25.前橋タク その7

 帰宅してすぐにベッドへ倒れ込む。


 夜の十時を回っていた。


 親は体調を心配していたが問題ねえ。


 ただ疲れただけだ。


 長い一日だった。とても今朝まで泊まり込みで入試を受けていたなんて信じられない。




 期待に満ちた朝だったのに。




 俺が比較的早く目が覚めてキッチンに行くと、ヒロトがすでにコーヒーを飲んでいた。中学生の癖にオトナを気取っているやつだと思ったが、一杯もらうと脳がすっきりして元気が出てくるような感じがした。


 ヒロトと少し雑談をしていると、サキ、スズカ、アヤナの順で次々に降りてきた。サキは昨日と変わらないが、スズカとアヤナは少し眠そうだ。だが、そんなことを気にする様子もなく、みんな今日の発表が楽しみだとか、朝食は何作ろうとか話をしていた。


 七時になり、大岩先生が準備を始めるよう声をかけてきた。だがこの時点でケイスケがまだ来ていない。そこでヒロトがケイスケを呼びに行くと言って食堂を出ていく。女子たちは「ケイスケも朝は弱いんだねー」なんて話していたような気がする。


 相手チームも前の日と変わらず和気藹々と調理しているように見えた。




 そこへヒロトが戻ってくる。


「ケイスケ来てない? 部屋にもトイレにもいないんだけど」


「え?」




 俺たちはみんなで手分けして探し始めた。サキが大岩先生にも伝える。大岩先生は高田さんにも一緒に探すよう指示してくれた。先生自身は録画されたカメラを調べてみるらしい。


 どこを探してもいなかった。外に出たかもしれないと誰かが言ったとき、大岩先生から呼び出される。その手にはノートパソコンがあった。


「見てください、夜中の映像ですが玄関にいます」


 再生すると、玄関に動く人影が見える。時間は深夜二時を過ぎたころだ。照明はわずかしか点いていないため薄暗いが、体形から間違いなくケイスケとわかる。ケイスケは靴を履き、外に出て行った。


 屋外のカメラに切り替える。街灯もないため、さらに暗い。コテージの部屋から漏れる明かりでかろうじて姿を確認できる程度だ。ケイスケはそのままコテージの裏手、つまり崖の方へ歩いていった。


「外よ!」


 スズカが叫び、玄関へと走る。俺たちもそれに続いた。俺はチラッと下駄箱を確認する。ケイスケの靴はなかった。やはり外に出ている。そしてまだ戻ってきていない。


 そう、五時間も戻っていない。何かあったのかもしれない。


 俺はさっき見た映像で嫌な予感があった。ケイスケは崖の方に向かっていた。みんなが大声でケイスケの名を呼びながら探す中、崖へ向かう。そして崖の下を見た。




「ケイスケっ!」



 

 ケイスケは崖の下に倒れていた。首がおかしな角度になっているのがわかった。切り立った絶壁ではないが、身体を支えることはできないくらいの急勾配だ。距離もゆうに三十メートルはあるだろうが、俺は柵を越えようとした。


「危ないからやめて! 先生呼んでくるから!」


 俺に気づいたスズカが叫ぶ。そしてそのままコテージへ戻った。




 それからは現実感がないまま過ぎていった。


 大岩先生が来て、パトカーが来て、救急車が来て、消防車が来て。


 入試は中止となり、俺たち全員は荷物をまとめて警察署に連れて行かれた。




 そこでケイスケが死んだことを聞かされた。恐らく事故だろうということだ。ケイスケから聞かされていたが、あいつは無類の植物好きだった。植物を見るために外出し、崖で足を踏み外したらしい。


 


 ヒロトは呆然としていたし、スズカは泣きじゃくっていた。アヤナはずっとタオルで顔を覆っていて、サキは下を向いたまま一切顔を上げなかった。


 相手チームはリーダーっぽい川口とかいう子はやたらと震えていたが、他のメンバーはただ驚いているだけだった。そりゃあそうだろう。Bチームと俺たちはほとんど会話をしていない。驚きはするだろうが、それ以上ではないからな。ただ、身近な人が死んだという恐怖はあるようだ。




 警察でいくつか質問を受けた後、俺たちは帰ることになった。それまで泣いてばかりでほとんど口を開くことはなかった。


 いつ連絡したのか、受験生の親たちが続々と迎えに来る。俺の父親は仕事で遠出していたとのことで、迎えは最後の方だった。


 まだ残っていたスズカが寄ってきて小声で話しかけてくる。父親には先に車に戻ってもらい、スズカと話をする。


「ねえ、タクはネクスト能力持っているんだよね?」


「ん、ああ」


 唐突なスズカの問いかけに驚きつつも返事をする。


「それって、ケイスケが死んじゃった真相に迫れる?」




 は?


 何を言っているんだこいつは。ケイスケの真相?


「タクはおかしいと思わないの? 第一昨日あれだけ前向きに課題を取り組んでたケイスケが死ぬと思う?」


「いや、悲しいけどさ、別におかしくないだろ。植物を見ようとしたときの事故だって言ってたろ。別に死ぬ気だったわけじゃあねえ」


「だから、真っ暗な夜中に植物を見に行くわけないでしょ!」


「それはそうだけどよ、ケイスケのことだからさ、俺らが知らないような夜中に見た方がいい植物とかあったんじゃあねえ?」


 スズカは一瞬納得した表情を見せる。


「そっか、タクたちは知らないんだったわ。ケイスケはね、光合成に感動して植物好きになったの。だから夜中に植物を見るってタイプじゃないの」


「ホントか!?」


 初耳だった。ケイスケが植物好きなのは知っていたが、光合成がきっかけ? 普通なら聞き流すが今回は違う。


 あのケイスケだ。あいつが感動したのが光合成なら、夜中に見に行く可能性はほぼない気がする。


 ということは……。


「ホントだよ。私バスの中で聞いたもん。ケイスケがわざわざ夜中に危険な場所に行くはずない。だから私は真相が知りたい。もしその結果やっぱり事故だったら事故で納得する。で、どうなの? タクのは使える能力?」


 まてまて。そういうことか。スズカはケイスケが死んだことを調べたいと。それに俺を誘っている、と。


 確かに言われてみればケイスケの死には気になる点もある。だがもちろん事故の線も捨て切れない。


「また連絡する」




 そう言って帰ってきた。

 

 どうすればいいのかわかんねえ。そもそも入試は途中で終わった。結果はどうなるのか。


 そういえば、警察に変なことを聞かれたな。




『全国異類会を知っていますか?』




 俺は眠りに落ちていった。

 


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