42話 バルバドじいさんの想い(2)
「とてもカレンさんのことを想っているのですね」
アイシスがバルバドさんに話しかける。
テーブルに座るおれたちはカレンさんの料理が出来上がるまでバルバドさんやカレンさんの話をしていたのだ。
「妻を亡くしてからのわたしには生きる希望もなければやりたいこともありませんでした。それが彼女と出会ってから少しずつ変わっていったんです」
「カレンと暮らしていると妻と願っても叶わなかった子どもとの生活を送れているように感じているのです。わたしは彼女といることが本当に幸せなんですよ」
バルバドさんが笑顔でそう話していると奥の方から料理を持ったカレンさんがやってくる。
彼女はギルドの制服を脱ぎ、エプロン姿で頭にはバンダナを巻いている。
「お待たせしました。わたし特製のローナ地方名物のスパゲッティです!!」
ふぁっ!?
おれはカレンさんの言葉と彼女の持ってきた料理に反応してしまう。
えっと……なんでこの世界にスパゲッティがあるんだ?
見た目的にはカルボナーラっぽい?
白いソースのようなものが麺の上にかかっており肉のようなものがゴロゴロと入っている。
おれが知っているスパゲッティそのものが出てきた。
「何でスパゲッティがあるんですか!?」
おれは思わずに口に出してしまった。
きっと、周りからしたら変な風に映ったのだろう。
バルバドさんとカレンさんも驚いている。
アイシスは……まぁ、いつも通りのポーカーフェイスだ。
「えっと……厨房にスパゲッティの材料があったからかな?」
カレンさんは戸惑いながらそう答える。
「いやいや、そうじゃなくて……」
おれはここで口を止めた。
そうだった……。
おれが地球からの転生者だということは絶対にカシアスやアイシスにバレてはいけないんだった。
おれは魔王ヴェルデバランの転生者ということになっているからな。
おれは恐る恐る再びアイシスの方を向く。
アイシスは相変わらず何事もなかったように座っている。
よしっ……今のところは特に問題がなかったようだな。
おれは言葉を訂正する。
「そっか! ここはゼノシア大陸のローナ地方だったもんな。おれたち旅をしているからすっかり忘れていたよ。ハッハッハッ」
おれは自然体に振る舞おうとするが違和感がありまくりだ。
うん、やっぱり嘘が下手だ。
「もしかしてアベルくんたちは世界中を旅しているの!? よかったら色々と話を聞かせてくれないかしら」
カレンさんが興味津々の様子でおれの方を見つめてくる。
何とかなったのかな……?
それにしてもやっぱりカレンさんはかわいいな。
おれたちはカレンさんが作ったスパゲッティを食べながら話を続けた。
おれは両親を訳あって亡くしてしまい姉と二人で魔術学校に通うための資金を稼ぐために旅をしていること。
その途中でアイシスと出会い行動を共にしているということにしておいた。
バルバドさんとカレンさんは若いのに立派だと褒めてくれたがそんなことはないと思う。
おれ、前世と合わせて精神年齢は30歳近くだしな。
ちなみに、アイシスは悪魔であり食事を取らないので、断食中と説明をしておれがアイシスの分のスパゲッティもいただいている。
「アベルくんのお姉さんは今も魔術学校に通っているんだよね?」
カレンさんがおれに話しかける。
「そうです。フォルステリア大陸にあるエウレス共和国という国の中等魔術学校に通っていますよ」
おそらく地名を言ってもわからないだろうが一応丁寧に話しておく。
「エウレス共和国の魔術学校!? それってすごいわ!! だって七英雄の英雄騎士ライアン様と賢者フレイミー様の御二人が建国なさったところでしょ」
エウレス共和国を知っている!?
っていうかあそこって七英雄たちが建国した国だったの??
おれは自分が育った国のことなのに全く知らなかった事実を聞いて驚いている。
「カレンさんって物知りなんですね……」
おれはさも自分が知っているかのように振る舞う。
あぁ、恥ずかしいよ。
サラみたいに色々と勉強しておけばよかった。
っていうかサラは知っていたのかな?
今度あったら聞いてみよう。
「物知りってわけじゃないけど、この世界のことはバルバドおじいちゃんが色々と教えてくれたからね!」
カレンさんはにっこりと笑う。
バルバドさんはどこか恥ずかしそうにしながら鼻を高くしている。
「まぁ、わたしが教えられるのは常識レベルのことだけですがな。ホッホッホッ」
あぁ、ごめんなさい……。
自分、常識レベルの知識も持っていなかったようです。
おれこの世界で無事に生きていけるのかな……。
「アベルくんも知っているとは思うけど、このスパゲッティも七英雄の英雄騎士——エルフのカタリーナ様がゼノシア大陸に広めたと言われているのよ」
スパゲッティ広めたのって七英雄だったの!?
もしかして、そのエルフさんって地球からの転生者だったりするのかな。
それよりおれって七英雄の伝説すらちゃんと勉強したことないんだよな……。
名前を言われても全然だれのことだかわからん。
「えっと……スパゲッティを広めたのが七英雄だなんて知りませんでした。勉強になりますハハハッ……」
「そっか、アベルくんでも知らないこともあるんだね」
カレンさんはニコニコと話しているが何でおれは物知りキャラだと認識されているんだ?
世界中を旅しているって言っちゃったけど、おれたちはフリントとバルマの二つしか街を訪れていないし全然詳しくないんだよ……。
「それにしても、冒険者ギルドはいつからあんな腐敗した組織になってしまったのだろうか……」
バルバドさんがため息混じりにゆっくりと話しだす。
それに対してアイシスが反応する。
「冒険者ギルドも確か七英雄のお一人が世界平和のために設立なさったんですよね」
おいおい、何でアイシスはそんなことを知っているんだよ。
まだ人間界に来てから1ヶ月ほどしか経ってないのにおれより詳しいって……。
んっ……?
ていうかアイシス、おれが冒険ギルドについて何か知っているか聞いたときに、お前確か知らないって言ってなかったか!?
おれはアイシスを軽くにらむ。
「本当にそうですね。ギルド設立当初は民のため、そして冒険者たちのための組織だったらしいですが……。世代が変わり人々が変われば志も変わり組織も次第に腐敗してゆく。悲しいことですね……」
そう語るバルバドさんの視線はテーブルに乗る食器をじっと見つめていた。
「バルバドさんが冒険者をやっていたときのギルドはどんな感じだったんですか?」
おれはバルバドさんに尋ねてみる。
「わたしが冒険者だった頃……。今ほどではないですが、あの頃も慈悲のない制度はあり、心のない職員はいましたなぁ……」
「冒険者でも平凡な生活をしていけるのはDランク以上。それより下のランクの者は借金地獄か、無理なクエストを受けて数年以内にみな死んでいった……。今になって思えばわたしは……」
バルバドさんは悲しそうな表情でそう語った。
冒険者稼業というものは命の危険があるし、楽なものではないだろう。
しかし、現実を知ると冒険者たちに同情してしまう。
彼らには他に幸せに働ける場所はないのだろうかと。
「暗い話になってしまいましたな。明日に備えてわたしもこれからやることがあります。部屋は二階にあるのを自由にお使い下さい」
バルバドさんはこれから今は亡き奥さんと幸せに過ごしたこの場所で最後のときを過ごすのだろう。
邪魔をするのも悪い。
おれたちは早く二階へ向かおう。
「バルバドおじいちゃん……。わたしのせいでごめん……」
カレンさんがバルバドさんに謝る。
このような事態になってしまったことへの罪悪感があるのだろう。
拾ってもらった自分のせいで奥さんとの思い出の詰まった場所を離れなければならないと……。
「カレンが謝ることはない。今生きている家族はカレンだけなんだ。優先するのはカレンの身の安全だろう」
バルバドさんの言葉を聞いたカレンさんの瞳に涙が溜まる。
そして、カレンさんがバルバドさんを抱きしめる。
「バルバドおじいちゃん……」
二人の邪魔をしないようにおれとアイシスは静かに二階の客室へと向かう。
どこの部屋でもよかったがおれは敢えて一番奥の部屋を選んだ。
すると、部屋に入るならアイシスが唐突におれに話しかける。
「アベル様……本当にあの者を信じてもよろしいのでしょうか?」
「突然どうした。一体どういうことだ?」
おれはアイシスに聞き返す。
すると、彼女はとんでもないことを言い出すのであった。
「バルバドという男が全ての黒幕ということはありませんか?」
そう語るアイシスは真剣なまなざしでおれを見つめていた。
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