52話 新たな道へ

  おれの名はアベル=ローレン。

  ここ異世界に転生してからもう12年が経った。


  おじいさん姿の神様やボンキュッボンの女神様から転生特典をもらって、異世界チート無双をするわけでもなく、モテモテでハーレムを作ることもなく、過酷な現実と向かい合いながら二度目の人生を過ごしている。


  つらいこともあるけれど、多くの人に支えられながらここまでやってきた。


  今だって、本当は姉であるサラとフォルステリア大陸にある中等魔術学校に通っていたはずなんだった。


  しかし、ゼノシア大陸で悪魔であるアイシスと特訓をしている。

  それもこれも、カレンさんやバルバドさんのおかげである。



  ——約2年前——



  おれはゼノシア大陸でアイシスと訓練をしながら、サラと二人で学校に通うための資金調達をしていた。


  資金調達に関してはまったく成果が上がらなかったのだが、冒険者ギルドに立ち寄った際に出会ったカレンさんという女性をトラブルから救うために冒険者ギルドと対立することになった。


  そして、冒険者ギルドからの刺客であるカトルフィッシュ、そして弱みを握られていたカレンさんの恩人バルバドさんと一度は敵対したが、アイシスのおかげで和解し、協力して冒険者ギルドと戦うことになった。


  しかし、その日のうちに冒険者ギルドの重要人物たちは姿を消し、おれたちは指名手配され、お尋ね者となってしまった。


  事情を知らないしたっぱギルド職員と抗争状態になってもお互い何も得られない。

  冒険者ギルドと繋がっていたと思われる奴隷商人のゲゼルは姿をくらますことはなかったが、ギルドの重要人物が消えた今、証拠を突きつけてやることはできない。


  おれたちは完全に詰んだ状況にいた。


  「どうすりゃいいんだ……おれたちはもう死ぬしかないのかよ」


  カトルフィッシュの剣士、コウガがため息をつきながらつぶやく。


  冒険者ギルドと敵対した以上、彼ら冒険者は他に仕事を見つけなければならない。

  しかし、彼らは記憶がなく手に職をつけているものなど一人もいなかった。


  Aランク冒険者なのだから貯金があるのではないかと思うだろうが、金は冒険者ギルドに全て預けているらしい。

  つまり、今の彼らは一文無しということだ。


  おれやアイシス、カレンさんにバルバドさんもそれほど金を持っているわけではない。


  バルバドさんの宿屋の場所は冒険者ギルドにバレている。

  おれたちは日々野営をしながらこれからについて考えていた。


  「ゼノシア大陸にいても進展はなさそうですし、ここは一度引いて態勢を立て直すというのはどうでしょうか?」


  日が落ちた森の中、いつものように焚き火をみんなで囲みながら話し合いをしていたとき、人間の姿をしているアイシスがそう提案した。


  「確かに、このままではこちら側の勢力は弱まるばかり……。それにあいつらは今戦力増強をしてるやもしれません。しかし、アイシス様。いったいどのように態勢を立て直すのでしょうか?」


  バルバドさんが冷静に現状を分析しながらアイシスに尋ねる。


  ちなみに、アイシス様と呼ぶのはバルバドさんだけでなくカレンさんとカトルフィッシュの四人もそう呼んでいる。

  アイシスが悪魔の姿で彼らを呪縛から解き放ってやったことが大きいのだろう。


  前世のイメージのせいか、悪魔を様付けで呼ぶのは少し違和感もあるが、段々気にはならなくなってきた。

  それに確かにアイシスは崇拝されるだけのことはあると思うしな。


  ちなみにおれは召喚術師ではあるが、上位悪魔アイシスと契約をしているわけではないと伝えておいた。


  流石にこの世界では悪魔との契約は禁止されているわけだし、高らかに宣言するのは気が引ける。

  まぁ、アイシスと契約していないってのは本当だし、別にいいよね。


  そして、召喚術師だということを明かしたらバルバドさんに『アベルくんは漆黒の召喚術師だな』と言われた。


  まぁ、おれは黒目黒髪に闇属性魔法の使い手だし、そう呼ばれるのも悪くないかな。

  そんな風におれは思っていた。


  そして、アイシスが説明をはじめる。


  「はい、わたしの知り合いが皆さんに合った仕事を紹介してくれるそうです。場所はフォルステリア大陸ですが、ここにいても進展はなさそうですし、一度態勢を立て直すという意味でもいかがでしょうか?」


  フォルステリアの知り合いが仕事を紹介?

  いったいアイシスは誰のことを言っているのだろう。


  おれにはサラとリノくらいしか思いつかないけど二人が仕事を紹介するか?

  いや、ないな。


  「それはありがたいですわ。アイシス様のお知り合いならば信用できますし、今の現状を続けても問題は解決しませんもの!」


  カレンさんが勢いよく立ち上がり意思表明する。

  そして、みんなもそれに続き意見を言う。


  「確かにそれが賢明な判断なのである」


  「この生活もそろそろやめたいしね」


  「カレンさんに同意だな」


  おれもアイシスの提案に賛成だ。

  今はゼノシア大陸にいるメリットがない。

  ここはフォルステリア大陸に一度戻って活動した方がいいだろう。


  でも、仕事か……。

  正直働きたくはないんだよな。

  まぁ、学校に行くよりはまだましかな。


  「それでは、皆さんの同意も取れたことですしフォルステリアに向かいましょうか」


  アイシスはそういうと転移魔法を使ってフォルステリアへと向かった。


  一度に全員を転移させることはできないようで、まずはカトルフィッシュの四人を連れて行ったのだ。


  アイシスがいなくなった後、おれとカレンさん、そしてバルバドさんの三人で少し話をした。


  「アベルくん、本当にありがとう。アベルくんのおかげでわたしは今こうしておじいちゃんとまた過ごせている。感謝しても仕切れないわ」


  「わたしもだ。アベルくんはわたしが道を踏み外してしまっていたところを救ってくれた。わたしはまた大切な人を失うところだった。ありがとう」


  二人はおれに感謝の言葉を伝える。

  なんだか改まって言われると少しばかり恥ずかしいな。


  でも、二人はおれと出会わなければカレンさんは今頃奴隷になっており、バルバドさんはカレンさんを裏切ってしまった罪悪感にさいなまれる日々を送っていただろう。


  こんなおれでも誰かの役に立てたってことは素直に嬉しいな。


  「おれも二人には感謝しています。カレンさんは初めて出会ったとき、冒険者ギルドの闇におれが巻き込まれないように助けてくれました」


  あのときカレンさんは受付係りとしては間違った行動を取っていたのかもしれない。

  しかし、見ず知らずのおれのためを思って行動してくれた。

  自分が奴隷に堕ちるかもしれないのにだ。


  「それに、バルバドさんも初めて会ったときにおれたちに温かく接してくれた。おれ、昔暮らしていた村のみんなみたいだなって、とても嬉しかったんですよ」


  バルバドさんはとても温かい人で、おれたちにも優しくしてくれた。

  それに、カレンさんと二人でいると本当の親子のようでおれの心まで温まった。

  本当に出会えてよかった。


  そして、その後も三人で色々と話していると突然アイシスが現れる。

  どうやら、転移魔法で一往復して戻ってきたようだ。


  「それではアイシス様お願いしますね」


  「お願いします」


  カレンさんとバルバドさんがアイシスにそう告げる。


  「三人とも忘れ物はありませんね? それでは参りましょう」


  アイシスはおれたちに近づいてそして転移魔法を発動した。

  フォルステリア大陸に戻るのは何ヶ月ぶりだろうか。

  おれはワクワクしながら転移魔法の光に包まれていた。



  ◇◇◇



  転移したおれたちは木造の部屋の中に出た。


  野外に転移するのを想定していたが、どうやら建物内に転移したらしい。

  目の前には一度だけ会ったことのあるリノがいた。


  「お久しぶりですアベル様。アイシスから毎日報告は受けておりましたが、こうして直接お会いできて私としても嬉しい限りです」


  リノが頭を下げる。

  そうだった、確かサラへの報告とやらでおれの情報はアイシスからリノへ毎日垂れ流されていたんだよな。


  あれ、リノがここにいるってことは……。


  おれはゆっくりと後ろを振り向き部屋全体を見回す。


  目の前にはリノがいて、横にはカレンさんとバルバドさん、そして先に到着したカトルフィッシュの面々がいて……。


  おれの後ろには腕を組み仁王立ちをしている一人の少女がいた。

  綺麗な藍色の髪をした女の子、整った顔立ちだがその表情はどうやらご機嫌斜めと見える。

  そうです、おれの義理の姉のサラです。


  「ようやく会えたわね、アベル」


  サラがニヤリと笑う。

  おれは冷や汗をかきながら震え出す。


  アイシス……どうしていつもお前はおれに何も言わずに行動に移すんだよ……。




 ◇◇◇




  この後、おれたちはこの転移してきたサラの部屋で今までの事を改めて説明し、今後のことについてリノとサラに聞いた。


  どうやら、サラの通う中等魔術学校では優秀な教師が足りないらしく困っているらしい。


  特にカイル父さんも採用される予定だったようで、その枠は未だに空いており、他の教師たちで毎回授業をローテーションしながら頑張っているらしいがそれでも対応しきれない部分はあるようだ。


  そこでバルバドさんとカトルフィッシュのメンバーには教師として働いてもらいたいらしい。

  そして、カレンさんには学校の寮での食事を作る手伝いをして欲しいらしい。


  どうやら寮食というのはあまりおいしいものではないらしい。

  人員が足りないらしく、味を追求すれば時間とお金が余計にかかるらしい。


  そこで、人員確保ということとゼノシア大陸の料理をよく知るカレンさんにコスパの良い寮食の考案などもお願いしたいらしいのだ。


  ちなみに、おれは役割がないらしく何か自分で仕事を見つけてくれだそうだ。


  何だか悲しい気持ちになってしまったな。

  まぁ、10歳の子どもが学校で働けるわけもないし、当然といえば当然なんだけどな。


  おれとしてはみんながここで働くことに異論はないのだが、指名手配されているのに学校で働いて問題はないのかという疑問はあった。

  しかし、リノいわくゼノシア大陸の冒険者ギルドで指名手配されていたとしても、他の大陸で活動するのは難しいことではないらしい。


  そもそも冒険者ギルドというイチ組織の権限は他の大陸への影響はほとんどないらしい。

  ちなみに、国家や大陸での連合をあげての指名手配となるとまた別らしい。


  しかも冒険者ギルドは三つの大陸全てにあるらしいのだが、ゼノシア大陸の冒険者ギルドは問題が多いらしく、他の大陸の冒険者ギルドは連携を取ろうとしていないらしい。


  なんなら、フォルステリア大陸で冒険者として活動することもできるはずだという話だ。

  どうやらローナ地方だけがあんな感じというわけではなかったんだな。


  とりあえず、こちらでみんなの新しい生活を始められそうで何よりだ。




  ◇◇◇




  そして、カレンさんとバルバドさんは二人で寮の部屋を一つ借りて生活をはじめることになった。

  カトルフィッシュの四人は学校の近くに部屋を借りて生活をしているらしい。


  バルバドさんやカトルフィッシュのメンバーは教師としてビシバシ生徒を鍛えているそうだ。

  また、カレンさんはゼノシア本番のスパゲッティを中心に経費を抑えながら生徒たちに人気のある寮食を作っているようだ。


  おれはというと、アイシスと二人でまたゼノシア大陸に戻って冒険者ギルドの動向を探りながらセルフィーたちへの繋がりを探していた。


  それもこれも、カレンさんとバルバドさんが給料のほとんどをサラの生活費と進学した際の学費などに充ててくれたからだ。


  どうやら二人は仕事をしながら一緒に暮らせているだけで十分らしく、おれへの恩もあってかサラを支援してくれているらしい。


  本当は資金おれが稼がなくっちゃなのにな。

  二人には感謝しても仕切れないよ。


  二人にこの恩を返す意味でも、ゼノシア大陸での調査はしっかりとしないとな!

  おれは強い決心をしてゼノシア大陸へと戻ったのである。


  ちなみに、ゼノシア大陸に戻る前にサラにボコられて、その後に買い物の荷物持ちをさせられたのはまた別の話である。

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