51話 上位悪魔アイシス

  「これが間違っていることなのはわかっているんだ。だけど、わたしは……おれはセシルが苦しむのだけは耐えられないんだ!!」


  バルバドさんの魂の叫びにおれは怯んでしまう。


  どうすんだ、おれ。

  バルバドさんと戦わずに済む方法はないのか?


  おれが解決案を出せないまま立ち尽くす……そのときだった。


  「おじいちゃん……。わたし、おじいちゃんのためなら犠牲になってもいいよ」


  アイシスの側にいたカレンさんがそう言いながらバルバドさんに向かって歩き出す。


  「セシルおばあちゃんが苦しむのは何よりもつらいものね……。わたしは殺されるわけじゃない、だからもう心配しないでいいよ」


  カレンさんはバルバドさんに笑顔を向ける。

  彼女は本心からそう思っているのではないかとおれは感じた。


  「カレン……いや、だが……」


  バルバドさんは固まってしまう。

  いったいバルバドさんはカレンさんに対して何を感じ、何を思っているのだろうか。


  「よかったですね。これで貴方の思惑通りになったんですよ。もっと喜んだらどうなんですか?」


  アイシスがバルバドさんにそう告げる。


  いつもの淡々とした喋りとは違って抑揚のある喋りだ。

  この状況では、その口調はまるで煽りに感じる。


  「喜べるわけないだろう! わたしにとってこれはつらい判断なんだ。お前になどわかるはずがなかろう!!」


  バルバドさんがアイシスに激怒し、土弾アースショットを撃ち込むがそれがアイシスに当たることはなかった。

  どうしてかバルバドさん自身が鋭利な土の塊によって傷つけられていた。


  「次元……魔法か……」


  バルバドさんが吐血し、つぶやく。

  アイシスはバルバドさんに向かって話を続ける。


  「死者を苦しみから救うため、代わりに生者を苦しめる。貴方のその行いはいったい誰のためなのですか?」


  アイシスはバルバドさんのもとへと歩き出す。


  「セシルのためだ……。おれはセシルが苦しむことなど耐えられないんだ。だけど……カレンも大切な存在なんだ……」


  バルバドさんは剣を床に落とし、膝から崩れてしまう。

  傷を負い、それでも必死に訴えかける。


  「それは自分のためではないのですか? そのセシルという方は、貴方の今の家族を苦しめてまで自らの救済を願う方だったのですか?」


  アイシスは倒れ込むバルバドさんの側で語りかける。


  「違う! セシルはそんな心の持ち主ではない!! セシルはいつもわたしのことを思ってくれたんだ……。わたしが一人になるのを心配してくれて……」


  バルバドさんはセシルさんについて語り出す。


  どうやら、セシルさんという人はバルバドさんの亡き奥さんなのだろう。

  すると、少しずつバルバドさんの様子が変わっていく。


  「本当に貴方が彼女のためを想うのなら、やらなければいけないことはカレンを苦しめることなのですか?」


  アイシスがバルバドさんに優しく語りかける。


  「違う……。そんなことセシルが望むはずがない! だとしたらおれは……どうしてこんなことを……」


  「そんな……。どうしてこんな愚かなことを……」


  バルバドさんは自分の中で葛藤でもしているのだろうか。

  何やら色々とブツブツとつぶやいている。


  そして、バルバドさんはその顔を上げカレンを見つめる。


  「わたしが間違っていた……すまなかったカレン」


  バルバドさんは涙を流しカレンさんに謝る。

  どうやらバルバドさんはカレンさんを選んだようだ。


  「でも、それじゃあセシルおばあちゃんが!」


  心配するカレンさんにバルバドさんは告げた。


  「大丈夫さ……。もしものときは、わたしが戦おう。セシルもカレンも二人とも大切な家族なんだ。二人を傷つけるやつがいたら、わたしが命を懸けて守ろう……約束する」


  バルバドさんの瞳には強い意志が感じられた。

  どうやら、自分の中で答えが出たようだ。


  「ふざけるな! あいつに……上位悪魔に勝てるわけがないだろう!!」


  カトルフィッシュの剣士が這いつくばりながら叫ぶ。


  「そうよ……。あれに人の身で勝てるわけがない……」


  「あたしらは従うしかないのさ……」


  「そうである。やつらの命令通りに……」


  他のメンバーも口々にそう語る。


  もしかして、カトルフィッシュの四人とバルバドさんは上位悪魔に魂を人質として取られているということなのか?


  しかし、かつてアイシスは魂に干渉することなどできないと言っていた。

  どういうことなんだ?


  「安心してください。上位悪魔ごときが死者の魂に干渉することなどできません。貴方たちは皆、その上位悪魔に騙されているだけです」


  アイシスは這いつくばるカトルフィッシュの面々に向けてそう語る。

  その振る舞いはとても貫禄があり、とてもかっこよかった。


  「ふざけるな! 何を根拠にそんなこと言えるんだ。おれたちはなまであいつの脅威を感じたんだ。人類では到底測りきれないその力を目の前にしたんだ。おれたちより少しばかり強いだけのお前に何がわかるんだ!!」


  剣士の男がアイシスに向かって吠える。

  剣士の彼を含めて、カトルフィッシュの四人の瞳からは、みな決死の覚悟を感じられた。


  「貴方たちも大切な方を人質に取られていると思っているのですか?」


  アイシスが彼らに問いかける。


  「そうよ! 死んでいった仲間たちがね」


  「あたしたち十人は冒険者ギルドに捨てられていた。記憶は名前以外、何一つ残っていない。そんな中でともに戦ってきた仲間なんだよ!!」


  「楽しいときもつらいときも、十人で乗り越えてきたのである。しかし、ギルドに要求されるクエストは日々難しくなり……」


  「おれたちは死んでいった六人の魂を人質に闇の深い仕事もさせられている。本当は同じ境遇のカレンさんにこんなことはしたくはない。だが、仕方ないだ。あいつらはおれたちにとって大切な仲間なんだ!!」


  カトルフィッシュの四人は上位悪魔に亡くなった六人の仲間たちの魂を人質に取られていると語った。


  彼らは記憶を失くした状態で冒険者ギルドに捨てられていた。


  そして、上位悪魔に脅されて闇の深い仕事をさせられている。

  つまり、冒険者ギルドと上位悪魔は繋がっているということか!?


  そして、カレンさんは奴隷としてゲゼルのモノとなる予定だった。

  つまりセルフィーとゲゼル、そして上位悪魔が繋がっている!?


  それに、カトルフィッシュの四人もカレンさんと同じく記憶がない状態だったのか。

  彼らとカレンさんの間には何か関係があるのか?


  おれが今の現状から色々と考察をしていたとき、息苦しさを感じた。


  突然、辺りの雰囲気が変わり出す。

  強烈な威圧感に呼吸が苦しくなる。


  よく見ると、アイシスが人間の姿を辞めて悪魔の姿になっていた。


  カレンさんは防御魔法で守られていたが、バルバドさんとカトルフィッシュの四人、そしておれには素でアイシスの放つ魔力が直撃していた。


  「どれだけ真実を語ろうと信じてもらえないようなので本来の姿で語りましょうか」


  アイシスがおれたちにそう語る。


  バルバドさんとカトルフィッシュの四人は信じられないものを見るようにしてアイシスに目を向ける。


  そしてそれはおれも同じだった。


  アイシスは白銀の悪魔だ。

  銀髪に赤い瞳、真っ白で美しく輝く翼を広げ、そして氷属性魔法を使う悪魔だ。


  しかし、今の彼女は闇のオーラに包まれ、黒目黒髪で漆黒の翼を広げている。

  その姿はまるで、カシアスのようだった。


  「上位悪魔アイシスの名においてここに宣言しよう。死者を蘇らせることも、死者を苦しめることも我々上位悪魔には不可能だ。安心するが良い、汝らの想う者たちは安らかに眠り、時を経てまた世界のどこかへと生まれ変わるだろう」


  アイシスの言葉を聞き、カトルフィッシュの四人は体を震わせ涙を流す。

  しかし、それは恐怖によるものではなく安堵によるものだろう。


  気づくとアイシスの放つ魔力は消えており、アイシスは白銀の悪魔の姿をしていた。


  おれが見た漆黒の姿は見間違いだったのだろうか?

  それともあれが本当の姿なのだろうか?


  まぁ、本人から言い出さない限りおれから聞くのはよしておくとするか。

  それにまずはアイシスに感謝の言葉を伝えて、それから謝らないとな。



  こうして、バルバドさんもカトルフィッシュの四人も和解しておれたちの戦いは終わった。

  しかし、おれたちはこれから冒険者ギルドを含め、彼らを操っていた上位悪魔と戦うことになるだろう。


  おれ一人では無理だが、アイシスやカシアスに協力してもらえれば勝機があるのかもしれない。

  だが、おれたちの想像とは裏腹に事態は進んでいく。


  この日、ゼノシア大陸の冒険者ギルド組織のセルフィーを含めた多くの重役たちが姿を消した。


  そして、おれとアイシス、バルバドさん、カレンさんにカトルフィッシュの四人はゼノシア大陸で指名手配されてしまう。


  重要人物たちのいなくなった冒険者ギルドを相手にして得られるものなどない。

  これからおれたちはどうすれば良いのだろうか……。

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