9話 素敵な誕生日(1)

  先週は家族会議でそれぞれみんないろいろな思いがぶつかり大変だったな。


  一つ不思議に思ったのは、ハンナ母さんと2人で話に行ったサラが笑顔で戻ってきたのだ。

  多少怒られたのかもしれないが大好きなハンナ母さんに何かしてもらったのかな?

  何か女同士の秘密の会談があったのかもしれない。


  そして、翌日からはいつも通りの日常がスタートした。

  ただし、おれとサラは遊ぶときに魔法は禁止になったけれどね。

  まぁ、これは仕方ないだろう。


  だがそれも今日までだ。


  明日になればおれは5歳になる。

  カイル父さんに魔法使いとしての資質——つまりどのようなスキルをおれが持っているのかを見てもらえることになっている。


  正直、とてもわくわくしている。

  この世界でならおれは変われる気がした。


  いや、現におれは少しずつ変わってきている。

  だからこそスキルというものもきっとおれに何かを与えてくれるだろう。


  前世でのおれはお世辞にも運動神経に恵まれてはいなかった。

  しかし、この世界での身体ではそんなことは感じない。


  勉強も地球にいた頃はできなかったが今のおれならできる気もする!

  まぁ、この世界ではどのような教育が行われているか全く知らないんだけどね。


  そして何よりおれがこの世界に来て一番幸せだと思っているのは温かい家族ができたことだ!


  以前のおれは人間関係など必要としていなかった。

  他人と馴れ合わなくとも生きていけると考えていたし、仲の良さそうな家族や友人を持つ者を見てはそんなものが幸せであるはずがないと見下していたしイラついていた。


  だが、この世界でおれは人の温もりを感じ、心が浄化された気がした。

  何気ないと思って過ごしていた毎日が色づくように輝くものになった。

  家族と何気なく話す雑談はとても幸せで笑顔で過ごせるものだった。


  人に認めてもらう。

  それが一番嬉しかった。


  おれは愛されている。

  おれは一人じゃない。


  それにおれはすごい才能を持っている。


  この世界でおれは自分自身を好きになれた。

  そして、明日からもおれは楽しい日々を過ごしていく。

  成長していく。

  そう確信していた。


  そうしていろいろなことを思い描いて夜を過ごし、気づくと眠りについていたようだ。



  そして、5歳の誕生日を迎えた——。



  ◇◇◇



  目覚めるといつもの朝と変わらない光景が広がっていた。


  おれの部屋は二階にあり、窓からは朝日が差し込んでいる。

  窓の外を見れば小鳥がいるな。


  ここは地球とは違う生態系なのだろうか?

  それはおとぎ話に出てくるかのような蒼色の小鳥だった。


  おれの5歳の誕生日だ。

  もしかしたら、幸せを運んできてくれたのかもしれない。


  おれは窓を開けて景色を眺める。

  しばらく時間が経ち、鳥は飛んでいってしまった。


  おれの目の前にはきれいな緑の草原が広がっている。

  サラと遊ぶ場所の一つであり、サラがカイル父さんと魔法の訓練をしている場所だ。


  今日からおれもあそこで訓練できるのだ。


  うちの村は家畜の飼育がメインだが、少しずつ開墾と農作物の出荷を増やしているらしい。

  人口が100人もいない小さな村だがそれほど貧しいというわけではなく地球の日本出身のおれ自身それほど生活に不満はない。


  まあ、食事の味付けやトイレ設備、ネットやテレビ、漫画もなければスマホもない。

  あれ、けっこう不満を持っているのかな?


  それでもカイル父さんやハンナ母さん、サラのいるおかげで退屈することはないし魔法の練習もしている。

  ひまな時間などない。


  これは『リア充』というやつだな。

  よし、今度サラに『リア充』という言葉も教えてあげよう。


  おれは着替えてからベッドを整理して一階のリビングに向かう。

  一階に降りると既に3人はいた。


  「アベル5歳の誕生日おめでとう!」


  サラが笑顔でこちらを向いて祝ってくれた。

  いつもとは違い優しいオーラが出ている。

  心から祝ってくれているようだ。


  正直、サラを可愛いと思ってしまった。

  いや、これはロリコンというわけではない。

  ギャップ萌えというやつだ。

  うん、そうだ。

  おれは少し顔が熱くなっている気がした。


  「アベル、きみももう5歳か。本当に……立派になった」


  カイル父さんは何か感極まったものがあったのだろうか。

  それとも5歳の節目とはそれほど大切なものなのだろうか。


  「ベルちゃんお誕生日おめでとう。あと10年したらサラちゃんと結婚できるわよ」


  ハンナ母さんは朝食を作る手を止めて微笑みながら言ってきた。


  サラと結婚だって!?


  突然の爆弾発言におれはたじろいでしまう。

  そんなこと一度も考えたことないんだけど……。


  「ちょっとママ、何言ってるのよ!?」


  サラは顔を赤らめてあたふたしている。

  やはりまだ子どもだし結婚という言葉に照れのようなものがあるのだろうか。


  そもそもこの世界では姉弟の結婚は認められているのだろうか?

 

  「サラちゃんったら照れちゃって可愛いんだから。でも、さっきサラちゃんがベルちゃんにおめでとうって言ったときベルちゃんの顔が赤くなって照れてたわよ」


  ハンナ母さんはちょっとニヤニヤとしながら言ってきた。

  さっきのギャップ萌えしていたとき見られていたのか。

  不覚だ。


  「えっ、アベル、そう……なの?」


  サラはちょっと首を傾げながら瞳をきらきらとさせおれに尋ねてきた。


  どうしたんだ!?

  今日のサラはいつもと違う。

  こんなのおれの知ってるサラじゃない。

  いつものサラなら


  「アベル、5歳になったからってお姉ちゃんの方が歳上なんだからね!」


  とか——。


  「5歳になったんだから少しは強くなりなさいよね」


  とか言ってくるはずだ。

  これは何かがおかしい!


  「てっ、照れてないんかないよ!!」


  おれは色々と考えており無意識にそう答えてしまった。


  「そっ、そうだよ……ね」


  おれの答えに対してサラのさっきまできらきらと輝いていた表情が曇り始める。

  サラはおれと目をそらしてしまった。


  「あっ、サラ……」


  「ベルちゃん、女の子を悲しませて泣かせるなんてダメよ。泣かせるなら喜ばせて泣かせなさい」


  ハンナ母さんが何か深そうな言葉で諭してくる。


  確かにおれは自分に嘘をついてサラを悲しませてしまったのかもしれない。

  これはおれが全面的に悪い。


  「サラ、ごめん。その……」


  やはり言葉にするのは抵抗がある。

  でも、ここは正直になる必要がある。


  男になれアベル!


  「その! サラが可愛いと思ったんだ。いつもはガサツでイジが悪いけど、今日は優しくて、とても可愛いと思った!」


  おれはさっき思ったことをしっかりとサラに伝えた。

  自分で言っていて恥ずかしい。

  こんなこと女の子に言うのは初めてなのだ。

  でも、しっかりと伝えたいと思った。


  もうおれはロリコンでもいい。

  女の子を悲しませる男よりは全然マシだ。


  「ひゅー、朝から暑いわね。パパに氷の精霊を呼んでもらわないとかしらね。」


  「全く、朝から何をやっているんだか」


  「あらあら、誕生日なんだからたまにはいいじゃない」


  ハンナ母さんとカイル父さんが仲良く話している。

  それにしてもカイル父さんはおれとサラが結婚するという流れについて何も思うことがないのだろうか?


  サラの方を見るとぷるぷると震えて下を向いていた。

  そして——。


  「アベル、いい度胸してるじゃない! わたしがガサツでイジが悪いですって? 覚悟しておきなさい、ぼっこぼっこにしてあげるんだから!!」


  サラはどうやらおれの言葉の最初の部分にお怒りになったらしい。

  しかし、その顔は少し笑っているように思えた。


  はぁー。

  やっぱりおれとサラはこういう関係なのかな。

  でも、とても安心するし何より楽しいんだよな。

  今日は素敵な5歳の誕生日になりそうだ。


  「朝ごはんはもうすぐできるからちょっと待っててね」


  ハンナ母さんはスープを作りながら話す。


  「ちなみにわたしはアベルさえいいのなら二人の結婚に反対はしないからな」


  突然、「今日の夕食は残り物でもいいからな」くらいの感覚で表情を変えずにカイル父さんは言った。


  そして、カイル父さんとサラの視線がおれに向く。

 おれとサラは父さんが何を言っているのか理解できずにいた。

  母さんはこっちを見てニヤニヤと笑っている。


  あぁ、今日は素敵な5歳の誕生日になりそうだ。

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