38話 ブラック冒険者ギルドへようこそ(3)

  「はぁ?」


  おれは頭にきて思わず口に出してしまった。

  こいつ、おれが苦労しながら手に入れた魔物たちの部位をタダで引き取るって言ってるのか?


  「あら、私は見せてくださいと言っただけで買い取るなんて最初から一言も言っておりませんよ」


  セルフィーはニッコリとした笑顔でおれにそう言った。


  「本気ですか……? 別にお金を出さないっていうのなら他で売るんで大丈夫ですよ。行くぞアイシス」


  おれは席を立ちアイシスに呼びかける。


  「ご存知ないかもしれないので一応お伝えしてくおくと、一般人であるアベル様たちがこの冒険者ギルド以外で魔物の部位を売り捌く行為は法律違反ですよ。つまり、ギルドにしか売ることはできないのです」


  セルフィーが大きな声で話し始める。

  ギルドにしか魔物の部位は売れないだって?

  なら、こっちにだって手はある。


  「お前の言うことが本当なら他のギルドで売るだけだ。あいにく今すぐ売らなければならない品ではないからな」


  おれはセルフィーに挑発するように告げる。

  だれがこのクソったれギルドで売るものか。


  「ギルドに魔物の部位を売ることができるのは冒険者のみとなっております。もちろん、どこのギルドでも冒険者になるためには登録料と年間費は支払う必要がありますよ。しっかりと法で定められていますからね」


  「なんだよそれ……」


  この国の法律、いやこの世界の法律は一体どうなっちまっているんだよ。


  「つまり、アベル様たちにその魔物たちの部位を換金することは不可能なのです。ですから、我々が引き取って荷物を軽くしましょうと提案しているのですよ」


  「それとも、冒険者になられますか? もちろん、その際はこれらの部位の値段は相場に合わせて我々が決めさせてもらいますがね……」


  セルフィーが今まで見せたことのない悪意の満ちた顔を見せる。


  「お前ら……今までそうやって冒険者たちを食いものにしてきたのか?」


  おれは怒りがこらえられずに乱暴な口調で話す。


  「何をおっしゃいますかアベル様。我々は他に働く知恵も技術もなく、お金を稼ぐ方法のない者たちを救済しているのですよ。そこに感謝こそあれ、うらまれるような事業は何ひとつしておりませんよ」


  セルフィーもソファーから立ち上がり周囲を歩き回る。


  「そうですねぇ。魔物の部位の取引は冒険者としか行ってはいけません。しかし、アベル様がその魔法の収納袋を我々、冒険者ギルドローナ地方本部の魔道具開発部に技術提供としてお渡ししてくださるのなら……そのお礼として3000リナ出しましょう」


  「よかったですね、これで御二人とも冒険者になることができますよ。もちろん、提供してもらうのは収納袋の中身も含めですがね。ふふふっ」


  セルフィーは笑い出す。


  「ふざけんじゃねぇよ! 誰がそんなことするかよ。行くぞアイシス!」


  おれとアイシスは部屋から退出しようとしてドアを開けたそのときだった。


  「そう言えばカレンはどうなるのだったかしら?」


  セルフィーが後ろに控えていた一人の男に尋ねる。


  「はい、ゼゲル様に奴隷として売り払う契約とのことでしたので縛って他の魔導師に見張らせています」


  ゲゼル……?

  あのアイシスを下卑た目で見ていたやつか。

  カレンさんがそいつの奴隷だと……。


  「おい! 今なんて言った!?」


  おれは引き返してセルフィーや男たちのもとへと向かう。

  そして、セルフィーの胸ぐらを掴んで問い詰める。


  「どういうことだ? カレンさんに何をするつもりだ!」


  おれの行動を見て後ろの二人の男たちがおれセルフィーから引き剥がす。


  「ふふふっ……。それがカレンとの契約だからよ。貴方がさっき何か言っていたけどお客様の意見よりも契約の方が強いのよ。残念ね、あの子は明日から変態奴隷商人の売り道具となるのよ」


  あの優しいカレンさんがどうしてそんな目に。

  おれのせいだ……。


  いや、悔やんでいる暇はない。

  カレンさんを何があっても助けるんだ!


  「おい、カレンさんはどこにいる!」


  おれはセルフィーに怒鳴る。


  「残念ね、貴方はここで死ぬのよ。冒険者ギルドの副ギルドマスターに殺意を抱いて攻撃をした。見ていたわね貴方たち」


  「「はい、セルフィー様!」」


  セルフィーの問いに二人の男たちが答える。

  殺意を持ってだと?

  ちょっと胸ぐらを掴んだくらいじゃないか。


  「その子の収納袋。それだけは壊さずに手に入れなさい」


  セルフィーはそう言って数歩後ろに下がる。

  すると、男たちが魔法を発動した。


  「土刃アースダガー!」


  「水弾ウォーターショット!」


  二人の魔法がおれたちを襲いかかる。


  おれはそれを無詠唱の防御魔法で完全に防ぐ。

  闇の壁ダークウォールを発動したのだ。


  二つの魔法がぶつかり合い辺りに埃が舞い視界を奪う。

  そして、彼らの目が見えるようになった頃にはおれとアイシスは姿を眩ませているのであった。


  部屋には土と水だけが撒き散らかっていた。




 ◇◇◇




  「転移魔法を使いましょう。カレンかのじょの魔力は弱いですが、ある程度の位置はわかります」


  おれが防御魔法を発動したときにアイシスはそう言って転移魔法を発動させる。

  そして、おれたちは見知らぬ廊下へと転移をした。


  ここもギルドの建物の内部なのだろうか?

  この建物は外から見てもかなり大きかった。


  ここは先ほど見たエントランスとは違う雰囲気がする。

  きっと、職員たちのみが入ることができるエリアなのだろう。


  「この部屋の中に彼女がいます。他にももう一人誰かいますね」


  アイシスがカレンさんがいる部屋をおれに教えてくれる。

  おれは部屋を開けようとしたが鍵がかかっていて開かない。

  仕方がないので魔法を使って無理やりドアをぶち破った。


  さあ、カレンさんを救出するぞ!!




 ◇◇◇




  冒険者ギルドローナ地方本部の建物の地下の一室——。

  そこにカレンは捕らえられていた。


  「うへへへぇ。おれはね、前からカレンちゃんのこと可愛いと思ってたんだよね」


  見張りとして抜擢された魔導師の男がカレンに言い寄る。

  カレンは手足と口を縛られて何も喋れず、そして動けなかった。


  「んんっ、んんん!」


  カレンの顔は恐怖に怯えて引きつっていた。

  彼女の瞳から涙がこぼれる。

  そして、助けて欲しいと心から願っていた。


  「ゼゲルなんかのジジイにカレンちゃんを渡すなんてもったいないよ。そうだ、おれがゼゲルに汚される前にちょっこと……でゅふふふっ」


  魔導師の男がゲスいことを想像しながら一歩、また一歩とカレンに歩み寄る。


  「んんっーー! んんんんんんっ!!」


  カレンは必死に手足をバタつかせてどうにかしようとするがどうにもならない。

  魔道具で縛られているため、魔法が全く使えないカレンにはどう足掻いても脱出することはできない。


  それにここは地下で鍵もかかっている。

  彼女の声はどこにも誰にも届かない。


  これからゲゼルという奴隷商人の道具となる。

  さらに今、目の前にいる男に陵辱されようとしている。

  カレンが諦めようとしたそのときだった。



  ガチャガチャッ!

  ドンドンッゴンッゴンッ!



  鍵を開けようとしたりドアを無理やり開けようとする音が聞こえる。


  「おいおい、帰ってくるのが早過ぎるよ。カレンちゃんと遊んでから開けてやるからちょっくら待っていてくれよな」


  魔導師の男がひとりごとを言う。

  カレンの見張りはもう一人いたがセルフィーのもとへ、これからの指示を受けに向かったのだ。

  きっと彼が戻ってきたのだろう。

  カレンがそう思ったそのときだった。



  バッッッッーーーーーン!!



  金属製のドアが急に吹き込んだ。

  そして、薄暗い部屋に光が差し込むと外の廊下が見える。


  なんとそこには先ほど出会った少年と美少女がいた。


  「なっ、なんだお前たちは!?」


  魔導師の男はあたふたとしている。


  「カレンさん! 無事でしたか!?」


  彼は確か10歳の少年と言っていた。

  子どもらしくあどけなくて、目を合わせて話せない人見知りっぽくて、それでいて一度見せた彼の瞳は困っている私を助けようとしている優しい人の瞳だった。


  そんな彼がどうしてここに……?

  もしかして、私を助けに来てくれた……?


  「クソガキ、お前は見ちゃあいけねぇもんを見ちまった。ここでシネや! 火球ファイヤーボール!」


  魔導師の男が少年に魔法を放つ。


  「やめてぇんんんっー!!」


  カレンが声にならない叫びをあげる。

  しかし——。


  魔導師の放った炎は少年の目の前で完全にかき消される。


  よく見ると、少年を闇の衣が覆っているのだ。


  生きている……?

  なんなのだろう、あの闇は……。

  魔道具の服……?


  いや、違う。

  あれはもしかして……伝説上の……!?


  「おっ……お前何者なんだ……。一体何しやがったぁぁ!?」


  魔導師の男はびびってしまって足が震えている。

  目の前の未知の力に怯えてしまっているのだ。


  「おれの前から消え失せろ……」


  少年が右手を伸ばす。

  すると、彼の右手に闇が収縮されていって……。


  魔導師の男を複数の闇の弾丸が撃ち抜く。

  彼の身体をギリギリ避けてだ。


  「ヒィィィエェェェェッッ!!」


  男は恐怖で足が崩れてその場に座り込んでしまう。

  間違いない、彼は……あの少年は闇属性魔法使いこなしている!

  しかも、無詠唱でだ!!

  一体彼は何者なのだろう……。


  すると、少年がこちらにやってきて私を縛る魔道具を解除する。


  「カレンさん、大丈夫でしたか?」


  彼は見た目10歳の子どもだ。

  しかし、セルフィーから守ろうとしてくれたときや、私を助けて来てくれた瞬間はそうは見えない。

  今はとてもかっこいい一人の男性に見えていた。


  「う、うん。ありがとう。でも……どうして?」


  そして、私が少年にそう質問をすると次の瞬間には視界が移り変わっていたのであった——。

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