第一章

1話 闇使いの少年(1)

  5歳になる少し前からだったと思う。

  自分は周りの人間たちとは違うのだと自覚をしたのは——。


  おれには前世と呼ぶべきなのか、地球で人間として暮らしていた記憶がぼんやりとある。

  はじめはこの記憶が一体なんなのか理解できなかった。


  しかし、この世界で成長するにつれて知能が発達していくことでおれは理解した。

  きっとこれはおれの前世なのだと。


  確証なんてなかった。

  しかし、不遇な運命の元に生まれ、そして死んでいった少年の記憶を引き継いで持っていることに何か特別な意味を感じた気がしたんだ。


  まあ、おれが読んでいた漫画やラノベの展開だと、美人でナイスバディのエロエロの女神さまが現れて、


  「あなたは選ばれし英雄です」


  とか——。


  「あなたを勇者として召喚しました」


  みたいなことをおれに告げて、めちゃくちゃチート級のステータスやスキルなんかをくれるはずなんだけど、そんなことは何一つなかった。


  そして、成長するにつれ前世の記憶から今の自分と比べてしまうことが増えた。


  おれは今の人生がどれほど恵まれているかを感じながら満ち足りた日々を送っていた。


  言い過ぎかもしれないがこの日々を守るためならばおれはどんな手を使おうと、どんな犠牲を払おうと構わないと思うほどにだ。


  そんなおれの、この世界での起きてきた出来事をこれから書いていこうと思う。



 ◇◇◇



  おれはこの世界で物心がついた頃、誰もがおれのように今の自分とは違う記憶があるものだと思っていた。


  そんな5歳の誕生日をもうすぐに控えたある日、おれは家の中でぼんやりと前世について考えていた。


  「ねえ、サラは昔も女の子だったの? それとも男の子だったの?」


  ふとおれは姉のサラに尋ねてみた。


  「アベル、あなた何をわけわからないことを言ってるのよ? 私は生まれたときから女の子よ!」


  おれの名前はアベル=ローレン。

  それがこの世界での名前だ。


  姉のサラはおれを小馬鹿にしたように言い張る。

  おれの伝えたいことはどうやら伝わっていないようだ。


  この女の子は今のおれの姉のサラ。

  おれの2歳上でいつもおれにマウントを取ってくるしイジメてくる。

  まあ、前世と合わせて20年近く生きているおれからすればこんなの可愛らしいものなんだけどな。


  サラはとても綺麗な藍色あいいろのショートカットヘアーで顔立ちは整っている。

  将来は可愛い童顔の女の子で小悪魔系に……。

  いや、彼女の性格を考えればそんな生易なまやさしいものじゃないな。


  きっと、持ち前の強い気質と才気あふれる魔法で男を尻に敷くのだろう。

  ちなみにおれの髪の色も藍色だがサラより少し黒みがかっている。


  「それとも何よ。わたしが男の子だって言いたいのかしら?」


  なんか勘違いされてしまっている。

  そして嫌な予感がする。


  これはいつものパターンなのではないか?

  そんなことをおれは思っていた。


  「いいわアベル、今日も私が訓練してあげるわね。覚悟しなさい」


  はぁ。

  やっぱりか。


  おれは予想通りの展開に、心の中でため息を洩らす。

  『それじゃ、今日もこのおてんば娘をかまってあげるか』——と心の中でつぶやき、おれは腕を掴まれて外の庭に連れて行かれた。




 ◇◇◇




  外では母さんが洗濯物を干していた。

  母さんは外に出てきたおれたちに気づく。


  「あら、サラちゃんとベルちゃん。お庭で遊ぶのかしら?」


  「うんママ! アベルと遊んであげるのよ」


  サラは得意げに母さんに話す。

  いやいや、母さん遊んであげるのはおれの方ですよ!


  「そうなの。ベルちゃんいつもサラと遊んでくれてありがとうね」


  母さんはおれに微笑ほほえみながら感謝の言葉を伝える。

  やっぱり母さんにはおれの方がサラと遊んであげてるように見えるらしい。

  心の中でちょっとドヤるおれ。


  母さんの名前はハンナ=ローレン。

  ハンナ母さんはおれたちのことをサラちゃん、ベルちゃんと呼ぶ。


  また、姉の名前はセアラ=ローレンである。

  おれは小さい頃にサラの名前であるセアラが言えなくてサラと呼んでいたらしい。

  そして、サラも小さい頃におれの名前であるアベルが言えなくてベルと呼んでいたそうだ。


  今ではサラはおれのことをアベルと呼ぶが、おれは今だに本名のセアラではなくサラと呼んでいる。

  セアラと話せるようになった今もサラと呼ぶのは、本人がサラと呼ばれるのを気に入っているからである。


  「ちょっとママ! わたしがアベルと遊んであげてるんだからね」


  サラはちょっと不機嫌になりおれの腕を握る力が強くなる。


  痛い痛いっ!!


  これって絶対6歳の女の子の力じゃないって!?


  「はいはいごめんなさいね。サラちゃん、ベルちゃんといつも遊んでくれてありがとうね」


  ハンナ母さんはこちらに近づいてしゃがみサラの頭を優しく撫でながらサラを褒めた。


  「えへへっ」とにっこりと笑うサラはとても可愛らしかった。

  サラはハンナ母さんのことが大好きなのだ。

  もちろんおれもハンナ母さんが大好きだ。


  ハンナ母さんの方を見ると目が合って微笑みかけてくれた。

  サラと同じ藍色の美しい髪だ。

  サラとは違い髪は長くさらさらと流れるように揺れる。

  それに美人で優しくてスタイルが良い。

  さらに若い!

  きっと20代前半といったところだろう。


  正直なところハンナ母さんに見つめられて微笑みかけられるだけでドキドキしてしまう。

  中身が青年で前世では女性との付き合いなどなかったのだからこればかりは仕方ないだろう。


  サラは生意気なお子さまだしおれはロリコンじゃない。

  うん、身近に魅力的な女性がいるのだ。

  仕方のないことなのだ。

  この世界では血が繋がっているだけに複雑な気持ちになるんだがな。


  「ママはこれから家の中でお昼ご飯の支度をするからね。二人とも気をつけて遊ぶのよ。」


  「えー、ママ。わたしたちのことをみててよ」


  「もうサラちゃんったら、しょうがないわね。わかったわ。少しだけね」


  「やったー。ママありがとう! 大好き」


  サラはハンナ母さんに一緒にいてくれるように頼み渋々しぶしぶオッケーをもらった。

  掴んでいたおれの腕を離しハンナ母さんにぎゅっと抱きつく。


  「それでサラちゃんはベルちゃんと何をして遊ぶの?」


  「えーとね。アベルを鍛えてあげるの! アベルったら男の子のくせに弱っちいんだもの」


  「ふふふっ、そうね。ベルちゃんには強くなってもらってサラちゃんを守ってもらわないとだもんね」


  ハンナ母さんがサラにウインクをする。


  「ちょっとママ! そっ、そんなんじゃないっば! たっ、確かにアベルには……その……守ってほし……かもだけど……」


  何かサラとハンナ母さんが話してるが、サラが話す最後の方の言葉はもごもごしていて聞こえなかった。

  いつもの仕返しにちょっとサラをからかってみるか。


  「ふーん、サラはおれに守ってもらいたいの?」


  ちょっと生意気なお子ちゃまをからかってみた。

  前世で友だちがいなかったおれにはサラは本音で遠慮なく話せる相手なのだ。


  ハンナ母さんにしがみついてたサラがこっちを振り向く。

  頬を赤らめてムスッとしている。


  「そっ、そんなわけないでしょ! アベルのくせに生意気なのよ」


  この罵倒ばとう

  ああ、いつものサラだ。


  「いいわアベル。それじゃあ私が遊んであげるわね」


  「はい、お願いします。セアラお姉さま」


  おれはあえてサラを本名で呼んでにやりと笑った。

  軽くお辞儀をしてだ。


  サラは右手に魔力を溜めはじめる。

  その様子をみていたハンナ母さんがサラに異変を感じたのか声をかける。


  「ちょっと、セアラ! あなた何してるの!?」


  しかし、大好きなハンナ母さんの呼びかけでもサラは止まらない。


  「いい態度じゃないアベル。いくわよ、火球ファイヤーボール


  怒ったサラが怒りに任せ火属性の魔法をおれに向かって放った。

  直径50センチほどの炎の球がすごいスピードで迫ってくる。


  「アベル!!!!」


  突然おれに対して魔法が放たれたことに驚いたハンナ母さんが叫ぶ。


  もともとおれとサラは近い距離にいた。

  満5歳のこの身体で猛スピードで迫り来る火球ファイヤーボールかわすことはできないだろう。


  意識で確認できたのはどれくらいだろう。

  たぶん一秒もなかったと思う。

  熱気に包まれた風が襲いそして真っ赤に燃えあがる炎がおれに迫り来る。


  サラは6歳にして魔法使いとしての才能を発揮していた。

 父さんもハンナ母さんもおれも、そしてサラ自身もそのことをわかっている。


  サラはよく自慢していた。

  私は天才魔法使いなのだと。

  なんでもこの世界に1%と存在しない体質を持って生まれたのだと。


  この状況を見たほとんどの者はアベルは死ぬと思うだろう。

  そして、ハンナ母さんと同じような反応をするはずだ。


  至近距離しきんきょりから高速の魔法を放たれ、死にゆく子どもを見つめることしか、そしてただ叫ぶことしかできない。

  そう思うはずだ。



  この場にいるおれとサラを除いては……。



  サラの放った火球ファイヤーボールはおれに当たる瞬間、突如とつじょおれの目の前に現れた闇の壁にはばまれ、そして跡形もなく消滅した。


  辺りは静まり返る。

  何事もなかったように立ち尽くすおれ。

  この事実が気に入らないサラ。

  そして、何かにおびえるように震えるハンナ母さんの姿がそこにはあった。


  サラは知っていた。

  おれは天才のサラの魔法すら受け付けない結界のような魔法が使えることを……。


  おれは初めてサラ以外の前で魔法を使った。

  おれは今でも思うことがある。

  この日の出来事があったからこそ、今のおれがいるのかもしれないと——。

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