2話 二人だけのひみつ(1)
異世界でアベルとして生まれ変わってからおれの心は大きく変わった気がする。
性格は明るくなったし、毎日が楽しくなったのだ。
その理由の一つとして魔法のおかげというのがあるのかもしれない。
前世でおれはとても身体が弱かった。
運動は苦手だったし好きでもなかった。
そんなおれが転生したこの世界で物心がついたときには、この世界に存在する魔力を感じて操ることができた。
最初は理解ができなかったけれどおれは確信した。
この魔力を使えればきっと魔法が使える!
何を言っているのか理解不能だと思うが感覚でそう感じたのだ。
そして、これは前世の世界では誰もできなかったことなのだ。
自分に魔法が使えたのならそれはきっとすごいことなのだと幼いながら単純な考えで試行錯誤をした。
しかし、おれは実際に魔法を使うことはなかった。
魔力を利用してみて、感覚的にわかることがあった。
それは魔法が使えそうではあるのだが、決して魔法は使ってはいけないというものであった。
どうしてそのように自分自身で制御をかけてしまうのかまではわからない。
ただ、未知の力を使うのは怖いというのはあった。
この世界でのおれの父さんは魔法使いだ。
何度も魔法を使っているところを見せてもらったがおれは父さんほど魔力を制御できる自信がない。
やはり魔法を使うのはもっと大きくなるまで待とう。
そう決めたのだ。
そしておれが4歳になった頃の話だ。
姉のサラが6歳になり父さんに魔法使いとしての素質を見てもらったそうだ。
魔法使いとはこの世界に存在する資格の一つらしい。
さらに、魔法使いにも色々な種類があるようだ。
普通の子どもは10歳になると各領地にある魔術協会に行き、魔法使いとしての素質を見てもらうそうだ。
しかし、おれたちの父さん——カイル=ローレンは有名な『精霊術師』と呼ばれる魔法使いらしく、特別な魔道具を持っており、それを使うことでわざわざ魔術協会に出向かなくても魔法使いとしての素質を調べてくれるようだ。
そして、サラは人口の1%にも満たない素晴らしい才能を持っていることがわかった。
彼女は両親に持ち上げられて得意げになっていた。
一般的に魔法使いの素質がある者は12歳になると中等魔術学校に通う資格がある。
そして、15歳で卒業して就職することもできるし高等魔術学校に通うこともできる。
うちの両親は父さんは精霊術師でハンナ母さんは治癒術師だ。
二人とも高等魔術学校を出ているそうだ。
両親が大好きなサラは自分も高等魔術学校を卒業して、一流の魔法使いになるという夢を持っているそうだ。
そんなサラの夢を応援するために父さんは仕事のない日にはサラに魔法を教えることにしたようだ。
一種の英才教育なのだろうか。
そしてサラは数ヶ月で中等魔術学校2年生クラスの資質を持った魔法使いとなったのだ。
サラは父さんに魔法を使う際の注意を受けていたはずだ。
『他人に向けて魔法を放ってはいけない。パパかママが近くにいないときは魔法を放ってはいけない』
そう、おれの目の前でも確かに彼女は父さんに注意されていた。
しかし、お調子者でおれに良いところを見せたいサラは隠れておれに魔法を見せてきた。
サラと二人で遊んでいたある日、家から少し離れた森へとやってきた。
そこでサラは目を輝かせて話し出したのであった。
◇◇◇
「ねえアベル。わたしの
なんだがすごい褒めて欲しそうな言い方だな。
ここは素直に褒めれば喜んでくれるかな。
おれ自身サラのことは大好きだ。
仲良くしたいと思っているし、一緒に笑っている時間はとても幸せを感じている。
サラは人生で初めてできた友だちのようなものなのだ。
だからこそどう接していいかわからないときもある。
褒めるのはなんだかご機嫌とりみたいな感じになってないかな。
そんなことを考えつつ、おれは素直に彼女を褒めてあげる。
「うん。やっぱりサラお姉ちゃんはすごいよ。ぼくの自慢のお姉ちゃんだよ!」
「ほ、ほんとに? ふふっ」
おれの心配など無用だったことを示すかのようにサラはとても嬉しそうにしてくれている。
おれとしても喜ばしいことだ。
ちなみにサラはおれが話すときに一人称は《ぼく》と使わないと怒るのだ。
《おれ》というのは可愛げがないらしい。
全く困った姉である。
それにサラと呼び捨てにすると怒るので《お姉ちゃん》と敬称を付けている。
全くわがままな姉である。
「えっへん。そんなすごいお姉ちゃんの魔法をアベルには特別に間近で見せてあげるわ。よく見ておきなさいよ!」
あれあれサラお姉さん。
なんだかまずい方向へと向かっている気がするのですが……。
「お父さんとお母さんが近くにいないときは魔法を使っちゃいけないんだよ」
「うるさいわね。ちょっとくらいバレなければいいのよ。それにわたしは天才魔法使いなんだからね」
サラはおれの言うことを聞かずに魔力を操作しているのだろう。
両手を前に突き出して集中している。
するとサラの両手の前で火の玉ができてメラメラと燃え始める。
やっぱりおれには止められなかったか……。
「ほ、ほらどうよ。なんてことないわ」
「そ、そうだね。サラはすごいよ。だからもうやめようよ。ぼく怖いよ」
サラは何気なく魔法を使っているつもりだろうがまだ父さんと魔法の訓練を始めて間もない。
物心ついたときから魔力を制御しているおれからすれば危なくって見てられない。
おれは早くサラの身勝手な行動を止めようと努力する。
それにこんなことがバレたら父さんたちに怒られてしまう。
おれが怖いのは本当だ。
「なに言ってるのよ。これはまだ練習よ。小さいじゃない。高等魔術学校レベルはもっと大きいんだから」
サラはそう言って炎を大きくしていく。
ボワッと大きな音を立てて炎が一瞬目の前に広がった。
この魔力の量は明らかにサラがまだ制御できるレベルじゃない。
すぐにやめさせないとサラが危ない!
「サラお姉ちゃん。危険だからもう止めてよ」
「わ……わかってるわよ。ぐぐっ……」
どうやらサラ自身も魔法を止めたいようだがいつも以上の大きさなだけに止める際に暴走しないかが怖いのだろう。
見た感じ直径50〜60センチほどもある。
ゆっくりでいい、少しずつ魔力を制御して——。
「も……もう無理……」
それは突然の出来事だった。
サラの両手の前にあった炎の塊は暴走してサラの手を離れた。
ここは森の中である。
あの火力の炎が木々に直撃したら大規模な火事となるだろう。
しかし、幸か不幸か……。
サラの手から離れた炎の塊——
なんとそれは、ものすごい速度でおれの方へ向かってきたのだ——。
おれはここで死ぬのだろうか……?
迫り来る炎がスローモーションのようにゆっくりと近づいて来るように感じる。
おれは恐怖で動くことができない。
足は固まり、顔は引きつり声も出ない。
ただゆっくりと「死」が近づいてくることを感じていた。
サラを見れば、初めてみる絶望した彼女の顔がそこにはあった。
そしておれは次の瞬間、炎に包まれたのだった。
目の前が真っ赤に染まる。
最後に見たサラの顔はこの事態を理解し、恐怖で引きつった顔だった。
そんな顔を見せないでくれよ……。
「アベルーー!!」
サラの悲鳴が森に響き渡る。
その声はそう、とても響いたのであった。
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