84話 家族の再会(3)

  「悪魔のことをよく知っている……?」


  どうやら母さんはおれの言葉に引っかかっているようだ。

  母さんからしたら、おれ悪魔と関わったのは赤ん坊のときに悪魔を召喚したきりだってことになっているのだろう。


  悪魔から逃げるためにおれはカイル父さんたちに引き取られて亡命したのだ。

  どうしておれが悪魔についてよく知っているのか疑問に思っても不思議ではない。

  しっかりと話す必要があるよな……。


  「おれ、母さんに話さないといけないことがあるんだ。父さんはサラから聞いているから知っていると思うけど、おれの口からも言わせて欲しい……。おれは2年前に悪魔を召喚して契約をした」


  おれはこの人間界におけるタブー、悪魔を召喚し、そして契約したことを告げる。


  おれの言葉を聞き、母さんの表情が固まる。

  父さんは視線をテーブルに落とし、うなだれているようだった。


  「そんな……どうして……?」


  母さんがやっと思いで言葉を吐き出す。


  そうだよな。

  おれを悪魔から守るために父さんたちは息子であるおれと別れを告げたのだ。


  そして、ティルを通して連絡を取っていたということは、彼女と音信不通となりおれが既に死んだと思っていたのかもしれない。

  二人と再会したときのセリフで、おれに生きていてくれてよかったという言葉からもそう考えることができる。


  なのに、実はおれが悪魔を召喚しており、なおかつ契約までしていたとなったら生きた心地がしないだろう。

  悪魔を召喚した者はまず殺される。

  しかも、ただ召喚するだけではなく契約までしてしまっているのだ。


  せっかく生きていたと思った息子がそんな危険な行為を行っているなんて、親としては言葉もないだろう。

  だが、おれはこうなった経緯を話さなければならないだろう。


  「おれたちが暮らしていた村に……魔族が攻めてきたんだ。それで、村の人たちは全員亡くなった……。カイル父さんも、ハンナ母さんも救えなかった……」


  あの夜のことは今でも鮮明に覚えている。

  この脳裏に焼きついた苦い記憶はきっと生涯忘れることはないのだろう。


  「そんな……カイルもハンナも……もういないの? 嘘でしょ……二人はまだ話したいことがたくさん……」


  母さんは二人の死を聞きショックを受けてしまっている。

  母さんだって二人とは仲が良かったはずだ。

  すぐに受けとめることはできないだろう……。


  「それで、おれもサラも死にかけたんだ。おれはサラだけでも助けたかった。おれにはそれができる方法があったんだ。だから、全てを代償にサラを助けることができた」


  そうだ。

  おれはおれの人生を悪魔に捧げたんだ。


  悪魔が四六時中おれに付きっきりなのは気が重いと考えていたがカシアスもアイシスもいいやつだ。

  そんなに悪い気はしない。

  まぁ、二人ともズレていたり抜けていたりするところはあるけれどな。


  「もしもあのとき悪魔を召喚しなかったら、悪魔と契約しなかったら、おれもサラもこうして生きてはいないんだ。だから、おれは後悔なんてしてないよ」


  おれは真剣な表情で二人に告げる。

  二人が心配してくれているのはよくわかる。

  だから、安心してもらうためにも、しっかりとおれの気持ちを伝えないとな。


  「それで……アベルの命は平気なのか? わしはそれが一番心配なのだ」


  父さんがおれの方を向いて話す。

  そして、チラリとアイシスの方を見て。


  アイシスはというと、ずっと姿勢を正し大人しく座っている。


  「おれは平気だと思っているけど……。実際はどうなんだ?」


  おれは隣に座るアイシスに向かって聞いてみる。

  ローナ地方での冒険者ギルドでの騒動以降、アイシスは大人しく良い子にしていることを覚えた。

  おれがお願いしたわけでもなく自分からだ。


  そんな、これまで口を開かずに大人しく黙っていたアイシスにおれは話を振る。

  すると——。


  「はい。私たちはアベル様のことを御守りすることはあっても傷つけるような真似は一切致しません」


  アイシスが淡々とした口調で話す。

  うん、口を開けばいつものアイシスだな。


  「えっと……ごめんなさいね。貴女はいったいどちら様なのかしら……?」


  父さんはアイシスが戦っている場面を見ていたからわかっているとは思うが、母さんには人間に化けているアイシスの正体がわかるはずもなく混乱しているようだ。


  「えっと……彼女はおれが契約している悪魔の部下の悪魔でして……。その彼女にはいつもお世話になっていて……」


  おれは自分でアイシスに話を振っておきながら、母さんになんと説明したらよいのか迷ってしまう。

  もしかしてタイミング間違えたか?


  「はじめまして。わたくしはアイシスと申します。この2年間、我が主に代わりにアベル様に付き添ってきた悪魔です」


  アイシスが頭を下げて自己紹介をする。

  それを聞いた母さんは一瞬、時が止まったかのように固まった。

  そして——。


  「どうして悪魔がここにいるの!? それにマルクス!! 貴方はどうしてそんなに落ち着いてられるのよ!?!?」


  母さんが取り乱す。

  想像はできていたが、やっぱりこうなってしまうよな……。


  「母さん、安心して。彼女は人間界で語られているような残酷非道な悪魔じゃないんだよ」


  おれはアイシスを恐れる必要はないことを説明する。

  しかし、人間界に根づく悪魔への考えがそう簡単にくつがえるはずもなく……。


  「アベル、貴方は悪魔たちに騙されて利用されているだけなのよ! 目を覚まして!!」


  母さんがおれを必死に説得する。

  その瞳からは事の重大さが伝わってくる。


  だが、おれはアイシスは人間界で語られているような悪魔たちとは違うと断言できる。


  「メリッサ。わしも、少なくとも彼女はアベルに危害を加える存在ではないと思う」


  おれに訴えかける母さんに対し、父さんが口を開いた。


  「どういうことなのよ……。貴方たち、この悪魔に思考支配されているの!?」


  母さんが信じられないような目で父さんを見る。

  すると、父さんがゆっくりと語り出す。


  「落ち着いて聞いてくれメリッサ。君も感じたと思うが、今日カルアの大森林で事件が起きた……」


  「えぇ、それは私も感じたわ。だからさっきまで心配で窓から覗いていたの。そういえば、マルクス……。あなた今日確かカルアの大森林に行くって……」


  母さんは何かに気づいたようだった。


  「魔界から魔族がやってきたんだ……。ハリス様が殺されそうになり、この王国も存続の危機にあった。そこにアベルが駆けつけてくれたんだ。そして、この悪魔の女の子は魔族から命をかけてアベルを守ってくれた」


  父さんは今日起こった出来事を母さんに話す。

  短くまとめて話しているが、この話が王国でどれだけ重大な事件かは母さんにも伝わったのだろう。


  「嘘でしょ……魔族が攻めてきたの? それで、その魔族はどうなったの!?」


  母さんは父さんの言葉に対し敏感に反応する。


  「わしは倒れてしまって見ていないのだが、アベルが契約している悪魔を召喚して、その悪魔が倒してくれたらしい。そして今、ハリス様が国王陛下のところへ状況を説明しに行ってくださっている」


  「そう……」


  魔族が無事に倒されたと聞き、ひとまず安心する母さん。

  ハリスさんも話していたが、もうこの世界には七英雄たちは存在しないのだ。

  魔族と戦える者がいない以上、魔族の襲来は人間界滅亡に直結する大問題だ。


  「おれは人間界で語られている悪魔が悪魔の全てというわけじゃないと思うんだ。少なくともおれの側にいる悪魔たちは人間界に対しても、おれに対しても害意はないから安心してよ」


  おれはひと安心している母さんにそう告げる。


  今日、再会してから母さんを驚かせっぱなしだな。

  今日一日で母さんの寿命を縮めてしまったのではないかと不安になってしまうくらいだ。


  「わかったわ……。二人がそう言うのならば貴女がアベルの側にいることは我慢しましょう……。でも、私はまだ貴女を信用したわけじゃありませんからね」


  母さんはアイシスに向けてそう宣言する。


  一応認めてもらえたってことでいいのかな?

  アイシスのことは容認は無理だったが黙認くらいはされたと思うので今はよしとするか。


  「それでだな、メリッサ。アベルを取り巻く悪魔の脅威は一応無くなったのだ。また、アベルと一緒に暮らそうじゃないか。もちろん、セアラもだ」


  ここで父さんが今後のことを母さんに切り出す。

  そうだ、もう悪魔に恐れることがなくなったのだから二人としても今までとは状況が変わってくるだろう。


  「そうね……。確かに、これでまたアベルと暮らすことができるのね……」


  母さんはさっきまでの深刻そうな顔ではなく、少しばかり笑みをこぼしながらそう話す。

  母さんが笑顔になってくれておれとしても嬉しい。


  「サラもいいんだよね?」


  おれは隣に座るサラに問いかける。


  「えぇ……その、おじ様とおば様さえ良ければだけど……」


  サラは少し不安そうな表情でそう語る。


  「何言ってるのセアラちゃん。私たちはセアラちゃんのことが大好きなのよ! カイルとハンナのことは本当に残念だったわ……。無理にじゃなくてもいいけれど、私たちを本当の家族みたいに思ってくれていいのよ」


  母さんはサラに優しくそう伝える。


  「ありがとう……ございます……」


  サラは安堵の表情を浮かべ、頬には涙が一筋流れる。

  サラとしても認めてもらえて嬉しいのだろう。


  「サラ、よかったね!」


  おれは隣にいるサラを抱きしめる。


  母さんは自分たちを本当の親だと思っていいと言ってくれるほどサラに良くしてくれるのだ。

  サラが引っ越してきても、ここに居場所がないのではないかとおれは不安だったため、おれとしても嬉しい限りだ。


  「ちょっ、ちょっとアベル!?」


  おれが急に抱きついたため驚いてしまうサラ。


  おれは慌ててサラを離してた。

  自分でやっておいて自身の行動に驚いてしまった。


  「あらあら、二人とも仲がいいのね」


  母さんが笑っておれたちを眺めている。


  「本当だな」


  父さんもおれたちを笑って見つめている。


  なんだが、久しぶりにこういう平凡な家族の幸せを感じた気がする。


  「これはリノ様に報告ですね……」


  ボソッと隣でアイシスがつぶやいた気がした。


  リノに報告?

  きっと気のせいだな。


  こうしておれたちは母さんとも再会することができ、改めてこれから再び家族して暮らしていけることになった。

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