第2話

◆◆IDA テラス◆◆


「概要は聞いているよ。なんとも奇異なことだね」

IDA校舎内、そのテラスでジェイドとスミレは学園治安機構IDEA、そのリーダーであるイスカと会っていた。

彼女が来ている白制服はIDEAのメンバーの証であり、そして、それはセオドア・レインズも生前着ていた物でもある。

「ゲームをプレイしていたら、いつの間にか知らない所で、死んだ人に出会うとはね」

セオドアは彼らの仲間でもあったのだ。相談する相手としてこれ以上の者はいないだろう。

「それにしても…ゲーム中にいつの間にか仮想空間でなく、現実世界にいたという事は、夢意識による仮想空間の誤認か、とんでもない魔力による転移とみていいだろうね」

「夢意識との関係も気になるところだから、とりあえず判定してくれる人を呼んであるよ。もう来る頃合いだ」

そうイスカが言った瞬間、ジェイド達の元に一人の少年が近づいている。

「何だ、ジェイドか。何やらとんでもない魔力が関係しているかと聞いてきてみたのに」

「セヴェンか?お前が判定するのか?」

そうだよ。と言って彼は準備をすすめる。

ジェイドも彼の事は知っている。エルジオンでも珍しい、この時代にシャーマンとしての力を残した少年だ。

普段は授業も受けず、学園に顔を出すことも殆どない彼の姿を校舎内で見かける事は珍しい。

彼と共にある風の精霊、その力を借りてジェイドにかけられた魔法の残滓が無いか確認する。

「うん、多分…だけど魔力の痕跡を感じるね」

「多分とは何だ。もっとはっきり分かる方法はないのか」

例えば魔力の痕跡があれば赤く光るだとか、と言ってセヴェンの鑑定に要求をする。

「ジェイド…人をリトマス試験紙か信号機扱いしないでよ。」

「そもそも馬鹿みたいにこんな強い魔力に当てられながらで…」

「(それも二つも―)」

ジェイド達に聞き取られない位の声で、セヴェンがつぶやく。

シャーマンとして、見逃せない力が、ジェイド以外にもう一つあることに彼は気づいていたのだ。

が、それを伝えることなくセヴェンは去っていった。彼もあまり人と余計な付き合いをしないタイプの人間である。

………

……

…「ひとまずジェイド、君と因縁浅からぬ事象が関係していそうだね」

「セヴェンの判別を信じるなら、夢意識の方とは違う事になるのだろうけど…君はどうするんだい?」

イスカの問いに、ジェイドが少しの間考える。

「そうだな、とりあえずもう一度、LOMの中からセオドアを見かけた所に行ってみるか」

ひとまずの方針を決めたジェイドが答えた。イスカもそれに納得しているようで頷いた。

彼らが逃げるとき、滅茶苦茶に走ってきた。だから廃道ルート99からでは、場所が全く特定できないのだ。

ただその前に、ジェイドは付け加えた。

「一人、話を通しておきたい奴がいる。」

花の墨の魔力が関わっているというのなら、声をかけるべき奴がいると言ってジェイドはIDAの校舎から出て行く。

一方で彼らの話の一部始終を聞いていた存在に、その場にいたことに誰もが気付かないままだった。



◆◆エルジオン ガンマ区画◆◆


―――というわけだ。

ジェイドが事の顛末を話し、少女に協力を仰ぐ。

クギの花に捧げられし始祖の少女、ソフィア。花の墨の根源でもある。

「話は分かったわ。私にも関わりあることかもしれない。けど…駄目よ。」

「何故だ?花の墨が関わっている可能性は高いんだぞ。」

普段花の墨の事なら、一も二も無く飛び込んでくる彼女の事だ。

二つ返事で付いてくると思っていたジェイドの考えがあっさりと否定された。

「だって…だって…」

息を呑んで、ソフィアが告げる。

「だって私、IDAの関係者じゃないものっ!」

…盲点だった。いや少し考えればすぐ分かることだったが。

LOMをプレイできるのはIDAの学生やその周辺で働く人々だけである。

「私だって興味はあるのよ、あのゲーム!でも!でも!」

こいつがゲームに興味を持つのは意外だが、今はそんな話ではない。

確かに困った。ゲームをするためにはIDA関係者のIDがいる。だからと言って今日いきなり生徒になるとかは無理な話だ。

かつてアルドはアッサリと生徒になってしまったが、それは学園の生き字引の対応と彼がゲストとして学園にいた時の素行履歴によるものである。

「ああもう!こうなったらボランティアでもいいから、どこか関係者として雇ってくれる所はないの?!」

(猪突猛進なこいつの事だ、仮にゲストとしてIDAに招いていたら、アルドとは真逆の評価を受けていただろうな)

息を撒くソフィアに対し、失礼なことをジェイドが考えていた時。

「それなら自治寮の管理人の職に就いてもらうというのはどうかね?」

唐突に現れた男が、ジェイド達に提案した。

IDEAの重点的なメンバーで、自身をかつて地上にあった王国の末裔と憚ることなく表する男、クロードである。

「クロード!?なぜここに?いや、何で管理人?」

「イスカから話は聞いていてね。私にも協力できそうなことは無いかと思い、君らを探していたのさ。」

「管理人?」

「ああ、格式と伝統ある我らが自治寮には今、人手不足なのだよ。」

いや、違う。

格式と伝統ある自治寮。その実態はジェイドも良く知っている。

(人手不足とはよく言う。自治寮の雀の涙よりも少ない経費では、まともな額で雇える管理人なんていやしないだけだろ…)

「私にとっても、思春期の少年少女たちの相手が出来れば、この墨で物語を記すために都合がいい。受けてもいい話ね」

「残念ながら、働きに対して充分な報酬を約束できないが。しかし金銭に拘りはないのだろう?」

…やっぱり、金が要らないという一言に食いついたに違いない。

要するに自治寮と言えば聞こえはいいが…おんぼろである。そういう意味でも管理人は必要だが、無い袖は振れないのだ。

「おい、タダでこき使える都合のいい人材、とか思ってないよな?」

他人のために、代価もなく無料でランチを振舞ってくれるやつがいるかもしれない、なんてことはまず無いのだ。

「そんな事はない。」

「「知り合い」から、彼女は博学で学徒にとってはその話を聞けるだけでも大変な僥倖と聞いている」

「地上がまだ汚染されていないころの植物にも詳しいと聞いている。もし私が新たに王国を地上に創造するにあたって、彼女の親交を深めることが出来ると大変有難い事なのだ」

「近くで話を聞ける場所にいてくれれば、それだけで助かるのだよ」

筋は通っている。腹立たしい位に。

というか、その「知り合い」とやら、こいつの事をやけに過大評価していないか?ソフィアの狂信者か何かなのか?

まあいい、渡りに船だ。自治寮の、あの寮の管理人の仕事は、きっとソフィアが想像している以上にきついだろうが当人が良いというなら仕方ない。

ソフィアの承諾を得て、クロードは申請用紙をあっという間に用意した。

限りなく黒に近い、灰色の手段かもしれないが、なんとかなりそうである。



◆◆LOM◆◆


準備も整い、さっそくLOMに入り行動に移す。

しかしゲーム世界に入ってすぐ、ジェイドはソフィアを誘ったことを後悔した。

「きゃーっ!なにこれ!?噂には聞いていたけど、ホントに昔のユニガンにいるみたい!信じられなーい!」

(こいつ、はしゃいでやがる…何しにきたか忘れてないだろうな。)

ここまでリアルに動かせる仮想空間ゲームは、ここ数十年で発達したものだ。

古代から永い時を生きてきたソフィアにとっても、最新のゲームとはとても刺激的なのだろう。

(まだ来ないのか…スミレ…)

何に手間取っているのか。未だ姿を見せないスミレの事を祈るように待ち続ける。

数分後、スミレのログイン通知を確認する。予め彼女とは連絡先を交換しておいていたのだ。

待っていたと言わんばかりにジェイドはスミレに駆け寄った。

だが彼女はジェイドの事など視界にも入れず、辺りを見回す。

「きゃーっ!なにこれ!?ホントにゲーム?って位のリアリティー!すごーい☆」

お前もかよ…勘弁してくれ。

はしゃぐ二人を遠い眼で見てジェイドは絶望する。

こいつらを誰が引率するんだ?この状況はどうしたらいい?俺か?俺なのか?俺がしないといけないのか?

助けを求める胸中に、アルドの顔が思い浮かんだ。

あのお人よしにとっては、きっと日常茶飯事なのだろうから。彼の日頃の苦労が偲ばれる。

ジェイドは遠い眼をしたまま、自分の意識を握る手綱を放りだしかけた。

「ふふっ、なんだかお困りのようね。先生が助けてあげましょうか?ジェイド君」

絶望から一瞬亡者にまで落ちかけたジェイドに掛かる声は、友人の物ではないが聞きおぼえのあるものだった。

「シェリーヌ…先生?」

「ジェイド、誰?この人。知り合い?」

「あれ、シェリーヌ先生だ。こんにちはー。先生もゲーム?」

第三者の登場に二人は冷静さを取り戻したのか、質問してくるソフィアに教官であるシェリーヌのことを説明する。

「提案は有り難いがな先生、今日は俺たちも野暮用があってここに来ている訳で…」

「私も、ただゲームに興じに来たわけではないの。というか、今日は君たちについて行くためよ…知っているわよ。死んだ筈の人に会いに行くのでしょう?」

「なんでそれを!?」

「悪いけど、君たちがテラスで話していた事を立ち聞きさせてもらっていたの。何だかアヤシイ事に巻き込まれているみたいじゃない。」

「放っておけないわ。ダメと言ってもついて行くからね」

断るのも面倒くさいという表情で、ジェイドは分かったとだけ返事をした。



セオドアを見かけた場所を探しながら4人は歩く。

目的地はまだ見つからない。

「それにしても、このゲーム人気なんでしょう?」

「IDAの学生は殆ど皆遊んでるって聞いてたのに、スミレもしたことなかったなんて意外ね」

ソフィアがスミレに話しかけた。

「うん、まあアイドル活動が忙しいから時間もなかったし、そもそも師匠から禁止されていたからね」

「師匠?」

「うーん、私達、フラワリ―にとってプロデューサーというか、マネージャーというか」

「まあみんなで半ば、面白がって師匠って呼んでるんだけどね。その人が危ないからやめておいた方がいいって」

ジェイドを君付けするスミレが、敬意をこめた愛称するのか。

「色々と助けて、教えて、導いてくれる人だよ。」

このゲームは基本、アバターは自分自身の姿にしかなれない。

今、スミレが問題なくプレイできているのは、先だってのイベントで彼女の姿をしたプレイヤーがちらほらいるからだ。

曲がりなりにもアイドルである彼女がプレイしていると知ったら、良からぬ思惑を持って接触してくる輩は確実に出てくる。

余計なトラブルを呼び込む元になる。今、スミレが言った師匠に禁止されているという事はきっとそれを危惧しての対応なのだろう

「ところで――さっきから同じような所ばっかりぐるぐるしてるけど…もしかして、場所が分からないの?」

「仕方ない。あの時は、サキと面倒を起こしていて…振り切るのに必死だったんだ。」

「サキ?確か貴方の妹よね。何かあったの?」

「!!なんでもない、大したことじゃないんだ!!」

問いかけるシェリーヌに、ジェイドは慌てて平静を装った。

言えない。

アルドの格好して遊んでいた事が、こいつに、ソフィアに、もしバレたら――。

腹を抱える程に笑われる姿が脳裏に浮かぶ。なんとしてでもごまかさないと。

「ねえねえ、もしかして見当もついてないの?私、ちょっと疲れてきたよ…」

う~っとスミレが項垂れる。

ゲームの世界とはいえ、歩き回っていい加減に彼女も限界かもしれない。

「そうね、一度手分けして探しましょうか。何か分かったらお互いに連絡を取ればいいわよね」

そうシェリーヌが提案した。

「うんそうだね、私達のレベルも上がったし、ソロプレイってやつを楽しんでみるのもいいかも!」

何しに来たか、本当に忘れていないのか不安になる。というかさっき疲れてきたとか言ってなかったか。

早速好き勝手に飛んでいき始めたソフィアとスミレを見送った。

「さて、ジェイド君。私たちも行きましょうか」

「ああ、そうだな――」

っておい。

「手分けして、探すんじゃなかったのか?シェリーヌ先生」

ジェイドを伴って歩こうとするシェリーヌに思わず突っ込んだ。

「探索範囲を広げたいというのは半分はホントよ」

「ただ、話からすると…また、狙われるとしたらアナタよ。」

そのうえで、可能な限り、LOMに慣れていない人間を巻き込まないために遠ざけて、探索範囲を広げたかった。と説明した。

「なるべく生徒を危険な目に合わせるわけにはいかないじゃない。教師として、ね」

「…好きにしろ」

「まあ、先生に向かってそんな口の利き方は良くないでしょ!」

「そんな悪い子を見ると、ちょっっとだけ、躾けてアゲたくなっちゃうわよ?」

「あー…っと…。お気に召すようにして…下さい?」

訂正したジェイドの言葉にどこかひきつるような顔で、シェリーヌが応える。

「あ…はは。うん、やっぱり無理はしなくて良いわ。さ、いきましょうか」

半疑問形で、無理な敬語を使おうとしたジェイドを慰めるかのようだった。

「あのな、先生―――!!」

「そう!ここだっ!この辺りだ!!」

どこか惨めになりそうになって、一言文句を言おうとしたジェイドが叫んだ。

「見覚えがあるの!?その、死んだ生徒を見かけた場所が、ここ?」

「ああ、この辺りで、俺は、あいつを、セオドアを見つけて、それで―――」

最初に彼を見つけた草原の入口、そこまでたどり着いていた。

「あっちだ!」

シェリーヌに説明しながら、周囲を見回す。セオドアが消えた方向を反芻しながら、そして

「あった、あの橋の向こうだ。先生、あんたはここで、引き返してくれ。ここから先は―」

「何言ってるのっ!さっき私が狙われるとしたら、アナタと言ったこともう忘れたの?放っておけるわけないでしょ。」

俺一人で行く。そう告げようとしたジェイドを、シェリーヌの言葉が遮った。



◆◆死者の街◆◆


煉獄界に似た境界の領域を超え、記憶をたどり、何とかセオドア達のいた街にたどり着いた。

いつの間にかゲームの姿からは解除され、二人は普段の服装に戻っていた。

「どうやら、あの境界を超えると、自動的にLOM世界から肉体ごと、ここに転送されるように仕組まれていたようだな…」

東方には黄泉平坂という死者の国と生者の国の境目があると聞く。あそこはきっとそういう場所なのだろう。そうジェイドは納得した。

花の墨の魔力があれば、それ位のことはやってのけるだろう。そしてそれは、正典の力を使うものが関わっていることの証拠でもある。

一方でシェリーヌは辺りの人間を注意深く観察する。

「まったく…驚かされるわね」

「何がだ?」

ジェイドからの質問にシェリーヌが答える。

「あの人、有名な男性俳優よ…ただ…」

「とっくに故人なんだな?」

確認するジェイドに、シェリーヌが頷いて肯定する。

そういえば、一作目が王道の恋愛物語だったのに、二作目が猫だらけになった変な映画があった。

そもそもそんな事になってしまったのは主演男優が…彼が死んだからである。

大分前に雑誌に載っていた記事の一部をジェイドは思い出す。

因みに猫まみれの方は。それはそれで高く評価されているらしい。

あっちは漫才師の――

作家の――

夭折したアイドルの――

裏社会では有名な、合成人間との戦争で武名を上げて死んだはずの人までいるわ!

シェリーヌは兎に角手当たり次第にまあ、有名人と言える人々を列挙していく。

ぱっと見ただけでそんなにいるのか。

セオドアの事から、ただの街ではない。彼以外にも死者がうろついているのではないかと思っていたが、まさか全員なのか?


「―――ようこそ、死者の街へ。歓迎しますよジェイド君、それからシェリーヌさん」


突如彼らの前に、一人の人物が現れた。

フードをかぶり、その上顔を覆われてどんな表情をしているのか全く伺えない。きっと声も合成されているだろう。

聞かなくても分かっている。こいつは、花の墨を悪用する奴ら――自身を「旅団」と称する奴らの一員だと。

「貴様…貴様か?!セオドアの姿を使って――」

「姿?姿だけではないですよ。魂もちゃんとセオドア君そのものですよ」

「先日は、失敗しましたね。ジェイド君をなんとかお招きしようとしてしていたのですが」

余裕というよりは、ただ安穏としているような口調でフードの旅団員は話しかける。かえって不気味だ。

「招く?いつから人を攫って拘束、監禁しようとすることを招くなんて言うことになったんだ?」

話からして、ここで会ったセオドアに、ジェイドを襲わせたのはこいつに間違いないだろう。

「本当、失敗だったなあ。下手に最新のデータを適用したことが仇になったかな。取り入れる情報の取捨選択をもう少し細かくしないと」

そこはまあ、いいか、後にしよう。そう言ってフードの旅団員は勝手に話を打ち切った。

「ジェイド君、君に頼みたい事があるのだけど」

「断る」

バッサリと要求を遮ってNoを突きつける。

「どうせ、ロクでもないことに使っているに決まっている。」

そう決めつけて、ジェイドは言い放つ。

「酷いですね。まあ、話位は聞いて下さい」

「私はかつて、このエルジオンが出来る前の遠い昔、シャーマンとして多くの人の死に関わってきました」

「そして思ったのです。人々を死の恐怖から、悲しみから救いたいと」

「今、発達した人類科学と花の墨の魔力を持ってその救いを為そうとしているのです」

「貴方達が見てきた死んだ筈の人々。彼らが私によって救われ、この世に再生できたのです」

正確には、「今は」合成人間の遺骸に、死んだ人々の魂を復元させた存在だと説明した。

「便宜上ですが、「影人」と呼んでいます。まだまだ実験段階の所も多いものですから」

死者の姿を映した影、という意味だろうか。

「私の力によって、現世に呼び出された故人そのものです。」

「LOMに現れるという、ゴーストプレイヤーの噂は聞いたことはありませんか?あれも私のしている人格実験の一部なんですよ」

「あのゲームは私にとっては、彼ら死者の、影人の魂を試す絶好の場所なのですよ」

死んでもこの世にまた、復元できるのならば。

死んでしまった人に、また逢えるのならば。

人は、死のもたらす痛みを受けずに生きていける。これは人類にとって大いなる救いとなる。

そう言ってフードの旅団員は話を続ける。

「ジェイド君、君が過去に墨の魔力を使い、いろんなものを具現化させていたという報告は受けています。その力、どうか私の願う救いの一助として使っていただけませんか?」

「くどい!断るといっているだろう!」

「分かってないのですね。もし君が私に協力してくれるというのなら、「プレゼント」だってしてあげられるんですよ」

フードの旅団員は指を鳴らす。それを合図に一人の人物が、ジェイド達の前に姿を現した。

「―――!!貴様あああっっ!!」

その顔を見た瞬間、ジェイドは激昂した。

一瞬で血が昇り、頭が沸騰する。

「実は先日、君がゲームにアクセスした際に君の記憶を拝見させて頂いておりましてね。「彼女」はその成果でもあるのです。」

得意そうに言うフードの旅団員をジェイドはにらみつける。

そういえば、ゲーム中、妙な頭痛がしていた気がする。それはそのせいだったのか。

だがそんな事はどうでもいい。

「どうです?妹さんのためにも」

「ここにいる、「貴方のお母さま」の姿を――妹さんにも逢わせてあげたいと思いませんか?」

「ふざけるなっ!俺の母親は、とっくに死んだ!死んでいるんだ!」

目の前に現れた女性、その姿はジェイドの母親だった。

今、ジェイドの感情を支配しているのは、勝手に母の姿を使われた怒り。

そしてかつて救えなかった母親の姿を、悔恨の証を眼前に突きつけられた悲しみである。

「そいつを残して、とっとと失せろっ!」

「なあに、いきなり否定しておいて、置いていけなんて、やっぱり母親を求めているのかい。まあ、「君ら」の協力が無ければ、彼女はまだ、姿だけの存在なのだけどね」

呼ばれたジェイドの母親の姿をしたものは口も開かない。奴がいうところの魂が無いのだろうか。

フードの旅団員は揶揄いながら、ジェイドに話し続ける。

「悪いけど、引くわけにはいかないね。この状況は、私にとっても一石二鳥なんだし――」

「何?どういう意味だ?」

そう問いかけた瞬間、

「ジェイド!やっと見つけたわよ」

「ソフィア!」

草原でセオドアを見つけた時に場所を伝えておいた、ソフィアがここに現れた。

「なっ…始祖の少女!?ソフィア様?!何故貴女がここに!?」

ソフィアの登場に、誰よりも驚いていたのはフードの旅団員だった。きっと彼女が関わってきていることなど予想もしていなかったのだ。

当然と言えば当然だ。ソフィアはついさっきまで、IDAとは関係ない一般市民であった。LOMのプレイ条件を満たしていなかった。

先程までの余裕綽々といった様はどこへ行ったのか、慌てている事を隠せない。かつて彼らの首領、ニムロスを誅したソフィアの存在は、未だ旅団の人間にとって畏怖の対象なのだろう。

「…まあ、こちらとしても焦る話でもありませんから。皆様にはひとまずお帰り願いましょう」

唐突に話を打ち切って、フードの旅団員は魔導書を取り出す。

構える間も無くジェイド達はこの場から飛ばされ、LOMの世界に戻っていた。

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