4話 闇使いの少年(2)

  おれはサラといつものように遊ぶことにした。


  だが勘違いしないで欲しい。

  これは「遊び」という名の強制的な訓練なのだ。


  この遊びは、おれたち5.6歳児のものとしては異様とも思える魔法戦闘訓練なのだ。

  殺傷能力のある魔法であるがゆえ、おそらく魔法の存在するこの世界の子どもたちでもしない、いやそもそもできない遊びだろう。


  ただ今日の遊びはいつもと違った。


  なんとサラがハンナ母さんの目の前でおれに火属性魔法の火球ファイヤーボールを使ってきたのだ。

  そして、おれはいつものように闇の結界を張り彼女の魔法を受けきった。


  だが、ハンナ母さんは案の定おれたちの魔法戦を目の当たりにして平常を保っていられなかった。


  サラがおれに向かって魔法を放った瞬間に悲鳴をあげ、おれがそれを防いだのをみると震え出したのだ。


  「嘘でしょ……そんなまさか……」


  ハンナ母さんは驚きのあまり言葉がたどたどしかった。


  「ママ、見てくれた? どうだった?」


  サラはハンナ母さんに話しかけている。

  その無邪気で屈託のない笑顔を向けられて母さんは我に返る。


  「アベル……どうして……」


  ハンナ母さんの声はいつもとは違い抑揚がなかった。

  目は笑っていない。

  その冷酷な瞳の奥にあるハンナ母さんの感情をおれはこのとき理解することはできなかった。


  「二人とも家に入っていなさい。わたしはお父さんを呼んできます」


  ハンナ母さんはそう告げると馬小屋に向かって言った。

  ここでサラは気づく。

  褒めてはもらえないのだと。

  そして、ハンナ母さんは激怒していると。


  「ねぇアベル。わたし、もしかして怒られちゃうのかな」


  サラは涙目になりながらおれに訪ねてくる。

  正直なところなぜ怒られないと思ったのかおれにはわからなかったがここでそれを言ってもサラを悲しませるだけだろう。


  「まだそうと決まったわけじゃないよ。とりあえず母さんの言うことを聞こう」


  おれはサラの手を握って一緒に家の中に向かった。


  ハンナ母さんの様子は明らかにおかしかった。

  確かに娘が人に向かって殺傷能力のある魔法を撃ったら怒るだろう。

  だがあの反応はそうではないような気がする。


  家に入り一階のリビングルームのテーブルにおれらは着く。

  サラはおれの隣で座って下を向いている。


  よほど落ち込んでいるのだろう。

  よし、おれも一緒に謝ってやるか。


  ハンナ母さんが家に帰ってくるまで暇だな。

  おれは家の中を見回す。


  おれたちの家は前世の日本の家とは違いとても広い木造の家だった。

  リビングルーム以外にはそれぞれの自室にダイニングルームにバスルーム、寝室やトイレだけでなく地下室もある。


  これだけ大きな家なのにメイドさんや家政婦さんがいないことにおれは驚いた。

  もしかしたら、この世界では一般的ではないのかもしれないな。


  それにしても、この世界は文明は少なくとも前世の中世ほどだろうか?

  今までみてきた服装やアクセサリーなどの装飾品から少ない前世の知識と照らし合わせてみる。


  しかし、それにしては石で作られている建物などを見かけない。

  おれの暮らす村の建物は全部木造である。

  まあ、おれの暮らしている村以外ではもっと進んだ文明があるのかもしれないけどな。


  隣に座っていたサラがおれに話しかけてくる。


  「アベル、どうしたらパパとママに嫌われないのかな。わたし嫌だよ」


  涙声になりながらサラはそう語った。

  なるほど、サラは大好きな両親に嫌われてしまうことを怖れているのか。


  ここでおれはふと前世の記憶を思い出した。

  そうだ、おれは小学生に上がってすぐに両親を亡くしたんだ。


  おれも両親のことが大好きだった。

  本当に大好きだったんだ。

  そしてそれからおれは……。


  「二人ともサラのことは大好きだよ。だから心配しなくても大丈夫だよ。ぼくと一緒に謝ろう」


  「ゔん……」


  おれは泣きながら落ち込んでいるサラを慰めることしかできない。


  そうしてどれくらい時間が経ったのだろう。

  30分から1時間ほどだろうか。


  ヒヒーンという馬の鳴き声と馬の足音が聞こえてきた。

  それからしばらくして玄関の扉が開いた。


  玄関の扉を開ければすぐにおれたちのいるリビングルームだ。

  扉を開けた父さんと後ろにハンナ母さんがいる。

  おれとサラは玄関の方を見る。


  父さんはとても険しい表情をしていた。

  いつもは笑って家族に接してくれる優しい父親であり夫である。


  父さんの名前はカイル=ローレン。

  カイル父さんは細身だが体つきはしっかりとしている。


  髪は紫色でおかっぱのようなのが特徴だ。

  そして眼鏡をしている。


  個人的には運動もできるインテリの人格者。

  それがおれのカイル父さんへの評価だ。


  カイル父さんは険しい表情でおれたちを見つめている。

  いつも優しい人がこうなると本気で怖い。

  隣にサラは少し震えている。


  カイル父さんとハンナ母さんはおれたちの向かい側に座る。

  テーブルを挟んで向かい側にカイル父さんとハンナ母さん、おれの隣にはサラという形だ。


  「さっき母さんからきみたちのしたことを聞いて帰ってきた。正直に父さんに話して欲しい」

 

  「セアラ、きみは弟であるアベルに魔法を使った。そして、アベルはそれを魔法で防いだ。これは本当なのかい?」


  カイル父さんの話し方はいつもと違いとても圧を感じる。

  まずは事実を聞きたいのだろう。


  サラの方を見ると再び泣き出していて下を向き俯いている。

  おれは今のサラには答えられないと感じ答えた。


  「間違いはありません父さん。サラはぼくに魔法を放ちました。しかし、今まで黙っていましたがぼくはサラの魔法を止められる力があります」


  「それをぼくもサラも知っていました。だから人に向かって魔法を撃ったとサラを責めないでください。危険なことはしていません」


  おれはカイル父さんにサラは悪くないと伝えた。

  サラの行為は問題がないのだと。


  「本当だったのか……」


  カイル父さんは自分に言い聞かせるように言った。


  「ハンナ頼む」


  「わかったわ。セアラあなたはお母さんの部屋に来なさい」


  どうやらカイル父さんとハンナ母さんは家に来る前に何か打ち合わせをしていたらしい。

  そして、おれとサラを別々にするらしい。

  何を話すのか、いや何をするのだろうか。


  「セアラはやく来なさい」


  「パパ、ママごめんなさい……ゔぐっ」


  サラは泣きながら謝っている。

  とても動けそうにないと判断したおれはさっきのサラとの会話を思い出す。

  そして——。


  「父さん、母さんニ人は何があってもサラのことを嫌いになったりしませんよね。二人はサラのこと、これからもずっとずっと大好きですよね」


  おれは二人に尋ねる。

  サラの不安を取り除くために。


  今回の件があったとしても、カイル父さんやハンナ母さんがサラを嫌うはずがないとおれ信じていた。


  もちろん、教育の一環として怒りはするし、しつけとして何かしらのペナルティはあるのかもしれない。


  しかし、それにより二人がサラを見限ることはないとおれは踏んでいる。


  二人は驚いた顔をしている。

  もしかして、まだ5歳になる前の息子にこんなことを言われたからだろうか。


  いち早くハンナ母さんが答えた。


  「もちろんよ。わたしたちはサラのことを愛しているわ。もちろんアベル、あなたのこともね」


  「何を言い出すかと思えば……当たり前だろう。わたしたちはきみたち二人のことが大好きだよ。絶対に嫌いになんかなるものか」


  二人のこの言葉を聞きサラは泣くのをやめた。

  そして泣き崩れた顔で二人を見る。


  「ほんとに?」


  「もちろんよ! サラちゃん、あなたはパパとママがサラちゃんのことを嫌いなっちゃうかもしれないって思ってたのね……」

 

  「心配かけちゃってごめんなさいね。絶対にそんなことはないから、だからママと一緒に二階の部屋に来てくれるかしら?」


  ハンナ母さんはさっきまでと違いいつもの優しい話し方でサラを抱きしめて背中をさすりながら話す。


  「うん!わかった」


  もうサラの顔には不安など微塵も感じられない、いつもの笑顔がそこにはあった。


  サラとハンナ母さんが二人で二階へ行き、リビングにはおれとカイル父さんだけが残された。

  さて、これからどんな話になるのだろうか。


  「アベル、一体きみは何者なんだ? これで4歳なんて、全く人生何度目なのやら……」


  カイル父さんは少し笑いながらつぶやいた。

  そして、一瞬ビクッと身体が震えた。

  ごめんなさい、自分人生二度目なんです。


  「さて、では本題に入ろう。アベルの魔法についてだ。いいかい……?」


  カイル父さんは遂に話を切り出してきた。


  「えぇ、全てお話します」


  これから一体どんな話がされるのだろう。

  少しの不安と少しの好奇心が入り混じりながらおれは構えたのだった。

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