53話 2年間の成長(1)

  ゼノシア大陸で冒険者ギルドを監視する。

  これはおれとアイシスに任された重要な任務なのである。


  本当ならば、おれはサラと一緒に中等魔術学校に通う年齢になったのだが、この仕事を放り出して学校に通うなんてできない。


  決して学校に通いたくないからこの任務についているわけではない。

  学校に通えないなんて非常に残念だ、うん。


  まぁ、おふざけはこれくらいにしておこう。


  おれに与えられたこの役目は責任重大だし、とても大切なことだ。

  しかし、毎日24時間冒険者ギルドをチェックできるわけではない。


  それにおれはアイシスと違って転移魔法も不可視化の魔法も使えない。

  だから潜伏や監視の仕事はアイシスに任せてつつ、おれは強くなるための特訓をしていた。



  もしかしておれって何の役にも立ってないのではないか……?



  なんて思うこともあるが、これから役に立てばいいのだ。

  適材適所とでも言っておこう。


  アイシスとの特訓をはじめてからもう2年。

  おれは2年前からは想像できないほど強くなっていた。


  それは人間界で学んできた知識の多くが間違っていたということが大きいだろう。

  そして、魔界で確立されている理論通りに2年間、しっかりみっちりとアイシス指導のもとでおれは訓練してきたのだ。


  まず驚いたのは無詠唱魔法はだれにでも使えるということがあった。


  おれの中の知識では、生まれ持ったスキルに恵まれて適性があり、なおかつ修練を積んだ者にしか無詠唱魔法は使えないという常識があった。


  しかし、魔法はしっかりとした魔力操作を理解して、魔力制御ができてさえいれば訓練次第でだれでもできるようになるということだった。

  しかも、詠唱魔法だけでなく無詠唱魔法もだ!



  ちなみに、魔力操作とは体内にある魔力の流れを操ること。

  自然にしていると体外へ放射状に発散してしまう魔力を、発動したい魔法の規則にのっとり流れを作り出すこと。


  そして魔力の流れを作ってあげても、魔力とは自ら意思を持っているかのように自由に動きまわろうする。

  それらの暴れまわる魔力を律して、コントールすることを魔力制御と呼ぶのだ。

  これがしっかりできていないと魔法が暴発してしまう。



  そして詠唱魔法とは、ある程度の魔力操作ができているときに、詠唱を魔法発動の引き金トリガーにしているだけであり、魔力制御で魔力の流れを統一できるのならばわざわざ詠唱など必要ないそうだ。


  つまり、一流の魔法使いは詠唱魔法など使う必要がないのだ。

  二流以下の魔法使いが足りない魔力制御の能力を補うために詠唱を使っている。


  残酷な話だ。

  こんなの知りたくなかった……。



  それからスキルについてもアイシスから色々と学んだ。

  例えば、『魔法使い(火)』というスキルがある。


  このスキルを持っていれば火属性魔法の魔力制御が比較的得意であるそうだ。


  よって魔法の威力も高いし、何度も使っているうちに自然と無詠唱魔法が可能となるレベルまで魔力制御ができるようになることがあるらしい。


  しかし、『魔法使い(火)』を持っていても火属性魔法以外——例えば水属性魔法の魔力制御は得意であるわけではないようだ。

  まぁ、属性が変われば魔力操作がほとんど変わるからな。


  つまり、無詠唱魔法が可能となるレベルに魔力制御が達していない分、詠唱することによって無理やり水属性魔法を発動しているらしいのだ。


  しかし、得意でないからといって無詠唱魔法が不可能であるわけではない。


  しっかりとした水属性魔法の魔力操作を理解して魔法制御ができるようになれば、例えば『魔法使い(水)』というスキルを持っていなくとも無詠唱で水属性魔法は使えるそうだ。


  ちなみに、同じ無詠唱魔法であったとしてもやっぱりスキルは持っていた方が威力も強いし、消費する魔力も低いそうだ。


  つまり、『魔法使い(火)』のスキル1つ持ちの者がいたとして、無詠唱で火属性魔法と水属性魔法を使えるようになっとしても、火属性魔法の方が威力も高いし消費魔力も少ないそうだ。


  そこでおれはアイシスの特訓のもとこの2年間で基本属性である火、水、土、風属性。

  それに加えて氷属性、闇属性の基本的な魔法は無詠唱で発動できるようになった。


  他にも雷属性や光属性魔法、さらには属性を組み合わせる複合魔法も一応教えてもらったが、おれには難しかったのでとりあえずこちらは後回しにして、無詠唱が可能な属性魔法を極めていた。


  こうしておれは、2年間で格段に魔法技術が向上したのだ。



  そして、あとはおれの持つスキルについてだ。


  おれは5歳の誕生日の時に、カイル父さんにスキル測定をしてもらった。

  そして、『召喚術師』、『未習得』、『魔王』とスキル3つ持ちであることがわかった。


  そのときに使用した魔道具の水晶だが、おれが村を去るときに家の地下から持ち出した。


  すると、カシアスが『この魔道具は失敗作でしょうか?』とおれに言ってきたのだ。


  カイル父さんの形見ということもあり、当時はカシアスにイラッとしていたがカシアスがおれにそう言った意味が後々に理解できた。


  どうやらカシアスは魔道具を創り出せる職人のようなスキルを持っているそうだ。

  そして、アイシスにカシアスが作ったという魔道具の水晶でおれのスキルを測定してもらったのだ。


  そのときに人間界にある魔道具と魔界にある魔道具の性能の違いをハッキリと理解した。


  今では家から持ち出した水晶は形見として魔法の収納袋に大事にしまってある。


  話が逸れてしまったおれはカシアスが作った魔道具の水晶を使って自分のスキルを改めて確認したのだった。



 ◇◇◇



  「それではアベル様、この魔道具の水晶に手を乗せてください」


  おれは一日の訓練を終え、アイシスは冒険者ギルドの調査を終えて帰ってきた。


  そして、定住地と化している岩山の洞窟でおれはスキル測定をする。


  前回スキルを確認してからもう7年、おれは別に目新しいことはないだろうと思ってあまり期待しないでいた。

  強いて言えば、『未習得』というスキルだけは少しだけ気になっていたくらいか。


  おれはアイシスの指示に従って手を水晶の方へと伸ばす。

  そして、水晶に手をゆっくりと置く。

  すると、ホログラムのような映像が水晶の真上に浮かぶ。

  ここまでは昔と同じだった。


  しかし、水晶の真上に映し出された映像はかつてのものと若干違っていた。


  色つきの3つの波長が見えているのと、その色に対応した魔族の文字が書かれているのは同じだ。

  だが、内容が少し違ったのだ。


  1つ目

  『召喚術師』


  かつて緑色っぽい色で表示されていたが、今は青っぽい色で表示されている。

  これに関しては7年前と同じだな。


  そういえば、かつてカイル父さんはおれのスキルを『召喚術師』ではなく、『精霊術師』と言っていた。

  あれは一体なんだったんだろうか。


  「アイシス、この青色のスキルは『召喚術師』で間違いないのか? 『精霊術師』だったりしないのか?」


  おれは目の前にいるアイシスに尋ねてみる。


  すると、アイシスはおれの予想外のことを話し出した。


  「はい、アベル様の持つスキルは『召喚術師』で間違いありません。ちなみに、『精霊術師』というスキルは魔界にも人間界にも存在しません」


  なんとアイシスは『精霊術師』というスキルは存在しないという。

  いったいどういうことなのだろうか。


  「人間界で言われている『精霊術師』というスキルはアベル様の持つ『召喚術師』のスキルのことです。リノ様にも確認しましたので間違いありません」


  どうやら、これもまた人間界で学んだ知識が間違っていたようだ。


  人間界では『精霊術師』という精霊を召喚したり契約できるようになるスキルがあり、精霊術師の中でも選ばれし者たちは召喚術師と呼ばれ、高位の精霊や天使、悪魔を召喚したり契約できると聞いていた。


  しかし、アイシスに聞いたところ実際は『精霊術師』というスキルは存在しないらしく、人間界で言われている『精霊術師』というスキルはおれも持っている『召喚術師』のスキルのことらしい。


  優秀なリノとアイシスがそう言っているんだし間違いはないだろう。


  「そうだったのか。別にアイシスたちを疑っているわけじゃないが意外だったな。でも、じゃあなんで人間界の精霊術師と言われる人たちは精霊しか召喚できないんだ?」


  精霊術師は精霊しか召喚できない。

  それに対して精霊術師の上位互換である召喚術師は精霊だけでなく、天使や悪魔も召喚できるとされている。


  もしも、『精霊術師』というスキルが存在せずに、実は『召喚術師』というスキルだったのだとしたら、人間界ではもっと多くの天使や悪魔たちが召喚されていてもおかしくないはずだ。


  おれはアイシスに疑問を投げかけてみる。


  「それについてですが、召喚術師が使用する召喚魔法というのは、精霊体を召喚することができます。しかし、召喚できる精霊体というのは基本的にはその世界に存在する精霊体のみです。そして、そもそも人間界に存在している精霊体は精霊のみです」


  つまり、今のアイシスの話だと人間界には精霊しか精霊体がいないため人間界の召喚術師は精霊のみを召喚し、契約しているらしい。


  なるほどな。

  もしかしたら、それで誤って精霊術師と呼ばれるようになったのではないかとおれは思った。


  おれは例外だったが、魔道具の水晶に書いてある魔族の文字はだれにも読めない。

  そして、召喚術師が精霊術師として間違って伝わっていく。

  ありえそうだな。


  「その言い方だと、違う世界から召喚することもできるってことでいいのか?」


  アイシスは『基本的には——』と言っていた。

  それならば、違う世界……例えば魔界から精霊体を召喚することもできるはずだ。


  「はい、その通りでございます。召喚術師の実力次第では別の世界から精霊体を召喚することも可能です」


  やはり不可能ではない。

  おれがカシアスを召喚したり、歴史に残っている悪魔を召喚した者たちがその例ってことだな。


  まあ、おれの場合は初めて使った魔法が召喚魔法で、どうして魔界から悪魔を呼ぶことができたのか謎ではあるが奇跡が起きたんだろうな、うん。


  ちなみに前にアイシスに聞いたのだが、世界というのは魔界と人間界以外にもたくさん存在するらしいのだ。

  初めて聞いたときはとても壮大な世界だと思ったし、自分自身のちっぽけさを感じた。


  まあ、おれは全く詳しくないし、また今度アイシスに色々と聞こう。


  そして他のスキルについてだ。

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