17.芝原スズカ その6
「やっば、充電器入れるの忘れてた」
三月一日の早朝。私は焦っていた。
準備が終わっていないのだ。
「もう、スズカ気を付けてよ。下着とかはちゃんと入れたの?」
「やっば、ブラ入れるの忘れてた。お気に入りの入れとこ」
「旅行じゃなくて入試を受けに行くのよ、どうでもいいじゃないの」
「ママ、こういうのは気持ちが大事なんだよ、気持ちが」
呆れ顔でママは私を見ている。
「まあ、スズカの好きなようにすればいいけど。しかし入試も変わったわねえ、まさか『宿泊入試』なんてものが出てくるとは思わなかったわ。いつからこんな時代になったのかしら」
「変わったのは六年前からでしょ。それまでは大体一日で入試終わってたみたいだし」
充電器、下着をバッグにぶち込む。中身の整頓は着いてからやればいい。
これで準備完了。黒のニットにグレーのガウチョパンツ。ネイビーのロングコートを羽織る。
「オッケー、じゃあママ、行ってくるね!」
ママのいってらっしゃいを背中に受け、玄関を飛び出す。
いよいよ最後、第三次選抜だ。
この入試が私は一番楽しみだった。
第三次選抜は地元から少し離れたコテージや貸別荘、民泊など無人の宿泊施設を使い、一泊二日で行われる。
これから電車に乗って二駅進んだ集合場所に向かい、そこからバスに乗って一時間半程度のコテージで入試を行う予定だ。
入試の中身はチーム戦。ついに勉強にもチーム戦が採用される時代がきた。
基本的には2チームの発表合戦になるらしい。
1チームを6人くらいで組んで、課題に挑戦する。課題に取り掛かりながらも協力して料理を作ったり、定められたレクリエーションをしたりもする。最終的には二日目の午後に自分のチームと相手のチームが発表を行って、担当の先生とAIが採点をするみたいだ。
採点は課題発表の内容だけじゃない。課題に取り組む姿勢、料理やレクリエーションでの協調性、リーダーシップ、コミュニケーションなど総合的に判断する。つまり、「チームでする共同作業すべてが入試」ってことだ。
こう聞くと「そんな一泊二日なんて嫌だ」とか言う人結構多いけど、私は正直楽しみだ。
みんなで力を合わせて課題をやったり料理をしたりとか楽しそうだ。入試だけどもそれを抜きにして全力マシーンで宿泊入試を乗り切りたい。
着いてからのことを妄想していると電車が目的の駅に到着した。集合場所へ行くと、『第三次選抜 集合場所』というボードを持ったおじさんがいた。まだ五分前だが、すでに多くの受験生が集まっていた。
チームメンバーだけじゃあないのか。
冷静に考えれば当然だ。目的地付近には同じようなコテージがいくつもある。それぞれ分散していくのだろうし、課題を発表し合うのだから最低でも2チーム12名は同じ建物で過ごすことになる。
できたらみんなと仲良くしたいけど。
行動はチーム単位で行うから、相手チームと仲良くなる機会はあまりないかな。
ボードを持ったおじさんが説明を始めた。どうやら横に停車している大型バスに乗るらしい。36人の受験生とスタッフや試験官が乗るそうだ。三ヶ所に計6チームを送るとのこと。点呼を取られ、チーム案内を渡され、バスに乗り込む。
窓際の座席に座った私はチーム案内を広げてみる。
表紙には「貸別荘 白樺 Aチーム」と印刷されていた。貸別荘とコテージって同じような意味なんだなと思いつつ、その中をめくると周辺の地図、屋内の間取り、大まかなタイムテーブルが書かれている。なるほど、バスを最初に降りるのは私たちか。
そういえば私のチームメイトって誰なんだろう。隣の席を覗くと「貸別荘 白樺 Aチーム」と書かれている。隣がチームメイトか。顔を盗み見る。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
隣にいたのは、初日のテストで出会ったさらさら髪の子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます