92話 実技試験(3)

  「1分も必要ありません……。2秒あれば十分です」


  おれは面接官たちにそう告げると魔法陣を展開する。

  常人にはできない膨大な魔力を使って空中に複数の魔法陣を描いたのだ。


  一瞬にしておれの周りが光輝く大量の魔法陣で覆われた。

  さぁ、それ相応の力とやらを見せつけてやろう。


  「出でよ……精霊たち!」


  おれの言葉と同時に光輝く魔法陣から精霊が召喚される——その数は29人。

  瞬く間におれの周りには精霊たちが溢れかえる形となった。


  この光景を見て言葉を失う面接官たち。

  誰ひとりとして、こんな展開になるとは想像できなかったのだろう。

  カエルおじやニワトリおじ、そしてドーベル先生までも信じられないものを見るような表情でいる。


  「どうですか? これがおれのとしての力です」


  おれは固まってしまっている面接官たちにそう告げた。

  すると、ドーベル先生が口を開く。


  「すばらしい……。まさかこれほどの力を持っているとは……」


  おれの言葉を聞き、一度我に返ってドーベル先生は瞳を輝かせておれを見つめる。

  どうやらドーベル先生は満足してくれたみたいだ。


  けっこう魔力を使って無茶しちゃったけど、やったかいはあったな。

  おれは実技試験では自分の力を発揮できたことに安堵する。


  だが、これでもおれのことをよく思わない者たちはいた。

  カエルおじたちだ。


  「そっ、そんな……これは何かの間違いだ……」


  カエルおじはおれを合格させたくないのだろうか。

  ドーベル先生とは違っておれを褒めてくれるようなコメントはしなかった。


  「あの、1分以内に召喚したのですがこれでおれは合格ってことでいいんですよね?」


  おれはなかなか煮え切らない態度の面接官たちに問いかける。

  さっきカエルおじは1分以内に精霊を召喚できたら合格にしてやると言っていた。


  まさか口約束とはいえ反故ほごにするつもりはあるまい。

  おれは確認の意味も込めて尋ねてみた。


  「こっ、これは不正だ! 魔石も使わずに召喚魔法を使うだけでなく、一度にこんなにたくさんの精霊たちを召喚できるわけがない! きっと、何か不正をしたんだ!!」


  カエルおじは他の面接官たちにそう訴える。

  それに対してニワトリおじが彼の意見に乗っかる。


  「そうですとも! こんなこと七英雄様たちにだって不可能でしょう。きっとこれは我々に幻覚を見せているのです!!」


  ニワトリおじだって先程3分以内に精霊を召喚させたら合格だって言ってたじゃないか……。

  見苦しいな。


  おれはこの二人にあきれてしまう。


  「彼らはいったい何様のつもりなのでしょう? ただの人間の分際でアベル様にになんて態度を取っているのかしら?」


  「話を聞いていればバカ丸出しだね。召喚術師のアベルからしたらこんなこと簡単なのにね」


  おれが召喚した精霊であるローゼとメラニーが面接官たちに聞こえる声でそう話す。


  おれとしては二人がおれを認めてくれているのはありがたいが面接官たちにマイナスの印象を受けてしまうのはちょっと困るな……。


  「なんだこの失礼な精霊は!?」


  ニワトリおじが甲高い声を上げる。


  まぁ、やっぱこうなるような……。


  「先ほどお二人はアベルくんが1分以内に精霊を召喚できたら合格にするとおっしゃっていたような気がしたのですが、私の聞き間違いなのでしょうか? それとも私の時間感覚が狂っているのでしょうかね?」


  ドーベル先生がカエルおじたちに鋭い指摘をしてくれた。


  やばい、ドーベル先生は神です!!

  おれは心の中でもっとやってくれと密かに願っていた。


  「いや……それは……」


  カエルおじは言葉に詰まる。


  まぁ、あの言葉を聞いた証人は多い。

  今更なかったことにはできないだろう。


  「そうだ! 私は『1分で』と言ったんだ!! 彼は2秒で精霊を召喚した! これは私がした約束とは断じて違う!!」


  カエルおじが言葉のあやに着目して合格はさせまいとする。


  いや、仮に約束とは違うとしても1分で召喚するより2秒で召喚する方が難しいのだから、もしも1分で合格にしてくれるのなら2秒でも合格だろう。


  おれはカエルおじの謎論理に心の中でツッコミを入れる。


  「私も精霊術師の端くれだがこんな精霊たちは知らん! 彼らが精霊だと証明できない以上この結果は無効だ! 無効!」


  ニワトリおじも先ほどの約束はなかったことにしようとしはじめる。


  いやいや、その理屈が通るのなら今まで精霊術師の試験はどうやってきたんだよ!?

  お前の知っている精霊を召喚した者しか合格にならないのか?


  カエルおじに続きニワトリおじも謎論理を展開する。


  おいおい、ここは世界最高峰の魔術学校じゃなかったのか?

  一部かもしれないがこんなやつらが教師をやっていていいのかよ……。

  おれは二人の面接官にあきれてしまう。


  また、ニワトリおじの言葉を聞き、おれが召喚した精霊たちが苛立いらだちをあらわにする。


  「アベル……あいつを燃やしてもいいか?」


  精霊のジャンがおれにニワトリおじを炎上させる許可を取ろうとする。


  まぁ、お前らは精霊じゃないなんて言われたらそうなるわな。


  「いやダメだ。すまないがここは我慢してくれ」


  おれとしては別にやってくれても構わないくらいムカついてはいるものの、やるのなら試験が終わってからおれが無関係なところでやってくれと思う。


  おれはドーベル先生の方を見る。

  ドーベル先生は楽しげにおれを眺めていた。


  もしかして彼はおれがどうやってこの状況を潜り抜けるのか楽しんでるんじゃないだろうな?

  だとしたら、これは彼なりにおれを試しているということなのだろうか……。


  おれはどうしたらこの状況を潜り抜けられるのか考える。

  このままではカエルおじたちは醜い言い訳を続けるし、精霊たちも我慢の限界がきて暴れるかもしれない。

  とりあえず何か行動を起こさないとな……。


  「わかりました!」


  おれの大声で場が一度静まる。


  周りの視線が一度におれに集中する。

  よし、やってやるか。


  「ごめんなさい、さっきはおれの勘違いで2秒で精霊を召喚してしまいました。今度は1分ちょうどで召喚するのでしっかりと時間を測ってくださいね。後で言い合いになるのも嫌なので」


  おれは面接官、特にカエルおじとニワトリおじに向けてそう告げる。


  「ふん、もう一度できるものならやってみろ」


  「えぇ、今後はしっかりと精霊を召喚してくださいね」


  嫌味ったらしくおれに言葉をかける二人。


  普通に考えれば魔力で魔法陣を空中などに描く場合には膨大な魔力を使うため、その後魔法の使用はできない。

  連続で召喚魔法を使うなどもってのほかだ。


  だが、おれは補助スキルで『魔力回復量増加』を2つ持っている。

  これだけ時間をあければもう一度召喚魔法を発動するなど容易いことだ。


  「それではいきますよ」


  おれは再び魔力で魔法陣を描く。


  今回描く魔法陣は面接官たちの目の前に一つだけだ。


  綺麗に光を放つその魔法陣に数人の面接官たちは目を奪われている。

  召喚魔法の出来というものがあるのかはわからないが、これに関してはアイシスもお世辞抜きで褒めてくれている。

  きっと、魔力で魔法陣を描くことに関しておれは人間界ではトップクラスの実力なのだろう。


  45、46、47……。


  おれは時間を確かめながら魔力を調整する。


  58、59、60!!



  そして、光輝く魔法陣から一人の精霊が召喚されたー—。

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