ユニガンマダム、第二の青春

むとう貴

ユニガンマダム、第二の青春

   ユニガンマダム、第二の青春

   

    

     

「ああああ〜っ!ようやく!来てくれたね!」

「うわ!近い近い!怖い怖い!」

「待ってた!待ってたんだよ!頼んだら何でもしてくれるアルドくん!」

「変な二つ名を付けるのはやめてくれないか!?」

 ある晴れた日のこと。

 ユニガン国立劇場で、過去何度か見かけたようなやりとりが繰り広げられていた。

 …ミグランスと魔獣の戦争ののち、存続の危機に立たされていた国立劇場…それを救ったのは、ミグランスの英雄たるアルドであった。

「つまり君は劇場の英雄でもあるんだよ!わかるね!?」

「さっきよりはだいぶマシだけど、勝手に二つ名を付けるのをやめてくれって言ってるんだけど!?」

 劇場支配人は初対面からこんな調子で、以降アルドの顔を見るたびに度を超えた要求をしてくる。そもそも冒険者たるアルド一行が役者として舞台に上がること自体、貢献としては十分すぎるというものなのだが。

「だって仕方ないだろう?他にどうしたらいいいって言うんだい?何かいい案が他にあるなら教えてくれ!ないだろう?ほーらね!やっぱり君たちが舞台で活躍すべきなんだよ」

「相変わらず言ってることがめちゃくちゃだな、あんた!」

 遠慮する気配がない支配人にアルドは言い返す。確かにアルドは限度を知らぬお人好しではあるが、決して便利屋でも何でも屋でもないのだ。

 だが、何だかんだで押し切られてしまうのもアルドの性格でもあり、また押し切るのが得意なのも支配人という仕事をしているこの男の性格である。

「まったく、もう…。今度は一体何を頼みたいっていうんだよ?」

「さっすがアルドくん!話が早い!」

「あのなぁ、一応言っておくけど、オレだって別に暇じゃないんだからな」

「わかってるわかってる、わかってますとも」

 依頼を受けてくれるとの言質をとった支配人はご機嫌である。

「いや何、いつものアレさ。…ズバリ!マンネリ打破!」

 ビシィッ、と拳を握り込むポーズで、支配人は言う。

 グイグイ具合も段々悪化している気がするが、それだけではなくリアクションの大げささもレベルアップしている気がする。

 いろんな部分にうんざりしつつも、アルドは「やっぱりか」と呆れ顔をした。

「まぁ、多分そういう話だろうなとは思ってたよ」

「さっすがアルドくん、パーーートツ〜!」

 体の前で手をぐるぐると糸巻きする仕草の後、ピースサインをする支配人。そんな大袈裟に乗せられても、アルドは塩顔をする他ない。

「というわけで、新しい演目の為に脚本を探してきて欲しいんだよね」

 だよね、のところで両手をパッと広げる仕草をする支配人。黙って見ていたアルドだったが、どうしても一言添えたくなって口を開いた。

「…あのさ、オレ思うんだけど。その声の通りといい、態度のでか…ええと、物怖じしない性格といい、身振り手振りの大きさといい、あんたが舞台に立ったらどうなんだよ…」

「なぁ〜に言ってるんだアルドくん。私が支配人をやめたら誰がどうやってこの劇場を回していくっていうんだ?」

「まあ…そりゃあそうだけど…」

 この仕事をするには、良くも悪くも図々しさのようなものが必要なのは、なんとなく分かる。

「それに、やっぱり舞台には花がないとね!君たちにはそれがある。ほら!やっぱり適材適所ってものが大切だからねっ」

 支配人はウインクを飛ばしながらそう言う。バチコーンと音がして、風圧が発生しそうな勢いのウインクだ。そういうところが向いてると思うんだよなぁ、とアルドは思うのだが、本人にやる気がないのであればこれ以上の助言は無駄なのだろう、と言及はやめにした。

「それじゃあ頼んだよアルドくん!最高の脚本、見つけてきてくれたまえ!」

 くるくるっと回った後、バキューンと撃ち抜くポーズを決める支配人。もうそのリアクションには触れまいとアルドは思う。

 それから、今頼まれたことに話を戻した。

「なあ、そのことなんだけど」

「むむむっ?ここまで引っ張っておいて、まさかできないなんていうのは無しだよアルドくん?」

「いや、違くて。はい、これ」     

「むっ?むむむむっ?」

 アルドが差し出したのは、一冊の薄い本だった。

「さっきちょうど手に入れたんだ。劇場の演目にどうかなぁと思って、これを届けに今日は来たんだよ」

「な、何だって…!?どれどれ!ふむ…ふむふむ…!?」

 支配人は本を開き、熱心に目を通した。読み終えると、パァンと本を閉じ、ふるふると身を震わせ、ゆっくりと天を仰ぎ、感涙に咽び泣いた。

「す、素晴らしい!こんなストーリーを待っていた!一体どこでこれを!?」

「それが、実はさ…」

  

 支配人の情熱的な表現をまるっと受け流して、アルドはことの顛末を語り出した。

 

 

 

          ✳︎

 

 

 

 ─────わたくしはユニガンマダム…階級としては中流貴族といったところですわ。半年ほど前に夫を亡くした未亡人ですの。最愛のひとを失って、虚無に満ちた日々を送っていましたのよ。胸に空いた風穴をどうやって埋めていいのかわからず、耐え難い孤独感に包まれた毎日でしたわ…。

 そんなある日…国立劇場が上演を再開したという話を聞きましたの。

 わたくし、以前は観劇の趣味はございませんでしたわ。だから、元々所属していた役者の皆さまのことも存じ上げませんの。再開した劇場は、どうやら所属劇団員が入れ替わっているらしく、まったく新しいものへと生まれ変わったとのことでしたわ。

 古参のファンという友人マダムは、最初はそのことについてとてもご不満そうでしたのよ。昔の方が良かった…そんなことをおっしゃってましたわ。ファン心理というものは、難しいものですわね。

 ですが、友人マダムの感想が徐々に変化してまいりましたの。何だかとても生き生きとして、また熱心に劇場通いを再開したのですわ。以前のように…いいえ、わたくしの目からは、以前よりものめり込んでいるようにすら見えましたわ。一体何がそんなに彼女を駆り立てるのか、ちょっぴり気になってしまいましたの。

 わたくし、友人マダムに尋ねましたわ。

 ───ねえ、とっても楽しそうだけれど、そんなにいいものなのかしら、劇場って?

 友人マダムは目をキラキラさせながら教えてくれましたわ。

 ───勿論よ。以前の劇場も、それはもう素晴らしかったわ。でも、今の劇場は、何だか違うの。全てが新しいの。古典的な演目があると思えば想像もつかないストーリーが演じられる日もある、舞台装置も創意工夫が凝らされて驚きの連続、そして、そして…

 友人マダムは頬を紅潮させ、ほうっとため息をこぼして言いましたわ。

 ───役者の皆様が、とおっても素敵なのぉ…!

 それはまるで恋する乙女の告白でしたわ。友人マダムはわたくしと同世代。同じぐらいの年頃に婚礼をあげたことをきっかけとしてお知り合いになった、付き合いの長い友人ですの。でも、劇場の話をしている時の彼女は…そう、お知り合いになったあの頃のように、若々しく、そしてピュワ〜な輝きに包まれていましたわ。

 わたくし、何だかそれがとっても羨ましくなって、久しぶりに街へと遊びに出かけましたわ。城門に控えている送迎の馬車に乗り込み、がたごとと揺られていると、それだけで少し気が晴れたような気がしましたの。人間、やっぱり閉じこもってばかりいたら、それだけで気が滅入ってしまいますわね。

 馬車から降りると煌びやかな劇場が待ち構えていましたわ。戦役からこっち、さびれていると噂に聞いておりましたが、すっかり持ち直したご様子でしたわね。ああ、こうやって人は再び立ち上がっていくのだわ…わたくしも、新たなる一歩をいいかげん歩き出さなければいけないわ。そんなふうに思いましたの。

 その日の演目は『ミグランス城の戦い』。…あの悲劇の日、焼け落ちたミグランス城はまだ復興も半ば。とはいえ、ユニガンの街にはすっかり活気が戻り、笑顔が溢れていますわ。この国の危機を救った旅の剣士が紡ぐ英雄譚…耳に挟んだことはあったのですが、詳しいことは存じ上げませんでしたの。いい機会だと思いながら、わたくしは着席しましたわ。

 

 そう。

 あの日。

 あの劇場で。 

 わたくし、出逢ってしまいましたの。

 

 燃えさかるミグランス城のテラス、魔獣王と渡り合うも隙を突かれ倒れた王、王を庇い倒れる騎士…そこへ颯爽と現れ、剣を翻して魔獣王に立ち向かう旅の剣士───ミグランスの英雄の姿。

 

 この国の危機を救ったミグランスの英雄。

 その英雄アルドを演じる役者に、わたくし、骨抜きにされてしまいましたの!

 

 帰りの馬車から降りた時、見慣れた街並みがやけにカラフルに見えましたわ。踏み出す足は夢の中みたいにふわふわと覚束ず、けれどなんだかとっても軽く感じましたの。この気持ちって何かしら?恋にも似てるけれど、恋とは違いますの。わたくし、亡き夫のことを今も間違いなく愛していますわ。お見合い結婚だったわたくしたちではありましたけれど、夫とわたくしは確かに恋におち、愛を育んできましたもの。その気持ち、誓って嘘はありませんわ。

 ああ。ああ。それならば、この気持ちは一体…?

 

 くだんの熱心な劇場ファンの友人マダムは、わたくしのこの話を茶化したりせずに最後まで聞いてくださいましたわ。持つべきものは友人、そして先輩ファンですわね。

 彼女はわたくしの話を聴き終えると、にっこり微笑んで、わたくしのこの高ぶる感情の正体を教えてくださいましたの。

 ───おめでとう。あなたは、推しを見つけたのね。

 ───お…推し?推し、ですの?

 ───ええ、そうよ。歓迎するわ。ようこそ…劇場沼へ…!

 

 わたくしの新しい日々が、そこから始まりましたの。

 

 それからというもの、わたくしは暇を見つけては劇場に通い詰めましたわ。演目も追加され、バリエーション豊かで飽きることもありませんの。何より、毎回どんな劇風になるのか、ドキドキワクワクが止まらないのですわ。

 友人マダムによれば、かつて劇団に所属していた役者の皆様は今はそれぞれ故郷に戻ってしまったとのことで、現在活躍なさっている皆様は聞いたこともない新人ばかりなのだそうですの。そんな彼らが日替わりで様々な役で出演しているのですわ。

 確かに、同じ演目を観覧しに伺っても、日によってまったく違う顔触れですの。誰がどの役を演じても、それぞれになかなか味わい深くて、わたくしは毎回とても楽しみで堪らない気持ちでしたわ。ですが、クオリティという観点からの評価ですと、ブーイング致し方無し、という日もありますの。でも、それすらも含めて、素晴らしいのです。どんな日でも目が離せない舞台なのですわ。

 そんな基本的には箱推し状態のわたくしではありますけれど、わたくしの中のナンバーワンはやはり、最初に心奪われた彼…アルドですのよ。

 彼が何者なのかは謎に包まれておりますの。アルドといえば、勿論英雄アルドその人…。でもまさか本人が演じているなんてことはあり得ませんでしょう?何しろ、魔獣王ギルドナ役の役者も、名前がギルドナなのですわ。ミグランス城が炎に包まれたあの日、打ち倒されたはずのギルドナが舞台に出演しているわけもありませんし…。当たり役をそのまま芸名として使用しているに違いないと確信致しましたの。もしかしたらコンビでデビューしたパターンなのかもしれませんわね。そうね、魔獣人王アルギナ、なんていうコンビ名は如何かしら。きっと子供に人気が出ますわ。

 劇場内には、人気俳優がランキング形式で貼り出されておりますの。せっせと投票をした甲斐あってか、アルドは常に主演男優部門上位ランクインしていますわ。この人気を保っていれば、きっと彼の舞台での出番の増加も約束されると信じておりますの。わたくし、今後も気を抜かずに彼を推し続けますわ。

 

 今日も今日とて劇場に通った帰り足のわたくしは、ルンルン気分でユニガンの市中を歩いておりましたの。今日は残念ながらアルドの姿はありませんでしたが、泣けると人気の人魚姫が上演されましたのよ。カジム役には東方のお侍さまらしき美丈夫が、人魚役には男心を狂わせると噂の美女が出演でしたわ。まだ随分と若いナレーションの黒髪の女の子は、鈴が転がるような可愛らしい声なのにしっとりと情景のこもった語り口で、儚い人魚たちの恋の物語にたまらなくマッチしていて、それはもう最高でしたのよ。将来大女優に化けるかもしれませんわね。ああ、観劇にはこういう側面からの見方もあるのですね!なんて楽しいのかしら!

「はぁ…本当に素敵な趣味を見つけてしまいましたわ…」

 毎日毎日めそめそと落ち込んで、もうこのまま枯れていくだけの人生だと思っていたあの日々が嘘のよう。何かに心を奪われるというのは、実に素晴らしいことですわね。

 でも、次回の上演こそはアルドに会いたいですわ…。やっぱり一番のお気に入りが活力の源ですもの。

 そんなことを考えながら、大通りを進んで行った、その時ですの。

 人の良さそうな古物商か何かの殿方と会話をしている若者が目に留まりましたのよ。

 くるんとカールした毛先、赤いケープ状のマントと帷子。腰に佩くのは見間違いようのない大剣。何よりも、散々夢中になった甘いマスクを見間違いようもありませんの。

(まさか…)

 …見間違うわけがないとはわかりつつも、わたくしは自分の目を疑いましたわ。だって、こんなところで会えるだなんて、予想だにしていなかったあのですから!

 なぜ!?どうして!?

 わたくし、衝撃のあまり思わず大声で叫んでしまいましたわ。

「キャーッ!?どうしてこんなところにいらっしゃるのぉ!?」

 …抑えることはできませんでしたわ。でも、何しろそこは市が立っている大通りのど真ん中。買い物客も店の方々も一斉にわたくしを見ましたわ。当然、アルドも…。

 何事か、と皆様がざわつく中、わたくしとアルドは完全に目があってしまいましたの。

「え?な、なんだ?事件でも起きたのか?」

「あ、あ、あっ。あ、ある、アルド…」

 吃りながらも、わたくしはアルドから目が離せずにいました。当然といえば当然、呑気とえいば呑気ですわね。

「え?…お、オレが、何か?」

 アルドはきょろきょろと周りを見渡したのち、わたくしが見つめているのがご自分だと理解したようで、驚いたようにそう話しかけてきたのです。話しかけられ、わたくしも驚きました。舞台上とわたくしの生きる世界とは、まるで別の世界線だと思っていましたのに。どうしてこんなところで交わってしまったのでしょう…?

 皆様の視線が、わたくしだけではなく、アルドにも向かいましたわ。わたくし、パニックを起こしてしまって、頭に血が上って…

 

 そしてそのまま気を失ってしまったようですの。

 

「…おーい…」

 随分遠くから、わたくしを呼ぶ声が聞こえてきたような気がしましたわ。

「…駄目だ、起きてくれないよ」

「顔色も悪くないようだし、脈も正常だからそう心配しなくても大丈夫だろうが」

「ううん、でも突然倒れて無事なわけがないよな。宿に運ぼうか?医者を呼ぶ方が早いかな?」

「…おや、目が覚めたようだ。大丈夫かね…?」

 

 そこでようやく、わたくしは起き上がりましたの。

「…はッ!こ、ここは一体…?」

「…ああ!よかった!目が覚めたんだな」

 瞼を開くと、まずは青い空が目に飛び込んでまいりました。仰向けに寝かせられていることを、ぼんやりとした頭で理解しましたの。

 次いで飛び込んできたのは、逆光になったアルドの顔面、距離にして25センチメートル、だったのですわ。

「はっ、はわわわはわわわわわわ」

「おっと、ごめんごめん!びっくりさせちゃったか?」

 わたくしが慌てふためいて、言語とは程遠い奇声を上げると、アルドは謝罪と共に優しい言葉をかけてくださいましたの。悪いのは勝手に大騒ぎしたわたくしだというのに…!

「あんた、どうしちゃったんだ?急に倒れたから、びっくりしたよ」

 屈託ない笑顔でわたくしに話しかけるアルドは、舞台で見るアルドとは全く違う喋り方をしていましたの。それはそれはとても自然に、わたくしを親切に介抱してくださったのですわ。

「ご婦人、大丈夫かね?」

 人の良さそうな古物商の殿方も、安心したようにわたくしを覗き込んできましたわ。わたくしったら、いろんな方にご迷惑をおかけして、恥ずかしいですわ…!

「ええ…本当に申し訳ございません。ちょっと驚いてしまいまして」

「そうそう。本当にすごい驚きようだったけど、オレ、何かしたかな?あんた、オレのこと見て大声あげてただろ?」

 アルドは眉を八の字にしてこちらを見ておりました。

「あ…ち、違うんですの。あ、いえ、あの、ち、違わないんですけれど」

「…?違うけど、違わない?」

 わたくし、混乱のあまり、支離滅裂になってしまいましたの。

「どういうことか、落ち着いたらでいいから教えてくれるかな?」

 アルドは責任を感じているかのように、ますます困り顔になってしまいましたの。ああ、あなたは何も悪くありませんのよ!

 わたくしはすうはあと何度か深呼吸をしてから、はっきりと申し上げたのです。

「わたくし、あなたの大ファンですの!」

 わたくしの言葉に、アルドは目をパチクリとさせましたわ。

「…ファン?」

 そして首を傾げましたの。

「…何の…?」

「えっ…?」

 何の、と問われて、わたくし戸惑ってしまいましたの。俳優であるあなたに、何のファンだと答えたら良いのでしょう?やっぱり顔かしら?それとも大迫力の殺陣?柔らかなお声?いいえ、わたくしは…!

「内面からの優しさの滲む演技ですわ…!」

 …改めて問われて、確信いたしましたの。わたくし、アルドのお人柄が垣間見えるような演技のファンなのですわ!

 しかしアルドは相変わらず事情が飲み込めていないような表情でしたわ。どういうことなのかしら…?

「…ああ!」

 アルドはしばらく考え込んでから、ようやく合点がいったようで、ぽんっと手のひらを叩いて、

「あんた、劇場のお客さんか?」

 そう言いましたの。

 えっ?

 他に…何かありますの…?

「ごめんごめん!そっか、オレにファンなんているのか!ちょっと照れるな」

 アルドは照れ笑いを浮かべておりましたが、今度はわたくしの方が戸惑ってしまいましたのよ。

「あ…あの…し、失礼ですが、あなたは劇場所属の俳優さん…なのですわよね?」

「えっと…ううん…いや…」

 歯切れ悪く言い淀んだあと、

「あれは、ただの手伝いなんだ」

 衝撃の事実を伝えられましたの…。

「て…手伝い?」

「ああ、劇場って魔獣との戦いのあと、すっかりさびれちゃっただろ?支配人に泣きつかれて、時々顔を出してるんだよ」

 なんということなのでしょう。アルドは他に本業があって、合間に劇に出演していたということですの?毎回会えるとは限らないのも納得ですわ…!

「知りませんでしたわ…!あ、あの…普段は何をやってらっしゃるのか、お聞きしてもよろしいかしら…?」

「え?」

 アルドの困惑した表情を見て、わたくしハッといたしました。そんなプライベートなことをお聞きしていいわけがなかったのです。ああ、何というマナー違反!

「…ご婦人、劇場のファンなのですよね?」

 わたくしがあわあわとしていると、古物商の殿方が間に入ってくださいましたの。

「ミグランス城の戦いはご覧になったことはありますか?」

「え…ええ!勿論ですわ。わたくし、あの劇を観覧してから、すっかりファンになってしまいましたのよ」

 古物商とアルドは、不思議そうに顔を見合わせておりました。わたくし、変なことを言っているかしら?

「ええっと…オレの名前は知ってる…?」

 アルドはそう質問してきましたわ。

「も、勿論。アルド…ですわよね?」

 わたくしの返答を聞いて、再び古物商と顔を見合わせるアルド。何か食い違っているのかしら…?

「ええと、ご婦人。もう一つお聞きしますが、ミグランスの英雄はご存知ですかな?」

 おそらく古物商自身も、おかしな質問だと思いながら口に出しているということがわかりましたわ。知らないわけがありませんものね。

「存じておりますわ…ミグランスの英雄、アルド…でしょう?」

「…えっと…?」

 事態が飲み込めずに、三人揃って黙り込んでしまいましたの。しばしの沈黙が続いた後、アルドが先に口を開いたのですわ。

「…それが、オレなんだ。つまり…普段は、旅の剣士をしてる、んだけど…」

 

 え?

 

 ええっ?

 

「待ってくださいませ…」 

 わたくし、ずっと勘違いをしていたのですわね。

「ご本人役でしたの!?」

「そう!そうなんだよ!」

 やっとこんがらがった話が解けて、アルドはパッと笑顔を見せてくれたのですわ。

「ああ、成程!本人だと思ってなかったわけですね」

「ユニガンでは割と有名になったみたいだったから、みんな知ってると思ってたよ」

「名前も同じですしね」

「ああああ…そうだったのですね…」

 知らなかったのは自分だけなのだという今更の事実に、恥ずかしくて居た堪れなくなってしまいましたわ。なんということ…この街を救った英雄その人が、わたくしの推し俳優だったなんて…!

「わ、わたくし、少し前まで…その…あまり外出もしない生活をしておりましたの。夫を亡くしてから、ずっと塞ぎ込んでいたものですから…」

「ふむふむ、それでは英雄のことを詳しく知らないのも仕方のないことですね」

「はは、照れるから英雄だなんて呼ばなくていいのにな。別にオレ一人で戦ったわけじゃないし…」

「周知のことでしたのに、存じ上げず大騒ぎして本当に申し訳ありませんわ…」

「いいって!それより、劇を見てオレのことを知ってくれたなんて、何だか嬉しいな!」

 屈託ない笑顔を見せるアルドは、舞台の上の遠い存在ではなくて、一人の純朴な若者だったのですわ。

 それから、支配人が強引に配役したのだということをアルドは話してくださいましたの。アルドはユニガンを魔獣の強襲から救ったあとも、各地を転々と冒険し続けていることも。

 わたくしがただ落ち込んでいるだけの時間も、今この時も、この若者は命を賭して戦い続けていることを知ったわたくしは、襟を正す思いでしたわ。

「そうだったのですね…。わたくし、少し恥ずかしいですわ。あなたのことをちゃんと知らなかったことではなく、『俳優アルド』にしか興味がなかった自分自身が…」

「え?」

「他でもない自分が住まうこの国の出来事でしたのに、劇中のあなたのことしか見ていなかったのですもの」

「はは、そんなの気にしないでくれよ。みんなが悲しい顔をしないために戦ってるんだからさ」

 アルドは穏やかに微笑んでそう言いましたの。ああ、その優しい雰囲気…わたくし、やっぱり間違っていませんでしたわ。あなたの生き方が写し出された演技が、わたくしの心に響いたのですわ…。

 

 古物商の男性とアルドに見送られながら、わたくしは帰路につきましたの。

 夕焼けを眺めながら、わたくしは心の中に湧き上がる情熱を感じておりましたわ。もっと彼の生き様を知りたいと、そう思いましたの…。

 

  

   

 明くる日、わたくしは少し遠出をして、リンデを訪ねましたの。劇場通いという趣味を見つけて、多少は外に足を運ぶ機会が増えたわたくしではありましたが、長いこと狭い範囲での生活をしておりましたから。自分を変える第一歩として、普段は見ない景色を見てみたいと思いましたのよ。

 リンデは港町ですけれど、争い続きで閑散としている様子でしたわ。早く活気が戻ることを願ってやみませんが、あまり騒がしくないところが、今のわたくしには心地よくもありましたの。 

 閑散とはしておりましたが、東方との外交の窓口という役割には変わりありません。街中ではチラホラと東方の物産が売られており、わたくしは甘い香りにつられてみたらし団子とやらを衝動的に買い求めてしまいましたわ。モッチモチのおもちにキラキラと輝くみたらしのタレがかけられ、見るからに美味しそうですの。

 どこでこの素晴らしいスイーツを食べようかと街中を散策したわたくしは、潮風が気持ちいい場所を求め、桟橋の方へと向かいましたの。でも、桟橋には先客の東方のお侍さまが立っていらっしゃいましたわ。あら、何だか先日劇場で見かけたお侍さまと似たような家紋をつけていらっしゃいますわね。あらあら、近くでよく見たら、女性のお侍さまですのね!かっこいいですわ。

 近くで遊んでいた幼い女の子が、こんにちは、と元気よくわたくしに挨拶をしてくださいました。礼儀正しく明朗で、愛されて育っていますのね。わたくしもこんにちは、と返事をしましたの。

「ねえねえ、ユニガンから来たの?」

 女の子は、挨拶ついでに話しかけてくれたのですわ。

「そうですのよ。ちょっと海を見に来ましたの」

「へーっ、海をわざわざ?あたし、毎日見てるから、何だかフシギ!」

「ふふふ。そうですわよね。ううん…、お嬢さんはユニガンに行ったことはあるかしら?」

「うん!あのねぇ!お城がとっても大きかったの!また見に行きたいなぁ!」

「ええ、大きいですわよね。わたくしが海を見に来たのは、お嬢さんがお城を見にいくのと似てるかもしれませんわね」

「そっか…そういうことなんだねー!」

 女の子は無邪気に笑いましたの。ねえねえ、と女の子はわたくしに質問をして来ましたわ。

「おばちゃんはお城が燃えちゃったのは見たの?」

「その時は避難してましたのよ。だから燃えているところは見ませんでしたわ」

「そっかぁ。怖かったよね、まじゅー」

「そうですわね…。でも、ユニガンは英雄が守ってくれましたから」

 わたくし、何だか得意げな気持ちになって、その話をしましたの。女の子はわたくしの話を聞くと、ぱあっと表情を輝かせましたわ。

「あ!知ってるよ!アルドお兄ちゃんでしょう」

「あら、詳しいんですわね」

「うん!よくこの町にもくるよ!」

「まあ!そうなんですの?」

「うん、よくヒトダスケしてるよ。すごいよねぇ」

 女の子はにこにこしながらそう教えてくれましたの。英雄と呼ばれるような有名人が、港町の小さな女の子にまで「お兄ちゃん」と呼ばれるくらい馴染みがある存在だなんて、アルドの行動範囲の広さには驚かされますわ。

「本当、すごいですわよね…」

「ねー!カッコイイよね!あたしも大きくなったらアルドお兄ちゃんみたいになりたいなぁ。せかいのいろんなところに出かけて、いろんな人をたすけるの!」

「うふふ、素敵な夢ですわ」

「なかまもいーっぱい作るんだよ!あのね、そこのおサムライのおねえちゃんも、アルドお兄ちゃんのなかまなんだって」

「あら!そうなんですの?」

 わたくしは桟橋の方にもう一度目を向けましたわ。年若い女性のお侍さまは、波間をじっと眺めているご様子でしたの。

「何かの修行の最中なのかしら…?」

 ひそひそ声で、わたくしは女の子にそう訊ねてみましたの。

「ううーん、どうかなぁ」

 女の子は否定的でしたわ。

「違うのかしら…?じゃあ一体何をしていらっしゃるのかしらね…?」

「あたしのよそうではねぇ…」

 …女の子がご自身の予想をわたくしに教えてくださるより前に、お侍さまに動きがありましたの。

 ピリリと空気に緊張が走るほどの殺気がわたくしにも伝わって来ましたわ。一体何事なのかしら、と彼女を見守っておりますと、波間にドーンと水柱が立ったのですわ。

「ど、ど、どうなってますの!?」

 慌てるわたくしとは対照的に、女の子は落ち着いておりましたわ。

 水柱が消えた後、舞い上がった水滴がバラバラと降ってまいりました。ちょうど太陽を背にしていたので、綺麗な虹がかかりましたのよ。

「わぁー、キレイ!」

「あの、これは一体?」

「おさかなをねらってたんだとおもうよ、あのおねえちゃん」

「お…おさかな、ですの?」

「おなかがすいたんじゃないかな?」

 やがて水滴が降り止み、虹が消えました。もう一度お侍さまを見ると…その手には、確かにサカナが鷲掴みにされておりました。あれはリンデカマスとフグリン…でしょうか?

 お侍さまは、サカナを鷲掴んだまま、灯台の方へと歩き去って行きましたわ。

「ときどき、ああやってゴハンにしてるんだよ!」

「まぁ、ワイルドですわねぇ…!」

 わたくしは感心しきりでしたわ。思い返してみればわたくし、自分が食べるものを捕まえたことなど、ただの一度もありませんもの。

 あのお侍さまがアルドのお仲間ということは、もしかしたらカジム役のお侍さまもアルドの仲間なのでしょうか。その広い交友関係も、各地を冒険して回る旅人だからこそなのでしょうね、きっと。

 アルドの旅の仲間について思いを巡らせていると、女の子があっと声を上げましたの。

「ウワサをすれば、ほら!アルドお兄ちゃん来てるよ!」

「え?」

 通りの向こうを見ると、そこには確かにアルドの姿がありましたの。何やら道端に座り込んでいるご老人に声をかけている様子でしたわ。どうしたのかしらと観察していると、アルドは一旦どこかに走り去り、また戻ってきましたの。手には何かネバネバした草のようなものを掴んで。それを受け取った老人は元気いっぱい立ち上がって家に帰っていったのですわ。

「ね、あんなかんじで、困ってるひとのことほっとけないんだって!」

 日常の風景なのでしょうね、女の子はいつものことだというふうにそう言ったのですわ。

 わたくしは、その姿をじんわりと感動しながら眺めていましたの。

 そのまま眺めておりますと、アルドは灯台の方へと向かって行きました。

「おサムライのおねえちゃんのところに行くのかな?」

「ええ、そうかもしれませんわね」

「ちょっと見に行ってみようよ!」

「え?ええと…それは…」

 …付き纏い行為になりませんこと?わたくし、少し不安になってしまいましたわ。

「さっきおねえちゃんがつかまえたおさかな、一緒に食べるのかなぁ」

 でも、女の子が何気なく呟いたその言葉に、わたくし、なんだか嫌な予感が頭をよぎりましたの。

「あの…さっき、あのお侍さま…フグを捕まえていませんでしたこと?」

「…つかまえてたかも…」

 わたくしの言葉に、女の子もはっとした表情になりましたの。

 豪快な漁に感心してすっかり見逃していましたが、それってとっても危ないのではないかしら!?

「と、止めなくちゃいけませんわね!?」

「そうだねーっ!」

 わたくしたちは、慌てて灯台の方へ向かいましたの。

 近づいてみると、わたくしたちの予想通り、二人は焚き火を囲んでいましたわ。

「アルドさん!良いところに!自分、今から焼き魚を食べようと思っていたんですよ!」

「自分で獲ったのか?釣竿もないのにどうやって…?」

「それは、こう!」

 お侍さまは、持っている刀をブンッと力一杯振りましたの。

「うっわ!危ない!近くで振り回さないでくれよ!」

「アルドさんがどうやってと聞いたんじゃないですか!」

「聞いたけどさ!えっ…で、どうやって獲ったんだ?」

「ですから、こうして力一杯水面を叩いたんですよ。魚影に向かって、えいやっ!と。そうすれば、水を伝った衝撃波を浴びたサカナたちが、ぷかっと浮いてくるんです!」

「…アカネ、その漁法はやったらダメなやつだ…」

 幸い話に夢中で、まだサカナを焼いてはいないようでしたわ。

 早くあのサカナを回収しなければいけませんわ!でも、突然奪い取るわけにもいかないですわよね…。

 …わたくしは、自分の荷物に目をやりましたわ。こ、これと交換ならば…!

「ねえお嬢さん。お願いがありますの。あのお侍さまに、このみたらし団子とサカナを交換してもらえるよう、頼んできてもらえませんこと…?」

「えっ…?で、でもこれ、おばちゃんがたべるためにかったんでしょう?」

「背に腹は変えられませんわ。わたくしはファンとしてのマナーの関係で、直接交渉することはできませんの…。ね、お願いしますわ」

「まなー…?よくわからないけど…うん!わかった!」

女の子は首を傾げつつも、早急にサカナを回収しなければならないことはわかってくれたようで、駆け足で二人のもとへ向かってくれましたの。

「えっ?交換?こ、これはみたらし団子…!」

物陰から見守っておりますと、お侍さまは涎を垂らしながらみたらし団子を受け取ってくださいました。

「ではコレをどうぞ!」

代わりに差し出されたサカナを見て、アルドは「うわっ、フグリンじゃないか!」と驚きの声を上げた。

「アカネ!フグは食べたらダメだよ!」

「そうなんですか!?東方ではよく食べるのですが…」

「それってちゃんと料理されたやつだろ!?」

 …ああ、アルドは食べてはいけないサカナを知っていたのですわね。わたくし、心配しすぎて余計なお世話をしてしまったのかもしれませんわ。

 でも、戻って来た女の子が「よかったね、おねえちゃんもこんどからフグリンたべないようにするって!」と教えてくださいましたので、全くの無駄ではなかったんですの。アルドのお仲間に何かあっては、大変ですものね。

 わたくしは女の子と一緒に海にサカナをリリースして、その日はユニガンに戻ったのですわ。


 

 また明くる日、わたくしはバルオキーへと足を伸ばしましたの。花と緑あふれる村の清々しい空気を、わたくしは胸いっぱいに吸い込みましたわ。

 穏やかでいいところですわね…と景色を眺めていると、村の奥の方でわあわあと騒ぐ声が聞こえてきたのですわ。

 何事かしらと声がする方に近づいていくと、そこには何と、またしてもアルドの姿があったのです!こんなところにも顔を出していらっしゃるのですね!神出鬼没ですわ!

 アルドはどうやら村の隅の池で釣りをしている様子だったのですが、とんでもない大物が釣れてしまい、村人たちが集まってしまったようでしたの。

「わーっ!バルッシーだぁ!バルッシーが出たぞ!」

「ヌシじゃ!ヌシを釣りおったぁぁ!」

「でかいぞ!この池のどこに収まってたんだ!?」

 興奮する村人たちに、アルドは必死に「危ないから下がっててくれ!」と叫んでいましたわ。

 遠巻きにしていると、わたくしの背後に立派なお髭のご老人と、お孫さんらしき女の子がやってきたのですわ。

「もうっ、お兄ちゃんったら、また釣りしてる!」

「ほっほ…今は取り込み中のようじゃ、後でまた呼びに来ようかの」

「仕方ないんだから、お兄ちゃんは。ご飯が冷めちゃっても、温めてあげない!」

 …二人はそのまま自宅へと戻って行きましたわ。あそこはバルオキー村の村長のお宅じゃなかったかしら…?それと、女の子の『お兄ちゃん』の言い方、近所のお兄さんに話しかける感じではありませんでしたわ。そう、実の兄妹のそれのようで…。

「あの…」

「ん?何だい?」

 騒ぎにつられて後から集まってきた村人に、わたくしは話しかけましたの。

「あそこにいらっしゃるのは、英雄アルドですわよね?」

「英雄…ハハハ!そういやあ王都じゃそんなふうに呼ばれてるんだっけ?偉くなったよなぁ!ちょっと前までチビだったのになぁ、いつの間にかあんなに大きくなってさ」

 村人は豪快に笑っておりました。幼少の頃からご存知のようだったので、ここバルオキーはアルドの生まれ育った場所であることは間違いなさそうだと理解できましたわ。そして先程の女の子は、やはりアルドの妹さんだったのでしょう。何やら怒ってはいるようでしたが、そこには深い愛を感じましたわ。きっと仲の良い兄妹なのでしょうね。

「英雄アルドは、バルオキーの村長の血筋なんですの?」

 わたくしがそう尋ねると、あれ、知らないのか、と村人は教えてくださったのですわ。

「アルドはさ、村長の拾われっ子なんだよ。」

「まあ、拾われっ子…!?」

「ああ。赤ん坊の妹と一緒にな。最初の頃はよそものだなんだと子供たちの中でも爪弾きにされとったもんだが、ほら、あの性格だろう?今じゃすっかりみんなから認められた存在だよ」

「そうだったのですか…」

 健やかなばかりだと思い込んでいたアルドの過去が、決して平坦なものではなかったことを知らされて、わたくしは胸が詰まる思いでしたわ。

「ああ。ほら、見てごらんよ」

 村人は釣りの騒ぎの中心を指さしましたわ。

「アルドの周りに、若いのが三人いるだろう?あいつらがアルドたちと一緒に育ったんだ。虐められてたアルドとフィーネを、いっつも庇うようにしてたっけな。もともと優しい性格だってのはあるだろうけどさ、アルドたちがヒネずにまっすぐ育ったのは、きっとあいつらがいたからだと思うんだよな」

「まあ…なんて美しい友情なのでしょう!」

「ハハハ、幼馴染ってのは良いもんだよなぁ!」

「ええ、本当ですわね」

 美談に心打たれながら、村人が指し示す方に目を向けますと、

「…?あら、彼らのこと、見たことがありますわ」

 アルドの周りには金の長髪の男性と、全身鎧姿の男性、髪を高い位置で一つに結った女性が集まっておりましたの。彼らのことを、わたくしは劇場の舞台上で見かけたことが何度かありました。どの方も素晴らしい演技力の持ち主でしたわ。そうだったのですね、彼らはアルドの幼馴染の縁から、舞台に出演していたのですわね。バルオキーは名役者の特産地なのかもしれませんわ。今後も注目しなければ…!わたくし、そんなふうに思いましたの。

「アルド!大丈夫か!」

「ちょ、ちょっと手伝ってくれ!こんなデカいのが釣れると思わなかったんだよ!」

「本当何やってんの!?ほらっ、後ろ!攻撃くるよ!気をつけてっ!」

「うわっ、あぶなっ!」

「わぁぁ!こ、こっちだ!僕が相手だぞ!」

「ノマル、ナイス!アルド、今だよっ!」

「行け、アルド!」

「はぁぁぁっ!」

 幼馴染たちの助太刀を受けて、アルドは鋭い一閃を放ち、ばるっしいとやらを倒しましたの。見事な連携ですわ。野次馬たちからも、わあっと歓声が上がりましたの。

「うおお、倒した!すごいぞ!」

「あいつらは相変わらず仲がいいなあ」

「危ないことばっかりしてるのも相変わらずだがなぁ」

「ハハハ、まぁまだ無茶をしたい盛りだろうからな」

 めいめいに好きなことを野次馬たちは話しておりました。なかなか凶暴そうな大型の魔物だったというのに、やけにのどかですわね。これが田舎時間というものでしょうか?

「ちょっと、おっちゃんたち!呑気にみてる場合じゃなかっただろ?」

 ばるっしいを箱に詰め終えたアルドが振り返ってそう言っているのが聞こえましたわ。

 …箱に?どうやって詰め込んだのかしら。ちょっと理解が追いつきませんけれど、とにかくばるっしいは箱の中に詰め込まれたのですわ。詳しいことはわたくしの知る由はありませんの…。

 ともあれ、野次馬たちはやたらと和やかな様子でしたけれど、アルドの慌てようからすると、やっぱり危険な魔物だったようですわね。

「逃げるなり増援を呼ぶなりしてくれよな!?」

「増援呼ぶ前に、コイツらが集まって来ただろうが!なぁ?」

 野次馬の一人が、幼馴染三人に向かって声をかけましたわ。

「アルドが戻って来てるっていうから見に来たらこれだもん!」

「少しは落ち着いたらどうだ」

「はああ、怖かった…」

「ご、ごめんごめん…」

 アルドは苦笑しながら頭を掻いて、三人に向かって謝っていましたわ。

 本当に仲がいい四人組のようですわね。微笑ましい気持ちになって自然と笑みが溢れましたわ。

「良い仲間たちだよな」

 村人はわたくしにそう語りかけましたわ。

「本当にそうですわね」

 …それは本当にそうなのですけれど、彼らだけにばるっしいの相手を丸投げするのは少し疑問が残りましたわ。やっぱり少し危ないのではないかしら…。

 わたくしの疑問が、顔に出ていたのかもしれませんわね。村人は、わたくしが何かいう前に「大丈夫なんだよ」と言ってニッと笑ったのですわ。

「村長…アルドの育ての親のじいちゃんは、めちゃくちゃ強いからな。何かあったら、「よいしょー」っと片付けてくれるさ」

「…?はぁ…よいしょー、っとですの?」

「そう、よいしょー、っとな」

 村長といいますと、先程の立派なお髭のご老人ですわよね…?あの方がそんなにお強いとは、俄には信じられませんわ…でも、英雄アルドの育ての親ですものね、きっと見かけからは想像できないパワーを隠し持っているに違いありませんわね!

 それに、村長は一度様子を見にきていらっしゃいましたわ。あれは、もしかしたら、魔物の強さを確かめに来たのかもしれませんわね。そして、御子息なら相手ができると判断したからこそ、任せて家に戻ったのかもしれませんわ。全てわたくしの想像でしかありませんけれどね。

 

 

 

 わたくしは、ヌシ釣り騒ぎを後方からしばらく眺めた後、ユニガンへと戻りましたの。連日遠出をした疲れはあったものの、床についても妙に頭が冴え冴えしておりましたわ。

 片田舎の村長宅に拾われ、すくすくと育った少年が、旅の先々で人助けを繰り返し、果てに国の危機を救ってしまった…。

 何というサクセスストーリーなのでしょうか。 

 わたくし、今まで経験したことのない強い衝動に駆られ、いてもたってもいられずに飛び起きて、ベッド横の明かりをつけましたの。

 

 そしてペンを手に取り、猛然と物語を書き始めたのですわ─────。

 

    

       

 …人気舞台俳優として活躍する若者。しかしそれは表の顔…。彼の本当の姿は、この国を守るヒーローなのだ!二足の草鞋で今日も大忙し!困ったわ、どうしましょう、誰か助けてくれ…民衆の声を聞いたなら、どこでも彼は駆けつける…!

 



「ふう…!完成しましたわ…!」

 眠い目を擦りながら、わたくしは朝日を浴びておりました。自分でも信じられない集中力を発揮して、一つの物語を書き上げたのです。アルドの生き様を見て湧き上がったインスピレーションは自分では止めることができなかったのですわ。

「ふふっ、誰に読んでもらうわけでもありませんけれど、何だか嬉しいですわね。わたくしのなかに、こんな情熱が眠っているなんて知りませんでしたわ…。呼び起こしてくれたアルドさんには、感謝してもし切れませんわね…」

 寝不足気味ではありましたが、気持ちが弾んで仕方ありませんの。わたくし、足取り軽くユニガン市中へと出向いたのですわ。物語を書きつけたノートを小脇に抱えながら。

 

 …気分がハイになっていたことは否めませんわ。でも、やっぱり体は疲れていたのでしょうね。わたくし、道を歩いている途中に、目眩を起こしてフラフラとしてしまいましたの。ああ、転んでしまう!と思った、その瞬間のことでしたわ…。

「おっと!危ないっ!」

 誰かがわたくしを支えてくださいましたの。それは、聞き覚えのある柔らかなお声でしたわ。体勢を立て直し、助けてくださった方を確認すると、やはりこの方でしたのよ。

「あ…アルドさんっ」

「あれ、あんたこの前の…」

 ああ、あなたは一体何度わたくしを救ってくださるおつもりなのですか?やはりあなたは英雄の名に相応しいお方!

 倒れそうな体を庇ってくださったお礼と、街中で再会した嬉しさをお伝えしようと、口を開いたその時。

 わたくしが声を発するより先に、アルドが何かに気づいて、ん?と首を傾げたのです。

「これ、あんたのか?」

 …わたくしの心臓がどくんと跳ねました。

 アルドの視線の先に落ちているもの…それは、書き上げたばかりのわたくしの物語。

 小脇に抱えていたノートが、ばさりと開いた状態で、地面に落ちていたのです。

 ああ。

 それはいけない。

 見てはいけない。

 あなたを題材にしたわたくしの妄想ですもの。

 あなたの目だけには触れさせてはいけない…!

 必死に手を伸ばしましたが、それよりも早く、アルドはノートに手を伸ばしたのです。

「…ん?」

 拾い上げた瞬間。丸出しになった本文が、アルドの目に入ってしまったようでした。

 

 ああ、やめて!

 

「ギャーッ!返してぇぇ!」

 …わたくし、今まで出したことのない悲鳴をあげてしまいましたの。こんな声も出るのね、わたくし。知りませんでしたわ。

「う、うわぁっ!どうしたんだ、あんた!」

 驚くアルドの手には、まだノートがありましたわ。だめ。早く返して!

 わたくし、なりふり構わず、アルドに殴りかかってしまいましたのよ…。

 ちょっと待て、ですとか、落ち着いてくれ、などという声が聞こえた気がしましたが、パニック状態のわたくしは、訳もわからず大暴れしてしまいましたの。アルドも必死に応戦しておりましたわ。わたくしに怪我をさせないように戦うのは、きっと大変だったことでしょう…。わたくしがハッと我に返った時、アルドはぜえぜえと肩で息をしていたのですわ。

「はぁ…はぁ…!そ、想像よりずっと強かった!あんた、何か武芸をやってたのか…?」

「ご、ご、ごめんなさい!荒ぶってしまいましたわ…!必死になった人間は思いもよらぬパワーが出るというのは本当でしたのね!?」

 ちなみに武芸を嗜んだことはございませんわ。

「そういうレベルじゃなかったような気がするけどなぁ」

 アルドは困惑した表情を浮かべながらも、手にしていたノートをこちらへ返してくださいましたの。

「はい、これ。返すよ」

「ありがとうございます…」

 わたくしはそれをぎゅっと抱きしめましたの。

「またしても大騒ぎしてしまって、本当にすみませんでしたわ…」

「いや、いいんだ。オレも悪かったよ、見られたくないものって、あるよな」

「ええ…そうなんですの…どうしても見られたくなくて…!」

 手元にノートが戻ってきた安堵にほうっと息を吐いて、わたくしは瞼を伏せましたわ。

「…」

 アルドはその場に立ったまま、神妙な顔つきをしておりました。

「……」

「………」

「…………。」

 不自然な沈黙がその場に流れましたわ。

 その理由に思い当たり、わたくしの顔から血の気がサッと引きましたの。

「…み、見えて…しまっておりました…?」

 恐る恐るそう尋ねると、アルドは苦々しく引き攣った笑顔で

「す…少し…」

 と答えましたの。わたくし、膝から崩れ落ちてしまいましたわ。

「あ…ああぁぁあぁぁああああ〜っ恥ずかしいー!」

「ご、ご、ごめんな…見るつもりはなかったんだけど…開いてたから…」

 アルドは何度も謝ってくださいましたが、そもそもアルドは全く悪くありませんの…わたくしの失態でしかありませんのよ。

 もう消え去りたい。泣きそうになりながら、わたくしが震えていると、

「…あのさ」

「…は、はい…」

「その…それって、その…オレの話…だよな?」

「…うう…この期に及んで誤魔化すこともできませんわよね…。そうですの、伝記とも違うのですけれど、アルドさんに着想を得た…とでも言うのか…」

「なあ、良かったらなんだけど、それ、劇場で上演してみないか?」

 予想だにしない方向に、話が転がりましたの。どういうことなのか、とわたくしは狼狽いたしました。

「えっ…ええ…?」

「いや、もちろん支配人が気に入れば…ってことにはなるんだけどさ。よく頼まれるんだよ、新しい脚本を探してこい!って。むちゃくちゃだよな」

「脚本の手配までしてらっしゃいますの!?オールマイティですわね…!?流石は英雄アルド…!」

 わたくしは感嘆して、思ったままにそうお伝えしたのですが、アルドは「英雄ってそういうもんじゃないよな…」と項垂れておりましたわ。言われてみたら確かにそうですわね。

「でさ、どうかな?嫌なら無理にとは言わないけど、助けると思ってさ…」

 …そのように言われてしまっては、わたくしもノーとは言えませんわ。

「…こうなってしまっては、隠していても仕方ありませんものね。お役に立てるかは甚だ疑問ですけれど…」

 わたくしは胸元に抱え込んでいたノートをアルドに差し出しましたわ。

「これ、お預けしますわ…!」

 アルドはコクリと頷いて、ノートを受け取ってくださいました。

「ありがとう!よし、劇場支配人に届けてくるよ!」

 アルドはそう言い、城門の方へと駆け出しましたの。わたくしが後ろ姿を見送っておりますと、少し離れたところで何かを思い出したように、あっ、とこちらを振り返りましたわ。                    「そうだ!いつも応援してくれてありがとな!」

 白い歯をのぞかせ、太陽のような笑顔を残し、今度こそアルドは去っていきましたの。

「は…はぁぁぁあ〜っ!」

 わたくしは腰を抜かしてへたり込みましたわ。これが「尊い」という感情なのですね、きっと…。

 

  

    

        ✳︎ 

        

                    「ってことがあって、手に入れたものなんだ」

「ほうほうほうほう…君のファンから始まる物語が、次なる物語を生んだってわけか!いやあ、面白いじゃないか」

話を聞き終えた劇場支配人は、アルドに向けて拍手をした。

「なんか色々大変だったけど、きっと劇場の役に立つと思ってさ。支配人が気に入ったなら良かったよ」

「素晴らしい、素晴らしいよ!流石はアルドくんだよ。よーし、早速劇に仕上げなくてはね!」

 劇場支配人はご機嫌な様子で、舞台監督やら美術監督やら照明やらを呼び寄せた。集まってきた裏方たちは円陣を組んでふむふむと相談をし始める。

 アルドはその様子を眺めながら、一件落着、と息をついた。まさか途中でマダムと取っ組み合いの戦闘になるとは思わなかった(そして考えられないほどに強かった)が、何がどういう結果になるか、わからないものである。最終的にはマダムも随分嬉しそうだったし、自分もまさか俳優としての需要がそんなに高いとは思っていなかったから、くすぐったいような気もするが嬉しいというのが本音であった。みんな笑顔で締め括ることができたのは幸いであった。

「…それじゃ、オレはこれで」

 渡すものは渡したし、また旅に戻ろう…そう思ってその場を離れようとしたアルドだったが、劇場支配人をはじめ、その場に集まった関係者は、ぐるんっと一斉にアルドのほうを振り返った。

「何言ってるんだい?」

「は?」

「どこへ行くって言うんだい?」

「え?いや、今日はそれを届けに来ただけだぞ、オレ」

「そうはいかないよ」

「ええっ?」

「君、仮にもこの話のモデルなんだろう?」

「ま、まあ…そうらしいけど…」

「それを途中で投げ出すのかい?」

「な、投げ出すって…。いや、だからさ、オレは届けただけで」

「練習だ」

「んっ?」

「そもそも普段からぶっつけ本番すぎるんだよ君たちは!」

「急に頼んでくるからだよな!?」

「練習だ」

「練習だ…」 

「練習だ……」

 何かに取り憑かれたかのような劇場関係者たちが、アルドを取り囲む。

「衣装を合わせよう…」

「立ち位置を確認してくれ…」

「掛け合いのタイミングをちゃんと考えろ…」

「う、うわーっ!?勘弁してくれ!」

 オカルト研に追い回された時の記憶が蘇ったアルドは、たまらずにその場から逃げ出した。

「待て!」

「逃がすな!」

「捕まえろ!」

「練習だーッ!」

 血走った目つきの劇場関係者たちが、その後ろをどこまでもどこまでも追いかけて行ったのだった。

 

 

 …余談ではあるが、よく言えば安定、悪く言えば一味足りないと評されがちだったアルドの演技が、マダムの脚本での役どころでは非常に良い評価を得たのだという。アルドの人気を押し上げることができたことに、マダムは言葉では言い表せない幸せを感じていた。

 

マダムの第二の青春は、まだまだこれからが本番である。 

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ユニガンマダム、第二の青春 むとう貴 @mutou610

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