勇者の黒子
常畑 優次郎
第1話 旅立ち!
煌びやかな宮殿の選定の間。
そこで頭を下げている一人の少女。身に纏うのは少女には似つかわしくない戦装束だ。
光を取り入れる為の大きな天窓から差し込む陽光が、純白のように見える少女の銀の髪を照らしていた。
「顔を上げよ」
厳かに響く低い声が少女の正面から発せられ、彼女は顔を上げる。
凛とした表情の中にもまだ幼さが残っているが、少女の引き締めた口元には決意を感じさせるものがあった。
「我が王国は魔の国の脅威に対して、唯一の接地国として義務と責任を負っている。しかし、ここ数年でかの国の力は日々強くなるばかり、神託により選ばれし勇者に希望を託す」
「はっ! しかと承ります。この勇者エルスティアが、世界の平和と秩序をもたらして見せましょう」
少女は腰に帯びた剣を引き抜き、その剣を頭上に掲げる。
曇り一つ無い白刃が日の光を反射し、選定の間に眩いばかりの光を放つ。
それはまるで神に選ばれし者の旅立ちを祝福しているかのようだった。
「うむ。では行け。第六百五十七代目の勇者よ」
六百五十七……。
この国に神託が降るようになってから十年。
その間に旅立った勇者の数である。ざっくり年間六十五人。月にして五人。
毎月五人もの勇者が選定され、この王国から魔の国へと旅立っている。
だが、未だ魔王を討つ者は現れずにいるのだ。
それでも毎月神託は下り続け、その都度大仰な儀式をして送り出している状況。
最近では旅立つ勇者に持たせる金も徐々に目減りしていって、今ではほんの百G程度(1万円くらい)
戦いに行くのに百Gでは、碌な剣も買えはしないだろう。それどころか数日分の旅費と薬草を買う事くらいしかできない。それで何を準備すればいいのかわからん。
最初の勇者が百万Gもらって旅立った事を考えれば、今の勇者がどれほどぞんざいな扱いかわかるだろう。
とはいえ国庫の状況を考えれば仕方ないのかもしれない。初めの勇者に金をかけすぎたのだ。
そんな事を考えている俺は勇者でも勇者のパーティでもない。選定の間には数多くの観覧者がいて、その一番後ろ、柱の後ろで腕を組んでいるのが俺だ。
名前は捨てた。
これから行う仕事では名前などない方がいいからな。
俺の仕事はいわゆる裏方。
勇者一向には特別な神の加護が与えられるのだが、それが少し問題なのだ。
死からの蘇生。
魔物に殺されれば普通の人間は死んで終わりなのだが、神の祝福を受けた勇者達は別。神殿に来てちょちょいと神父が祈ればあら不思議、たとえ骨だけになろうと肉体は再構成されて息を吹き返す。
世にも奇妙な現象が起きるのだ。
だが問題が一つ。
死んだ人間がどうやって神殿に戻るのかという事。
ようはそれが俺の仕事。
五十人目の勇者までは行知れずになってしまい、復活すらできなかった。どこでどうやって死んだかわからないからだ。
悩んだ国王は一つの手を考えついた。それが黒子だ。
黒子と呼ばれる俺達は、勇者の後を秘密裏に着いていき、もし勇者が死ねばその肉体を神殿に持って帰る。そして復活した勇者にまたついていくのだ。
三人組の勇者に必ず一人の黒子が付く。
初めは黒子を勇者に紹介しついて行かせていたのだが、そこでさらに問題が起きた。
神というのは性悪らしく、蘇生の際に条件を付けていたのだ。
遺体を持ち帰る黒子は勇者にその正体を知られてはならない。
なんでこんなルール作ったんだと思う?
俺にもわかんないんだよ。別にいいじゃねえかと思うんだが、駄目らしい。
正体を知られた黒子が持ち帰った勇者を蘇生することができず、そのまま灰になってしまったのだとか。
その為、王国は専用の養成施設を造り、何年もかけて俺は気配を殺す術を叩きこまれ、何百回もの演習を越えて、勇者の黒子になったわけだ。
っと考えている内に勇者が城を出るらしい。
外していた仮面を被りなおして後をつける。全身を黒装束で覆い、妙な仮面をつけた姿はさぞ怪しく映るだろう。だが、この衣装にも理由がある。この姿でいる間は存在を希薄にし、気配を消す事が出来るのだ。
この衣装のおかげで安心して勇者のストーキング出来るってわけだな。
城の外に出ると勇者は仲間の二人と合流しているところだった。
「問題無かったか?」
勇者に声をかけたのは少し、いや、かなり肉付きのいい男。身に着けている装備からして戦士だという事がわかるが、いくらなんでもあれでまともに戦えるのだろうか?
「大丈夫。一応支度金も貰って来たわ。って言っても百Gだけどね」
「……飯はまだかの?」
「あ、あのジーザスさん、ご飯は食べてきたっていってませんでした?」
「ああ、そうじゃった」
よくわからない事を言っているじいさんは服装からして僧侶なのだろう。だが見るからによぼよぼのじいさんはすでにぼけているのではないだろうか。
事前に調べた情報では勇者のパーティは三人。
勇者に選ばれた銀の髪の少女エルスティア。
明らかに太りすぎな戦士のダース。
見た目90歳を超えていそうな僧侶のジーザス。
職業だけ、職業のみであれば、バランスの取れた良いパーティだ。
だが、太りすぎの戦士はいいとして、僧侶のじいさんはアウトだろ。見るからにぼけてるし旅の途中で寿命が来そうだ。
旅の最中は寿命で死んでも復活出来るのかは、試した人物がいないので不明だ。そもそもあそこまで年のいった人物を斡旋するとかどうなってんだ……。
毎月何人もの勇者を派兵している王国には、すでに人材も枯渇しているのだろう。
とはいえ俺に何か言えるわけでもないのだから仕方ない。
あの勇者を担当する事になったのも俺が選んだわけでは無いし、ただ仕事を忠実にこなすだけだ。
街で節約の為か薬草を三枚のみ購入した勇者達は外へと向かった。
なにはともあれ、俺の仕事はあの勇者パーティが死んだ際に回収するだけ、戦闘訓練も多少は受けているし、着ている衣装のおかげで俺自身は魔物に襲われることはほとんど無い。
だが、万が一にも勇者に存在を気取られるわけにはいかないので、一定の距離を保ったまま後を追った。
まずは彼等の実力を見ようと思っていた矢先、ちょうどいい具合に魔物が現れた。
現れたのはゴブリン。弱い魔物だ。村人でさえ単独で倒す事の出来る低級の魔物が三匹。実力を見るには弱すぎるかもしれないな。
「ダースさん、ジーザスさん。魔物ですっ!」
「お、おう」
「はぁ? あんだって?」
だ、大丈夫か? 鞘から抜き放った剣を構え声を張り上げる勇者に仲間の反応はあまりに悪い。僧侶にいたっては理解しているのかすら怪しい。
誰がこのじいさんを斡旋したのか。
今度文句を言ってやろう。
「さ、作戦は?」
「突撃っ!」
おそらく初陣なのだろう。戦士の震えた問いに剣を構えた勇者は一人で突っ込んでいく。他の二人も一応ついていくようだが太った戦士とよぼよぼのじいさんなのだ。
勇者との距離は離れる一方。
本当に大丈夫なのだろうか?
「てやぁぁぁっ!」
気合の声を上げ切りかかった勇者の剣をゴブリンは手に持ったこん棒で受け止める。新しく武器を買っていない勇者の剣は、支給された儀式用の飾りだけ立派なもの。切れ味はとても悪い。
木製のこん棒にさえ受け止められてしまう。
「くっ! やるなっ!」
やらねえよ。ゴブリンだぞ? 低級だぞ? なんで勇者のくせにゴブリンを好敵手みたいに言うんだよっ!
俺の脳内で突っ込みが発動している間も勇者は一匹のゴブリンと対等に渡り合っていた。
くそ、戦士は?
「ちょ、まっ。はぁ、はぁ。まっ、て……」
視線を移すと、大きな斧を担いだ戦士が、ようやくゴブリンの元に辿り着いていたのだが、大きく息を切らせ唯一の武器を杖代わりにしていた。
「まっ!? ぐあぁっ!」
あ……。
次の瞬間にはゴブリンのこん棒が戦士の腹に当たり、転がされていた。
僧侶っ! もうおじいちゃんでいいから。助けてあげてっ!
「儂が相手じゃあ……。がっ?!」
ゆっくりと歩いていた僧侶が勇者達の元に辿り着くが、転がってきた戦士に倒されている。そこに止めとばかりに倒れ伏した二人にゴブリンがこん棒を振るった。
何しに来たんだよっ!
「おのれ魔物めっ! よくも仲間をっ!」
勇者が一匹のゴブリンを相手にしている内に戦士と僧侶が倒されてしまった。もう終わりだろう。
あっ。
勇者も死んだ。
はぁ。
溜息をついた俺は死んだ勇者達の元に行くと、ゴブリンを蹴散らす。まさか初戦で全滅するとは思っていなかった。
あまりにひどい初陣に、気落ちしながら魔物のいなくなった草原で天を仰ぐ。気持ちを落ち着かせた俺は背中に背負っていた木材を取り出し、その場で即席の棺桶を造る。流石に三人を担ぐのは難しいので棺桶の中に入れて引きずって帰るのだ。
まだ王都を出てほんの数十分。
どうやら俺の担当する勇者の前途は多難なようだ。
まだ太陽が爛々と輝く日中に、俺は三人の棺を引っ張り、城へと戻るのだった。
第一回勇者蘇生報告書
死因
王国内草原にてゴブリン三匹による撲殺
担当のコメント
早急なレベルアップが必要
勇者エルスティア担当黒子。
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