85話 魔界からの脅威(1)
10年ぶりにおれは家に帰ってきた。
ただ、おれの家は一般的な家ではなく執事やメイドさんたちが住み込みで働くような大豪邸だ。
そんな大豪邸の一室でおれとサラ、そして再会したおれの両親の四人であれこれと話していた。
これまでよ空白の10年間を埋めるようにお互いの色々を話しているのだ。
正直これはどうでもいいと言ってしまえるような内容である。
だが、おれたちは今現在のお互いについてあまりにも知らない。
だからこそ、くだらないとも思えるこの雑談をしていたのだ。
例えばさっき話していた内容だと、父さんが好きな食べ物は鳥肉で、多いときは一食で一羽食べることもあるとか。
母さんの最近の趣味は弦楽器を弾くことで、使用人たちとセッションをすることもあるとかそんなものだ。
別にこれによって世界平和の役に立ったり、魔法の技術が上達するわけではない。
だが、おれたち家族の絆は深まるだろう。
そんな風におれは思っている。
すると、父さんが突然興味深いことを言ってきた。
「そういえば、アベルには婚約者がいないんだった。本当は生まれたときに決めてもよかったんだが、なかなかいい娘がいなくてな」
そうか、おれも一応は貴族だったんだもんな。
やはりこの世界でも小さい頃から
だけど、やっぱりおれは相手を自分で選びたいし、何より政治が絡んでくるのは嫌だな。
「でも、今思えばそれでよかったのかもしれんな。アベルにはセアラという女の子がいるんだものな」
父さんがいきなりサラのことを持ち出してきた。
えっ、いったいどうしてそんな話になるんだよ??
「本当にあなたたちは仲睦まじいしお似合いよね」
母さんも父さんに便乗してサラとおれの関係を持ち出してくる。
さっきおれたちに再会したばかりなのに何でそんな風に思うの!?
おれとサラって周りからそんな関係に見えてるか??
おれは隣にいるサラをチラリと見る。
サラの色白の頬が赤みを帯びている。
もしかしたら二人にからかわれて照れてしまっているのかもしれない。
「そういえば
サラは恥ずかしがりながら所々もごもごと二人に告げる。
そういえばカイル父さんが昔そんなこと言ってたな。
……って、何でサラまでそれを今持ち出してくるの!?
もしかしてサラっておれのことを……。
えっ?
まじで??
いやいやいや、そんなことあるはずがない。
おれはこの状況に戸惑ってしまっている。
「はっはっはっ。そうかそうか、カイルがそう話していたのか。それならば私たちも異論はないぞ。お互いの親が承諾しているんだ。もしも二人にその気があるのなら将来結婚するといい」
父さんはとても嬉しそうにそう笑って話す。
未来の話だとはいえ、なんか展開早すぎない?
今日一日で両親だけでなく嫁候補までゲットですか!?
おれは自分の中でツッコミが絶えない。
「これもリノ様に報告ですね……」
やはり隣からアイシスの声がボソッと聞こえる。
おい!
やっぱリノに報告するって言ってるな!!
何でリノに報告する必要があるんだよ!?
しかも、敢えておれに聞こえるように口に出しているのはなんでなんだよ!
おれの脳内がオーバーフローしてしまいそうなときだった。
おれたちの部屋の中に突然光があふれ、そして人の形をつくり出した。
すると、二人の美女が現れる。
ハリスさんとリノだ。
なんということでしょう。
噂をすればご本人登場です。
「ハリス様……」
父さんが急に真剣な顔つきに戻る。
それに、その隣に座る母さんもだ。
ハリスさんが戻ってきたということは国王陛下への報告は終わったということだろうか?
確か後で大臣たちが呼ばれることになるだろうって言っていたな。
それで父さんを呼びに来たのだろうか?
「マルクス、まず大臣たちの召集はなくなりました……」
ハリスさんが深刻そうな顔つきで父さんにそう告げた。
「なっ……どうしてそのようなことに? いや、それでは国王陛下が何か
カルアの大森林の後処理もそうだが、国民たちへの説明、そして今後の魔族への対策など問題は山積みのはずだ。
もしかして国王陛下はとても優秀な方で、父さんの言うとおり一人でいい案を思いついたとでもいうのだろうか?
「いいえ……。やつはそもそも魔族相手には勝てないと知り、諦めて何も行動しないつもりです……」
ハリスさんは先ほどあった国王陛下たちとの会話をおれたちに語り出した。
◇◇◇
これはハリスとリノがアベルたちを転移魔法でマルクスの家まで届けた後の話——。
ハリスはリノを連れて転移魔法でカルア王国の国王のもとへと向かった。
フォルステリア大陸最大の国家ということだけあり、国王が暮らす王城は壮大なもので世界でも指折りのものとなっている。
そして、王城の入り口へと転移した二人はその後、難なく入城することができた。
これはハリスがカルア王国において絶大な権力を持っているからである。
基本的に彼女は政治などに口だしすることはないが、それでもカルア王国のためならば国王にも
それはかつてハリスが七英雄の一人である英雄騎士ニーア=ルードにカルア王国の未来を託されたからである。
かつて彼に命を救われたハリスは彼に忠誠を誓い、彼からの頼みを人生をかけて真っ当することにしたのだ。
そして、同じく七英雄である彼の弟——賢者テオ=ルードはカルア王国の第16代国王として君臨し、また兄と同様にハリスにカルア王国の未来を託すようにと言い遺してこの世を去った。
それから800年が経った今でも、ハリスはカルア王国の王家を含め国中で崇められる存在であり、絶大な権力を持っているのだ。
そして、無事に王城に入ることができたハリスとリノは国王の魔力をたどって一つの部屋の前までやってくる。
ちなみに、転移魔法で一気に国王の前まで移動することもできるがこの行為は失礼に感じる者も多いらしく、今まさに魔族が攻めてきたといったような緊急事態でない限り王城ではしない行為だ。
そして、部屋の前にいた近衛兵と魔導師たちはハリスの姿を見て、二人を部屋の中へ通した。
二人が入った部屋は会議室のようなものだったらしく、国王を中心に円卓会議が行われていた。
国王の他にはその家臣や、たまたま王城に居合わせた貴族たちがいる。
そこで部屋に入ってきた二人を見て貴族の一人が声を上げる。
「これはこれはハリス様! ちょうど良いところにいらっしゃいました。現在カルアの大森林で異常現象が起きているそうなのです。陛下を中心に話し合っている最中ですのでハリス様もお話に加わっていただけないでしょうか?」
ハリスはこの貴族を見たことがなかった。
見るからにまだ若い、そして人生で苦労をせずにきた者なのだろうと彼女は値踏みする。
カルアの大森林で暮らしているハリスになぜ『異常現象が起こっているそうなのです』などと言えるのだろうか?
ハリスはこの貴族は無視をして国王と話すことに決めた。
「ダリオス、単刀直入に言います。魔界から悪魔がやってきました」
ハリスは国王ダリオスにそう告げる。
彼女のその言葉に部屋中の者たちが騒ぎ立てる。
確かに自然現象とは思えないような現象を彼らは確認した。
あらゆる可能性を考え、捜索隊を送るつもりだった家臣や貴族たちはこの言葉に恐怖し、絶望する。
魔界からやってきた悪魔に対抗できる勢力など人間界には存在しないからだ。
ハリスは言葉を続けた。
「そして、はじめは戦闘になりカルアの大森林の大部分が失われてしまいました。しかし、どうやら悪魔は手違いで人間界に来てしまったようだったので、同じ精霊体として話し合って魔界に帰ってもらいました。横にいる彼女はそのときに手伝ってもらった私の知り合いです」
ハリスがここで嘘をついたのには二つ理由がある。
一つは魔界からやってきたのが魔族ではなく悪魔と言ったことについて。
悪魔は人間界ではとても恐れられている存在だ。
悪魔とは精霊術師の中でも選ばれた召喚術師というエリートたちですら扱えない存在。
そして、そんなエリートたちでさえ召喚しただけで殺されてしまうと広く知られているからである。
しかし、魔族に関しては一部の者たちの間では悪魔は勝つのは無理だが、魔族には勝てると思ってい声があるのだ。
この世界の者たちは幼い頃から七英雄の物語に触れており、そして七英雄に憧れている。
そんなこともあってか、少しばかり才能のある者たちの中では自分は七英雄のように魔族に勝てると思い込んでいる者たちがいるのだ。
そういった事情もあり、本気で魔界からの襲撃に備えて欲しいことから嘘をついて悪魔がやってきたと話したのだ。
また、これは同じく精霊体として説得ができたということに繋げることもできる。
そして、もう一つは倒したのではなく話し合いで帰ってもらったと言ったことについて。
実際に、魔界からやってきた魔族カインズは話に応じることはなく、アベルが召喚したカシアスに無理やりねじ伏せられていた。
もしもハリスが悪魔を倒せるとなれば、国民たちは非常事態の際に全てハリス任せとなり自分たちで問題を解決しようとはしないだろう。
もちろん、ハリスもカルア王国のために尽力するつもりではあるが、彼女一人でできることなど限界がある。
それを彼女は今日改めて実感した。
そこで、国王を中心に有事の際には協力して欲しいというねらいもあり嘘をついたのだ。
「今回は話が通じる相手で運がよかったですけれど、今後もこのようなことがあるかもしれません。大森林の後処理や復興も大事ですが、私は魔界からの襲撃に関しても皆には考えてもらいたいのです」
ハリスはこの場にいる者たちにそう告げる。
こう言えば、きっと多くの者がどうにかしようと考えてくれると信じて……。
しかし、国王の答えは違った。
「ハリス様、我々にできることなどありません。魔界から悪魔がやってきたら、ただ諦めて世界の崩壊を見ていることしかできないのです。そしてそれは魔族についても同じです」
国王はハリスの言葉を聞き
しかも彼は深刻そうな表情ではなく、今にも笑いそうな表情で淡々とした口調でそう語るのであった。
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