102話 教壇の催眠術師 vs アベル

  高等魔術学校では午前の授業は二つある。

  今日の午前の授業は一限目が座学で二限目が実技だ。

  基本的に午前も午後も座学の授業のすぐ後に実技の授業があるようだ。

  ちなみに授業は一つあたり90分もある。


  「みなさんはじめまして。私は副担任の一人であるカエラといいます。それではさっそく『魔法学概論Ⅰ』の授業をはじめましょう」


  少し太めのおばちゃん先生はそれだけ言うと授業をはじめる。


  いや、それだけ!?

  なんかこう自己紹介みたいなのないの?


  こんな感じであっさりと授業がはじまった。

  おれは初日ということもあり、やる気に満ち溢れていたのだが授業がはじまるとチンプンカンプンですぐにやる気は消え失せた。


  たぶん話していることはそんなに難しいことではないのだろうが専門用語が多過ぎてわからない。

  図や映像で可視化されたものでなく、活字いっぱいの板書と教科書で授業が進んでいくのも理解ができない原因かもしれない。


  こいつは催眠術師か?

  一限目だというのにおれは睡魔に襲われていた。


  隣で授業を受けているネルは教科書を読みながら先生の話をしっかりと聞いている。

  彼女ってもしかして勉強できる系の子なの?

  チャラい雰囲気に似合わず裏切られた気分だ。


  「ですから英雄歴13年にあった三国会議における『カルア協定』によって、今でも我々は——」


  あぁ、やっぱりおれには無理だ。

  90分も理解できない退屈な話を聞かされるなんて拷問でしかない。

  そして、おれは前の席で授業を受けていたにも関わらず深い眠りについた。




  ◇◇◇




  「起きて! アベル起きて!」


  だれか女の子がおれを呼ぶ声がする。

  ネルか……?


  「もしかして、キスしたら起きるのかな?」


  耳元でセクシーな声がささやかれ、おれは背筋が震える。

  おれはすぐに思わず飛び起きた。


  「おはよう! 一限目は終わったよ」


  寝ぼけているおれにネルが元気よく声をかけてくる。

  なんだかキスがどうとかこうとか聞こえてた気がするんだけど……。


  おれはネルをジッと見つめる。

  やっぱりネルは可愛いよな。

  サラとはまた違った可愛さがある。


  「もしかして、さっきの聴こえてた?」


  ネルが首をかしげている。


  うわぁぁぁぁああ。

  異世界ネコ耳さいこう!!!!

  おれは心の中で叫ぶ。


  すふお、おれとネルが仲良くしている横を獣人のケビンが通りながらつぶやいた。


  「キモッ……」


  一気に気分が悪くなる。


  「何よあいつ。キスは冗談だってのに」


  ネルが過ぎ去っていったケビンに向かって毒を吐く。


  やっぱりキスって言ってたの?

  あのまま眠ってたらキスしてもらえたんですか!?


  ネルが冗談と言っているのにおれは一人で興奮していた。


  「おはようネル。全く理解できなくて寝ちゃってたよ、ははは……」


  「そうなの? 外部合格するくらいだし、簡単過ぎて寝てたのかと思ったわ」


  ネルは驚いたような顔をする。

  おれは筆記試験で歴史上初の0点を取りかけた外部進学者だぞ?

  そんなことあるはずがない。

  まぁ、あの入試結果は人生の汚点だからネルに話してはいないんだけどな。


  「それよりおれたちも移動しよう」


  もう周りの生徒たちは二限目の実技授業のため第8アリーナへと向かっていた。

  座学はダメだが実技になら自信がある。

  おれは珍しく授業を楽しみにしながら二限目の授業を迎えた。




  ◇◇◇




  場所は第8アリーナ。

  授業を受け持つのは先ほどの座学のときと同じカエラ先生。


  どうやら授業は座学と実技で1セットらしい。

  それで引き続き同じおばちゃん先生の授業というわけだ。


  「それでは『魔法使い』のスキルを持っている子と持っていない子に分かれて練習をしましょうか。とりあえず、一限目の講義を思い出しながら基本属性の攻撃魔法からはじめてください」


  カエラ先生は全体に指示を出す。


  よし!

  これならおれにでもできそうだ!


  周りの生徒たちは2グループに分かれて攻撃魔法の練習をはじめる。

  的にしているのは動きまわる人形だ。


  確かに静止している的に当てる練習だけしていても実践では何の役にも立たないからな。


  しかし、おれはどうしたらいいのだろう?

  一応『魔法剣士』のスキルは持っているが学校側に提出された書類にはスキルは3つ持ちだが『精霊術師』しか習得しておらず、2つは未習得ということになっているらしい。


  だって『魔王』だの『魔法剣士(闇&火)』だの書けないもんな。

  とりあえず学校内で闇属性魔法を使うのはやめておこう。

  おれが『魔法使い』スキルを持ってないグループに行こうとしていると先生がおれを呼び出す。


  「アベルくんはちょっとこっちに来てください」


  いったいどうしたのだろう?

  おれは先生のもとへと向かった。


  「はい、なんでしょうか?」


  おれはカエラ先生に尋ねる。

  すると、カエラ先生は申し訳なさそうに答える。


  「悪いんだけどアベルくんは見学していてほしいの」


  えっ?


  なんで見学しないといけないのだろう。

  もしかして、さっきの座学の時間に寝ていた罰なのだろうか?


  「主担任のドーベル先生から、アベルくんは実技の授業は基本やる必要がないから周りの生徒たちを見てあげて欲しいって言われたのよ」


  どうやら座学の時間にカエラ先生の目の前で寝ていたことをとがめられるわけではないらしい。


  おれはひと安心する。

  だが、なぜドーベル先生はそんなことをおれにさせるのだろうか?


  「それでね、アベルくんにはみんなの魔法を観察して感じたことをレポートにまとめて欲しいのよ」


  なんとカエラ先生は紙束とペンをおれに渡す。

  よく見ると紙にはそれぞれ生徒の名前と似顔絵が書いてある。

  嘘だろ……おれを除いて生徒は122人もいるんだぞ?


  「あと、ドーベル先生の授業だけ実技に参加できるみたいよ。もしかしたら、ドーベル先生自らアベルくんに指導したいのかもしれないわね」


  カエラ先生はそういうと机と椅子も持ってきてくれる。

  なんだよこの授業は……。


  おれは周りの生徒たちが攻撃魔法の練習をしている間、まるで補習かのように机に座ってペンを走らせる。

  こんなの公開処刑だろ……。


  「ねぇ、あの外部の子なんであそこで勉強してるわけ?」


  「きっと、さっきの授業中カエラ先生の目の前で寝ていたからよ」


  「なるほどね。私たちも授業中気をつけないとね」


  ほら!

  女子生徒たちの話し声が聞こえてきたよ?

  おれがさっき寝ていたから罰を与えられていると思ってるじゃんか!?


  「ねぇ、あの子さっきから私たちの方見てない?」


  「ほんとよね……。実技をサボって女子を眺めてるなんてちょっと引くわ」


  おいおい!

  勘違いされてるじゃないですか先生!


  おれは見たくて君たちを見ているわけじゃないんだよ。

  それにおれが見てるのは魔法だからね?


  あー、最悪だ。

  これじゃ、どんどん印象が悪くなる。


  「でもさ、顔はかわいくない? なんか童顔だし、わたしはタイプだな」


  「このクラスの男子のレベルを考えたら上の中ってところね。でも、ネルちゃんと一緒にいるのよね……」


  おっと、こっちの女子からは好印象のようだ。


  おれは少し嬉しくなる。

  だが、相手から好印象をいただいたところでおれは彼女たちに話しかける勇気がないチキンボーイだから恋愛に発展することはないのだろう……。


  よし、どんどんレポートを書いていくか。


  おれはネルを探す。

  すると『魔法使い』のスキルを持っていないグループにいた。


  「火球ファイヤーボール!」


  「水球ウォーターボール!」


  ネルは詠唱魔法で動きまわる人形を狙う。


  その威力はスキルを持っていないにしてはなかなかだと思う。

  的に当たっていないからコントロールはイマイチだけどね。


  きっと、動かない的に当てるだけならそれなりに命中させることができるのだろう。

  おれは彼女の魔法を見てそう思った。


  そして、様々な生徒の魔法を観察しながらレポートを書き進めていく。


  「バカにするな!!」


  大きな声が聞こえた。

  『魔法使い』スキルを持っていないネルがいた方のグループからだ。

  騒ぎになっている方をみると獣人のケビンがいた。


  あいつ、おれ以外ともトラブルを起こしているのか?

  やっぱFクラスに入れられるだけあって問題児だな。


  おれは授業初日から先生の目の前で寝ていた自分を棚にあげ、そう思う。


  どうやら三人組の人間の男子と言い合っているようだ。


  「だって本当のことじゃん。お前の魔法は大したことないないなって」


  がたいのいい男子がケビンを挑発するかのように言う。


  「おれは別に魔法使いじゃねぇ! 剣士としてここにいるんだ。剣術ならお前らごときに負けはしないさ!」


  ケビンはそれに対して怒鳴って言い返す。


  「剣士でも魔法を使えるやつなんてザラにいるんだぜ? 外部で入学してきた優等生のお前のことだから魔法も使えるとおれたちは思った。それの何がいけないんだ?」


  「それに剣士だから魔法ができないんて言い訳みっともないぜ。そんなに剣術に自信があるのなら剣術学校に入学すればいいのによ」


  うわぁ、嫌味ったらしい言い方だな……。


  おれはケビンを挑発する男子を見てそう思う。

  これはケビンに問題があるというより、あの男子の方が明らかに悪いだろ。


  「あの外部の子かわいそうに……」


  「ゲイルくんに目をつけられるなんてね……」


  女の子たちはケビンを心配しているようだ。

  どうやらあのいじめっ子のような男子はゲイルというらしい。


  「お前、おれにケンカ売ってんのか?」


  今にも爆発しそうなケビンがいじめっ子ゲイルに近づき一触即発かと思ったそのときだった。


  「はいはい、そこまで!」


  そう言って二人の間に仲裁に入ったのはネルだった。


  「今は授業中よ? もしも決闘したいのなら後でしなさい。周りに迷惑だから」


  ネルの対応に辺りはざわつく。


  いや、ネルさんかっこ良すぎっすよ!


  おれは改めてネルを見直した。


  「けっ、相変わらず獣人のくせに生意気なやつだぜ」


  ゲイルはそういうとネルとケビンのもとを離れていった。


  「おい! てめぇ、もう一度言ってみろ! ブチ殺すぞ!」


  ネルに抑えられているケビンは立ち去っていくゲイルたちに吠える。


  うわぁ、やっぱケビンはケビンで怖いな。

  おれはあいつに絶対に関わらないでおこう。


  「あんたも一旦落ち着きなって! 時と場所を考えないよね」


  「お前は悔しくないのかよ? あの人間はおれたち獣人を見下していやがるんだぞ!」


  おいおい、今度はネルとケビンでぶつかるんじゃないだろうな……。


  「それがどうしたのよ? あんなのほっときなさい。相手にするだけ時間の無駄なんだから」


  「クソッ……」


  なんとかネルが鎮めてくれたようだ。

  なんだかネルって頼れる姉貴って感じがするな。


  先生をみると特にケビンにもゲイルにも注意をする様子はない。

  それにネルを褒めたりもしない。

  完全にこの辺りは生徒たちに任せているってことか?


  問題が起きたらどうするつもりなんだろう……。

  って、おれはレポートをやらないとだった!


  その後なんとか生徒30人分、気づいたことや感じたことをまとめて授業後にカエラ先生に提出した。


  「はい、お疲れさまでした。みんなの魔法を見てみてどうだった?」


  カエラ先生はおれに聞いてくる。

  どうだったか……。


  「思ったより大したことありませんでした。世界最高峰の魔術学校だと聞いていたのでもっとすごいものだと思っていました」


  おれは思ったことを素直に答える。

  今まで近い年齢の子どもの魔法を見たことがないのでこれがすごいのかわからなかったのだ。


  普通に今までおれが戦ってきた人たちがバケモノじみているからな。

  Aランク冒険者やSランク冒険者たちとも戦ったし、元Aランクのソロ冒険者であるバルバドさんも強かった。

  それにカイル父さんやハンナ母さん、サラといった身内も今考えるとすごい人たちだったんだなと思った。


  この学校の先生であるカエラ先生はおれのこの発言に怒るかなと口に出してしまってから思ったが、決してそんなことはしなかった。


  「そうですか。きっと、あなたの持つ理想は限りなく高いのでしょうね。でも、三年生になる頃にはみんな腕を上げているので成長を楽しみにしていてくださいね」


  このおばちゃん、めっちゃいい人やん!

  催眠術師なんて呼んじゃってごめんなさい!

  おれの中でカエラ先生の好感度がぐんぐん上がる。


  おっと、そろそろネルとサラが待つ食堂へと向かわないとな!


  「それじゃ、ありがとうございました!」


  「はいはい。気をつけてね」


  こうしておれはネルのもとへ駆け出したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る