59話 ニルヴァーナ vs 漆黒の召喚術師(2)

  「コロス……。貴様の罪は万死に値する! 楽に早々と死ねると思うなよ。私が可能な限りこの世の地獄という地獄を見せてからあの世に送ってあげるわ」


  カルトの狂信者相手に地雷を踏んでしまったのはマズいよな……。

  エバンナは恐ろしい形相でおれに向かって死の宣告を告げる。


  「おい、早く離れるぞ!」


  レンドラーの合図でリアンとサンリナが逃亡する。


  いや、逃亡というよりはおれとエバンナから距離を取ったという方が正しいだろう。

  ここは岩山というだけあって、障害物は少なくだいぶ先まで見渡すことができる。


  三人はおれとエバンナから1キロ弱の距離を取った。


  すると、エバンナが魔力を解放する。

  おれもアイシスとの訓練のおかげか少しは他人の魔力の流れもわかるようになったのだ。


  「シネェェェェ!!」


  エバンナは叫びながら地面に手を当てる。

  一瞬、おれは彼女が何をしているのか理解できなかった。


  そしてすぐ直後におれはエバンナがしようとしていることに気づく。

  しかし、気づいた時にはもう遅かった。


  エバンナは土属性魔法の応用をしたのだろうか。

  エバンナの手が触れたところからおれに向かって大地が砕かれてゆく。


  ここは岩山だ。

  土属性魔法の使い手が戦うにはもってこいの場所だろう。

  おれは転移魔法が使えないため、急いで場所を離れようとしたが足場を崩されてしまい上手く移動できない。


  エバンナあいつはこの岩山ごと崩壊される気か!?


  おれの周囲の地面が割れ、おれは大地の裂け目に——地中へと落ちていってしまう。

  そして、そこに追撃としてエバンナは土弾アースショットを連射する。


  おれは地割れによってできた地底に落ちていきながら、真上から迫りくる土弾アースショットの雨に襲われることとなった……。


  「流石はエバンナ……カタリーナ様の再来と言われるだけのことはあるわね……」


  エバンナの一連の攻撃を見たサンリナがつぶやく。

  その声はとても落ち着いており、もう勝負はついたと確信しているものだった。


  そして、リアンも同意する。


  「ほんとうにそうだな……。まぁ、あんな性格じゃなけりゃ、もっとファンが多いんだろうけどな」


  エバンナの目の前は、まるで巨人が強引に地面を割いたのではないかというような痕ができていた。


  「可哀想に……あの少年もこれでは助からないだろう」


  レンドラーは自分を討ち破った人間の少年に多少の敬意を持っており、その死を嘆いていた。


  「いいや、こんなんで死なれちゃ困るんだよねぇ!? カタリーナ様を侮辱した罪を私は許さない!! まだまだ終わらないよ!!!!」


  エバンナはケラケラと笑い叫びながら魔法の追撃を絶えずに行う。

  その姿はまさに狂信者だった。


  ニルヴァーナの三人はエバンナのこの姿を一歩引いて眺めていた。

  だが、そんな彼らの様子がさらに引きつる出来事が起こる。


  「死ぬのは嫌なんですけど、これ以上いじめられるのも嫌なんですよね。そこのところ、どうにかなりませんかね?」


  おれは降り注ぐ岩石の雨に打たれながらも、地底から飛び出してニルヴァーナの四人組にそう伝える。


  「そんな……どうしてあの人間は生きているの……?」


  「おいおい、おれたちは夢でも見るのか……? それとも、あれは幽霊か何か?」


  「どうして剣士であるあの子があそこから生還することができるの……?」


  ニルヴァーナの三人はおれがこうして生きていることが信じられないでいるようだ。

  だが、エバンナだけはこの事実に対して何ひとつ驚いた様子はなく笑っていた。


  「ただの剣士じゃないと思っていたけど、貴方……魔法も使えるのね」


  「まぁ、魔法が使えないなんてひと言も言ってませんからね」


  おれは宙に浮いてエバンナと対峙する。


  おれの足元は大地が割れており底がまるで見えない。

  エバンナが随分とやってくれたからな。


  「嘘だ……おれが魔法剣士に剣で負けただと……それも人間の子どもに……?」


  レンドラーはどうやらおれが剣士ではなかったという事実を受け入れられていないようだ。

  確かに、魔道具を使えば剣に炎を纏うことも容易くできる。

  おれは優れた魔道具の剣を持った人間だと思っていたのだろう。


  「貴方が剣士だろうが魔法剣士だろうが関係ない……。純粋な魔法使いである私の敵ではないのよ!」


  エバンナは不敵な笑いを浮かべている。


  おれは一歩、また一歩とエバンナのもとへと近づいてゆく。

  宙を歩いてだ。


  正確には防御魔法の応用で闇属性の雲のようなモノを作って足場としているんだけどな。


  さっきのエバンナの一撃も、奈落の底まで落ちていってしまいそうだったが、足場を無理やり作ることで生きながらえた。

  自分でいうものなんだがナイス判断だ!


  それに、かつてカシアスが見せてくれた防御魔法の複数展開もできるようになり、上空から降り注ぐ岩石の雨にも対応できた。


  おれは着実に強くなってきている。

  この四人も相当強いが今のおれなら戦える!


  「残念だけど、ちょっと違うんですよね」


  おれは一歩ずつ、少しずつエバンナとの距離を縮める。


  「シネ!! シネェェェェエエ!!!!」


  エバンナは土弾アースショットをおれに向かって連発するが闇の壁ダークウォールを展開して完全に防ぐ。


  「全く効いていない!? まっ……まさかそれは闇属性魔法!?!?」


  おれとエバンナの距離が段々と縮まってゆく。

  すると、さっきまで余裕の笑みで笑っていたエバンナの表情が曇りだす。


  「どうして!? どうして人間ごときの貴方が闇属性魔法を使えるのよ!! その魔法は七英雄様たちだって……」


  エバンナの攻撃はまだ続いているがおれの闇の壁ダークウォールの前にことごとく無力化されている。


  「どうしてかって? それはおれが……」


  エバンナはおれに怯えて後ずさる。

  そして、おれが地割れの影響を受けていない場所までエバンナに近づいたときだった。


  「エバンナ退けぇえええ!!!!」


  突然、リアンがおれに向かって剣で切りかかってきた。


  「最強の魔法剣士はおれだぁぁぁあああ!!!」


  リアンの剣が炎を纏う。


  どうやら、チャラ男のリアンは魔法剣士だったようだ。


  仲間を助けるために立ち向かってくるその姿を、おれは少しだけかっこいいと思ってしまった。


  しかし、Sランク冒険者である最強の魔法剣士といえど、今のおれの相手ではない。


  燃えさかる灼熱のつるぎがおれを襲う。

  ——が、おれはそれを右手で掴む。


  「なっ……」


  おれとリアンの顔の距離は50センチというところか。


  おれは魔法剣士リアンの最大最速の一刀を素手で掴んだ。

  もちろん、右手に闇属性の防御魔法をまとってだ。


  至近距離ということもあってリアンの顔がよく見える。

  その顔は死を覚悟して恐怖に怯えていた。


  そして、おれは右手に魔力を流し込みリアンの剣をへし折った。

  リアンが恐怖と絶望によりその場に崩れ落ちる。


  「それはおれが《漆黒の召喚術師》だからかな」


  おれはニルヴァーナの連中の目の前で魔法陣を大量に複数展開する。

  輝く綺麗な魔法陣が彼らの視界に広がる。


  「なっ、何が起こってるのよ!? ねぇ、レンドラー!! なんとかしてよ!」


  サンリナが泣きながらレンドラーを揺する。

  レンドラーもレンドラーで動揺してしまっている。


  「おれたちはいったい……何を相手にしているんだ……」


  そして、おれは両手を振り上げて叫ぶ。


  「でよ! 我が精霊たち!!」


  すると、おれが空中に魔力で描いた20の魔法陣からそれぞれ精霊たちが召喚される。

  そして、召喚された精霊たちはおれを囲みニルヴァーナに相対する。


  「魔力で魔法陣を描いた……それも複数……」


  先ほどまであれだけ威勢の良かったエバンナも言葉を失ってしまっている。


  カイル父さんも昔言っていたが、基本的に魔法陣は魔石というものを使って時間をかけて何か媒体となるものに描く。

  魔力で直接魔法陣を描くこともできるが、膨大な魔力を使うため普通の精霊術師はそんなことは行わないのだ。


  そしてニルヴァーナの四人はSランク冒険者ということもあり、おれのこの行為の異常性を理解できるだろう。


  魔法陣を魔力で複数描くことのできるほどの魔力を持ち、複数の召喚魔法を行うことのできる魔力制御が可能な召喚術師。


  さらに、その召喚術師は剣術、攻撃魔法、防御魔法においても自分たちより遥かに優れている。


  「さぁ、まだおれをギルドまで連れて行くつもりですか?」


  おれは完全に心が折れたであろうニルヴァーナの四人に質問する。

  その顔を見ればわかる。

  今すぐにでもここから逃げ出したいのだろう。


  「わかった……おれたちはもう……」


  レンドラーがおれに向かってそう告げていたとき、魔物の雄叫おたけびが辺りに響き渡る。



  ギュュッッアアアア!!!!



  「まさか……地龍なのか!?」


  エバンナの地を割るあの魔法の影響だろうか?

  おれたちの後方の地面が急に割れ、一匹の龍が姿を現す。


  そして、その龍は雄叫びをあげながらおれたちの上空を舞ったのだった。

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