24話 追憶の果てに(1)
走馬灯のように駆け巡るおれの過去の記憶。
そこには長い間おれが忘れていたことがあった……。
◇◇◇
地球という星で短い生涯を終えたおれは再び
しかし、そこは地球とは違う星だった。
どうやらここは、魔力という不思議なものによって魔法が存在する異世界。
厨二心をくすぐるかのような世界だった。
まぁ、転生したばかりのおれの知能ではそんなことまで理解できなかったんだけどな。
おれは裕福な家庭に生まれた。
少しぽっちゃりとした見るからに金持ちの父親。
頭は少し寒そうだが心は暖かく息子のおれをとても可愛がってくれた。
そして、黒髪ロングの気品ある女性。
少し顔は
そんな二人の親の元に生まれて赤ん坊ながらもおれは日々幸せに思っていた。
おれの家は名家なのか富豪なのかわからないが多くの人が働いていた。
コックさんにメンドさん、乳母もいたし、警備の衛兵や魔法使い、医者までいた。
その中でも、父さんが慕っていた魔法使いと医者の夫婦、そしてその娘はよくおれの部屋に遊びに来ていた気がする……。
◇◇◇
「旦那さま、アベルさまは本当に可愛いですね。まるで天使のようですわ」
「ハッハッハッ。そうだろうハンナ。わしもアベルの可愛さにはゾッコンでなぁ」
ベッドで毛布にくるまれているおれの周りで、父さんと医者の女性がおれのことを話している。
「べる! べる!!」
「そうよ、セアラ。アベルさま可愛いわよね」
「うん! わーい(かわいい)」
おれより少しだけ大きい女の子が瞳をきらきらとさせておれを見つめる。
「もう、あなたったら。仕事をサボってアベルの部屋にずっといるのよ。また国王陛下に怒られてもわたしは知りませんよ」
「ええい、わかったわかった。アベルが眠ったら仕事をするわい」
母さんが父さんの怠慢を愚痴っている。
そういえば、父さんはよくおれの部屋に来ていたっけ。
「旦那さまは確か、昨日もアベルさまの寝顔が可愛いんだと言って、ずっとアベルに付きっきりだったように思いますが……」
魔法使いの男性が母さんに告げ口をする。
「いや、それはだな……。そうだ! カイル、お前もセアラが小さかったときはそうだったらしいではないか!」
「そっ、それはセアラもアベルさまのような天使の寝顔でして……」
医者の夫である魔法使いと父さんが話している。
どうやら彼も父さんと同じことをしていたようだ。
それにしても仲が良さそうだな。
「あなたったら、乳母さんに邪魔者扱いされてたんだからね」
「そっ、そうかのかいハンナ!? なんでそのときに教えてくれなかったんだよ」
「ふふっ。嘘よ」
この魔法使いと医者の夫婦とても仲が良いな。
「だが仕事をしないといけないのはその通りだな。アベルも七英雄の血を引く者。トラブルに巻き込まれぬように、わしたちが国を動かしていかないとな」
「そうね、あなた。セアラちゃんも七英雄の血を引く一人。この国を——」
大人たちの会話というのは退屈なものだ。
あぁ、また眠くなってきたな。
「わたしたちは旦那さまと奥さまに救われました。カイルとともに旦那さま、奥さま、そしてアベルさまにこれからも忠誠を誓います」
そして、おれは再び夢の世界へとダイブをするのであった。
おやすみ。
みんな……。
◇◇◇
それから月日が流れ、おれは物に掴まれば一人で立てるようになった。
うん、大きな成長だ!
やはり、何でもかんでも他人にしてもらうというのは煩わしいし、何より自尊心を損なうからな。
一人でやれることは積極的にやっていかないと……。
そうだ!!
ここでおれはあることを思いつく。
それはおれが昔から思っていたこと。
この身体を包み込む、不思議なふわふわとした何かについてだ。
ある日、おれは父さんと母さんが前世では考えられなかったような「魔法」とでも呼ぶべきモノを使っているのを見たのだ。
それは、手から炎を出したり水を出したりといったような科学では説明できない現象。
そのとき、おれは強く確信した。
きっと、このふわふわとした何かが魔法に関係しているだ!
そして、この魔力と呼ぶべきようなモノの正体さえわかればおれも魔法が使えるんだ!
根拠などなかったが、それでもおれはこの仮説に強く信じていた。
そんな好奇心に満ちあふれたおれは、頬を緩めながら自室を見渡す。
そういえば今は部屋に誰もいないな。
よし、せっかくだから試しに魔法を挑戦してみよう!
でも、どうやるんだろう……。
やる気に満ちあふれていたおれだったが、父さんたちが使っていた魔法を見よう見まねで使えるわけがない。
魔法を使うためのふわふわとした何かは感じるんだ。
何かを為すには十分過ぎるくらいの量だと思う。
そこでおれは試行錯誤してみる。
そして、周囲に感じるありったけの魔力を身体に吸収して、それを一気に放出した。
ブワォォォォンンンン!!!!
すると、おれの目の前に部屋を覆い尽くすような大きな魔法陣が描かれたのだった。
それはとてもとても綺麗な魔法陣だった。
突如として現れた、おれが作り出したであろう魔法陣。
それは
そして、どれくらいの時間が経ったのであろう。
おれはその巨大で神々しく輝く魔法陣に目が奪われていた。
すると、瞳が吸い込まれてしまいそうなその美しい魔法陣が突如として揺れた。
魔法陣の一部がグニャリとしてねじれたのである。
このとき、おれは激しい魔力の変化を肌で感じていた。
これは、明らかな異常なまでの魔力だ。
何か、大変なことが起きてしまう……。
魔法に関する知識がないおれでもそう思ってしまうような、異常なまでの魔力変動。
そして、人間界に悪魔が召喚されたのだった——。
美しく張り巡らされていた魔法陣が歪んだと思うと、その中からゆっくりと一人の男が姿を現す。
おれはその悪魔から強い魔力を感じていた。
きっと、生存本能に刺激を受けたのだろう。
今まさにおれは命の危機があると……。
とても真っ黒な悪魔。
闇にその身を包み、一対の翼で宙に浮き存在感を出している。
彼は美しかった。
人間ならば美男子とでも言うのだろうか。
そして、悪魔は無表情であり無言だった。
「……」
おれは言葉を発さない。
おれは人間の赤ん坊だからだ。
おれの命は目の前にいる悪魔が握っている。
おれと悪魔は互いに沈黙を貫き見つめ合う。
そして、均衡は破られた——。
ドアが勢いよく開いて父さんと母さんが入ってきたのだ。
「アベル!? どうしたん……だ……」
父さんはおれの目の前に浮いている悪魔を目にして言葉を失った。
「あ……あくまだと」
「そんな……なぜこんなところに」
父さんと母さんはこの状況に理解が追いついていないようだ。
悪魔は父さんたちには興味を持たず、相変わらずおれを見つめている。
「アベル! 大丈夫か!!」
父さんはおれの目の前に悪魔がいる状況を理解して叫ぶ。
すると、初めて悪魔が声を発した。
「ほう、アベルという名なのですか」
悪魔がにやりと笑う。
低い声。
そして、どこか心が安らぐ声だった。
「アベルから離れろ! おい、悪魔!!」
しかし、父さんの呼びかけに悪魔は応じない。
まるで、1ミリも聴こえていないかのような様子であった。
そして、父さんと母さんはおれを悪魔から守るために戦う道を選んだのだった。
「「
二人は一斉に悪魔に向かって水属性魔法を放った。
今にして思えば、家の中だから火属性魔法などは使わなかったのだろうか。
しかし、彼らの魔法は悪魔には届かなかった。
悪魔に向かって魔法を放ったはずが、なぜか父さんと母さんを水の刃が切り裂いていた。
気づけば二人は血を流し部屋の片隅に倒れていたのだ。
悪魔は何も動いていない。
ずっとおれを見つめているだけ。
おれはまだ赤ん坊だったが理解した。
父さんと母さんはこの悪魔に殺されたのだと。
そして、これからもおれも……。
この悪魔は禍々しい気配を漂わせている。
そして、今の攻防による騒ぎ。
部屋に魔法使いと医者の夫婦が慌てて駆けつけた。
この部屋の現状を見て彼らは恐れおののく。
目の前には悪魔、そして殺された父さんと母さん。
「こ……これは」
「アベルさま!? カイル、アベルさまが!!」
二人が悪魔の前にいるおれに気づく。
「きさまよくも……よくも旦那さまと奥さまを!!」
魔法使いは慕っている父さんと母さんを見て悪魔に激怒していた。
すると、悪魔は魔法使いたちの方へと視線を向け、静かにひと言つぶやくのであった。
「傷つけてしまったのは悪かった人間たちよ……。アベル様、今度は
悪魔はそう告げると、おれに頭を下げ、そして姿を消してしまうのであった。
部屋に残されたのはおれと魔法使いと医者、そして父さんと母さん。
「ハンナ! 急いで旦那さまと奥さまを! 」
「ええ!」
それからのことはよく覚えていない。
父さんと母さんは悪魔に殺されてしまったのか。
それとも医者によって生きながらえたのか。
だが、そんなおれでも一つだけわかることがあった。
少なくとも、おれが魔法さえ使わなければこんなことにはならなかっただろう……。
◇◇◇
それからしばらく時間が経ち、今おれは魔法使いの男に抱かれている。
「アベルさまを連れて行こう」
「何言ってるのよカイル! 正気なの?」
魔法使いと医者が口論している。
「アベルさまをこの屋敷に残したら、また悪魔がやって来るかもしれないんだぞ!」
「そうだけど……あの悪魔を召喚したのってアベルさまなのかもしれないのよ! わたしたちにはセアラもいる。確かにアベルさまはわたしたちの恩人の息子よ! だけど、だからってセアラに危険が及ぶなんて……」
「そうだけど……それでもわたしは……」
「わたしたち、ここにいるのも危険なのよ。またいつあの悪魔がやってくるかわからないのよ」
医者は涙を流し魔法使いに訴えている。
「ハリスさまの森へ行こう……。彼女ならきっと何かしてくれるはずだ」
「ええ……」
◇◇◇
彼らの口論が終わったかと思うと、おれは魔法使いの男に抱かれて森の奥へと連れてこられた。
そして、何やら神々しい人物に向かって魔法使いたちが話しかける。
「ハリスさま、そういうわけなのです。どうにかしてアベルさまを助けてくださいませんか」
魔法使いは神々しい人物に助けを乞う。
いや、あれは人間ではなく精霊なのだろう。
彼女の背中には美しい翼が生えていたのだった。
そして、その精霊は魔法使いたちの話を頷きながら聞き、彼らに答える。
「この子にわたしができることは多くない。この子の存在はとても大きく、わたしでも干渉できることは難しい……。しかし、これくらいならば……」
精霊はそう告げると、ゆっくりと手を伸ばしておれの頭に触れると、何やら魔法をかける。
すると、おれの髪の毛が黒色から暗い藍色へ、瞳は黒色から水色へと変わってゆく。
そして、少しずつ意識がぼんやりしてくるのであった。
「この見た目ならばこの子はお前たちの子どもとしても違和感はないだろう——」
「ハリスさま! それはわたしたちにアベルさまを育てろとおっしゃるのですか!?」
ハリスという精霊に医者が食いつく。
「そなたが心配していることはわかる。話は最後まで聞きなさい。この子に思考誘導をかけた。これでこの子は魔法には興味をもたないだろう。魔法さえ使わなければ良いではないか。召喚魔法を使わない召喚術師に悪魔は召喚できぬ」
「ハリスさまそれは本当ですか! それでは、これでアベルさまは——」
おれを抱いている魔法使いが喜びのあまり興奮する。
しかし——。
「だが、思考誘導は絶対ではない。何かの拍子に崩れることもある。支配ではない、あくまで誘導でしかないのだ。そして、悪魔が転移魔法を使えるのだとしたら魔界から人間界にもやってくるだろう……」
「それでも、わたしからのお願いだ。わたしにできるのはここまでだ。二人でこの子を育ててくれないだろうか」
ハリスという精霊が魔法使いと医者に頼み込む。
「それでも……わたしたちが危険なことな変わりないのではないですか! わたしはセアラに何かあったらかと思うと……」
「まま?」
医者に抱っこされていた娘が名前を呼ばれ医者に反応する。
「セアラ、アベルさまのお姉ちゃんになってくれるかい?」
「ちょっと、カイル!?」
医者に抱っこされるセアラという少女と魔法使いに抱っこされるおれの視線が合う。
そして——。
「うん! べるのお姉ちゃんになるよ」
屈託のない笑顔だった。
おれはこの瞬間にこの笑顔に惹かれたのかもしれない。
この笑顔を守りたいと。
泣かせたくはないのだと。
「そう……セアラがお姉ちゃんになるっていうのならね……」
医者が涙を流す。
「これからわたしたちは家族だ。四人で幸せになろうね。アベル」
魔法使いが初めておれをアベルと呼んだ。
「そうね。わたしたちの息子になるのだものね。もう《さま》付けはやめましょうか。よろしくねベルちゃん」
「さらはべるのお姉ちゃんなの!」
今ここにおれの新しい家族が誕生した。
カイル父さんにハンナ母さん、サラお姉ちゃん。
「ありがとう、みんな。そうだね。ティル来なさい」
「はい。何でしょうかハリスさま」
「あなたにはここにいるカイルと契約をしてもらいたいの。カイルの家族の事情のことは聞いてもいい範囲で聞いておきなさい」
「はい。ハリスさまの
ティルと呼ばれる精霊がカイル父さんと契約を結んだ。
こうして、おれたちは新たな地へと家族四人で移り住むこととなった。
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