98話 王子アルゲーノ

  《セアラ視点》



  入学式当日、私はアベルと別れた後、一年Aクラスの教室へと向かっていた。

  校舎はとても広かったが案内の看板があったことにより迷うことはなかった。


  無事にAクラスの教室を見つけた私は特に気負うこともなく中へと入っていく。


  教室内には既に多くの生徒たちがいた。

  固まっておしゃべりをしている者たち。

  座って本を読んでいる者もいれば、顔をうずめて寝ている者もいる。


  この教室には既に100人近い生徒たちがいるがほとんど内部進学者たちなのだろう。

  だからこそ人間関係はある程度出来上がっており、仲良しグループのようなものも存在している。


  私は別に学校に遊びに来ているわけではない。

  友だちなんていなくてもいい。

  ここで学べそうなことはとことん学び、あとは帰ってリノと復習をしながら応用を学ぶ。


  この前だってアベルは魔界からやってきた魔族相手に戦っていた。

  それにアベルは今だって私の恩人でもあるバルバドさんやカレンさんを苦しめた上位悪魔と戦おうとしている。


  いつまでも守られている私じゃダメなの。

  いつまでも外からアベルを眺めているだけじゃダメなの。

  私もアベルと一緒に戦うために強くなりたい。

  そのためにここでも修練する。


  まぁ……でも……せっかくアベルと同じ学年で学校に通えることになったんだから、そこは目一杯楽しんでもいいわよね?

  クラスは違うけど同じ授業は受けられないのかしら……。


  私はこれからの学校生活を想像して時間を潰していた。

  すると、一人の男子に声をかけられる。


  「初めて見る顔だな。君って外部出身なの?」


  いかにも作った声で話しかけてきたのは同い年くらいの男子だった。


  背は普通だが体型は少し痩せていて身なりはそれなりに良い。

  もしかしたら貴族の息子なのかもしれない。


  ちなみに、彼の青色の髪は男子にしては長くて私好みではなかった。

  それに、よく見ると彼の後ろには取り巻きのような男子が二人いた。


  「そうだけど……何?」


  私は彼らに興味は全くなかった。

  別にクラスの子たちと仲良く学校生活を送るつもりなんてないからだ。

  それに、なりより初対面なのに馴れ馴れしい口調で話しかけてくるのに少しムカついていた。


  「そっか、外部進学なんだ! 外部進学でAクラスに来れるなんてすごいね。それに君はとても綺麗だ……」


  背筋に悪寒が走った。


  何なのよこいつ……?


  私は気持ち悪いと思い、ただでさえ仲良くするつもりはなかったのだが完全に無視をすることにした。


  「何? どうしたのさ。もしかして僕に見惚みとれちゃって声が出ないとか?」


  目の前のキザな男は笑いながら私の隣に座ろうとしてきた。

  そして、思わず声を上げてしまった。


  「やめて!!」


  私の突然の叫び声に驚いたのか教室中が静まって一斉に視線が集まる。


  最悪……。

  なんで初日からこんなことになってるのよ。


  「おやおや、ごめんね。驚いちゃったのかな? まだ自己紹介の挨拶をしてなかったね。僕はこのカルア王国の次期国王。アルゲーノ=ルードだよ」


  こいつは自分を次期国王だと名乗った。

  つまりこの国の王子様ってこと?


  危なかった……さっき殴りかからなくてよかったわ。

  一応私は大臣であるおじ様やおば様にお世話になっている身。

  王子様とトラブルになんかなったら迷惑かけちゃうもんね。


  「うん、君はとても素敵だ。卒業したら僕の妻の一人にしてあげるよ」


  王子アルゲーノはくさいセリフとともに手を差し出してくる。


  私は彼の言葉を聞いた瞬間に身体が動いていた。

  あまりの苛立いらだちに王子アルゲーノを蹴り飛ばしていたのだ。



  ドォォーーン!!



  アルゲーノは吹き飛び、机や椅子の中に埋もれた。


  あぁ、やってしまった……。


  私は王子の心配など微塵もしていなかったがおじ様たちに迷惑をかけてしまうかもしれないと不安になる。


  「いってて……何するんだ!?」


  アルゲーノはさっきまでの作り声ではなく素の声で怒りを露わにする。


  「ごめんなさい! まさか王子様からの突然のことで驚いちゃって」


  自分でやっていて無理があると思うが私はアルゲーノのもとへ駆けつけ手を合わせて謝る。

  こんなことで許してもらえるわけないよね。

  いったいどうしたらいいんだろう……。


  「なっ……。べっ、別にこれくらい構わないさ……」


  なんとアルゲーノは私を許してくれた。

  彼は顔を赤らめている。


  「アルゲーノ様! 良いのですか? 彼女の行動は到底許されるものではありませんよ!?」


  彼の取り巻きたちは彼を心配している。

  それに、彼らはやっぱり私のことを許してくれないのね。


  「おれがいいと言ったらいいんだ! お前らは黙ってろ!!」


  うわぁ、キャラが全然違うじゃん。


  私の中で彼の評価がまた一つ下がる。

 

  この王子とはできるだけ関わらずに学校生活を送ろう。

  私は心にそう決めた。


  「おっと、ごめんね。それで、よかったら君の名前を教えてくれないかな?」


  アルゲーノは私に近づき名前を聞いてくる。


  なんでまだ私に関わってくるのよ。


  しょうがないか……どうせ名前なんてすぐにバレちゃうんだし。


  「セアラよ……。セアラ=ローレン」


  私はつくり笑顔で彼に答える。

  さぁ、もう会話は終わりにしてちょうだい!


  「ほぅ、セアラというのか。それじゃあ、さっきの返事はイエスということでいいんだね。セアラが僕の妻になるというのは」


  えっ?

  どうしてそういう話になってるのよ!?


  どうにかして逃れないと……。


  「えっと……ごめんなさいね。とても嬉しいお話だけど……私には婚約者がいるのよ」


  私はどうにかしてこの話から逃れようと婚約者がいると嘘をついてしまった。


  「安心してくれ。僕の父を誰だと思っているんだ? このカルア王国の国王だぞ。父上に頼めばそんなこと簡単に解決する。それで、どこの誰と婚約してしまったんだ?」


  アルゲーノは全く引き下がる気配がない。

  本当にいい迷惑だからやめて欲しい……。


  でも、適当な嘘をついたところでどうにかなるの?

  この雰囲気だと、きっと彼は私が話したことを調べあげそうな気がする。


  えっと……。


  「アベル……。そう! ヴェルダン家の息子とよ!! 小さい頃から婚約しているしお互いの両親も納得しているの。だからごめんなさいね」


  私は勝手にヴェルダン家の名前を出してしまった。


  おじ様もおば様もアベルとの結婚の話をしていたし大丈夫よね?

  それにパパもママもアベルとの結婚には賛成だったんだし嘘じゃない。


  「そうか……。マルクス大臣のいるヴェルダン家か……」


  アルゲーノは困ったように悩みながら何かつぶやいている。


  よかった!

  なんとかなったのね。


  嘘だとはいえ、私は安心した。

  だが、私はこの王子を甘くみていたようだ。


  「だが、父上に頼んだら何とかなるかもしれない! 絶対に君を迎えに行くから待っててくれ」


  嘘……どうしてそうなるのよ!?


  そして、ここでこの話は途切れてしまう。

  担任の先生が来たのだ。


  「はい、みんなそれぞれ席に着いてください」


  先生のこのひと声で教室中が静かになり出す。


  「それじゃ、また後でね! 僕のマイスウィートハニー」


  アルゲーノはウインクしなから私にそう告げて、取り巻きたちを連れて後ろの席へと向かっていった。


  最悪よ……。

  なんであんなやつに絡まれなきゃいけないのよ。


  こうして私の高等魔術学校での生活は最悪のスタートで始まったのだった。

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