17話 訓練初日(4)

  今日から始まったカイル父さんによる魔法の訓練。

  カイル父さんの召喚した氷属性魔法の使い手である精霊ティルの協力のもと、氷弾アイスショットという魔法を習得することに成功した。


  だが、この魔法をティルに教わったままではなくおれが勝手にアレンジをしてしまった結果、とてつもない破壊力を持つ魔法となってしまった。

  いや、おれに言い訳をさせてくれ。

  こんなはずじゃなかったんだよ。


  「アベル……もういいわ、あなたには何も言わないわ」


  草原の先にある林を襲った氷弾アイスショットを見たティルはどこか諦めた顔でおれにそう伝えてきた。


  「そっ、そっか。おれとしても氷弾アイスショットを習得できてよかったよ。あはははっ、あはははっ」


  「えぇ、そうね……って『あはははっ』じゃないわよ! あれは一体どういうことなのよ!? わたしが教えた氷弾アイスショットじゃないじゃない!!」


  やっぱりティルは怒っているようだ。

  顔つきが怖い。

  そういえば、いつもは隠れている左目も見え隠れしているな。


  「そうだよアベル。流石にあれはわたしも驚いてしまったよ。あれほどの氷属性魔法は今まで見たことがないね」


  先程までポカンと口を開けていたカイル父さんもこちらの世界に戻ってきたようでおれに話しかける。

  確かにおれ自身も今まで見てきた魔法の中で一番強力だったと思う。

  あのカイル父さんもそういうのだからあの氷弾アイスショットは相当なものだったのだろう。


  「さすがアベルね。わたしの弟なだけあるわ!」


  サラはどうやらご機嫌のようだ。

  たまに見せる自慢げな表情を浮かべている。


  「ごめんよティル。さっきはその……ティルと融合シンクロしてただろ? 一人で魔法を使うことになったら魔力不足かなと思ってアレンジしてみたんだ。きみの教えてくれた通りに撃たなくてごめんよ」


  おれは素直にティルに謝る。

  確かにティルが教えてくれた通りに魔法を撃たなかったおれが今回は悪い。


  「はぁー……アベル。これはそういう問題じゃないのよ。あなたはやっぱりおかしいわ。なんで一度も一人で使ったことのない魔法をアレンジできるのよ。天才とかいう領域を超えているわよ」


  前世は魔法のない世界だったため、おれにはこの世界の常識がよくわからないが、どうやらおれのやったことはとんでもないことらしい。


  カイル父さんも精霊のティルもそういうのだからおれはすごいんだな。

  とても気分が良くなる。

  人より優れているものがある。

  前世では経験できなかったことだ。


  やはりおれはこの世界でなら成功できる気がする。

  努力をすれば結果が出る世界。

  これこそおれが望んでいた世界だ!


  「アベル、どうやらきみはわたしの想像の遥かに上をいく子どもだったようだ。どうだい、一人で魔法を使って疲れたりしていないかい?」


  カイル父さんは絶えずおれの身体を心配してくれている。

  これは親として当たり前のことなのかもしれないがとても嬉しい。


  そういえば、言われてみて少し気だるさを感じる。

  これが魔法を使った影響なのだろうか?

  動けなくなるなどいったことはないが魔法を何回も発動すれば使えなくなりそうだ。

  闇属性魔法を使っていたときはこんな感覚になったことはないんだけどな。


  「父さん、少しだけ疲れているみたいです。闇属性魔法を使っていたときはこんなことはなかったんですけどね」


  おれは素直な感想をカイル父さんに告げる。


  「そうか、だとしたら考えられる可能性は2つだね。まずは先程アベルが放った魔法は魔力を大量に消費するということ。もしくはアベルは氷属性に対する適性がないということだ」


  「適性がなくても魔法は使えるのですか?」


  適性がなくても魔法が使える?

  それは本当なのだろうか?


  「うん。適性のあるなしに関係なく才能と努力次第でどんな魔法でも習得できるとされている。それが我々が生きている間に習得できるかはまた別の話だけどね」


  「ただし、適性がないと魔法の効力が低かったり魔力消費量が大きかったりすると言われているんだ。この適性というのはスキルが大きく影響していると言われているんだ」


  カイル父さんの話では、もしかしたらおれには氷属性魔法の適性はないのかもしれないそうだ。

  しかし、カイル父さんの話では適性がなくても魔法は覚えられるらしい。


  だとしたらこの世界に存在する全ての魔法を覚えられるのではないか?

  おれは自分のまだ見ぬ可能性にワクワクする。


  「アベルは疲れているようだし今日は終わりにしてセアラの訓練を見るかい?」


  カイル父さんがおれが疲労していると聞いて今日はもう終わりにするかと尋ねてくる。

  とんでもない!

  今日から訓練できることを楽しみにしていたのだ。

  疲れているといっても闇属性魔法を使ったときよりはということだ。

  まだまだおれは元気だからやれるぞ!


  「いえ、父さん。ぼくは大丈夫です。疲れたとほんの少しだけですから」


  「そうか……それならば予定通りに他の精霊を召喚して火属性魔法の訓練もしてみるかい?」


  そうだったな。

  氷属性魔法は一応習得できたんだし、他の属性魔法も習得したいな。

  やはり全ての魔法を覚えるのならば、まずは基本属性の魔法くらいさっさと習得しないとな。


  「はい! 火属性魔法に挑戦したいです!」


  「そうか。じゃあ準備するからちょっと待っててくれ。ティル、召喚するのを手伝ってくれないかい」


  カイル父さんはおれの意見を快く受け入れてくれた。

  どうやらティルに精霊を召喚するのを手伝ってもらうらしい。


  「わかったわカイル。だけどアベルってすごいのね。教えてもないのに念話が使えて、いきなり氷属性の中位魔法を成功させてアレンジまでするなんて。まるで七英雄のあの子みたいね。人間としては次元が違いすぎるわ」


  「ははっ、そうだろうね。だからこそわたしもハンナも最初は驚いてしまったんだよ。あれから、もう驚かないと思っていたのにまた驚かされてね……」


  今さっきティルは七英雄のあの子って言ったのか?

  彼女はもしかして七英雄に会ったことがあるのだろうか?


  確かカイル父さんの話では七英雄というのが活躍したのは約800年前だっけか……それに精霊の寿命をおれは知らない。

  もしかしたら本当に……。


  彼女が七英雄のことを知っているのなら直接話を聞きたい。


  「ねぇ、ティル! もしかしてティルは七英雄に会ったことがあるの?」


  心臓がバクバクする。

  もしかしたらおれの正体に繋がることが少しでもわかるかもしれないんだ。

  七英雄と魔王の繋がり……。


  おれはティルの返事を待つ。

  この時間がとても長く感じる。


  「アベル……あなた——」


  答えはどうなんだ?

  やはり彼女は七英雄のことを知っているのだろうか。

  もしかしたら七英雄と一緒に人間界を護るために戦ったとか?


  「わたしを何歳だと思ってるのよ! 会ったことあるわけないでしょうが!?」


  あれ、もしかしたらと思ったんだけど違ったのか。

  というか怒っているのか?


  カイル父さんの方をちらっと見るとやれやれという表情を浮かべている。

  えっと、やっぱりこれっておれが悪いんだよね。


  「ティル……その、ごめん!!」


  おれはすかさずティルに謝る。


  「はぁー、まぁいいわ。わたしは精霊の先輩に話を聞いただけよ。彼女は後に七英雄となるある少年に助けてもらったって言ってたからね」


  「その先輩の話では人間の少年とは思えないほどの力を持っていたらしいわよ。まぁ、流石に闇属性魔法は使っていなかったらしいけどね」


  「そうだったんだ。でも、精霊を助けるなんてやっぱりすごいんだね」


  「えぇ、そうね。彼女はまだ生きているからいつかあなたも会えるかもしれないわね」


  「そっか、それは会えるよう期待しておくよ」


  どうやらティルの先輩はまだ生きているらしい。

  800年も昔の話ともなると七英雄の伝説には信憑性を疑う部分もあったが確かにその時代を生きていた精霊たちが話すのならばその情報は信用できるのかもしれない。

  おれはいつかティルの先輩と話してみたいと思った。


  「じゃあ、そろそろ召喚魔法を使おうかティル」


  「えぇ、そうね」


  カイル父さんはティルにそう伝えるとティルは融合シンクロ魔法を使いカイル父さんの中に入っていった。

  そして、カイル父さんは召喚魔法を魔法陣の前で発動する。


  すると、ティルを召喚したときのように光が少しずつ現れ人間の形を作っていく。

  どうやら今回は少年の姿をした精霊のようだ。

  少年の姿をした精霊は完全に人間のようである。


  ティルは光の集合体のようで光輝いていてまさに精霊というような感じだがこの少年の姿をした精霊は違う。

 とんがった赤い髪に少し焼けた肌に少しばかりのいかつい目つき。

  完全に人間のようである。


  「よう! 久しぶりだなティルにカイルにセアラ。それに、はじめましてだ少年!」


  「久しぶりだねジャン、セアラのときはお世話になったよ」


  「ジャン、久しぶりね! 元気にしてたかしら」


  カイル父さんとサラは精霊とあいさつをしている。

  結構体育会系なのか?

  前世のおれならあまり関わりたくない人種だ。

  だが、精霊なんだしここは穏便にいかないとな。


  「どうもジャン。あなたとはあまり会いたくないのだけれど、そこの少年のアベルが火属性魔法を覚えたいっていうから仕方なくカイルとあなたを呼んだってわけよ。ちなみに彼はセアラの弟くんだから」


  どうやらティルの冷めた口調を聞く限りジャンと呼ばれる精霊とは大の仲良しという感じではないらしい。


  「ほう、よろしくなアベル! セアラの弟っていうくらいなら、ちょっとばっか期待してもいいのかな?」


  「はじめまして、ジャン。セアラ姉さんのような期待してもらっては困るけど、おれなりに頑張るからよろしくね」


  鼻で笑うかのような態度のジャンにおれは紳士に対応する。

  精霊っていうのはどいつもこいつも調子に乗っているのか?


  「ふっ、嫌味ったらしいわね」


  おれとジャンの会話を聞いていたティルがボソッとつぶやく。


  「おれはいつでも準備オッケーだぜ少年。心の準備ができたらいつでも融合シンクロしてやるぜ。ああ、融合シンクロっていうのはのだな——」


  「オッケーオッケー。おれも準備ならもうできている。だからお前のタイミングでこいよ」


  おれはジャンの態度が気に入らないのでやつの話を遮って返事をする。

  融合シンクロくらい知ってるっつーの。

  おれをなめるなよ。


  「なんだか今日のアベルはワイルドね。これはこれでなかなか……よし、ママに報告しよう」


  「セアラ、どうかしたのかい?」


  「いや、パパなんでもないのよ。なんでも——」


  サラとカイル父さんはあちらで何か話しているようだ。


  「へえー、それじゃあカイルの息子のボンボンがどれだけやるのか見せてもらおうじゃないか」


  そう言ってジャンはおれの中へと入ってきた。


  さあ、やってやろうじゃないか。




  ——10分後——




  おれは特に何事もなかったように振舞っている。

  どうやらジャンの方は興奮しているようだが……。


  「こりゃどういうこったー?? おいおいカイル、ティル、こいつは狂ってるぞ!? さっきのあれはなんだよ? おれが教えてないことやってるぞ!!!!」


  「落ち着きなさいジャン、こうなることはわかっていたわ……。あたしもさっき今のあんたみたいなことになったからね」


  ティルが大人ぶってジャンを鎮める。


  説明しよう。


  おれはジャンと融合シンクロした後にティルのときと同様にコミュニケーションを取るために念話を使った。

  この時点で驚かれたがこれはまだ序の口だ。


  ジャンがおれの身体を使って火属性魔法のレクチャーをしたのだが、どうやらこのとき使った魔法の威力が想定外だったらしい。

  まあ、これもさっき見たな。

  デジャヴだ。


  そして、今度はおれだけで魔法を使うとなったから先程と同様にアレンジを加えてみた。

  レクチャーのときは直径50センチほどの火球ファイヤーボールだったが、おれだけのときは直径30センチに調整して火球ファイヤーボールを16個おれの目の前に発動させた。


  初めての火属性魔法だから昔のサラのときのように暴走しないよう限界までは頑張らず適度な数にしたのだ。

  そういえば、このときサラたちはまたポカンとしていたな。


  もちろん、今回は出現させただけで林に撃ち込んだりはしていない。

  そこは安心して欲しい。

  そして、ジャンが興奮して今のようになっているわけだ。


  「はぁ、わかったよ。つまりこいつは規格外のやばいやつなんだな」


  「そういうこと。だから落ち着きなさい」


  どうやらティルがジャンを鎮めてくれたらしくおとなしくなった。

  これで闇属性魔法をジャンに見せたらどうなるのやら。


  とにかくケガもなく無事にカイル父さんの訓練は終わったことを伝えておこう。

  色々とおれがこの世界の常識とズレていることがわかったのも収穫だろう。

  これからおれの魔法使いとしての日々が始まるわけだ。

  よし、明日からもがんばるぞ!


  ちなみに後日の訓練で水属性魔法や風属性魔法なども習得するためにまた別の精霊たちも召喚されたが、彼らがどのようなリアクションを取ったかはここに書くまでもないだろう。

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