41話 バルバドじいさんの想い(1)

  確か、転移魔法というのは以前に行ったことのある場所か、はっきりと位置の座標がわかっている場所にしか転移できないはず。

  それなのにアイシスは寸分狂わず、カレンさんに指定された街へと転移してみせた。

  カレンさんが興奮しているのがその証拠だ。

  本当にこの悪魔はすご過ぎないか……?


  「本当にバルマだ! すごいです……すごいですよ! アイシスさん!!」


  今回転移した場所は街の通行門ではない。

  いきなり街の中へと転移したのだ。


  この街にはフリントのような入場検査はないのだろうか?

  まあ、見つかってバレたらそのときはそのときだな。

  おれは楽観的にそう考える。


  「それでカレンさん。バルバドさんのところへと向かいましょう」


  カレンさんはおれのひとことで我にかえる。


  「あっ! そうだ、バルバドおじいちゃんのところへ行かなきゃ。わたし……もうここには帰ってこれないと思っていたからつい……」


  そうか、カレンさんはそんな覚悟で……。


  「それじゃあ、わたしが案内するので二人ともついて来てくださいね!」


  そうしておれたちはカレンさん案内のもと、彼女の命の恩人であるバルバドさんの経営する宿屋へと向かったのだ。




 ◇◇◇




  おれたちは目的地である宿屋に到着する。


  バルバドさんの宿屋はなんとも歴史のあるような建物だった。

  一応は石造りの建造物なのだがどうも古びている。

  劣化した石壁や、壁にまとわり付くコケが流れた月日を表しているようだ。


  そして、カレンさんを先頭におれたちは宿屋の中へと入る。


  「おじいちゃんただいまー!」


  カレンさんは宿屋の中へと入って行った。

  しかし、誰もおらず何も起こらない。


  「ただいまバルバドおじいちゃん! わたしだよ! カレンが帰ってきたよ!!」


  カレンさんは大きな声で再びそう叫ぶ。

  どうやら、カレンさんはあどけない一面も持ち合わせているようだ。


  宿屋の中には誰もいない。

  テーブルや受付があるのだがお客も含め従業員が一人も見当たらない。


  すると、受付の奥にあるドアの向こうからドタドタと物音が聞こえてきた。

  そして、ドアが勢いよく開くと白く長い顎ヒゲを生やしたおじいさんが現れた。


  「カレン……? カレンなのか!?」


  おじさんはそう言うと、カレンさんを見るなり肩が震え出して瞳をうるわせる。


  「えぇそうよ! わたしのこともう忘れちゃったの?」


  カレンさんもまた瞳をうるわせ、そしておじいさんに抱きつく。


  「あぁ……元気そうでよかった……」


  二人は抱きしめ合いながら再会の喜びに浸っている。

  大切な人との再会か……。

  おれはもう会うことのできない人たちのことを思い出していた。


  「そういえばカレン、そちらのお二人とはどういった関係なんだい?」


  バルバドさんがカレンさんにおれとアイシスとの関係を尋ねる。


  「おじいちゃん! この二人はね、わたしを助けてくれたんだよ!」


  カレンさんはそういうなり、今までのことをバルバドさんに話した。


  実はギルドで働き始めたのはセルフィーに脅されたからだということ。

  ギルドで受けたパワハラやセクハラの毎日。

  今日の朝、些細なミスをきっかけに奴隷にされかけたこと。

  そして、おれとアイシスに助けられてギルドから逃げ出してここまでやってきたこと。


  バルバドさんは途中、セルフィーに激怒したり、何も知らなかった自分を責めたりとしながらもカレンさんの話を聞いていた。


  「そうか……二人とも本当にありがとうございます。カレンを助けてくれて」


  バルバドさんはおれたちに頭を下げて感謝の意を表した。


  「別にたいしたことではありませんよ。それに、まだ問題は解決していませんからね……」


  「そうみたいですね……。おそらく、今回の件で冒険者ギルドを敵に回すことになるでしょう。明日にでもここを去らなければなりません」


  そうだ、セルフィーがこの宿を訪れてカレンさんを引き抜いたのだからこの場所はギルドにはバレている。

  おそらく、カレンさんが逃げ出したとしたらギルド側もバルバドさんの宿屋に来るに違いない。


  「おれたちとしては今すぐにでも逃げた方がいいと思います。先程もお話しましたがおれたちは転移魔法が使えます。できるだけはやく逃げましょう!」


  おれはバルバドさんにいち早く逃げた方がいいことを伝える。


  「それはわかっているのです。しかし、この場所は亡き妻と暮らした思い出の場所。彼女の遺品も含めて荷造りをするのに少し時間をくださりませんか?」


  バルバドさんは何か心残りがあるような顔つきでそう話す。

  そんな表情を見せられてしまったら、おれは強くは出られない。


  「そうですね……。やつらもそうすぐにはここまで来れないでしょう。でも、明日の早朝には出ましょう!」


  「はい。約束します。それではお二人は今日は是非この宿でゆっくりと休んでください。もちろんお代などいりません」


  バルバドさんがおれたちにこの宿に泊まるよう促す。


  「あっ、それならわたし久しぶりに腕を振るって料理をしなきゃね!」


  カレンさんが腕をまくってガッツポーズをする。


  「それではお言葉に甘えさせてもらいます」


  おれたちはバルバドさんの宿屋でお世話になることとなった。




 ◇◇◇




  「お気づきかもしれませんが実はわたしは人間とエルフのハーフなのです」


  バルバドさんがそう話を切り出す。

  おれとアイシス、そしてバルバドさんは一つのテーブルを囲みカレンさんが食事を作っている間、たあいもない話をしていたのだ。


  「貴方の魔力からただの人間ではないことはわかっていました。それにしても、ずいぶんと魔術に優れているのですね。なかなかお強いと見受けます」


  アイシスがバルバドさんをジッと見つめてそう答える。


  えっ、そうだったの?

  おれにはただの人間のおじいさんにしか見えなかった。


  それに、魔術に優れているって言うけど全然強そうに感じないんだな。

  流石はアイシスだ。


  「ほっほっほっ。お嬢さんは鋭い魔力感知能力をお持ちのようだ。そうですね、わたしはこう見えても昔はAランク冒険者として活躍していました。その頃に一人の女性と出逢い、恋に落ちて結婚をして……」


  バルバドさんが昔話をする。

  どうやら、バルバドさんはかつてAランク冒険者だったようだ。


  「しかし、妻は純血の人間でしてね。わたしと老いる速度も違って……。長い寿命というのも良いことばかりではありませんね……」


  「わたしは子どもなんていつでも作れると思っていました……。わたしは妻の気持ちに気づいてあげられなかった。妻が勇気を出して子どもが欲しいと言った頃にはなかなか出来なくてね……」


  「そんなことが……」


  昔聞いたハーフエルフの寿命はだいたい人間の2倍から3倍。

  人生に対する価値観も異なるのだろう。

  純血の人間と共に生涯を共にするのは難しい。


  「妻との子どもは諦めてしまいましたが、冒険者をやめて二人で宿屋を開くことにしました。幸せな毎日でした。それが10年ほど前に妻も亡くしてしまってね……」


  「これからの人生をどう生きていけばいいのかと悩んでいたときでした。カレンに出会ったのは——」


  バルバドさんは何か思いふけったような表情で飲み物を口に入れる。


  「わたしはある日、街の外を歩いていたんですよ。妻とよく出かけていたピクニックのルートでしてね……。そしたら、衰弱していた少女が倒れていたので街に連れて帰って看病したんです」


  「どうやら何も思い出せないようだったので、しばらくわたしと二人で暮らすことになって……気づけば数年が経っていました」


  すると、ここでアイシスが口を挟む。


  「孤児院などの施設に預けることはしなかったのですか? それに彼女を探しているかもしれない家族がいるかもしれません。ローナ地方で行方不明者の情報を調べたりはしなかったのですか?」


  彼女の鋭い質問にバルバドは少しばかり驚いたような表情を見せる。

  しかし、すぐにおっとりとした元の優しい老人の顔つきとなるのであった。


  「施設についてはわたしも考えました……。しかし、彼女がわたしに恩を感じていたことと、わたしは妻を亡くした悲しさからカレンと一緒に暮らしたいと思ってしまった結果が今の様です」


  「それに、過去にカレンにどんなことがあって記憶をなくしてしまったかわかりません。彼女のことを思い自然に記憶が戻るまでは過去には触れずにそっとしておくつもりでした」


  バルバドさんの言う通りかもしれない。

  カレンさんがどんな経緯で記憶をなくしたのかはわからないが、つらい出来事や思い出したくないこともあるのかもしれない。

  無理に過去をほじくり返すことは、かえってカレンさんを不幸にするのかもしれない。


  しかし、カレンさんを探している家族がいるのだとしたら……。

  おれはバルバドさんの話を聞きながら何も言えずにいた。


  「もしもいつかカレンが望むのなら、わたしは残りの人生を彼女の記憶さがしの旅に費やしてもいいと思っています」


  そう話すバルバドさんはとても固い決意をしているようであった。

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