91話 実技試験(2)

  「そうか……。それはね、七英雄テオ様はこのカルア王国の繁栄に最も貢献したお方であり、この学園を創設したのもテオ様なんだよ」


  おれはこの話を聞き、やってしまったと後悔する。

  カルア王国にあるカルア高等魔術学校に受験をして来ておきながら、王国の偉人であり学校の創設者を唯一七英雄の中で知りませんでしたなんて言ったら失礼だよな……。


  そして、さらに衝撃の事実を聞くことになる。


  「それにね、君も含めてヴェルダン家にはテオ様の血が濃く流れているんだ。だからこそ本学の推薦枠を持っているんだよ」


  えっ……。

  テオって人はおれのご先祖さまに当たる人なの?


  確かにおれは今まで七英雄の血を引いていると言われてきたし、それを疑ったことはなかった。

  しかし、おれからしたら自分の血統がどうであれ、サラたちと幸せに暮らす夢には影響しないだろうということで全く自分のルーツを知ろうとはしてこなかった。

  まさか、テオっていう七英雄がおれのご先祖だったなんて……。


  白髪のおじさんは引き続き話を続ける。


  「七英雄様たちの出身地や人間界を救った後のご活躍を考えれば、君の知っている六人はテオ様と比べカルア王国との関係は薄い」


  「カルア王国第16代国王であり、魔術学校の創設など王国の発展に最も貢献したテオ様のことを唯一書かなかったことに、我々は君からの悪意を感じたのだ」


  そうだったのか。

  カルア王国にとってそれだけゆかりのある人物だったなんて……。

  さらにはおれのご先祖さまなんだものな。


  それのおかげで父さんは推薦枠をもらっていたわけだし、そんな父さんに推薦されたおれに彼らは期待してくれていたのかもしれない。

  知らなかったとはいえ、本当に失礼なことをしてしまっていたのだな。


  「だが……」


  白髪のおじさんはまだ言葉を続ける。


  「マルクス殿が推薦枠を使ったのは初めてのことだ。それに、彼の息子——つまり、君のことは訳あって遠くで暮らしているとしか聞いたことがなかった」


  「君が筆記試験で散々な結果だったことは変わらないが、そこには何かしら事情があるのかもしれない。だから……君のことを教えてくれないか?」


  彼はおれのことをまっすぐと見つめていた。

  この人だけはおれのことをしっかりと見てくれる。

  まだ、道は切り開けるかもしれない!


  「おれは小さい頃にケガを負って魔法使いと治癒術師の夫婦に引き取られました。そこはエウレス共和国の小さな村で静かに暮らしていました」


  おれは過去の話を面接官たちに語る。


  全て真実を語るわけにはいかないが、それでも伝えたいことがある。

  おれがどうしてもこの学校に入学したいということだ。


  「しかし、不幸な災害に見舞われて、おれは育ててくれた義理の両親を含めたくさんのものを失いました。おれは、たった一人残った義理の姉の『立派な精霊術師になる』という夢を叶えてあげたくて彼女を魔術学校に通わせてあげることに決めました」


  サラは大好きな両親に憧れていたからな。

  二人の歩いた道を自分も歩きたがっていた。

  おれはサラにその夢を諦めて欲しくなかったんだ。


  「また、彼女の側にいたい。彼女と一緒に学校に通いたいとおれたちは思うようになりました。そして昨日、マルクス父さんと再会して、姉を含めてこのカルア王国で暮らすことになったのです」


  おれだってサラと学校に通ってみたいと少しだけ思うようになった。

  きっと、いつもとはまた違った楽しさがあるんだろうなって。


  「姉はこの学校を受験しておそらく合格すると思います。他の学校じゃダメなんです!! ここの高いレベルの学校で姉は学ぶべきなんです!」


  「それにおれは彼女と一緒の学校に通いたいんです! それは彼女も一緒なんです! だから、おれも絶対に合格しなきゃダメなんです! これがおれが姉にしてやれる唯一のことなんです!!」


  おれは絶対に合格しなければならない。

  さっきまでは0点を回避できればいいなんて思っていたが、そんなんじゃダメなんだ。

  絶対に合格してやる。

  何がなんでもだ!!


  「そうか……。事情はそれなりにありそうだ。それでは君の実力を見せてもらおうか」


  白髪のおじさんがおれにチャンスをくれた。

  よし、絶対に合格してやるぞ!


  だが、これを許せなかったのか他の面接官たちが騒ぎだす。

  それはカエルおじも例外ではなかった。


  「ちょっと待ってくださいドーベル先生! この子はテオ様に対して冒涜ともいえることをやってのけたのですよ?」


  「しかも、ハリス様とカルア王国を守る約束をしたのはニーア様ではなくテオ様です! 唯一テオ様を記述しなかった上にこれらの虚述、もう彼にチャンスを与える必要などありません!!」


  あれ?

  ハリスさんは確かカルア王国を守る約束を交わしたのはニーアだって言ってた気がするんだけどな……。


  ドーベル先生と呼ばれた白髪のおじさんはこれに対して反論する。


  「では、無知である子どもが神話の時代のことをもしも間違えて記憶してしまった場合、その子どもは責められることになるのですか? それに年齢を問わず、誰にだって間違えることはあるのではないですか?」


  「今、彼の事情を汲み取らないでこのまま返すことが果たして本学の理念にあったことなのでしょうか? 私はそうは思わないのですけどね」


  ドーベル先生の言葉にカエルおじを含め、他の先生たちが悔しそうに黙り込んでしまう。


  「アベルくん、君の筆記試験の結果はどう足掻あがこうとも変わることはないだろう。合格したいのならば、それ相応の君の力を見せてくれないかい。私はマルクス殿が自分の息子かわいさに推薦枠を使ったとは信じたくはないのだ」


  ドーベル先生はおれにそう告げる。


  それ相応の力か……。

  今日は体の心配をしてあまり本気を出すつもりじゃなかったけど、ちょっと本気でやらないとかもな。


  「そうだそうだ! 君に筆記試験の結果を無かったことにするくらいの実力を見せてもらわないとね!!」


  ニワトリおじが高い声で騒ぎだす。


  「君はせっかくスキルが3つもあるのに習得しているのが『精霊術師』の1つだけというじゃないか。そうだな……5分で精霊を召喚できたら合否を考え直してやろうじゃないか」


  カエルおじはおれをバカにしたように煽ってくる。

  それを聞き、ニワトリおじも便乗する。


  「いえいえフローグ先生。彼の筆記試験の悪行を考えれば3分で召喚してもらわないと割に合いませんよ」


  「そうですな。なんなら1分で召喚できたらならその時点で合格にしてやってもいいぞ、ハッハッハッ。いくら世間知らずの君とはいえ、もちろん魔石は受験会場に持参しているんだろうな?」


  ニワトリおじとカエルおじは楽しそうにゲラゲラを笑っている。


  まだ10代の子どもが『精霊術師』のスキルを持っているからといって5分なんかで精霊を召喚できるわけがないからだ。

  3分、まして1分なんて大人の精霊術師だって論外だ。


  例えるのなら5歳の子どもに50メートルを5秒台で走れと言っているようなものだ。

  将来的にその子が5秒台で走れるようになるかもしれないが現時点では不可能だ。


  精霊を召喚するには魔石を使って複雑な魔法陣を描いてそこに法則的に魔力を流す必要がある。

  おれのような12歳の子どもができるはずがないのだ。


  そう、常識にとらわれている彼らの思考の中では——。


  ドーベル先生は笑わずにしっかりとをおれのことを見てくれている。


  ドーベル先生が作ってくれたチャンス、無駄にするわけにはいかない!


  「魔石なんて持ってきていません……」


  おれは面接官たちにそう告げる。


  すると、面接官たちはニヤリと笑う。


  「君は本当に愚かなんだな! 筆記試験の結果もそうだが、精霊術師が実技試験に魔石を持ってこないなんて前代未聞だぞ?」


  カエルおじがおれを嘲笑あざわらう。

  だが、その笑いもすぐに消え失せることになるだろう。


  「1分も必要ありません……。2秒あれば十分です」


  おれの言葉を理解できた者はこの場に一人としていなかっただろう。

  面接官たちの頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。


  おれは魔力を一気に解放して空中に魔力で魔法陣を描く。

  そして、一瞬にしておれの周りが光輝く大量の魔法陣で覆われた。

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