのクラスから武闘会に参加する三人を決めちゃいますか」


  ドーベル先生は軽い口調で進行する。

  いやいや、軽すぎませんか?

  もっと武闘会についての安全性とかおれたちが安心できる話をした方がいいんじゃないですか?


  「まず、立候補者はいませんか?」


  ドーベル先生が教室中を見回しながら話す。

  こんな説明だけ聞いた後に立候補者なんて……。


  いや、いた!!

  教室の後ろの方で一人の男子生徒が手を伸ばしていた。


  そうだ、ケビンである。


  「それじゃ、まず一人はケビンくんですね」


  ケビンは死すら恐れぬ顔つきで手をしっかりと伸ばしていた。

  そういえばケビンは近衛騎士団に入団するために夏の武闘会で活躍しないとって言ってたっけ。


  クラスメイトたちもケビンの立候補に騒いでいる。


  「あいつ、まじかよ……」


  「やっぱり外部だと知らないのかね?」


  「でも、あいつが出てくれるおかげで一枠減ったな」


  クラスメイトたちはケビンの立候補に色々と感じることがあるようだ。

  中等部の生徒たちも見に来るとドーベル先生が話していたことから内部生たちは武闘会を三年間見てきたのだろう。

  それ故に何か思うことがあるのかもしれない。


  「あと二人を募っていますがいませんか? こうなると私が勝手に選出することになりますけど……」


  ドーベル先生はケビン以外の手が挙がらないことで勝手に武闘会に出るクラス代表を指名すると言い出した。

  もちろんこれにはクラスメイトたちも黙っていない。


  「おい、まじかよ……。だれか出てくれよ!」


  「わたし絶対に武闘会なんて嫌よ……」


  「なぁ、お前でろよ。成績悪いんだからさ」


  「やだよ! 武闘会なんて出るくらいなら毎日10時間勉強した方がマシだぜ」


  クラスのざわめきが段々と大きくなってくる。

  みんな武闘会に出たくないというのがすごく伝わってくるな。


  すると、おれの隣にいた少女が静かに手を挙げた。


  「おや、ネルさん? もしかして立候補ですか?」


  ドーベル先生はネルに尋ねる。

  そうだ、なんとネルが立候補に名乗りをあげたのだ!


  クラス中の視線が一気にネルに集まる。

  ネルが武闘会にクラス代表として出場するとなればもう一枠減る。

  みんなネルの言葉を待っていた。


  「はい、私とアベルで武闘会に出ます!」


  ネルは勢いよくドーベル先生にそう答える。


  えっ……?


  おれはキョトンとしてネルを見つめる。


  「マジかよ!? これで三人だぁー!!」


  「ネルちゃんとアベルくんならきっと大丈夫ね!」


  「よし、これで今年一の山場は乗り切ったぞ!!」


  周りでクラスメイトたちが歓喜して騒ぎ立てる。


  ちょっと待てよ!

  おれは武闘会に出るなんてひと言も——。


  「わかりました、お二人で決定ですね。私も誰もいなかったらアベルくんにお願いしようと思っていたんです」


  ちょっと待てぇい!!


  「おれは武闘会なんて出たくないです!! 勝手に決めないでください!」


  おれは席を立ち、勝手にネルの提案を採用するドーベル先生に待ったをかける。


  ネルもどうしておれを巻き込んだりするんだ?


  「えぇー、アベルも一緒に出ようよ! 私アベルとなら優勝できると思うの!」


  ネルは嫌がるおれを説得しようとする。


  何を根拠に優勝できると思っているんだよ!

  三人のうち二人は勝たないといけないんだぞ?


  おれは大勢の観客がいる中で闇属性魔法なんて使えないし、上級生の魔法使い相手に剣士であるネルやケビンが勝てるとは思えない。


  それに、なにより命は大事にしていこうよ。


  「アベルくんは何が不満なんですか?」


  ドーベル先生がおれに尋ねる。


  「そうよ! 武闘会は楽しいのよ?」


  ネルもそれに加勢する。


  背後からはクラスメイトたちの視線。

  口には出していないがおれに出ろよというオーラが伝わってくる。


  「だって、危険じゃないですか! 審判が止めに入るといっても魔法や斬撃をどうやって防ぐんですか? おれはそんな野蛮なモノに出たくありません!!」


  おれはしっかりとドーベル先生に気持ちを伝える。


  ボクシングのレフリーなんかとはわけが違うんだ。

  ここは剣と魔法の世界であって、下手したら死ぬんだぞ!

  そんな大会に出たいわけがない!

  おれは絶対に出ないと心に決める。


  すると、おれの言葉を聞いたドーベル先生はどこか納得したように頷く。


  「あぁ、アベルくんは外部生ですから武闘会を見たことがないんでしたね。武闘会は600年の歴史がありますが生徒第一で今まで亡くなった生徒さんは一人もいないんですよ」


  ドーベル先生は優しい口調でそう話す。


  いやいや、そんなバカな話あるもんか!

  きっと歴史が事実を隠蔽してるに違いない!


  だが、そんなおれに対してネルも説明をしてくれる。


  「そうよ! なんたって、審判はあのハリス様がしてくださるんだから!!」


  おれはネルの言葉に自分の耳を疑う。



  ハリスさんが審判だと……?



  おれはこの事実に対して驚きを隠せない。

  じゃあ、ハリスさんはこんな学生のイベントの審判を600年もさせられていたのか?


  「ネルさんの言うとおりですよ。武闘会はハリスさん監修のもとで安全性に気をつけて行われるものですから安心してください」


  色々とツッコミどころはあるのだが、おれが心配していた安全性には問題がないようだ。

  おれだってハリスさんは信用している。

  ハリスさんが審判だとしたら安心はできるからな。


  ネルとクラスメイトたちの視線、そしてドーベル先生の外堀を埋めていく戦略、それに対しておれはゆっくりと頷くことしかできなかった……。


  「それではこれでクラス代表が決まりましたね。武闘会に向けて三人は頑張ってくださいね」


  こうしておれとネルとケビンは1年Fクラスの代表として武闘会に参加することになったのだ。


  気が進まないけど仕方がない。

  こうなったらやるしかないのだ!

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