110話 ケビンからの告白

  「ネル! おれは……」


  おれは扉を開けた先にいる少女に思いを伝えようとする。

  しかし——。


  「……」


  扉の先にいたのはネルではなくケビンだった。


  おれは一瞬思考が停止する。

  なぜここにケビンがいるんだ?


  ケビンはジッとおれを見つめている。

  ただ、今日は険悪そうな雰囲気ではなかった。

  それでもおれがケビンに苦手意識を持っていることには変わらない。

  早々にここを立ち去ろうとする。


  「すまん! 今のは忘れて欲しい。ちょっと部屋を間違えたんだ!」


  おれはケビンにそう告げると部屋を後にしようとする。


  きっと、ネルはおれにここに来るようにと伝えたのはいいが先客であるケビンを見つけてどこかへ立ち去ったのだろう。

  ケビンがいるところじゃ告白なんてできないからな。


  それともおれが教室の場所を間違えたのか?

  理由はどうあれ今はいち早くここから出て行かないとな。

  またケビンにイチャモンをつけられても困る。


  「ちょっと待てよ!」


  背後からケビンの声がする。

  明らかにおれに向かっての言葉だ。


  おれはケビンの呼びかけに体をビクンッと震わせてしまった。

  まさか絡まれるのか?

  最悪だ、おれは早くネルを探さないといけないのに……。


  「ネルのやつならここには来ないぞ」


  ケビンはおれにそう告げる。


  なに!?


  おれは頭をフル回転させる。

  どうしてケビンはネルが来ないと知ってるのだ?

  先ほどおれがネルの名前を呼びながら扉を開けたからか?

  それともおれの前にネルがこの教室にやってきたとかか?


  おれはあらゆる可能性を考える。

  そして、ケビンは言葉を続けた。


  「おれがネルに頼んだんだ。お前をここまで連れてきてくれって……」


  はぁ?


  どうしてそんなことになっているんだよ。

  ケビンがおれを空き教室に何で呼ぶ必要があるんだ?


  おれは前世の記憶を頼りに考えてみる。


  もしかしてネルとケビンはグルでおれをハメようとしているのか?

  ネルが罰ゲームで告白するふりをしておれを呼び出してケビンと笑い者にするといういじめのテンプレ。


  だが、ネルはそんなことはしないだろう。

  いや、しないと信じたい!


  「お前には話したいことがあったんだ。とりあえず聞いてくれないか?」


  この言葉を聞き、おれはひと安心する。


  ほっ……。


  どうやらネルの件はおれの喜憂だったらしい。

  ケビンはおれに話をしたいようだ。


  ケビンがおれにいう話というのはあれだろうな。

  先週の王子アルゲーノとの一件だろう。


  結構ケビンも可哀想な目に遭っていたからな。

  自分のみじめな様をみんなに言いふらして欲しくないのかもしれない。


  「わかった……。だけど安心してくれ! この前のことは誰にも言ったりしないからさ」


  おれはケビンに安心してもらいたくてそう伝える。


  「はぁ……そんなことはどうでもいい」


  ため息をつかれてしまった。

  何か地雷を踏んでしまったのだろうか?


  「これから話すのはおれの過去だ、わかったか?」


  ケビンがその持ち前の鋭い眼光でおれを見つめる。

  おれは思わず首を縦に振って頷いていた。


  そして、ケビンは自分の身の上話をはじめた。


  「おれは王国でも王都から離れた山のふもとの村で暮らしていた。村人たちの生活はこことは違って自給自足がメインでとても貧しいものだった。貴族のような裕福な暮らしなどもってのほかだ。おれたちはみんなで貧しく暮らしていたんだ……」


  ケビンは遠くの出身と入試のときに言っていたからな。

  そうか、貧しい村の出身だったのか……。


  「村中のみんなが家族みたいな存在だった。おれたちは貧しいながらも、お互いに助け合いながら静かに平穏に暮らしていたんだ。そんなある日、王国に納める税が上がることになった。しかも、それは人間は今のままで獣人の税だけ上げるというものだった!」


  ケビンの声に力がこもっているのが伝わってくる。


  「どうして獣人だけ税をあげるんだ?」


  おれは疑問に思いケビンに質問をする。


  「今の国王のせいだ! 先代が亡くなりあいつになった途端、獣人たちを苦しめる制度が次々に出来上がったんだ!!」


  そんな……どうして獣人たちだけに対してそんなことを……。


  「元から獣人より人間が優遇されている国だった……。だが、それはわからなくもない。国防にしても経済にしても、それに歴史にしても人間の方が王国に貢献している……。だが、それでも今の王国の獣人に対する差別、いや迫害は度を越している!」


  「王国は獣人たちの人口を減らし、奴隷として利用しようとしている。そんなことすらうわさする獣人たちもいる。おれたちの村に暮らす獣人たちは、ただでさえ苦しい生活をしていたのにより追い詰められていくことになったんだ……」


  おれはこの王国にいながらこの王国のことを何も知らない。

  いや、知ろうとしていなかったのかもしれない。

  これほど苦しんでいる人たちがいたなんて……。


  「4年前だ……今の愚王ぐおうがこの王国に君臨したのは……。おれが12歳とき、金も才能もなかったおれだが一つ決意したんだ。おれは絶対に王国直属の近衛騎士団このえきしだんに入団すると。あそこなら獣人であるおれでも入団できるからな」


  おれが父さんに聞いた話では『近衛騎士団』とは主に王族の護衛を任されている剣士たちの総称だそうだ。


  この世界では剣士よりも魔法使いの方が優れているとされている。

  それは剣士が接近戦でしか戦えないのに対して魔法使いは遠距離からの攻撃も可能だからだ。

  だが、状況に応じては近距離戦の方が好まれることもある。


  そこで王族たちは『魔導師』と呼ばれる魔法使いと『近衛騎士』と呼ばれる剣士たちによって護られている。

  しかし、需要の問題から近衛騎士というのは魔導師に比べて数が圧倒的に少なく、近衛騎士になることができるのは本当に優秀な一部の者だけらしい。

  ケビンはこの近衛騎士になりたいと言っているのだ。


  「お前は今の国王を嫌っているんじゃないのか? どうして王族を護る近衛騎士団に入ろうとするんだ?」


  元々ケビンは今の国王のせいで苦しんでいるはずだ。

  だとしたらなぜ国王を護る近衛騎士団なんかに……。


  「仕方ないだろ! おれには金がいるんだよ! 村のみんなを救うための金がいるんだよ……。おれだってあんな奴に仕えたくはないさ。だけど……仕方ないだろ。他に方法がないんだ」


  ケビンは悔しそうにそう語る。

  自分の力が及ばないことが本当に悔しくて悔しくてたまらないのだろう。


  「このまま王国の制度が獣人を苦しめ続けたら、いつかおれたちの村は全員飢え死ぬか奴隷に堕ちるかだ……。そこで4年かけて村のみんなでお金を工面しあって一人に未来を託すことにしたんだ。おれはその村の代表なんだよ!」


  なんと、ケビンの村では少しずつお金を出し合って彼に託したという。


  「そのお金でおれはこの学校に入学することができた……。この学校は世界最高峰という肩書きもあるし近衛騎士団との繋がりもある」


  「それから夏にある武闘会でおれは活躍するんだ……。おれは三年後に卒業したら絶対に近衛騎士団に入らなきゃならない! そして何年もかけて村のみんなを救うんだ!」


  ケビンの言葉、表情、雰囲気あらゆるものが彼の決意の強さを物語っている。


  きっと近衛騎士団というのは給与面の待遇がいいのだろう。

  それで彼は卒業後にお金の仕送りをするそうだ。

 

  「そんな事情があったんだな……」


  おれはケビンの境遇に同情してしまった。

  そんな重いもんを抱えていたんなんて……。


  「おれは入学試験で初めてお前に会ったとき、似たような境遇だと思った。特別選抜なんて受けるやつは何かしら事情を抱えているやつが多いからな……」


  ケビンは入学試験のときの話をする。

  そうだ、あのときのケビンは優しい好青年に思えた。


  「獣人を見たことがないと言うし、よっぽど閉鎖的な空間で苦労して育ったやつだと思った。だからこそおれはお前に共感して一緒に頑張って現状から抜け出したいと思ったんだ」


  そっか……あのときケビンはそんなことを……。


  「だけどお前は貴族のボンボンだった! 親のコネで本試験から参加する上に、獣人を見たこともないなんて、王都の中でも裕福な貴族街の出身だと思ったんだ」


  「こういうやつらがおれたち獣人のことをよく知らずに、将来獣人たちを迫害していくのだと思うと怒りがこみ上げてきたんだ……」


  そうか、それでケビンはおれが一次選抜を受けていないと知ったときにあんなことを……。

  だけど、それは勘違いだ!


  「ケビン、おれは……!」


  おれはケビンに誤解だと伝えようとしたときだった。


  「すまなかった!!」


  おれがケビンに伝えるより前にケビンが頭を下げて謝ってきた。


  「全部おれの勘違いだった! お前にも特別な事情があったことはネルから聞いた! それに、お前自身がおれたち獣人を差別していないこともこの間のことでよくわかった! 何も悪くないお前に当たってしまって、本当にすまなかった!!」


  ケビンは声を張り上げておれに謝罪する。

  彼の誠意を確かにおれは感じた。

  いつのまにか、おれが彼に感じていた嫌悪感は消え去っていた。


  ケビン……。

  確か入学試験のあのとき、お前のおかげでこんなおれでも友だちができるかもって思えたんだっけ。

  ケビン、やっぱりおれはお前のことが好きなのかもしれない。


  「おれこそ、ケビンのことを理解できていなかった。知らないうちに傷つけてたみたいだな。こちらこそごめん!」


  おれもケビンに謝る。


  そして、おれはケビンに近づく。


  「おれたち、今まですれ違ってばっかで分かり合えなかったけど、今ならケビンと仲良くなれる気がする。改めておれと友だちになってくれないか?」


  おれは頭を下げるケビンに手を差し伸ばす。

  握手を求めたのだ。


  するとケビンは身体を起こした。


  「おれはお前に悪かったと思っている。これは本当だ……」


  ケビンのそのまなざしは真剣であり、その誠意が伝わってくる。


  「だけど、おれがお前を嫌いなことは変わりない」


  えっ……?

  なんだよそれ……。


  「おれは恵まれた環境にいながら努力しないやつが嫌いだ! お前は入試において他のやつを蹴落として入学したんだ。そんなやつが座学の時間に寝ているのは許せない! それが今、おれがお前を嫌う理由だ」


  ケビンはそう告げるとおれの握手をスルーして教室から立ち去ろうとする。


  たが、不思議と今のまでのケビンがおれに向てきた敵意とは違ったものを感じた。


  そっか……そうだよな。


  おれはケビンの意見に納得する。

  そして、おれは振り返ってケビンに向かって叫ぶ。


  「おれ、授業真面目に受けるよ! それでいつかこの王国を変えられるようになりたい! そのためにもこれから必死に勉強するよ!」


  ケビンはおれの言葉を聞いて立ち止まる。


  「ふんっ、勝手にしろ……」


  このときのケビンはいつもとは違って柔らかい言い方だった気がした。


  「あと……この前はありがとな」


  ケビンはそう言い残して教室から出ていった。


  今日決めたおれの新たな決意。

  勉強を頑張ってこの王国を良くする人間になるんだ!


  おれはこのことを胸に刻んでこれからの学校生活を送っていくことにしたのだった。




  ◇◇◇




  一方、その頃ネルたちは——。




  「たまにはこういう女子だけでっていうのもいいね!」


  ネルはサラとカフェのテーブルに座りながらデザートを食べている。

  ここはいつもの食堂とは違って飲み物や菓子がメインの店だ。


  「アベルはクラスの男子と何か話があるんでしょ? まぁ、アベルにも男の友だちは必要よね」


  サラはデザートを口にしながらネルに話す。


  「何これ!? おいしい!」


  サラは幸せに包まれて笑顔になる。

  そんなサラを見てネルもニヤニヤとする。


  「ここはデートスポットとしてもおすすめらしいよ? 今度放課後にアベルと二人で来てみたらいいじゃない!」


  「なっ!? ゴホッ、ゴホッ……」


  サラはネルの急なからかいに驚いてむせてしまう。


  「ほんと、セアラちゃんってかわいいな〜」


  ネルはサラの一挙一動に癒されるのであった。

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